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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
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2-9 班分けと試験 Ⅲ

 非殺傷結界を見つめるエリー班こと私達と、殿下班。

 さらにはコンラッド先生ですら、目の前の状況には誰も言葉を発しようとはしませんでした。


「――フフッ、アハハハハッ! どんな気持ち? 余裕ぶってたのにあっさり捕まって転がされて、ねぇどんな気持ち?」


 鞭の魔装にぐるぐるに縛り上げられたまま、文字通りに転がっている男子生徒を見下ろしつつ高笑いし、どこか恍惚とした表情を浮かべて男子生徒の腹部を踏み付けているのはセレーネさんです。


 開始直後の単調な突進、大きく振り被った一撃はセレーネさんが一歩後退しただけで大きく空を切り、がら空きになった胴に鞭が振るわれ、今に至っています。


「……あの女、憑依型かよ」


「憑依型、とは?」


「契約精霊が英霊だったりすると、魔装を扱っている間は性格が変わったりする人がいるのですわ。肉体を乗っ取るような真似はされないのですけれど、相性が良ければ良い程に影響を受けるもので、その代わりに普段では考えられないような力を発揮できるようなタイプを憑依型と呼ぶのですわ。……セレーネさんと契約精霊の相性はピッタリのようですわね」


「俺も聞いた事はあるけれど、あんなに性格が変わる人は初めて見たなぁ……」


 ツンツンヘアー(クラウス)さんが苦々しく呟いた、聞き慣れない単語。

 私が問いかけると、彼の代わりにエリーが教えてくれました。

 チャラ男(ラウレンツ)さんがなんとなく引いているように見えます。


 先程までのぷるぷるした小動物っぽいセレーネさんとは違って、今のセレーネさんは妙に活き活きしているように見えますが……なるほど。相性が良い英霊ですと起こり得る現象と思っておくべきなのでしょう。


「あー、そこまで。勝者、セレーネ」


 コンラッド先生のどこか疲れたような宣言と同時に二人の姿が結界から消え、最初に入った待機場所横に現れました。

 ビクッとした岩男(ラルフ)さんがさりげなく一歩離れたのが見えましたね。


「ふぇ……? あれ、えっと……?」


「お疲れ様、セレーネさん。見事に勝ったわね」


「え……ええぇぇぇっ!? か、勝ったんですかぁっ!? よ、良かったですぅ……」


 いつものセレーネさんに戻ったらしく、涙目になりながらへなへなと力なくその場に座り込んでしまいました。凄まじい変化ですね。

 以前、「ギャップがある女性はモテる」とイオ様から聞かされましたが、セレーネさんはモテるタイプなのでしょう。


「安心するのは早くってよ、セレーネさん。勝ち抜き戦だから、もう一戦ね」


「えぇっ!? ま、また戦うなんて遠慮したいですぅ……!」


「……それ、あっちのセリフ……」


 無口(クロ)さんの貴重な一言に、エリー達が苦笑を浮かべました。

 実際、殿下班の面々も呆気に取られているようですし、次鋒の男子生徒も顔を引き攣らせているようにしか見えません。


「あー、セレーネ嬢は棄権してもいいよ」


「えっ、ホントですかっ!?」


「憑依型の戦闘能力は高いからね。体力面を強化できれば実力をもっと発揮できるしね。……というか、連戦されると向こうの男子のトラウマになりかねないからね」


 コンラッド先生がぽつりと呟いた後半の言葉はセレーネさんには届いていなかったようで、連戦せずに済んだ事に素直に胸を撫で下ろしていますね。


「ではお互いに次鋒、結界へ」


「やれやれ。連戦しないと可憐なレディーと手合わせ(ダンス)もできないじゃないか。さくっと終わらせてもらおうか」


「言うじゃないか」


 結界内で早々に始まった睨み合い。

 どうやらチャラ男さんは相手のキノコヘアさんに絶対的な自信があるようですが、それにしてもダンスとは一体。


「平民なのにダンスが好きなんて、変わっているんですね、あの人」


「……ルナ、そういう意味ではないと思うわ」


「おや、違うのですか。てっきりチャラ男に相応しく、そういう趣味を持っている人なのかと思っていましたが」


「ちゃ、チャラ男……? ルナ、あなたそんな言葉どこで覚えたの?」


「お世話になっているイオ様に教わったのです」


 妙に長めの髪をふぁさっと手櫛でかきあげている姿を見て、軽薄さからチャラ男さんと名付けさせていただいたのですが、実は赤竜騎士団にも元祖チャラ男さんがいるんですよね。

