2-8 班分けと試験 Ⅱ
とりあえず同じ班での顔合わせは終わりまして、実力試験が開始する事となりました。
組み合わせについては、お互いの班の競争心を煽りつつ結束力を高めるという目的もあるのでしょう。
エリー班と殿下班、お互いがお互いの班の方達とで勝ち抜き戦形式になります。
「――非殺傷結界とは?」
「超古代遺物の一つよ。結界内で戦闘を行っても怪我が残らず、戦闘終了宣言と同時に結界の外に無傷で戻れるっていう優れものよ。もっとも、結界の中で戦っている間は痛みだってあるみたいだけど」
私達がこれから戦闘を行う会場に用いられているのが、その非殺傷結界だそうです。
普段は騎士科の生徒が手合わせをしたり、少し古いしきたりでは決闘を行う際に使われている特殊な訓練場だそうで、事前予約が必要な地下訓練場だそうです。
今日は私達高等科新入生が使うので、予約できない日という扱いになっているようですね。
しかし、そんな便利アイテムがあるとは知りませんでした。
赤竜騎士団の訓練場などにもあるのでしょうか。
さすがに私は訓練場に直接顔を出す事もないので、そういったものは見た事がありませんが。
「怪我が残らないというのは訓練する上でありがたいわ。もちろん、痛みや恐怖は残るかもしれないけれど、実戦ではそれが命取りになってしまうもの。そうした経験を学生の間に体感して克服できるのなら、それに越した事はないでしょうね」
「エリーも初めて使うのですか?」
「えぇ、そうよ。今までは実際に木剣を使った訓練が多かったけれど、非殺傷結界のおかげでようやく自分の力と魔装の力を調整していける、という訳ね。殿下や他の貴族子息だってそれは一緒ね」
「そうなのですね」
魔装には精霊の力が宿っていますし、それを従来持つ自分の力量と併せて使えるようにならなくては意味がありません。
私の場合は今までに戦闘訓練らしい戦闘訓練をしていませんので分かりませんが、エリーにとっては「やっと」という感覚が強いものなのでしょう。
「ただし、ルナ。即死だけは避けるようになさい」
「何故です?」
「非殺傷結界で即死して心の臓が止まった者が、外に放り出され傷が癒えたにも関わらず、心の臓だけが動かなかったという事例がありますの。その事件以来、非殺傷結界内においても即死攻撃は禁止されていますわ」
なるほど、そういうものなのですね。
エリーの説明を聞いていたのか、セレーネさんだけではなく同じ班になった男子四名もまた神妙な面持ちで頷いていました。
「しっかしまぁ、この班分け――気に入らねぇな」
「あら、クラウス様。何がですの?」
「おいおい、様付けなんてやめてくれよ。勘違いされても困るんだが、同じ班に誰かがいて気に入らねぇなんて話じゃねぇんだよ。ただ――見事にアンタ以外、こっちは全員平民だろうが」
「あっちは、貴族」
ツンツンヘアーさんの言葉を引き継いだ無口さんに、岩男さんも頷きました。
対して、もう一人の男子であるチャラ男さんは肩をすくめて苦笑しました。
「考え過ぎだと思うけど? そもそも、俺はあっちの班なんかに行かなくて良かったと思ってるしな」
「何故です?」
「ガチガチの貴族思考について行くのは御免だからだよ。エリザベートさんは立振舞や口調なんかにゃ雰囲気はあるけど、態度や従順さを求めてなんかいないだろ? どっちが当たりか外れかっつったら、こっちが当たりだよ」
チャラ男さんの視線が示す方向を見てみれば……確かに窮屈そうですね。
殿下は涼しい表情で話を聞いているだけですが、ジャック様が殿下の意向がどうのこうのと同じ班の方々に対して指示を出しているようですし。
向こうの女子陣であるフローラさんとジーナさんはすでに匙を投げたようで、話を一応は聞いているようですがあまり相手にしていない、といった印象です。
「……頭が痛いですわね」
早速とばかりに内部分裂を起こしつつある向こうの班を見て、頭が痛いとでも言わんばかりにこめかみに手を当てるエリーに、私は首を傾げました。
「エリーが気にする必要はないのでは?」
「え?」
空気が悪くなって実力を発揮できなくさせるのも、戦い慣れていない方を導くのも、班のリーダーとしての役目なのでしょう。
であれば、ああして最初から強制的に上下関係を叩き込むような真似をして不和を生む腹心と、すでに心が離れてしまったフローラさんとジーナさんに気付かない殿下の姿を見れば、程度が知れるというもの。
