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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第二章 人形少女と悪役令嬢
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2-2 呼び出し Ⅱ

「こうして顔を合わせるのは初めてだったな、ルナ嬢。気を楽にしてくれ。公式の場でもなければ貴族でもない少女を相手に礼儀を求めるような真似はせん」


「同じく、気を遣っていただかなくて結構ですよ、ルナ嬢」


「ありがとうございます」


 所変わってここは王の執務室。

 アラン様の兄であり、この国の王であらせられるジーク陛下と、その隣で朗らかな、けれど決して油断ならない目でこちらを見つめていらっしゃるローレンス様に見つめられ、私は一人、この部屋に残されました。

 アラン様は私を連れてここに案内するなり、そのまま赤竜騎士団の仕事に行ってしまいましたので、仕方ありませんね。


「さて、早速本題に入らせてもらおうと思うのだが……ローレンス、説明を」


「はい。ルナ嬢は今年で十五歳とアラン殿下から伺っておりますが、それは間違いありませんかな?」


「そうですね、おそらくは、ですが」


 自分の歳を答えろと言われましても、そもそも家族と暮らしていた頃から含めて自分の誕生日をお祝いするような事もなければ、誕生日がいつなのかも分かりません。だいたいそれぐらい、という所だと思っています。

 そういった意味で「おそらくは」という言葉を用いた事を説明してみると、ローレンス様が私を見定めるように視線を動かしました。


「……なるほど。小柄ではありますが、確かに年齢としては申し分ありませんな。――高等科の一年生としての入学は問題ないでしょう」


「入学について、何か問題があったのですか?」


「入学について、と言うよりは、いっそ入学した後にルナ嬢に仕事をお願いしたいのです」


「入学した後に、ですか?」


 そう言われましても、正直なところ、ピンとは来ません。

 小首を傾げていると、ローレンス様が困ったように眉尻を下げ、そんな姿を見かねたのかジーク陛下が口を開きました。


「ルナ嬢、この春――正確には八日後から、私の腹違いの弟であるジェラルドが中等科を卒業して、高等科に進む事になっている事は知っているかい?」


「小耳に挟んだ程度ですが」


 今度からジェラルド殿下付きになるとかで、顔合わせをした際の話はちらりと聞きましたね。

 高等科に入るという話よりも、「王家の中で誰よりも優しそうな王子サマ!」という、なんとなく分かりにくい表現でしたが。


「結構。そんなジェラルドを筆頭とした高位貴族子息らが、どうにも一人の少女に懸想しているようでね。結果として、かねてより進めていた婚約に不和が出たり、不仲が噂されたりと、困った事態に陥っているのだ」


「……えぇと、こう言っては失礼ですが、馬鹿なのですか?」


「……あぁ、馬鹿だな」


 貴族家同士の婚約とはすなわち、家と家の結び付きを強くするという意味合いが強いものです。

 というより、貴族の派閥による勢力争いの一環であったり、或いは派閥間でのバランスを取るという、非常にデリケートな問題になります。

 そうして調整するべきバランスが崩れつつある、という事でしょう。

 一歩間違えれば貴族家同士の対立すら招きかねない状況なのですから、「若いのだからしょうがない」と笑って受け止められるような簡単なものではありませんね。


「……ふむ、問題となっている理由を素早く理解してくれて助かるよ」


「つまり、私に仲を取り持て、と?」


「そういう選択肢もある、と言えばどうするかね?」


「不可能だと宣言します。そもそも私に、そういった感情に対する理解はありませんので」


 ローレンス様に問われ、即答で返します。

 そもそも私には男女の機微といったものには疎いですし、好きだの嫌いだのといった感覚は、あくまでも「そういう感情がある」という知識があるだけに過ぎません。効果的なアドバイスや親身になって支えるような真似など、できるはずもないのです。


「素直でよろしい。元々私達とて、キミにそういった依頼をするつもりはない」


「では、何を依頼したいのですか?」


 私がせめて人並み程度に感情を有し、人らしく生きているのであれば、そういった人間関係の修復やフォローに回るといった選択肢もあるのかもしれませんが、私にそういった能力はなく。

 ならば、他に何を私に依頼しようと言うのか、そう不思議に思う私に対してジーク陛下は続けました。


「キミには、ジェラルドの婚約者であるファーランド公爵家御令嬢、エリザベート嬢と行動を共にしつつ、エリザベート嬢とその周囲の行動を監視してもらいたい」


「……監視?」


「そうだ。今回の騒動、すでにエリザベート嬢からも事情を聞いている。その上で、私はエリザベート嬢に『悪役令嬢(・・・・)になってくれ』と依頼した」


「悪役令嬢……?」


「要するに嫌われ役をわざと継続してくれ、という事です」


「諫言を嫌がり不仲になりつつあると言うのなら、私が今ジェラルドを諭したところで行動を改める可能性は低いだろう。ならば、エリザベート嬢には変わらずに諫言をするよう促し、それに対するジェラルドらの態度。それに勝ち馬に乗るような真似をする周囲の者の行動などを監視し、私とローレンスに報告してもらいたい」


