2-11 邂逅
アメリアさんの登場によって、殿下とジャック様の纏う空気は一変。
そんな彼ら二人に付き従うかのように連れられていた殿下班の男子勢は、その変化にほっと胸を撫で下ろしているようですが……ジーナさんやフローラさん、それに数名の男子はエリーの様子を伺うようにちらりとこちらに向かって視線を向けていますね。
彼女達はエリーと殿下の婚約事情を知っている、という事でしょう。
探るような、けれど触れてはならない何かを見るような、そんな目に見えます。
盛り上がっている様子の向こうの会話を耳にしながら食事をしていますが、アメリアさんは一向に立ち去ろうとはせず、殿下とジャック様に挟まれるような位置に席を譲られて座らされてさえいます。
放っておけばいつまでも続きそうですが、エリーは食事を済ませると早速とばかりに立ち上がり、私もそれに追従する形で続きます。
私の役目は基本的にエリーに対する言動をしっかりと報告する事ですので、特に口を開く必要はありませんし、殿下のお手並み拝見といったところですね。
「――殿下、失礼いたしますわ」
殿下とジャック様の御二人が苦虫を噛み潰したかのように表情を歪めました。
同時に、ジャック様がアメリアさんを庇うように前に出て、エリーからの視線をアメリアに向けさせないように動きました。
そういう配慮はできるんですね、ジャック様。
さっきから無表情装っている割に鼻の穴がひくひく動いていたので、情けない人認定に拍車がかかっていたのですが。
「……何か用か」
「何か、とはおかしな話ですわね。ここは騎士科に所属していない生徒の授業外での立ち入りは禁じられておりますわ。その事はご存知ですね?」
「……はあ。アメリアにまた難癖をつけるつもりか……?」
「アメリアさんに難癖……? 勘違いなさらないで。わたくしは校則を破っている生徒を堂々と許容しているあなた方に注意しているだけですわ」
エリーの言い分はどう考えても正しいものですね。
私も騎士科に入る前に校則を調べましたが、そもそもアメリアさんが授業外での立ち入り禁止という校則を知っているのか、怪しいところではあります。ですが、殿下やジャック様は校則を守らなくてはならない立場にある方々です。
それを難癖と表現するというのは、なかなかに頭の痛い解釈ですね。
「その程度の事でいちいち目くじらを立てる必要はないだろう!」
「その程度、ですか、ジャック様。つまりあなたは、校則など無視してしまっても良いものだと、そう認識していらっしゃるのですね?」
「ち、違う! そうは言っていない!」
「あら、そうなのですか? つい先程の発言はそう受け取られかねませんわよ?」
「ぐ……ッ!」
憎々しげにエリーを睨みつけているジャック様ですが……どう見てもエリーの方が正論ですし、残念な感じにしか見えませんね。
おそらく、ジャック様は舌戦を苦手とするタイプなのでしょう。
そんなジャック様の代わりに、今度は殿下がエリーに向かって口を開きました。
「校則を破っている事は私からも注意しておこう。とは言え、こんな騒ぎになったこの場でアメリアにキツく注意するのも憚られる。彼女は私が責任を持って外まで送りがてら、校則の事は言い聞かせておこう」
……まるで正論で正しい対応ですが、そもそもエリーが苦言を呈する前にそうするのが正しい対応な訳で、どうしてそんな「これで文句はないだろう?」的な表情を浮かべているのか、理解に苦しむ光景ですね。
しかも、さりげなく自分達が非難されているというのに、アメリアさんだけが非難されているのを庇っているかのような言い回しですし。
……お馬鹿さんなのでしょうか。
とは言え、ここでエリーが食い下がったところで泥沼化するのは目に見えています。
エリーもそう判断したのか、「かしこまりましたわ」と一言だけ返して踵を返し――――
「あ、あのっ、エリザベートさん!」
――――鎮火寸前で油を投入するかのように、アメリアさんが口を開きました。
「……何か?」
「ご、ごめんなさい……! 私、そんな校則があったなんて知らなくて……。ただ、ジェラルド様やジャック様の応援がしたくて、それで……」
振り返るエリーと、涙を堪えるかのような表情で続けるアメリアさん。
この構図だけ見れば、確かにエリーがアメリアさんをイジメているように見えなくもないかもしれませんね。
「……応援したいという気持ちを否定する訳ではありませんが、中等科から在籍していたのですから、校則は理解しておくべきでしょう。善意が善の行動、とは限らないものですわよ」
「ご、ごめん、なさい……」
「わたくしに謝られても困りますわ。あなたが会いにきた殿下やジャック様に迷惑がかかっているのであって、わたくしには特に関係ありませんもの」
「関係、ない……? でも、その、エリザベートさんはジェラルド様の婚約者だって……」
「そうですが、婚約者だからと校則を破っていても許容する訳ではありませんわよ」
「……ごめんなさい……。きっとエリザベート様は、ジェラルド様に会いに来る私みたいな女が嫌いなんですね……」
「もういい。さあ行こう、アメリア」
「え、でも……」
まだ何か言いたげなアメリアさんの手を取って、殿下とジャック様が食堂の外へと出て行きました。
しかし……なんといいますか、アメリアさんも一応は理解していたのですね。
殿下とエリーが婚約しているという事を。
