2-6 始まる学生生活 Ⅱ
学園の制服は元々騎士服を参考に作られたもので、男性は白いスラックスに同じく白を基調としたブレザーです。胸元には学園の校章が刺繍され、初等科は白のまま、中等科は緑、高等科は黒色に袖口や衿先がライン状に染色されています。
対して女子も色合いのベースは同じものとなりますが、スラックスではなくチェック柄のプリーツスカートに太腿まである黒いサイハイソックスです。もっとも、スカートの下には白いショートパンツを履きますが。
ちなみにこの学生服、魔物素材と呼ばれる代物だそうで、耐刃性、耐衝撃性が高い代物で、騎士団でも採用されている素材なのだとか。
赤竜騎士団の方々はフィンガルでの戦闘ではまさに騎士風といった鎧を着ていましたが、魔物との戦闘では軽鎧が主流です。耐えるより避ける、といったところに主軸が置かれていますからね。
そんな制服に身を包んだ、新高等科一年生である私とエリー同様に、騎士訓練棟にはおよそ三十名に届かない程度の生徒が集まっています。
この三十名のほぼ九割が貴族家出身者なのですから、結構な人数ですよね、実際。
もちろんアヴァロニアからだけではないのですが。
「はーい、『発動型』の魔装持ちで近接戦闘クラス希望者はこちらへー」
「遠距離攻撃系の〈才〉、または『増幅型』持ちはこちらに来てー」
「貴族のお嬢様向け護身術はこっちよー」
やいのやいのと上級生と思しき方々が叫んでいる姿が見えて、三々五々に生徒達が散っていきます。
「へぇー、魔装タイプもやっぱりしっかり分けるのですわね」
「……魔装、ですか……」
「ルナ、あなたの魔装ってどういうものですの?」
二人の時は言葉もだいぶ砕けたものになりましたが、今はエリーも貴族令嬢らしい口調で話しかけてきます。
そんなエリーの質問に、私はしばし聞こえないフリをして明後日の方向を見つめました。
「…………」
「……ルナ? どうしましたの?」
「………………見せなきゃダメですか?」
「え? えぇ、そうね。できれば見せてほしいですわね」
「……分かりました。では、近くに人がいると危ないですので、少し離れましょうか」
「――え? ど、どういう事ですの?」
一度人混みから離れ、エリーを連れて開けた場所へ。
私の魔装ですが……正直に言うと、なかなかに派手と言いますか……。
イオ様とアリサ様には引き攣った顔をしながら「か、かっこいい、よ?」と、心にもないフォローの言葉をいただきましたし。
アラン様には「……お前はどこにいくんだ?」と私のせいでもないのに私が自ら進んで魔装を選んだかのように言われました。
解せません。
ともあれ、エリーが見たいと言うのであれば、見せておくべきなのでしょう。
どうせ騎士科に入った以上は、魔装の扱い方にも慣れなくてはいけませんし……そう、開き直りました。
「――きなさい、『下弦の月』」
ただ一言私がそれを告げるだけで、私の手元に魔装が現れます。
禍々しいまでの黒い靄を放っており、相変わらず威圧感が凄まじいです。
ただでさえ長大な得物であるにも関わらず、長い柄の部分には、じゃらじゃらとまきついた鎖と、その先に繋がるぼんやりと金色の光を放つランタンのような何か。
逆手に持つ形となって顕現した『下弦の月』という名の魔装は、私の身の丈以上もある長柄の先には、これまた私の身長の六割程はあるのではないかという、湾曲した刃。
――「さすがルナ様っ! 『死』を象徴とする神具は神子様となった今でも健在だったのですねっ!」という、妙に嬉しそうなアルリオの声。
アルリオが初めてこれを見た時の妙に嬉しそうな声を思い出しますね。
えぇ、そうです。
私の魔装とはずばり――大鎌と魂のランタン。
大鎌によって命を刈り取り、ランタンに魂を集めて輪廻へと受け渡す存在。
――「あー、ルナちゃんは知らなかったの、かい……? 月の女神は『生と死、破滅による再生』を司る。分かりやすく言えば、死神様の一面を持っているんだよ?」という、引き攣った表情でこれを見たフラム様の反応。
……これ、魔装ではなくてルナリア様の神具が魔装となったもの、だそうです。
本来なら精霊が魔装に転じるものなのですが、私の場合、アルリオという眷属を経て神であった頃の力を具現化している、だそうで。
つまり、何が言いたいのかと言うと……――――
「ひっ!? な、なんだあれ……!?」
「こわっ!? えっ、こわっ!?」
「どう見ても凶器。持ち主が無表情で狂気しか感じない……」
――――こうなる訳ですね。
ちらりと声の主がいるであろう場所へと顔を向けると、全力で目を逸らされました。
「……ま、禍々し……いえ、かっこいい、です、わよ?」
