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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
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2-10 班分けと試験 Ⅳ

 ジーナさんとの戦闘を終えた後、私は何故かコンラッド先生に「ルナ嬢も戦いはここまででいい」と言われ、連戦する事はなくなりました。

 大鎌を使った攻撃はなかなかに便利ですので、せっかくならばと色々と試すつもりであったのですが、そう言われてしまうと無理に継続する訳にもいかずに退場です。


 鎖と大鎌の使い方はよく分かったのですが、このランタンの意味がまだ分かっていませんし、試してみたかったのですが……。

 アルリオも詳しくは知らないそうなので、手探りで調べるしかありませんし。


「ルナの魔装、凄いのね……」


「そうですか?」


 結界から戻ったところでエリーに声をかけられて首を傾げると、何やら疲れた様子で眉間を揉みながらため息を吐いていました。

 たまにアラン様が似たような仕草をしていましたが、エリーも色々と疲れているようです。

 眼精疲労には確か、温かなタオルを置くといいと聞いた事があります。

 近い内に用意しておきましょう。


 ともあれ、そこからの実力試験はトントン拍子に進みました。


 三将である岩男(ラルフ)さんが魔装の大剣を振り回し、殿下班の中堅であるフローラさんと三将の男子生徒を撃破。力強い戦いっぷりでしたが、そのまま選手交代を命じられ、副将戦へ。

 こちらの副将であるツンツンヘアーさんは件の青竜騎士団団長子息であるジャック様との戦いとなりましたが、なかなかいい勝負となり、引き分け。

 どうやらツンツンヘアーさんとジャック様は系統が似ているようで、なかなかの長期戦となっていましたね。


 結局大将同士の戦いに勝敗は委ねられる事となり、エリーと殿下が呼ばれました。


 お互いの名を呼ばれ、殿下は涼しい顔のまま。対するエリーは、どこか寂しそうと言いますか、何か気がかりな事がありそうな、どうにも晴れない表情を浮かべて返事をしました。


「エリー、殿下は強いのですか?」


「……そうね、強いと思うわ。実際に剣を合わせた事はないけれど、優秀だと評判ではあったわね」


「ならば、是非勝ってください」


「は……?」


「今までのエリーなら、きっと遠慮して殿下に華を持たせていたでしょう。ですが、もう遠慮する事などないのではありませんか?」


 目を丸くするエリーに告げてみせると、エリーは僅かな間を置いてからふっと柔らかく微笑みました。


「――わざと負けるな。そう言いたいのね?」


「その通りです」


「……分かったわ。油断できない相手でしょうけれど、勝ちにいってみせるわ」


 先程までの曇った表情とは打って変わって、エリーの表情が引き締まったものになりました。


 非殺傷結界の中で対峙する二人の表情は、対照的なものでした。

 どこか涼しげな表情が印象的なジェラルド殿下は、表情こそは変わりませんが、エリーを見る目には明らかに嫌悪感が宿っているように見えます。

 対してエリーは、迷いがなくなったおかげなのか、淑女らしい微笑を湛えていて、余裕があるのだという事が表情から見て取れます。


 エリーは魔装の細剣を手に持ち、殿下は長剣を手に持っています。

 間合いという面では殿下に軍配が上がりますが、さて。


「――始めッ!」


「シ――ッ!」


 コンラッド先生の合図と共に、エリーが即座に間合いを詰めました。

 私達はもちろん、対峙している殿下ですら予測していなかったようで、咄嗟に初撃を弾いただけで態勢が崩れました。


「ぐ……ッ!」


 エリーの攻撃はそこから怒涛の連撃に切り替わり、殿下もどうにかそれを捌いてみせてはいますが……表情は明らかに苦しそうですね。

 エリーの連撃は留まる事を知らず、苦しそうに攻撃に耐えているジェラルド殿下は防戦一方といった様子で、反撃すらできずにいます。


「……おいおい、マジかよ……」


「どうしたんです?」


「いや、どうもこうもねぇだろ……。わざと同じ方向に負荷がかかる一撃だけ強く打って、他の連撃はただの牽制だ。殿下もそれが分かっててどうにか対応してるみてぇだけど、対処しきれてないぞ」


「……おそらく、このままでは殿下の手にはすでに相当な疲労が溜まる。剣を握っていられるのが関の山となるまで続け、最後に剣を手放させて降参させるのがエリザベート嬢の狙いだろう」