いくらジャック様が率先してそのような事をしているとは言っても、コンラッド先生は「殿下の班」と「エリザベート嬢の班」と明確に宣言していますからね。
かたや王族、かたや高位貴族家令嬢であれば、「兵」としてのものではなく、「将」としての資質とカリスマ性が求められると考えるのが必然でしょう。
であれば、無意味に萎縮させ、早速自らが率いる班という名の部隊の不和を招いているジャック様を宥めず、ただただ涼しい顔をしているだけの殿下は、「将」としての器はない、という証左でもあります。
そうした事を滔々と告げてみると、皆様が唖然とした表情をこちらに向けていました。
「……お前、ホントに平民か?」
「少し前までは奴隷でしたが、今は平民です」
「え……っ」
「――くっくっくっ。ルナ嬢の言う通りだよ」
何やら笑いを堪えきれない様子のコンラッド先生が私達の所へとやって来て、少しだけ声を押さえて続けました。
「さて、エリザベート嬢は今のルナ嬢の話を聞いてどうするつもりだい?」
「わたくしですか?」
「そうだ。ルナ嬢が言う通り、エリザベート嬢がこの部隊を率いる将だとしたら、何をすべきだと思う?」
「そう、ですわね……。まずは各自戦力の自己申告からでしょう」
「ほう、どうしてそう思う?」
エリーの答えはコンラッド先生のお眼鏡に適うものだったようで、面白そうに口角をあげてエリーへと問います。
しかしエリーは、そんなコンラッド先生の視線に怯むどころか、そもそも相手にするつもりはないとでも言いたげに冷静に私達を見ました。
「本来、部隊を預かるのであれば、その部隊の長から戦力を聞いて把握する必要があります。が、今のわたくし達は烏合の衆ですわ。それでは作戦を立てる事などできませんし、いらない作戦が足枷となってしまう場合もあるでしょう」
「なるほど。なら、相手の班と戦う前に一度班内で模擬戦でもするかい?」
「あら、敵に手札を見せる必要がありまして? ただでさえ、わたくし達の方が有利ですのに?」
「ほう……? 何故そう思う?」
ニヤリと笑ってみせるコンラッド先生の視線を受けて、エリーはどこか呆れた様子で小さくため息を吐いて続けました。
「殿下は王家の者であり、それを守るジャック様は御自分の実力に自信と自尊心がありますわ。であれば、向こうは大将に殿下、副将にジャック様を置くのは必定。そしてジャック様の性格を考えれば、戦い慣れていない御二人の男子は“軟弱な者”として捨て駒のように扱い、先鋒と次鋒に据えてくるでしょう」
「なるほど。なら、エリザベート嬢はどうするんだい?」
「もしもこの戦いが負けられないものであったのなら、わたくし達は戦い慣れている者達で先鋒から攻め、勝てば良いでしょう。勝ち抜き戦なのですから、消耗が少ないまま中堅戦あたりまで持ち込めば、こちらがそれだけ有利になりますわ。ですが、今回の対抗戦はあくまでも実力を図るものであって、勝敗など二の次。であれば、実力がなるべく拮抗する順序で戦い合うべきでしょう」
エリーの言う通り、今回の対抗戦はあくまでも競争心を煽るものでしかなく、勝たなくてはならないもの、という訳ではありません。
戦闘に不慣れな相手を序盤で出してくると予測できているですから、相応の相手と戦って経験を積ませ、成長を促す、というのがエリーの方針のようです。
このエリーの回答に、誰も異論はありませんでした。
血気盛んな若者らしく、負けてたまるかと躍起になるような人物はこちらの班にはいないようです。
もっとも、ツンツンヘアーさんは少し退屈そうな顔をしていましたが、そんなクラウスさんに「あなたは一番強いジャック様と戦うべきでしょう」とエリーに言われ、あっさりとやる気になっています。
「――うん、合格だね」
コンラッド先生はそういった一連の流れを見た上で、そんな一言を告げました。
「エリザベート嬢、キミには将としての器がしっかりと存在しているようだ」
「過分な評価ですわ」
「いいや、お世辞でもなんでもないよ。キミはしっかりと班のメンバーの不満にも対処できているし、状況を冷静に判断できている。それに……」
そこで言葉を区切って、コンラッドさんは私を見て苦笑しました。
はて、なんでしょう?