「……(ふる)いに掛けるおつもりですか?」


 陛下が私に告げた内容を要約するのであれば、つまりはそういう話なのでしょう。


 ジェラルド様や他の高位貴族子息らが行動を改めるのであれば重畳。

 しかしながら、諫言に耳を貸さず、己を省みないのであれば、その時は――最悪、廃嫡も視野に入れて。

 今回の騒動はすでにそういう所にまで進んでしまう程度には、問題視されている、と考えるべきでしょう。

 今から修正をかけるような真似ができないのであれば、という非情とも言える判断を以て。


 私の推測から発した問いかけは的を射たものであったようで、ジーク陛下は苦笑を浮かべました。


「話が早くて助かるが、そこまで頭が回るとはな……。ローレンス、本物だな、これは」


「ですからそう申し上げたでしょう、陛下。この役目を頼むであれば、他に適役はおりませぬ。高等科からの編入は基本的に平民か、病気で進学が遅れていた者しかおりませぬ。貴族家の娘となれば、必然的に周囲に顔を知られてしまっておりますからな。平民という立場でありながら、貴族という生き物に理解がある適齢の少女――まさにルナ嬢しかおりませぬ」


 ……話の流れはよく分かりませんが、褒められているのでしょうか。

 呆れられているようにも見えるのですが。


「えっと……?」


「あぁ、すまない。とにかく、キミにとっては面倒事を押し付けるような形になってしまって申し訳ないが、受けてくれないだろうか? もちろん、こちらとしても出来得る限りの支援と、成否に問わず報酬を用意しよう」


 ふむ……報酬ですか。

 基本的に私はろくに仕事もできていませんので、その恩返しと言いますか、お世話になっている代わりに無報酬であっても気にはしないのですが、貰えるものは貰っておくべきでしょう。


「かしこまりました。その話、受けさせていただきたいと思います」


「そう言ってもらえてこちらも助かる。エリザベート嬢にはキミの特徴を伝えておこう。接触は学園で、エリザベート嬢から声をかけるように仕向けるつもりだ。それと、学園長には貴族用の特別室――完全個室へ入れるよう手配してもらった。必要なものはすでにアランが用意していたので、そちらに運び込んである。明日からでも寮に移ってくれ」


 王立学園の生徒はタウンハウスを所有している貴族以外、王都に住んでいる子でなければ基本的には寮生として生活していると聞いています。私も寮に入る話はアラン様から伺っていましたが、特別室ではなく一般の部屋で、相部屋だったはずですが。


「特別室については、ルナ嬢の契約した精霊(・・)の事もありますからな。必要な措置だと受け取っていただいて構いませぬ」


 そう言えばそうでしたね。

 アルリオの存在を考えると、個室が用意されている特別室の方がありがたいです。

 見た目は兎っぽいのですが、仕草がただの動物とは異なってしまいますし、念話だけでは誤魔化しきれない部分もありますからね。


 まぁ、当のアルリオは膝の上ですぴすぴ鼻を鳴らして眠っていますが。

 よく寝る子ですね。

 ただ、普段から神子様と言って敬ってくれるような素振りな割に膝の上で安眠するのは不敬ではないのでしょうか……。


「ありがとうございます」


「いや、こちらこそ礼を言わせてほしい。正直に言えば、今回の件は大人だからこそ手が出せない問題だったからね。さすがに学園内での出来事を探るのに大人を潜り込ませるのは難しい。かと言って、貴族家の子息を使う訳にもいかない」


「下手に警戒されても困りますからな」


 もしも私ではなく貴族の子息令嬢がエリザベート様と同行していれば、自分達の行いが露見する事を恐れ、警戒される、と。私が平民だからこそ、私の前ならば遠慮せずにやりたい事をしてくれるだろう、という打算もあるという訳ですね。


「具体的には、私は何をすればよろしいのですか?」


「報告を優先してほしい。身を張ってエリザベート嬢を守る必要もないし、表舞台に立たなくていい。ただエリザベート嬢と親しく行動している庶民の娘という役割をこなしつつ、周囲を観察し、報告するだけでいいんだ」


「報告、ですか」


「そうだ。毎週末の休みには赤竜騎士団の騎士舎に帰って、侍女見習いの仕事をしているという設定にしておいてくれ。その際、報告書を提出してくれればいい」


「分かりました」


 イオ様やアリサ様には毎週末のお休みには顔を出すように言われていますし、ちょうどいいかもしれません。


 ともあれそんな風にして、私は密かな王命を受けつつ学園へと入学する事になったのでした。


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