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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
31/76

2-3 情報交換 Ⅰ

500ポイント突破しましたー!

皆様のおかげです、ありがとうございますー!



 アヴァロニア王国、王立学園。

 ここはまさに学園と呼ぶに相応しく、初等科から高等科はもちろん、研究棟には研究員とその見習いまでがいる、まさに広大な学び舎です。

 周辺国でも、施設と教育水準の高さ、多種多様なクラスと、アヴァロニア王国王立学園の名は有名であり、アヴァロニアの出身者以外にも、多くの国から学びを求めてやって来るのだとか。


 王侯貴族や平民、孤児だって「この学園の中においては身分の一切を捨て、一人の学徒としての己で在れ」という理念を守っているそうです。

 まぁそれは建前というヤツで、単純な話「不敬罪が適用されない」というだけの話のようではあるのですが。


 ともあれ、そんな学園の寮もまた、かなり大きく。

 幾つもある女子寮の中でも、最も敷居の高いという『白百合舎』に私は身を寄せる事になりました。

 女子寮の格は推薦者や家の家格である程度整えられているようで、生活水準が同じ寮内なのに違い過ぎる、価値観が全く噛み合わない、といった問題をなくす為の措置みたいですね。

 私の価値観と合う人なんていなさそうな気がしますが……まぁ、気にしません。


 さて、平民でありながら寮の特別個室に入るには、上位貴族による推薦か、または入学試験で中等科の学年末試験の上位五名以内程度の点数を取らなくてはなりません。

 幸い私は上位貴族――というより王族からの推薦ですが――によって特別個室に入れる事が確定していましたが、そもそも編入試験の成績も悪くなかったようで、特別個室には身元保証人――但し有名な商家か貴族――がいれば入れたようです。


 特別個室は部屋数が多いそうで、私が横入りするような形になったからと言って誰かが退室を求められたり、または誰かが入れなかったり、という騒動はなかったようですね。

 一応は高位貴族家用に作られたものだったようで、個室内はリビングとキッチンルーム、ダイニングルームと寝室、さらにお風呂にバルコニーと、実に優雅な暮らしを可能にしてくれているようです。


 ちなみに寮費等については、特別個室に入れる程の優秀者であれば全額免除していただけるのだとか。

 お金のない私にとっては実に有り難い話だとイオ様にお話したところ、「そもそもルナちゃんの寮費も学費、生活費も含めて、全部団長がポケットから出してくれているわよ~?」との事。ただ、陛下と宰相様からの依頼もあったので、そちらは必要経費プラス報酬によって相殺。

 結局、アラン様が用意していただいたお金はアラン様の懐に戻ったそうです。

 誰も損しない、素晴らしい生活の始まりですね。


 学園内の女子寮、その最上階に今住んでいるのは、なんと私だけだそうです。

 これはあれです……一国一城の主、というやつでしょうか。

 まるで偉い人になったような気分ですが……、実は私、赤竜騎士団の女性騎士舎でワイワイガヤガヤしていた日々は割と好きだったようです。


 なんとなく、フィンガルにいた頃を思い出してしまいますね。

 あの頃は王城内の王女様の居住塔の一室で、ゴワゴワとした毛布一枚とトイレがあるだけの、鉄格子の嵌め込まれた出窓だけが私の部屋にはありました。


 夜が来る度に、静寂が私を包んでくれました。

 私が唯一落ち着ける時間。何も考えず、何もせずとも許されている唯一の時間。

 格子の嵌められた窓からは夏は熱気が、冬は寒気が入り込んできて、お世辞にも寝心地は良くなかったですけれど……それでも、私にとって夜の静寂は優しいものであったと、そう言えるでしょう。


