1-3 どうやら私は引き取られるようです Ⅰ
結局、どうやらこの“第三独房”でイオ様もアリサ様も眠っておられたようです。
目が覚めたら、どうも御二人とも私をしっかりと抱きかかえるように眠っていたのですが、はて。
「あらあら、目が覚めたのね? おはよう~」
「おはようございます。……あの、何故このような状態に?」
私が身動ぎしたためか、イオ様の目が覚めたようです。
まだ眠たそうですが、柔らかく微笑んで私の頭を撫で始めました。
「ふふふ、一緒に寝たかっただけよ~。気にしないで?」
「そう言われましても。ベッドは二つありますし、私をベッドから叩き落とすなりしてしまえば、御二人で使えたのでは?」
「……そんな事はしないわ。だから気にしなくていいのよ」
ぎゅっと抱き締められてしまいましたが……いえ、そうではなくて、ですね。
普通に疑問ですので、単純に答えてほしいだけなのですが。
「大丈夫よ、大丈夫。私達があなたを守ってあげるから……」
優しく背中を擦りながら告げられる言葉。
それはとても温かくて――……何から私を守るというのかさっぱり理解できない私には、疑問が増える一方でした。
ともあれ、そんな御二人と食事を済ませたところで――どうやら最後の晩餐ならぬ最後の朝食のようです――、着替えるように言われて渡されたのが、いつものぼろぼろの服ではなく、新品めいた綺麗な侍女服でした。
なるほど……これが。
「……これが噂に聞く、死装束というヤツなのですね」
「違うわよ!?」
アリサ様に渡された服をまじまじと見つめながら呟く私に返ってきたのは、何やら妙に焦った様子で否定する言葉でした。
「そうでしたか……」
確かに言われてみれば、おかしいですよね。
死装束にするのならば、わざわざ綺麗な服を着せる必要はないですし。
となると、処刑する前までにもう一度着替える事になりそうですね。めんどくさいです。
「ちょ、ちょっとイオ!? この子ってば何か勘違いしてない!?」
「う、うーん……どうなのかしらぁ……? 表情が変わらないから、理解しているように見えるけれど……」
何やら小さな声でお話されているようですが、その声を他所にいそいそと服を着替えます。
綺麗な服を着るというのは、初めてです。
与えられる服はいつもぼろぼろになっていたり汚れが落ちなくなったものが一着のみでしたから、なんだか新鮮な気分ですね。
そうしてちょうど着替え終わった頃でした。
執務室と繋がる扉からコンコンとノックが聞こえ、イオ様が返事をして開けました。
「おはようございます、団長」
「あぁ、おはよう、アリサ。ゆっくり休めたようで何よりだ。イオもよく眠れたか?」
「おはようございます、団長~。お気遣いありがとうございます、お陰様でゆっくりと~。ですが、よろしかったのですか~?」
「あぁ、構わない。レイルが補佐してくれているからな」
団長……? この御方、昨日の取調騎士様ですよね。
ふむ、団長様だったのですね。
まじまじと観察していると、団長様がこちらに視線を向けてきました。
「キミもよく眠れたか?」
「はい、いつも通りに」
「……そうか。イオ、まずは隣で報告を頼む。アリサはその子と一緒にこの部屋で待機していてくれ」
「はっ」
取調騎士様――もとい団長様とイオ様が隣の部屋へと移動すると、アリサ様が緊張が解けた様子で深いため息を漏らしました。
「ふぅ……、良かった。団長怒ってなかった……」
「怒る、ですか?」
「あ、うん。もともとここ、団長が眠る為の部屋だからさ。昨日、あなたの事を聞いて強引に部屋の交換申し出たから、お小言ぐらい貰うかなってね」
団長が眠る為のお部屋……アヴァロニア王国の騎士団は、団長自ら独房で囚人を見張るのでしょうか。
やはり少々風変わりな国ですね。
「それより、団長を見てどう思った?」
「……? どう、とは?」
「ほら、カッコイイ人だなぁ、とか。こう、胸が締め付けられるような?」
「胸が締め付けられる……? 体調は特に問題ないかと思われます」
「そうじゃなくて……ほら、見た感じの感想とか!」
……はて。何か違ったのでしょうか。
王女様にお仕えしている時も、体調が芳しくなければ近づかないように命令されていました。
病気が感染する危険性があるためだと学びましたが……。
つまり胸が締め付けられるとなると、奇病の可能性がある、と。
いえ、しかし体調に問題ないと答えていますし、それは違うようです。
団長様を見た感想、ですか……。
「王族の血を引くと納得できる、整ったお顔をされていらっしゃるかと思います」
「え? 知っていたの……?」
「いえ。騎士団の団長様で、それも戦争とは言え王室へと踏み込むとなれば、旗頭となるべきは最低でも侯爵位以上、もしくは王室の血を継いでいらっしゃる御方なのでしょう。見た目の年齢は恐らくまだ二十代前半程とお見受けできますが、あのお若さで団長として構えていらっしゃられる事から、実に有能な御方かと」
騎士団を預かるには相応の地位が必要です。
理由としては、単純な軍事力という意味で「力を持つ」という事を示唆しますから。
貴族位としては最上位にあたる侯爵位、もしくは王家から出た公爵家程度の身分でもなければ、国の力を預ける訳にはいきません。