 ツンツンヘアーさんと岩男さんがエリーの狙いを語ってくれました。


 そう言われて見てみると、確かにエリーの攻撃は剣を外に弾かせる一撃に注力しているようで、剣と剣がぶつかり合う音が他の箇所を狙った際とは異なっているようにも聞こえます。


 苦悶の表情を浮かべた殿下を見て、エリーが勝負を決めにいきました。


 くるりと身体を回転させながら振るわれた一撃は今までのものよりも強く、どうにか耐えようと防御に徹した殿下の剣が手からすっぽ抜ける形で宙を舞い、結界内に虚しく転がって音を奏でました。


「――鍛錬が足りませんわね、殿下」


「く……ッ、なんだと……!」


「アメリアさんを追いかけている内に、そちらばかりに気を取られて弱くなったのではありませんか?」


「……ッ!」


「そこまで! 勝者、エリザベート嬢!」


 こちらまでは聞こえませんでしたが、何かを二言三言交わした後でエリーが細剣を鞘にしまってこちらに向かって戻ってきます。


 息を切らせる事もなく、晴れ晴れとした表情を浮かべて戻ってくるエリー。

 その後ろから射殺すような目で睨みつけつつ顔を赤くする殿下。勝者と敗者といった分かりやすい光景です。

 ともあれ、エリーが私に向かって近づいてきて、足を止めました。


「約束通り、勝ってきましたわよ?」


「はい、エリーなら勝てると信じていました」


「……もうっ。なんだかズルいですわ、ルナ」


 口を尖らせてぷいっとそっぽを向いてしまったようですが、心なしか頬と耳が赤くなっているように見えます。

 ふむ、さすがにあれだけ激しい攻撃を繰り広げていたのですから、実は結構呼吸も乱れていたりもしたのでしょう。


「よーし、一旦集まってくれ」


 コンラッド先生の呼び声に私達の班も殿下の班もコンラッド先生のいる訓練場の中央部へと集まります。


 やはりと言いますか、勝者である私達の班に比べ、殿下班はどうにもピリピリした空気が流れているようです。あれだけ開始前に色々と言い放っていたのですから、やはり勝ちには拘っていたのでしょう。

 もっとも、さすがにジャック様も殿下が負けてしまったので、負けた者を叱責するような真似はしていませんが、殿下以外の生徒はどこか居心地が悪そうですね。


 ……あの班、大丈夫なんでしょうか。


「お昼も過ぎてしまったから、これから食堂に移動して昼飯にしがてら、今後の授業内容を説明する予定になる。だから、飯を食い終わっても食堂に残っててくれるかな。説明は食堂の一角でやらせてもらうから」


「他のクラスはどうなんですか?」


「午後から実技試験をやるクラスもあるから、今日は合流は難しいと思っておいた方がいいかもね。さぁ、食堂に移動して。高等科から入学した生徒は場所を教えてあげるようにね」


 殿下の質問にコンラッド先生が短く答え、私達を追い出すように話を切り上げました。

 ふと見れば、どうやら私達魔装持ち近接クラスではなく、遠距離攻撃クラスがちょうどこの訓練場に入ってくるところだったようで、見慣れない生徒達の姿が見えました。


「行きましょうか」


 エリーの号令とも言える一言に、私達は騎士科訓練棟の一階部分へと向かいました。


 どうやら食堂は騎士科の訓練棟にもあるようです。

 これは騎士科の訓練が厳しいものでもあり、同時に学舎からは少し離れた場所に位置するため、騎士科の生徒は専らここを利用する事が多いのだとか。


 そんな説明をしてくれたエリーの話を聞いて歩いている内に、どうも殿下班の葬式じみた空気に辟易としているのか、ジーナさんとフローラさんがこちらに合流して、魔装持ち近接戦闘クラスの女子陣は一団となって会話していました。


「ルナ、って呼んでいい? 私もフローラも貴族家の娘ではあるけれど、三女と次女だし、冒険者として行動しているから砕けた口調の方が楽なのよね」


「えぇ、構いません」


「あら、ルナも遠慮しなくっていいのよ?」


「いえ、私はこれが地ですので」


 ジーナさんとフローラさんは貴族子女ではあるものの、あまり堅苦しい空気は苦手なようです。

 聞けば御二人は、一応は初等科からアヴァロニア王立学園に在籍していたものの、実家は零細貴族だそうで、食い扶持を自分で稼ぐと一念発起。そのまま冒険者ギルドの扉を叩く形で冒険者に登録して以来、ペアで行動している事が多いのだそうです。


