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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
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2-14 魔法陣と魔道具と Ⅱ

「えぇと、先生。弟が他の科に移ると決め、た……ようで……」


 ヘンリーさんの発言を聞けば聞く程に、段々と絶望的な表情へと変わっていくニーナ先生の表情の変化ぶりに、ヘンリーさんも語尾が弱くなっていきました。


 結局、そこまで言い切った頃にはニーナ先生も愕然としたまま肩を落としていて、元気が漲るかのようにピンと立っていた耳もへにゃりと倒れ、しっぽも力なく床に落ちており。

 なんとも気まずい雰囲気が立ち込めます。


「――にゃんちゃって! にゃははっ、去年ゼロ人だった事に比べればマシなのは確かだにゃっ! た、確かに五人いた方がいいのは事実にゃけど、それでも去年よりは全然マシにゃ! 気にしにゃくて大丈夫にゃ! ……にゃはは……」


 実際のところは五人いればかなり条件が違っているようですね、わかります。

 明らかに空元気ですし。


「エリー、予算がどうのと言っていますが、そこまで変わるものなのですか?」


「んー、そうね。いくら学園が国営とは言っても、湯水のように資金が湧いてくる訳ではないもの。抱える生徒数が多ければ、当然予算だって必然的に増えるわ。こと研究室ともなれば、その違いは顕著でしょうね」


 聞けば、アヴァロニア王立学園内にある研究室は数多く、しかし実績が出ていなければ予算は徐々に絞られ、五年程を目安に入れ替わっているのだとか。

 研究室である以上は当然ですね。いつまで経っても結果が出ない研究を国費で運営する訳にはいかないのでしょう。


 もちろん、五年以上の長い期間を設けなければ進まない研究も数多くあるようです。

 その場合の一応の救済措置としての一つが「生徒を受け入れて知識を継承するのであれば、予算が得られる」というものだそうです。

 当然ながら、そちらを通して予算を得るのであれば、生徒の数やしっかりとした単位が求められる事になるようですが、同時に研究の助手として生徒を利用するという方法も取れる訳で、研究者には予算、生徒には知識と、お互いにメリットはありますね。


「にゃー、ファーランド公爵令嬢の言う通りだにゃー」


「先生、エリザベートとお呼びください。家名は不必要に周りを緊張させますから」


「にゃ、わかったにゃ」


 エリーの説明を受けている間に気を取り直したらしいニーナ先生が、白衣のポケットに手を突っ込んでホワイトボードの前に立って、一つ咳払いをしました。

 何やら纏っている空気が先程までとは一転して、理知的な空気と言いますか、どこか近寄り難いものに変わりました。研究者としての顔に切り替えたのでしょう。


 猫の獣人らしいアーモンドアイが細められ、鋭い光を宿しているように見えました。


「魔法陣研究科と魔道技師育成科の二つという扱いにはなっているけれど、私の研究室の正式名称は『魔法研究室』にゃ。これには私達が精霊との契約以前から使える魔法――世間では生活魔法と呼ばれるような、到底戦いには向いていない魔法の強化研究であったり、超古代遺物(アーティファクト)の研究と現代技術への転用であったりと、その研究内容は多岐に亘っているにゃ。――そこの後ろの男子くん」


「は、はい?」


「どうしてそんな私の『魔法研究室』が、魔法陣研究科と魔道技師育成科の二つを兼任する事になったのか、説明してみるにゃ」


「――超古代遺物(アーティファクト)には、通称魔法陣と呼ばれる陣が刻まれています。そこに魔力を注入し、発動させる事で効果を得ている、と考えられています。これを魔法の強化に転用できないか、という論文が発表されたのは、今から三年前だったはず。そしてその著者は、ニーナ・オルコット――あなたです」


 突然指名されたヘンリーさんですが、彼は返事こそは戸惑いを見せたものの、その回答はすらすらと出てきている落ち着いたものでした。

 そんな論文があったなんて知りませんでしたが、どうやらヘンリーさん以外にも、エリーもまたその論文は知っていたようで、驚いた様子はありませんね。

 無口(クロ)さんは表情も変わらないので判りませんが。


 はたしてヘンリーさんの回答はニーナ先生が求めていた答えには十分だったようで、うんうんと大きく頷いてみせました。


「正解にゃ。けれど、超古代遺物(アーティファクト)の魔法陣はそれぞれの役割によって紋様が大きく異なっていて、しかも数も少ないにゃ。そのせいで解析についても簡単には結果が出てないにゃ。そこで目をつけたのが、生徒にゃ。誰かこの理由が分かる人はいるにゃ?」


 ふむ、生徒に目をつけた、ですか。


 常識的に考えて、生徒が超古代遺物(アーティファクト)を所有している可能性をアテにした、とは考えられません。

 同時に、生徒の家柄を利用して手に入れようとしているという事もないでしょう。


 ちょっと研究に熱が入って周りが見えなくなりそうな気配はありますが、そういう点につて心配する必要があるような人には見えませんし。


「生徒の契約精霊?」


「おぉ、えっとクロくんにゃ? キミの言う通りにゃ」


 無口(クロ)さんの意見は正しかったようで、ニーナ先生は幾つかの文字を早速ホワイトボードに書き込みながら続けました。


「精霊には色々な種類の精霊がいるにゃ。属性精霊、武具精霊、珍しいものでは英霊や死霊といったものもいるにゃ。中でも私が興味を持っているのは属性精霊にゃ。属性精霊と契約する事で魔法が強くなる――これは一般的には“精霊が力を貸してくれているから”と考えられているにゃ。だったら、どうやって力を貸しているのにゃ? 具体的には? 精霊の力が人の中に入るにゃ? それとも、人の魔力を精霊が増幅させているにゃ?」