「ルナ様ルナ様っ! この布団見て! チョー跳ねる!」


 ……私の感傷など知った事ではないと言わんばかりに跳ねるアルリオのせいで、あっさりと押し流されましたね。


「兎なのに跳ねる事を喜ばなくても、普段から跳ねているではありませんか」


「この反動がいいんですっ!」


 そういうものみたいです。なるほど、分かりません。

 そんなアルリオを放って部屋の中を見てみると、ちゃんと学園の制服がかけられており、クローゼットの中にも色々な服が入れられていました。

 誰の服なのかと思いつつ中身を見ていると、一枚の手紙が足元に落ちている事に気が付きました。


『ルナへのプレゼントだから~、ちゃんと着なきゃダメよ~? 放っておいたらずっと制服着てそうだもの~』


 ……イオ様、何故バレたのでしょうか。

 服の良し悪し、似合う似合わないが分からないですし、一応学園の制服は正装と呼べなくもない扱いになるそうなので、制服があればそれで良いと思っていたのに……。


 イオ様、アリサ様には服の事を色々と教えてもらった事もあるのですが、色合いだとか顔付きだとか雰囲気だとか言われましても、全然ピンと来ないんです。

 だから王城では侍女服を着回していられたので気楽だったのですが……私服とは、また難易度が高いですね。


 辟易とした気分を味わいつつもリビングへと向かっていくと、ちょうど部屋の扉がノックされました。

 鍵は開けたままでしたので開いている旨を伝えてみると、扉が開かれました。


 その人は、波打った長い赤みの強い金髪――ストロベリーブロンド、というヤツでしょうか。そんな長い髪に気の強そうなつりあがった瞳は髪よりも金に近い、けれど赤みも帯びている髪。

 これから夜会にでも行くかのような深紅のドレスに身に纏っており、開かれた扉から「失礼しますわ」と短く挨拶をして中に入ってくると、後ろ手に扉を閉め、そのまま鍵を閉めました。


 そうして、カーテシーをして一礼。

 ドレスの下の足が蛙っぽいアレな動きは見えませんが、カーテシーを見ると蛙を思い出してしまいますね。


「――お初にお目にかかりますわ。ファーランド公爵家長女、エリザベート・ファーランドですわ。以後お見知り置きくださいませ」


「ルナです。宜しくお願いします」


「ルナさんですわね。設定上(・・・)はわたくしと旧知の仲という扱いになりますので、そう呼ばせていただきますわ。わたくしの事はエリーと呼んでくださいませ」


「エリー様、ですね」


「様は不要、エリーとそのままで構いませんわ」


「では、エリーと。私もルナと呼び捨ててくださって結構です」


「ありがとう。今回はわたくしとジェラルド殿下の為に、色々とご迷惑をおかけする事になってしまい、申し訳ありませんわ」


「いえ、私も陛下と宰相様からの依頼ですので、お気になさらず。よろしければ紅茶を用意致しますので、どうぞ」


「ありがとう」


 エリーはどうやら、私よりも背も高く、出るところも出ていて、さらに所作が洗練されている、といった様子です。私が案内してリビングに備え付けられていたソファーに座っているように促すと、背筋を伸ばしてしっかりとした姿勢を当たり前のように保ってみせました。

 私も王城で侍女教育と言われ、頭に本を載せた事がありました。

 まぁ、その本はあとで私が楽しく読ませていただきましたが。


 さて、紅茶です。

 特別個室内はどうやら色々と揃えてくれたようで、紅茶もしっかりと高級茶葉のものからお茶請けに合うものまで、多種多様の缶も置かれていました。

 さすがにお茶請けまでは用意されていなかったので、今日は今回の為に借りている魔道具――マジックバッグから私が焼いてきたものを取り出します。


 しっかりと時間を測り、準備を進めて用意したお茶。

 クッキーをお皿に移し替えてテーブルへと戻ると、エリーは相変わらず背筋をピンと伸ばして座っていました。


「どうぞ」


「あら、いい匂いね……。急にやって来たのにしっかりとしたものを用意してくれたみたいで、気を遣わせてしまったわね。ごめんなさい」


「いえ、こちらも引っ越しの片付けはほぼ必要ありませんでしたし、部屋の諸々を確認し終えたところで暇でしたから。クッキーは料理人が作ったようなものではありませんので、味の保証はしかねますが」