「……お気持ちだけいただいておきますね」
いつも泰然としている――いえ、アルリオをもふる時以外はでしたが――エリーでさえ、どうやら私の魔装を前にドン引きしているようでした。
そこまでしてフォローしていただかなくても、私としてももうちょっとこう、取り回しの良いものだとか、シンプルな短剣なんかがいいかな、と思っていたのですが。
残念でなりません。
しかしこの大鎌、妙に手に馴染むのです。
見た目の割に私が扱う分には重さを感じませんし、このランタンを左手に持った状態で大鎌を投げると、鎖が私の意思を汲み取って延びていき、ちょうどいいところで止まって巻き取ってくれたりと。
使い勝手が悪ければ使わずにそっと放置したのに、と思わない日はありませんでした。
「えっと、ルナの契約精霊って武具精霊ですの? それとも英霊かしら……?」
「……そんな感じだと思っておいていただければ」
「まぁ、精霊も色々ですわよ。それに、魔装は使用者に合ったものになると言われておりますもの。きっとルナにはそれが似合……う、ようになるものという事ですわ」
「そう、ですか?」
手持ち無沙汰にくるくると大鎌を回してみせると、私にとっては重さがないので軽く動かしただけなのですが、風圧と風切り音が凄まじい事になり、周りの方々に「アイツやべー奴だ」みたいな目で見られています。
ですが、お肉様ゲットの為には力を得られるに越した事はありませんし、開き直っているというのもまた事実ですが。
そんな事をしていたら、エリーに引き攣った笑みを向けられました。
「ル、ルナ……? 一度それ、しまってもらえるかしら?」
「はい」
心の中で消えろと念じれば消えてくれる私の魔装。そのまま私の腕に銀色のブレスレットとして収納されます。魔装の特徴として、展開していない間はこうして装身具として収納していられるというのはありがたいですね。
さすがにあの『下弦の月』を持ち歩くような事になったら、動きにくいですし、ドアに引っかかったりして大変そうですし。
「――何やら騒々しいと思ったら、またキミか、エリザベート」
ちょうど『下弦の月』が消えてエリーがほっとした瞬間でした。
私達を遠巻きに見ていた人々が左右に分かれ、そこからアラン様に似たような、けれどもっと無駄にキラキラした感じ御方が、もう一人の男子を引き連れて歩いてきました。
「殿下……」
あぁ、あれが噂の殿下ことジェラルド様でしたか。
心の中でメモを取る準備をしつつちらりとエリーを見つめると、エリーはまるで能面のように表情を消してジェラルド様を見つめていました。
対するジェラルド様とそのお仲間達は、何やら興味深そうに私を見ております。
「……見ない顔だな」
「わざわざ生徒全ての顔を覚えていらっしゃるのですか?」
気になったので問い返してみると、ざわりと騒然とした空気が流れました。
私の質問に苦笑した様子で、ジェラルド様が肩をすくめてみせました。
「いや、そういう訳ではないんだが、すまない。エリザベートと一緒にいるような子で、キミのような子は見た事がない、と言いたかったんだ」
「そうですか」
「キミ、名前は?」
「貴族の社交界であったとしても、高位の者が先に名乗るものであると記憶しておりますが。もっとも、平民であっても訊ねる側が先に名乗るべきなのは同様ですが」
「ちょっ、ルナ!?」
ふむ、何か間違えましたか……。
いえ、確か『人付き合いに大事なこと~これができたら人気者~』という本には、自己紹介に関しても書いてあった気がしますが。
「エリーの態度を見れば、この御方がジェラルド殿下である事はなんとなく想像がついていますよ? ただ、“予想していた以上に常識のない御方”だと、そう認識を改める事になりましたが」
エリーには申し訳ありませんが、これなら婚約破棄してしまった方がエリーの為になるのではないでしょうか。
先程登場した時から、エリーを厄介者のように名指し。さらに、まるで自分を知らない者などいないと言わんばかりの態度と、社交上のルールすら守れない有様。
アラン様を知る私としても、コレが王位継承権の高い位置にいるというのは、どうにも納得できそうにありません。
そんな風に考えてエリーに話していると、ジェラルド様の隣にいた男子がずいっと前に出てきました。
「キミ、さっきから失礼じゃないか?」
「……? はて、あなたと話している覚えはありませんが。急に赤の他人を失礼と言ってくるあなたこそ失礼では?」
「る、ルナ……っ!? ちょっ、なんでそんな喧嘩腰ですの……っ!?」
「……セリグマン伯爵家のシリルだ」
「そうですか」
…………?