「ルナ嬢、キミは軍師の器だろうね」
「はい?」
「いくら将が有能であっても、そんな将に十全の実力を出させる策を講じるのが軍師という役目だよ。さっきのキミの発言があったからこそ、エリザベート嬢は持ち前の冷静さを如才なく発揮できた。違うかい?」
「買い被りでは?」
「さて、それはエリザベート嬢がどう感じていたかによるけどね」
「……いえ、コンラッド先生の仰る通りですわ。ルナのさっきの一言がなければ、わたくしも冷静に考える余裕がなかったのは事実ですわよ。ありがとう、ルナ。あなたのおかげで、わたくしも冷静になれましたわ」
「はあ……?」
花が咲き誇るような笑みを向けられて、そんな笑みを向けられた私ではない同じ班の方々がエリーに見惚れているのが見て取れました。
エリーは華やかさがありますから、どちらかというとそういった笑顔は意外な印象がありますが……悪くない、ですね。
「さて、わたくし達も順番を決めましょう。まずは戦い慣れていない方から、自己申告をお願いしますわ。あ、セレーネさんは慣れていないって分かっているから言わなくても大丈夫ですわよ?」
「ふぁっ!? え、な、なんで知ってるんですかっ!?」
「……見れば判りますわよ」
エリーとセレーネさんのやり取りに空気は和み、その後は戦い慣れていない方と戦い慣れている方という形で、以下のように順番が決まりました。
先鋒:セレーネさん
次鋒:チャラ男さん
五将:無口さん
中堅:私
三将:岩男さん
副将:ツンツンヘアーさん
大将:エリー
「…………あれ? なんで私、次鋒か先鋒じゃないんでしょう?」
「「「あの魔装でそれはない(ですわ)」」」
エリーとチャラ男さん、それにツンツンヘアーさんに声を揃えて言われました。
むぅ。
「わ、わたしが、い、いちばん……?」
「負けても気にしないで、セレーネさん。あくまでもこれは実力を確認するだけの試験なんだもの、気にしなくて大丈夫だから」
「え、エリザベートさまぁ……」
「――よーし、じゃあ先鋒、舞台へ上がれー」
「ふぇっ? あ、は、はいぃ……!」
どうにか勇気を振り絞って、涙目になりつつもセレーネさんが舞台へと向かいました。
対する相手は、やはりと言いますか、戦いに不慣れな男の子だったようです。
ですが、相手が自分以上に戦いに不慣れそうなセレーネさんだと知るなり、その表情にいやらしい笑みを浮かべました。
「じゃ、準備はいいな?」
「へーい」
「は、はいっ! が、がんばりますぅっ!」
どう見てもセレーネさんはプルプル震えていますし、身体は強張っています。
さらに内股気味になりながらどうにか立っている有様。
エリーも心配そうに見つめていますが、これは勝敗云々というより、セレーネさんが怖くて戦えなくなるのが心配、といったところでしょうか。
「――始めッ!」
「――おおおぉぉぉッ!」
コンラッド先生の合図と同時に男の子がセレーネさんへと肉薄します。
武器はショートソードと一般的なものですが、素人目に見ても不慣れなのが判る程度には大きく振り被っていて、一歩動いただけで避けられそうなものです。
しかし、迫ってくる男の子の姿を見て、セレーネさんはぎゅっと目を閉じて俯いてしまい……。
「セレーネさん、しっかり見て!」
エリーが叫んでセレーネさんへと声援を送る横で、私は小首を傾げました。
……気のせいでしょうか。
今、セレーネさんの口角がニタリといった具合につり上がったように見えましたが……。




