2-4 情報交換 Ⅱ
二杯目の紅茶を用意する頃、話題は今回の騒動の張本人たち――つまり、殿下とその周辺を取り巻く方々へと移っていきました。
まず問題となっているのが――アメリア・リファールさん。
「リファール男爵家の令嬢ですか」
「えぇ、そうですわね」
「ですが、貴族としての常識というものが一切配慮できていないと言いますか……。普通、公爵家の令嬢が婚約されているのであれば、そこに割り込もうとはしないのではありませんか? 恋は盲目とは聞いた事もありますが、いくら盲目であっても些か綱渡りが過ぎるような気がしますが……」
社交辞令をそのままに受け取ってみせたり、高位貴族家の子息相手に馴れ馴れしく話しかけたりと、確かに聞いている限りでは常識に疎いと言いますか、いっそわざと無視しているようにさえ聞こえてくる行動が多々あるようです。
「リファール男爵は止めないのですか?」
「止めないでしょうね」
「何故です?」
「リファール男爵家は、単純に言えば成り上がりで一代限りの法衣貴族の男爵家なのよ。だからアメリアさんを利用して爵位の高い家と繋がりが欲しい。けれど、婚約者を見つけるなんて余裕はない、というところね。高位貴族家の子息を侍らせていられるなら、多少綱渡りでも押す事はあっても引くつもりはないでしょうね」
法衣貴族とは王城で働く文官となって、相応の地位にいるという事でしょうか。
先王陛下の時代はどうにも貴族派と呼ばれる派閥が幅を利かせていたようですし、法衣貴族という方は多かったのだとか。
しかし法衣貴族はあくまでも「職の都合上与えられるもの」というところです。
法衣貴族とは呼ばれますが、実質的には公務員のようなものですので、決して偉くなる訳ではないのですが……。
「平民から一度は高位とされる法衣貴族になった事で、野心でも芽生えてしまった、と? うまくいけば玉の輿、というヤツですし」
「身も蓋もない言い方だけれど、その通りよ。一代限りなら貴族社会のルールを多少無視しても許される部分もあるわ。だったら、アメリアさんが多少……いえ、あれだけ常識外れな真似をしていようと、繋がりを得られずに粛々と時が進むのを待つよりは賢いかもしれないわ」
額面通りに受け取れば賢い御方、ぶっちゃけてしまえば下心で動いているのであれば、そういう方法もありなのかもしれませんね。
古来より魅力的な女性の存在によって国が傾いた、という話は聞いた事がありますし。
……いえ、そういうタイプではなさそうですね。
いっそ猪突猛進、単純で後先を考えずに突っ走っている、という印象しかありませんが。
そうなると、やはり本来そういった女性を相手にしない、懐に入れないというのが男性貴族のはずですが、それでも囲い込むだけの魅力があるのでしょうか?
男性陣についてもお話を伺っておいた方が良さそうですね。
「アメリアさんに言い寄っている方は、ジェラルド殿下と高位貴族家の子息と聞きましたが、そちらで代表的な人物は?」
「殿下は言うまでもないけれど、まずは今回こちら側についてくださったローレンス宰相閣下の息子で、セリグマン侯爵家子息――シリル様ね。線の細い男性で近寄り難い雰囲気の男性ですけど、アメリアさんに対してだけは柔らかく笑ったり、見るからに惚れているわ」
ローレンス様もどこか冷たい雰囲気をお持ちでしたが、息子様もそうなのですね。
血筋なのでしょうか。
「あまり惚れっぽくはなさそうですが……見た目が好きだったのでしょうか」
「どうかしら。最初は平民である事を理由に周りから虐げられていたらしくて、シリル様がそれを止めたらしいのよね。それから勉強を教えるようになって、どんどん親密になったっていう噂ね」
……ふむ、意外とチョロいのでしょうか。
思わずそんな事を思って、足元までやって来ていたアルリオを見てしまいました。
「次に、青竜騎士団団長、グランジェ伯爵家子息の嫡男、ジャック様ね。彼もシリル様と似たように、嫌がらせを止めたみたいだけれど……それからは自分がアメリアさんを守ると豪語して、今ではすっかり騎士気取りよ」
「まぁ、確かに平民を守るのは確かに騎士の務めですけど……」
「そんな立派な理由じゃないのよ。ジェラルド殿下の大切な人――つまりは未来の王妃候補にはアメリアさんこそ相応しいなんて思っているみたいで、殿下と彼女の騎士にでもなったかのような振る舞いよ」
「それが適用されるべきなのはエリーなのでは?」
「無理ね。わたくしがアメリアさんや殿下に注意した結果、アメリアさんに嫌がらせしているのはわたくしだと思い込んでいるもの。表立って何かをしてくる事はないけれど、親の仇でも見るような目を向けてきているわ」
……思った以上に頭がおかしいのでは。
公爵家令嬢に対して、伯爵家の方がそんな真似をするとは。
いくら学園内では不敬罪が適用されないとは言っても、学園を出た後の事を考えれば、そんな禍根を残すような真似をしても自分の首が締まるだけではないでしょうか。
これは……確かに陛下やローレンス様が考える通り、廃嫡を視野に入れてしまった方が良いかもしれませんね。
貴族にとって醜聞はタブーです。
いくら学生だからとは言え、「過去に一人の令嬢に入れ込んでいた」等という醜聞が付き纏えば、女にだらしない、ハニートラップに引っかかりやすいだの、尾ひれどころか羽まで生える勢いで評価は底辺に落ちるでしょうし。