「へ……?」
「アヴァロニア王国は歴史ある王国です。ここフィンガル王国――いえ、もはや元王国とは違い、平民に対する差別意識は低いとも聞いた事があります。ですが、他国に攻め入り、王城に足を踏み入れ、その国の王族を斬るという役目をこなすには、それ相応の地位が求められます。団長という立場であり、状況を取り仕切っていらっしゃるようですし、やはり王族の御方だと考えられるのが妥当です。そうなれば、最低でも公爵家ないし王族ではないかな、と」
団長様に対して抱いている感想をつらつらと告げてみると、アリサ様が何やら固まってしまわれました。
なんだか不思議な状態ですね。口が開いてしまっているので、可愛らしいお顔が少し情けない事になってしまっています。
「……えっと。じゃあ、私とイオは?」
「騎士であり団長様の副官、貴族家の御方でしょう。御二方も鍛えてはいらっしゃいますが、髪質や肌の美しさは平民よりも手を加えられていらっしゃると思いますので、最低でも子爵位以上の御方かと思っていますが」
女性騎士、という存在は珍しくありません。特にアヴァロニア王国では男尊女卑という古くカビの生えた価値観を淘汰していらっしゃるという点でも有名ですから。
ですが、それはそれ。
やはり団長様の補佐、副官として動いていらっしゃるのであれば、最低でも貴族位は賜っていらっしゃるでしょう。いくら有能であったとしても、平民と貴族の生活は全く異なりますし、価値観の相違は仕事の円滑化に支障をきたします。
王宮侍女が基本的に貴族家の行儀見習いで固められるのも、出自がしっかりとしているという点から間者を入れないという目的もあるでしょうが、そもそも生活の中で根付いてきた常識がズレないようにするという点もあるのでしょう。
もっとも、王女様の家庭教師の先生方は「下賤な血を近づけないため」と堂々と宣言していらっしゃいましたが、あの方々が偏った選民思想に凝り固まっているであろう事は明白でしたし、参考にはなりませんね。
そこまで答えたところで、執務室側の扉が開かれました。
「待たせてすまな……アリサ、どうした?」
「……い、いえ、すみません。少々予想外と言いますか……」
「うん……? イオ、アリサから話を聞いておいてくれ」
「えぇ、かしこまりましたわ~」
「さて、キミはこちらの部屋へ。今後の事について色々と誤解がありそうだとも聞いているしな。色々説明させてもらおう。こちらの部屋へ来てくれるかい?」
「はい」
はて、誤解、ですか。
思い当たる節はありませんが……ともあれ断る理由もありませんし、団長様に促され、隣室へと移動します。
王城の客間は執務室が併設されていますが、これは単純に王城にいる間に誰かが訊ねてきた際に対応する為にあるものです。ですので本来、どちらかと言えばガランとした――悪く言えば家具が置かれただけの部屋であり、実務に使われるものとは言えません。
しかしこの部屋は様相が異なるようでした。
戦後処理も含めて運び込まれたであろう大量の書類、本来ならこの部屋にないはずの机と椅子も並べられており、ソファーは撤去されたようです。まさに執務室らしい執務室と言えますね。
「片付いていなくて済まない。あぁ、そちらの椅子に腰掛けてくれ」
言われるままに椅子に腰掛けたところで、団長様は私を見て悲しげな表情を浮かべた後で、机の中から一つの鍵を取り出しました。
……見た事のない鍵ですが、なんでしょう?
「……これはキミの首につけられた『隷属の首輪』を外す魔道具だ」
「……そう、ですか」
「だが、今のキミの首輪を外す訳にはいかないと考えている」
そう告げてみせた団長様を前に、私は目を伏せました。
まぁそれはそうでしょう。
「……かしこまりました」
「だが、勘違いしないでほしい。私達はキミを奴隷から解放したくないだとか、利用しようとしているのではない」
「はい?」
「キミはきっと、己の人生を儚んで自害しようと考えている事だろう。『隷属の首輪』を外れれば、文字通りにキミに与えられた枷が外れるのだから。キミにとってはそれこそが望みであろう事も重々理解しているつもりだ」
「……はあ……?」
「だが、私達はそうなって欲しくないと考えている。キミが死を望んでいると知りながら、こんな事を言うのは酷だとは思うが――」
「えっと、私は別に死にたいとは思っておりませんが」
「……え?」
きょとんとした様子で団長様が固まってしまいましたね。
妙な沈黙が流れました。
「……本当か?」
「えぇ、まぁ。これと言って生きて何かをしたいと考えた事もございませんが、死にたいと考えた事もございませんが?」
敗戦国の奴隷など、到底生かす価値もないでしょう。
だからこそ、私はさっさと処刑されるものだと考えてはいますし、納得はしています。
ですが、死んでしまいたいとも思っていないのです。
「……キミは、空っぽなのだな……。いや、そういう環境であったと理解していたつもりではあるのだが……すまない」
「中身はありますよ?」
「そういう意味ではないぞ!?」
ではどういう意味なのでしょうか?
貴族ジョークはいまいち私には分かりませんね。