「魔装の増幅型と呼ばれるように、やはり精霊が人の力を増やしている、と考えるのが主流ですわね」


「そう、それにゃ。そもそもそれが間違っていたらどうにゃ?」


 エリーの言葉に返ってきたのは、そんな疑問でした。

 ふむ、確かにそう言われてみればそうですね……。


『――アルリオ、聞こえますか?』


『はいはいはーいっ! 聞こえますっ、聞こえてますともっ、ルナ様―!』


『うるさいです』


『あ、ハイ。ゴメンナサイ』


 最近は私が学園で授業を受けている間は情報収集をメインに動いてもらっていましたので、なかなかこうして念話をする事もなかったのですが、ずいぶんと元気なようです。

 夜は私の部屋にいて、殿下やその周辺を探って得た情報などを色々と整理するのを手伝ってくれていますが。


 早速ですが、アルリオに今しがたニーナ先生が告げた疑問をぶつけてみる事にしました。


『ふむふむっ、なるほどっ! そういう事なら僕の出番ですねっ!』


『何か分かるのですか?』


『ぶっちゃけ分かりませんねっ!』


 …………おや、これは予想外でしたね。

 アルリオは神の眷属ですし、大精霊という存在すら「程度」と評する程の高位の存在と言うぐらいなのですから、もしかしたら何かしらの答えか、せめてヒントを持っているものかと思っていましたが。


 期待していた答えとは真逆なものが返ってきたので密かに落胆すると、アルリオが慌てて付け足しました。


『あ、その、魔法技術は人の手で生み出された邪法が始まりですからねっ!? 僕らや神が関与した力ではないので、門外漢なんですーっ!』


『ふむ、邪法、とは?』


『遠い昔、精霊の力を真似ようとして精霊の力を真似て“世界に干渉する力”が生み出され、その名残として現代の魔法があるのです。本来魔力を持たないはずの人が、邪法を用いて魔力を持つ存在となったのが今の人の始まりですから』


『それは、意図的に進化した、と?』


『そう言っても間違いではありませんねー! 当時は神々も罰するべきかと迷いましたが、魔法による技術の進歩は凄まじく、そうした進歩によって人々が新たなステージへと向かう事を「火を知り進化したのと変わらない」と判断する事になったのです! まぁ、それが行き過ぎた結果、文明は一度滅びましたけどねっ!』


 明るい口調で言えば良いというものではないと思うのですが。


 しかし、まさか魔法が邪法であり、意図的に組み込まれるようになった力だったとは思いもしませんでしたね。てっきり私は魔法とは世界が生まれた時から人と共にあるものだと思い込んでいましたし、事実かつて読んだ本ではそう記されていました。

 アルリオという存在がいなければ、当然ながらこの事実を知る事はなかったでしょう。


 意図的に進化をする、それを可能にした技術があったのか、儀式があったのか。

 気になる点は数多くありますが、今はそちらは置いておくとしましょう。


『そうなると、契約精霊が使っている魔法は……』


『人の魔力を糧にして、代わりに精霊が使っているだけですよ?』


『……つまり、使用料として魔力を与えて、精霊が攻撃しているようなもの、ですか』


『そんな感じですっ!』


 それはまた……なんとも夢のない話ですね。

 確かに魔力を利用しているのは事実でしょうけれど、まさか魔力が増幅されているとか強化されているではなく、あくまでも精霊に支払う対価でしかなかったとは。


 となると、ニーナ先生の着眼点は間違っているという事になってしまうのですが……まぁ、研究ですからね。

 間違っていると分かるだけでも、研究する価値はあるのかもしれませんね。


『あれ、教えてあげないんですかー?』


『アルリオの存在は秘密にするように言われていますから、私には言えませんね』


 それとなく間違っている事を示唆しようにも、根拠がなければニーナ先生だって満足はしてくれないでしょうし、根拠を示せと言われると困るのは私ですから。

 かと言って、私自身が無駄な研究に付き合わされるのは困りますので、先程から契約精霊を利用した魔法実験を計画して話を続けているニーナ先生に向かって、手をあげました。


 ……手を打つだけ打っておきましょうか。


「――先生」


「にゃ? どうしたにゃ?」


「私は魔法陣と魔道具研究に興味がありますし、属性精霊とは契約していませんので、そちらに専念しても構いませんか?」


「にゃー……。でも、これは面白そうにゃ実験にゃよ?」


「興味がありませんので」


 一言そう答えると、なんとも時が止まったような重苦しい沈黙が流れました。

 隣に座っているエリーも目を丸くしてこちらを見ているようですが、私としては今更撤回するつもりもなく、ただニーナ先生をまっすぐ見つめておきます。


「……どうしてにゃ?」


「先生は先程、超古代遺物(アーティファクト)に描かれている魔法陣を研究していると仰いましたが、何故そちらを諦めるのですか?」


「そ、それはさっきも言った通り、現存している超古代遺物(アーティファクト)が少にゃいからで……」


「いえ、そもそも陣に書かれている紋様と仰っていましたが、それは本当に紋様なのかな、と」


「ど、どういう意味にゃっ!?」


「紋様ではなく文字や数字である可能性があるのですから、古い書物の文字を調べれば似た形と意味合いを検証できるのではないかと考えたので。そういう研究の方が私としては興味があるので、契約精霊の魔法強化については不参加でも――」


「そ……それにゃあああぁぁぁっ!」


「……何がですか?」


 突然叫びだすので問い返してみるも、ニーナ先生は教室を即座に飛び出して行ってしまい、会話は強制的に終了されてしまったのでした。


 授業放棄ですね、これ。


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