呆れてしまう私とは対照的に、エリーはすでに色々と諦めているのでしょう。
忌々しげに表情を歪める事もなく、淡々と説明してくれました。
「その他には、フィンドレイ商会長の息子で双子のヘンリーとヒース。それにルシエンテス財務卿の息子で嫡男のロレンソですわね。――ものの見事にジェラルド殿下の取り巻きをコンプリートしているわ」
「大変ですね。立場ある家の方々が」
「……そう、その通りよ。さすがね。陛下とローレンス宰相閣下からの推薦だけあって、政治的な問題にも理解があるのね」
「理解と言える程ではありません。ただ、今回の騒動で廃嫡が確定すれば、少なからず親にも“子育てもろくにできない”という評価が下るでしょうから、苦労なさるでしょう」
先述した通り、醜聞ですからね。
親とて子供の起こした問題であると言いたくもなるでしょうが、あまりよろしくない評価を与えられる事は間違いないでしょう。
むしろ政敵であったり商売敵であるのなら、ここぞとばかりに叩いてくるのは間違いありませんし。
「エリーは、どうなってほしいと考えているのですか?」
「わたくし?」
余程私の質問が意外だったのか、ここにきてエリーが初めて表情を動かしました。
きょとんとした様子で目を丸くしている姿を見ると、やっと年相応と言いますか、同い年ぐらいなのだなと実感できます。
「……わたくしとしては、いちいち大きな問題にならないでくれれば、それで。アメリアさんに悪気があるにせよ、ないにせよ、どちらにしても今回の問題はもう無かった事にはならない程度に膨らんでいるもの。結果として国が揺るがないのであれば、それ以上を望んではいませんわ」
エリーは、本当に良い意味で理想的な王妃候補だったのでしょう。
私情を挟んで復讐するだとか、俗に言う「ざまぁ」な展開を望みもせず、ただあくまで、未来の王妃として今回の問題を捉えていらっしゃいます。
おそらく陛下とローレンス様は、そんなエリーの人となりを知っているからこそ、彼女の醜聞になるような事だけは避けようと、私を派遣したのでしょう。
これで私がファーランド公爵家側から派遣されていたのでは、エリーの身の潔白を証言しても擁護しているようにしか聞こえませんが、件の騒動の原因とも言えるジェラルド殿下の身内である陛下本人からの依頼でやって来ているのですから。
「……潰してしまった方が早そうですね」
「……へ?」
「あぁ、いえ。潰してしまった方が早そうだ、という独り言ですのでお気になさらず」
「き、聞こえてなかった訳ではありませんのよっ!? 何を突然言い出すのかと思って……!」
おや、エリーの表情が慌てたものに。
しっかりしていて綺麗な御方ですが、なんでしょう、可愛らしさもお持ちですね。
「三年間も“恋愛ごっこ”に付き合うのは、エリーにとっても害悪だと思うのです」
「れ、恋愛ごっこ……」
「違いますか? 己の立場を、税で生活しておきながら、贅沢しておきながら責務を放棄するかのように恋がどうのと、まさしく“ごっこ遊び”もいいところです。商家の双子の御方はともかくとして、他の方々の状況は喜ばしくないと思いますが」
「な、なんでそんなやる気ですの……!?」
直接的に手出ししようと思えば……アルリオが色々やらかしそうな気がしますので却下するとして。貴族として問題ある行動等については逐一メモを取り、詳細をあげ、報告させていただきましょう。
「学園内では私と行動するよう心がけてくださいね」
「え、えぇ、もちろんですわ。そのように、陛下とローレンス宰相閣下からも言われていますもの……」
ふむ……それでも、私が見えていない所で何かをされて、それをエリーのせいにされては困りますね。
『アルリオ、学園内では姿を消して行動する事は可能ですか?』
『はぇ? あ、え、うん。なんなら精霊達からも情報を集めたりする事だってできますっ!』
『そうですか。でしたら、協力してくださいね』
『~~っ! わかりましたーっ! ルナ様のお願いならがんばりますっ!』
はて、何やら凄く嬉しそうですが……頼られたのがそんなに嬉しいのでしょうか。
ちらりと足元を見てみると、嬉しさを殺しきれないのかぴょんぴょんと足元を跳ねていますね。
「る、ルナ……? そ、その子は……?」
「アルリオです」
「そ、そうですの……。えっと、その……」
「もし良かったら抱いてみますか? ふわふわもふもふですよ?」
「ふ、ふわふわもふもふ……」
ごくり、とエリーが息を呑んだような感じがします。
もしかして、エリーは兎さんが好きだったりするのでしょうか。
「アルリオ、エリーの膝へ」
「え……きゃっ!?」
私の言う通り、アルリオがエリーの膝の上へと飛び移りました。
ドレスを着ていますが、アルリオは毛が抜ける事もないようですし、皺にならないように変に動いたりもしないよう配慮してくれるはずです。
「はわ……っ、も、もふもふですわ……ッ!」
頬を紅潮させながらアルリオを撫でるエリーが、目をキラキラさせながら呟く姿を見て、私は紅茶を口に運びました。
――心置きなく潰してあげましょう。
改めてそんな事を考えると、途端にアルリオがビクッと震えてぷるぷる震えだし、エリーが心配しながら様子を見ていました。
エリー、アルリオは突然震えたりするので、体調不良とかではないので心配しないでください。