 イオ様に「ルナ、ああいうのがチャラ男って言うの。近づいちゃダメよ」と指摘された人に雰囲気が似ているので、チャラ男と名付けさせていただきましたが……正直言うと、いまいちチャラ男というものがどういうものなのか私にもよく分かっていません。


「……確かに軽薄そうな雰囲気だけれど、チャラ男っていうのはちょっと違うと思うわよ?」


「では、エリーならなんと呼びますか?」


 そんな話をしている間に試合は開始――あっさりチャラ男さんが負けてしまったようで、こちらの班の男子陣は微妙な空気が漂っています。

 余裕がありそうな雰囲気を醸し出していた割にあっさりとした敗北で、かと言って不慣れだと自ら宣言していたので、結果としては仕方ないというか。なんとも言い難い空気です。


「……あれは軽薄っていうより、ただのお調子者って言うのよ」


「なるほど」


 チャラ男さん改めお調子者さん。

 確かにその方がしっくり来るような気がしなくもありません。

 改めてそんな事を考えていると、くいくいと服の裾を引っ張られました。


「……僕、は?」


「無口さんと名付けましたが?」


「……そう。なら、いい」


 こちらの五将である無口(クロ)さんは、何やら納得した様子で結界の待機口へと向かいましたね。

 あまり喋らない方ですので無口さんと名付けたのですが、本人はそれで満足しているようで、なんだか嬉しそうに見えました。私と同じく無表情気味な男子ですので、なんとなく分かった程度ですが。


「……なぁ。ちなみに、俺達はなんだ?」


「ツンツンヘアーさんと岩男さんですね」


「名前より覚えにくくねぇか、それ!? つか岩男ってお前なぁ。ラルフ、何か文句言ってやれよ」


「ふむ。この鍛え抜かれた肉体を頑強な岩に喩えて呼んでもらえるのであれば、俺にとっては本望というもの。いずれは鉄男と呼ばせてやるのが目下の目標だな」


「筋肉の抱負を語れって言ったわけじゃねぇよっ!?」


「ハッハッハッ、そう照れるな、ツンツンヘアーよ。いずれお前も針金ヘアーと呼ばれる日がきっと……」


「来ても嬉しくねぇよっ! つか、お前まで変な呼び名で呼ぶんじゃねぇっ!」


 さて、こちらは何やら盛り上がっていますが、私とエリー、それにセレーネさんの目は舞台上の戦いに向けられています。

 お調子者(ラウレンツ)さんは気絶してしまったようで、今は隅っこに寝かされているみたいですね。


 結界内の戦いは、無口(クロ)さんが敏捷性でキノコヘアーさんを常に翻弄しており、対するキノコヘアーさんは手に持った剣を無駄に振るっています。両者共に体力の消耗が著しい戦いになりそうですが……軍配はどうやら無口さんに上がったようです。