 話題は私の魔装についてでした。

 凶悪過ぎる見た目ですから、やはり注目度は高いのでしょう。

 そう思って聞いていましたが……何故、私が危険みたいな話になっているのでしょうね。

 解せません。


「――にしても、まさかエリザベート様がこんなに砕けた態度でも怒らないなんて思わなかったわ」


「そうですの?」


「だって、ほら。アメリアさん、だっけ? あの子の礼儀のなってなさとかに口を酸っぱくして怒ったりしていたでしょう? だからてっきり、貴族らしい態度とかじゃないと許さない、みたいなタイプかなって」


「アメリアさんに対しては、わたくしはあまり怒ってはいませんわよ?」


「え、そうなんですの?」


 ジーナさんとエリーの会話に驚いて声をあげたのは、フローラさんでした。

 私はお肉様と格闘しているので会話を聞いているだけですが、何やら意外な言葉だったようで、近くに陣取っていた男子陣も聞き耳を立てるかのように声を抑えていますね。


「わたくしが苦言を呈する事になったのは、殿下やその周りの高位貴族子息の方々ですわ。アメリアさんが礼儀を尽くせないのであれば、アメリアさんと親しく話していらっしゃる彼らこそが配慮すべき問題ではありませんか」


「……言われてみれば、そうかも」


「えぇー……? じゃあ、あの噂(・・・)って嘘だったの……?」


「噂、ですの?」


 フローラさんの口にした一言が気になってそちらを見やると、フローラさんの横で私と同じようにお肉様と格闘しているセレーネさんの姿が目に移りました。

 セレーネさんはお肉様との格闘が忙しいようで、全然話を聞いてすらいなかったようで、今も変わらずお肉様をいただいていますね。

 頬が膨らんで小動物みたいです。


「えっと、私達が聞いたってだけで、関与はしてないから勘違いしないでほしいんだけど……」


「噂なんて社交界では火のないところでも煙が立つぐらいですもの。そんなの気にしていませんわ」


「じゃあ……えっと、エリザベート様がアメリアさんを嫌って、イジメている、と……」


「……なるほど。そういう噂になっていたのですね」


 ジーナさんとフローラさんから齎された情報に、エリーは僅かに逡巡した様子を見せこそしましたが、大して驚くような素振りもみせずに納得していました。


 エリーがアメリアさんをイジメる、ですか。

 これまで色々と情報交換も含めてエリーを見てきましたが、それはまず有り得ないと断言できますね。

 エリーはそういった陰湿な真似をするぐらいならば直接物申すタイプですし、そもそもエリーが先程も言った通り、苦言を呈する対象となるのはアメリアさんではなく、殿下やその周りの方々になるでしょう。


 ふむ……やはり、何者かが裏で糸を引いている、と考えるべきでしょう。


 エリーを貶めたいのか、それともジェラルド殿下を無能としたいのかは定かではありませんが、意図的に今の状況――つまり、殿下とエリーの対立と、アメリアさんをイジメているエリーという構図を作り上げ、誘導しているように思えます。


 騎士科の顔合わせの際に感じた、何者かが裏にいるという確信が深まってきましたね。


「えっと、気を悪くしたなら謝るわ」


「いえ、そんな事はありませんよ。――それに、今の私に課せられた役目としては、むしろ都合が良いのかもしれませんし」


「え?」


「いえ、なんでもありませんわ」


 現状エリーは“悪役”令嬢をするようにとローレンス様と陛下から指示されています。

 であれば、今後はわざとアメリアさんにも直接声をかけ、対立の構図を強めてみるというのも彼女の選択の一つとなったのでしょう。


 そんな風に考えて状況を見守っている最中に、ソレ(・・)はやってきました。


「――ジェラルド様!」


「やあ、アメリア嬢。キミも騎士科に?」


「いえ、でもジェラルド様とジャック様が騎士科の試験を受けると聞いて、応援しにきちゃいましたっ!」


 食堂内に響いた声に、視線が集まります。


 柔らかな桜色の長い髪は波打っていて、キラキラとした同系色の瞳。

 庇護欲を掻き立てるような見た目とは裏腹に、女性らしさはずいぶんと育っていると言いますか……少し羨ましいものがありますね。

 エリーがスタイルの整った美女であるのに比べ、アメリアさんはどうやら美少女といった表現が似合うタイプであるようです。


「……ルナ、動きますわよ」


「はい」


 さて、どうやら私とエリーのお仕事の時間になりそうです。


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