名乗るだけ名乗って固まっていますが……なんだと言うのでしょうか。
「おかしいだろう!? 名乗ったんだから名乗るべきじゃないのかっ!?」
「……? 名乗ってくれと頼んだ覚えはありませんが? それに名乗る気があるとも言っていませんよ」
実際、私は名乗って欲しいと一言も言っていませんし。
何故こんな衆目に晒されながら名乗る必要があるのか、理解に苦しむところです。
「……侮辱する気か……?」
「いえ、そんな事は。ただちょっと残念な御方なのかな、とだけ」
「な……ッ!?」
ローレンス様の息子ともなると、てっきり老練さ、老獪さというものも受け継がれているかと思いきや、あまりそういう訳ではないようですね。
残念ながら件のアメリアさんはいらっしゃらないようですが、これでエリーの隣に私という存在があるとしっかり認識した事でしょう。
「……エリザベート。この娘は?」
「……ルナですわ。平民ですが、わたくしの古い友人ですの。高等科からこの学園に入って来たばかりですので、少々攻撃的になっているようで。申し訳ございませんわ」
「フン、しっかりと手綱を握っておく事だな。いくら学園とは言え、度が過ぎれば後悔する事になるぞ」
私の代わりにエリーが話しかけられたかと思えば、またシリル様が噛み付いてきました。
そんなシリル様を相手にエリーが不敵な笑みを浮かべました。
「あら、あなたに言われる謂れはありませんのよ、シリル様?」
「なんだと?」
「アメリア嬢の事を諌めようともせず、甘い顔だけをなさっていらっしゃるでしょう? 婚約者がありながら他の女性にうつつを抜かすような真似をなさっている訳でも、婚約者がいると知りながら近づいた訳ではなくってよ? ルナはただ、興味がないものを興味がないと言い切っただけですわよ?」
「貴様ッ、こんな時にまでアメリアに文句を……っ!」
「――はいはい、そこまでなー」
おや、エリーの悪役令嬢ぶりにすっかり観戦モードに入っていたというのに、教官……?
あの御方は確か赤竜騎士団にいらっしゃったような気がしますが……。
その御方が仲裁に入りつつ、私にウインクしてきました。
私がやろうとするとぎゅっと目を閉じるだけだと言うのに、嫌味ですか?
「血気盛んなのは結構だが、そろそろクラス分けするからな。その元気、しっかり授業で使ってくれや」
「……シリル、行こう」
「……く……っ、分かり、ました……」
ジェラルド様に言われて去っていくシリル様ですが、キッと憎々しげに睨まれてしまいましたね。
ローレンス様のような、柔和な雰囲気の中にある鋭さとは違い、安っぽいですね。
そんな事を考えていると、エリーにそっと声をかけられました。
「……ルナ、さっきの挑発はわざとですの?」
「挑発、ですか? なんの事でしょう?」
「て、天然ですの……っ!?」
「それより、エリー。今の少しおかしいとは思いませんか?」
「え?」
きょとんとした表情を浮かべるエリーは可愛くてよろしいのですが、気が付いていなかったようです。
あのタイミングでわざわざ私達の所に来た事。
そして最初からエリーが騒動の原因だと分かっているかのように告げてきた事。
さらに、わざわざ取り巻きまで追従してきた事。
詰まるところ、それらが偶然である方がおかしい訳です。
――今回の騒動、裏で扇動している者がいます。
ぽつりと口を動かさぬようにエリーに告げてみせると、エリーはさらに目を大きく見開いて、口元を隠すように手を当てました。
「詳しい話は後にしましょう、エリー。私達も早くクラス申請をしに行かなくては」
「ちょ、ちょっと、ルナ!? 今のは一体……っ!」
さてはて、どうにも思っていた以上に面倒な事に巻き込まれてしまったようです。
そんな事を考えながら、私はエリーを連れて人混みの中へ――進もうとしたら、皆さんすっかり避けて道を空けてくれましたね。