その割に躊躇なく会いに来たりしているというのに、先程のような流れになった途端に話題を持ち出してくるとは。
なかなかの役者と言いますか、あれが天然であろうと計算であろうと、いずれにせよろくでもなさそうな相手です。
しん、と静まり返った食堂内に、エリーの疲れた様子のため息が漏れました。
「……なんていうか、さ。ちょっと勘違いしていたわ」
「え?」
静寂を切り裂いたのは、ジーナさんでした。
「あれは苦労するわよねぇ……。最初から今の流れを知らなかったら、完全にエリザベートさんが悪者だもの……」
「ホントそれ」
フローラさんも同様の感想を抱いていたようで、ため息混じりに呟きました。
確かに、今の一連の流れを最初から見ていなければ、エリーがアメリアさんを泣かせたように見えたかもしれませんが……ふむ。
「お伺いしたいのですが、今のような光景は何度か見た事が?」
「途中からなら、かな」
「なるほど」
つまりエリーが悪者扱いされるのは、途中から状況を見た生徒による尾ひれのついた噂や見た目が原因だった、と考えるべきでしょう。
ジーナやフローラさんが沈黙を破った事で空気は変わり、苦笑するエリーが呆れたように答えていく内に、先程までの張り詰めた空気は緩和していきました。
それにしても、です。
エリーにとって都合の悪い場面で人を誘導し、悪意で捻じ曲げた噂を意図的に流している人物がいるだろう、という推測はしていましたが……まさか殿下があそこまで頭の弱い御方だとは思いませんでしたね。
更に付け加えるのであれば……アメリアさんですか。
彼女はわざと被害者を装っているような、そんな気がしてなりません。
とは言え、それはエリーを陥れたいというよりも、むしろ……――いえ、ここで考え過ぎても詮無き事でしょう。
最悪を想定するとなれば、エリーの悪評を操る人物と、アメリアさんは裏で手を組んでいるという可能性も出てきたりするのですが……さて。
この辺りの推察も踏まえて、報告書に纏めておきましょう。
その後、騎士科の授業に関する今後の連絡を受けました。
私達騎士科は基本的に単位が高く設定されています。というのも、訓練やら合宿やらがあったりと、それなりに忙しいので、必然的に他の科と合わせて単位を稼ぐ余裕がなくなりかねない、との事。
特に私やエリーが所属する魔装持ち近接戦闘クラスは、基本的にそれだけで単位がかなり稼げます。
もっとも、それらと付随して幾つかの学科は取らなくてはなりませんが。
「明日の見学予定は魔法陣研究科、それに魔道技師育成科、だったわね」
「はい。私はそちらに行くつもりですが、エリーも本当に来るのですか?」
「あら、わたくしが参加したら何か都合が悪くって?」
「いえ、完全に私の興味の対象でしかないので、面白みがなかったら申し訳ないのですが」
寮へと戻りがてら、話題は私達の予定についてとなりました。
自分で興味があるものを選ぶ事にしましたが、実際のところ、完全に私が個人的に興味を抱いたものですし、エリーに付き合わせるのは悪い気がしているのは事実です。
そんな私の問いかけに、敢えてエリーはお嬢様らしい物言いで対抗してきましたが、冗談だったようでくすくすと笑いました。
「ねぇ、ルナ」
「はい?」
「あなたと会ってから、存外わたくしとしても色々な事を楽しめるようになっている、って言ったら、あなたはどう思うかしら?」
「私と出会って、ですか?」
私は自分で言うのもなんですが、面白みのある人間、という存在とはかけ離れていると思います。
そういったものは喜怒哀楽があって、興味が尽きないという意味を持つ言葉ですし、私のように感情のない人形を相手に楽しいと言われると、どうにも違和感が強いぐらいです。
困惑させられる事になった私を見て、エリーは楽しそうに笑みを浮かべました。
「ルナってば、表情は変わらないけれど、意外と分かりやすい性格しているわよね」
「そうですか?」
「えぇ、そうよ。あなたの無表情は取り繕ったものでも、感情を押し殺したものでもないんだなって、そう思っているわ。そうね、要するに自然体で無表情なんだって分かった、ってところかしら」
「……? 自然体ではない無表情など、あるのですか?」
「えぇ、あなたが思っている以上にたくさん、ね。特にわたくしや殿下のような、生まれに権力が付随しているような立場だと、表情を素直に浮かべる事さえ許されない。周りも、わたくし達に対して素直な感情を見せないよう、取り繕うものよ」
――けれど、とエリーは続けました。
「あなたは取り繕っているのではなくて、自然体のままわたくしに付き合ってくれているんだもの。そんなルナだから、何をしていても楽しいと思えるの」
「……そう、ですか……」
楽しい、という感覚は私にはいまいち理解できませんが……、それでも、決して悪くはないものだという事ぐらいは、私にも理解できます。
そう思ってくれていると伝えてくれるエリーな柔らかな微笑みは、なんだかこう、胸の奥が満たされるような温かさを伴っているような、そんな気がします。
「……でしたら」
「ん? なぁに?」
「でしたら尚の事、エリーにとって良き学生生活を送れるという事、ですね」
まだまだアメリアさんや殿下、それにエリーを陥れようとしている何者かの正体は判りませんが、それでも。
この三年間が、エリーにとって“楽しい”ものでありますように。
私は何故か、誰に祈るでもなく、そんな言葉を胸の内に抱いたのでした。