 緩急をつけた挙動から徐々に速度を遅らせ、キノコヘアーさんの目が慣れたところで、唐突にトップスピードで襲撃。

 短剣を迷う事なくキノコヘアーさんの足に突き立て、コンラッドさんの声により戦いは終了しました。


「いい動きだったけど、そこまで動く必要はなかったかな。もう少し余裕を持って戦わないと、体力が間に合わないね。不慣れ組かもしれないけど、才能はあると思うよ」


「……ん」


「さすがに疲れただろうし、クロくんもここまでにしておくといいよ」


「……わかった」


 コンラッドさんに促され、セレーネさんと同様に無口さんも勝利したけれどここで退く事になりました。

 そうなると、必然的に私の出番になりますね。


「こっちは中堅のルナ、あっちはまだ五将ね。でもルナ、さっきも言ったけれど、勝敗は気にしなくていいから、自分の出せる力を出してくればいいわ」


「分かりました。戦いは不慣れですが、やれるだけの事はやってみようかと思います」


「おう、負けても気にすんな。なんなら俺とラルフで勝ってきてやるさ」


「ありがとうございます。では、気楽にやらせていただきますね」


 そう言いながら『下弦の月』を出すと、皆さん揃って後方に一歩下がられました。

 なかなかに見た目は凶悪ですが、実は私もこの『下弦の月』を実戦で使った事はありませんので、どの程度の戦いができるかはさっぱり分かりません。

 ぐるんぐるんと鎖を持って振り回した後で、柄をぱしっと掴み取り、肩に長柄を担ぐように歩いていくと、向こうの女子陣の一人、ジーナさんが引き攣った表情を浮かべているのが見えました。


「……凶悪過ぎるように見えるんだけれど、気のせい、かしら?」


「見た目については同意しますが、使いこなせるかと言われると無理がありますので、そう身構えなくても大丈夫ではないかと」


「……そう。不慣れなら、まだやりようもあるかしらね」


「――よし、じゃあ結界の中に入っていいよ」


 私とジーナさんのやり取りの後、コンラッド先生に言われてお互いに結界の中へと入り込みます。なんとなく何かをくぐり抜けたような感覚はありましたが、どちらかと言うとくすぐったい感じですね。


『――ルナ様、手加減しないと相手の人死んじゃうし、【滅】は使っちゃダメですよ……?』


『おや、何故です?』


『ルナ様の【滅】で非殺傷結界がなくなる可能性もあるので……』


 アルリオからの念話を聞かされて、一理あると納得すると同時に、どう戦うか迷わされますね。

 確かにこの大鎌、なかなかに重みがあるらしいのです。というより、私が持っているから重みがないだけであるらしく、アリサ様が言うには「無理。持ち上げるのも無理」と匙を投げる程度には、この大鎌は重みがあるそうです。


「悪いけれど、冒険者として活動している以上、素人に負ける訳にはいかないわ。覚悟してね」


「そうですか。では、胸を借りますね」


「――始めッ!」


 ――では、小手調べといきましょう。


 足を軸にして大鎌をぐるんと振り回し、その勢いのまま一回転しながら、大鎌を投げつけます。左手に持ったランタンと大鎌を繋ぐ鎖がジャラジャラと音を鳴らしながら伸びていき、大鎌は凄まじい回転を見せながら、まるで円盤が飛ぶかのような見た目で曲がりながらジーナさんへと飛んでいきました。


「――な……ッ!」


 おそらくですが、いきなり大鎌を投げるなんて予想していなかったのでしょう。

 ですが、さすがにジーナさんは冒険者として活動しているだけはあるらしく、前に飛び込みながら大鎌の下をくぐり抜けてやり過ごしました。


 どうにか一発を凌いだ事に好機と見たらしく、ジーナさんがこちらに向かって手の甲に鉤爪のような刃がついた手甲を振るおうとして――


「――戻りなさい」


 私の一言で、ランタンの頭頂部に繋がった鎖がまるで時間を巻き戻すように凄まじい勢いでジャラジャラと音を立てながら大鎌を引き戻し、ジーナさんの背後から迫っていきます。


 ……あれ、これもしかして首に直接当たってしまうコースなのでは?


「ジーナ、避けてぇっ!」


「――ッ!」


 間一髪といったところでフローラさんの叫び声が聞こえたようで、ジーナさんは私への攻撃を諦めて再び斜め前方に転がりながら飛び込みました。

 そんなジーナさんに安堵しつつ回転した大鎌を受け取り、その刃先を倒れたままこちらを見上げていたジーナさんの顔の横に突き立てました。


「……え……、は……?」


「――そこまでッ!」


 コンラッド先生の声で、試合が終了したようです。

 なんとか一矢報いた、というところでしょうか。

 そんな風に思ってエリーへと振り返ると、なんだか皆さん揃って目を大きく見開きながら、固まっていました。


 ……ふむ、騎士科ジョークですね?


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