「いえ、ありがとう。いただくわ。遠慮せず、あなたも座って? 平民だという事は聞いているけれど、そんな事を気にする程、わたくしは狭量ではないもの。色々と先に情報交換したり、話をしておきたいの」


 促されるまま自分の分の紅茶も用意して、向かい合うような位置に腰掛けます。

 エリーの所作はやはり洗練されていて、紅茶を飲む姿だけでも十分過ぎる程に絵になるぐらいです。


 ただの貴族、とは違いますね。

 目の伏せ方、カップに置く際に音を立てない、けれど遅すぎない慣れた手付き。

 これが王妃教育を受けている御方と、普通の貴族の方との違いなのでしょうか。

 イオ様でさえ綺麗で優雅に紅茶を飲む御方だと思っていましたけれど、その一つ一つでさえ、こうしてエリーを前に比べてしまうと、エリーの方がより洗練されているのだと見せつけられます。


 そうして行動を観察しつつもしばらく時間を置くと、エリーはソーサーに載せたカップをテーブルへ置いて、まっすぐ私を見つめました。


「――率直に言うわね。あなたは、ただわたくしの傍に友人としていてくれればいいわ」


「……それは、可能なのですか?」


 公爵家の令嬢ともなれば、必然的に取り巻きのような形で付き従う事になる貴族の子息令嬢もいるでしょう。

 そういった御方を差し置いて、平民である私が共に行動していれば、必然的に目立ってしまうのではないでしょうか。


 そう考えて告げた真意を汲み取ったようで、エリーは自嘲気味に苦笑しました。


「問題はないわ。ジェラルド様――殿下とわたくしの間に不和が生まれ始めたのは、中等科の頃からだもの。そうしてジェラルド様と親しい高位貴族子息でさえ、いつしかジェラルド様と同様に一人の女子生徒を囲むようになってしまったわ。そんな御方に注意をすれば、ジェラルド様がわたくしを嗜める。それが中等科での日常だったわ……」


「……なるほど。つまり、結果として、ジェラルド殿下対エリーという構図が生まれてしまって、エリーの近くにいるととばっちりを受けてしまうからと取り巻きも距離を置くようになった、と?」


「有り体に言えばその通りよ。わたくし自身、わたくしと一緒にいては睨まれる事になるからと周囲に言って、距離を置くように勧めたの。おかげで、ずいぶんと静かな学生生活を送る事ができているわ。もちろん、静かに学生生活を終えられればと思わなかった訳ではないけれど……」


 ――こんな風になるとは、思ってもみなかった。

 言葉は続きませんでしたが、そんなエリーの本音がひしひしと伝わってきて、私は自ら手に持つ紅茶のカップで揺れる水面を見つめました。


 王妃教育を受けるとなれば、十歳頃からだと聞いた事があります。

 それから五年の歳月を、彼女は己にできる事を、為すべき事を為すためだけに日々を費やしてきたのでしょう。

 高位貴族家がどのような教育を施しているのかは分かりませんが、王妃教育とは厳しく、辛く、時に苦しい程のものだろう事は容易に想像できます。


 なのに、結果としてそれらは報われない。

 それは、どんな気持ちなのでしょうか。


 己の全てを懸けて費やしてきた時間が、その努力が、不義理な行いで揺らぎ崩れる。

 エリーが今、こうして落ち着いていられるのは、おそらく「自分がうまくやっていれば」という考えが先行していて、殿下の不甲斐なさに目を瞑っているから、なのでしょう。


「……エリー」


「何かしら?」


「高等科は三年あります。三年という時間で、王妃以外にやりたい事は、見つけられそうですか?」


 それは暗に、「もう取り返しがつかないところに来ている」という最後通牒でさえあります。

 でも、エリーははたして、これを受け止め、受け入れ、前に進む事ができるのでしょうか。


 私には判りませんが――でも、エリーは笑いました。


「なるようになるわ。こう見えて、わたくしは優秀なんですのよ?」


 そうやって笑って、なのに今にも泣き出してしまいそうな彼女の姿を見て。

 胸の中がどうにも気持ち悪いような、言い知れぬ気分がふつふつと湧き上がってくるような気がしました。


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