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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第一章 人形少女
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1-2 人形少女の過去 Ⅱ

「――こんなものか、この国は」


 俺――アラン・フォン・レッドフォードが吐き捨てるように呟けば、副団長のレイルが苦笑を浮かべた。


「練度も低けりゃ意識も低い。こりゃ魔物はもちろん、日頃の訓練よりよっぽど楽な相手ですぜ。せっかくですし、殿下。普段の訓練ももうちょい軽く――」


「日頃の訓練より厳しい相手に勝つ方が難しいからな。訓練が厳しいのはそういう理由がある」


「……ま、そりゃごもっともで」


 軽口を叩き合いながら王城内を進む俺達を、フィンガル王国の者達は腰が引けた態勢で迎え撃とうと出てくる。そんな相手に俺達が止められるはずもない。レイルと俺は勢いを増して王城の最上部――王族が隠れているであろう場所へと駆けた。


 フィンガル王国が我がアヴァロニア王国にくだらないちょっかいをかけているのは、現王の統治に切り替わって間もない頃――およそ二十年程前からだ。それまでは良き隣国として前王と良好な関係を築けていたはずなのだが、王が変われば国は腐る事もあるのだろう。

 この戦、我がアヴァロニア王国内で起こった大手の地下組織による人身売買を摘発した際に起因している。そこから背後にいる貴族を洗い出し、そいつらがこのフィンガル王国と繋がっていると判明した。どうやらフィンガル王国の馬鹿共は「アヴァロニア王国なら金が手に入る」という謎の拡大解釈を広げたようであり。

 対して我が国にいた腐敗貴族は「フィンガルの愚物は扱いやすく、切り捨てやすい」と判断した結果、奇妙な協力関係が生まれたようだった。


 これを知り、王室として正式な抗議文を送ってはみたものの、結局フィンガル王国はその過ちを正す事もなかった。それどころか、放った密偵によって齎されたフィンガル王国内の危機に加え、さらには禁制品の麻薬にまで手を出している事が判明する始末。


 他国なのだから放っておけば良いという判断は、このままでは我が国にとっても害でしかない。

 あまりの亡命の多さやフィンガル国内の情勢の劣悪さもあって、もはや抗議したところでどうしようもない所まで腐敗していた事は明白だった。

 不当な人身売買を行い、禁制品を取り扱うのが一部の両国の貴族だけであったならばまだ良かったが、王室まで率先して行っているとなれば話は別。


 そんなフィンガル王国の現状、そして齎されるであろう未来に、我がアヴァロニア王国の現王である兄は決断した。


 それは現王の排斥――詰まるところ、政治的介入である。


 しかしながら、フィンガル王室はどうしようもなかった。

 新王に据えるに足る家格を持つ王侯貴族が、どいつもこいつも麻薬でイカれていたのである。

 これには兄も引き攣った笑いを浮かべる事となった。


 さらにそんな中、国内からの搾取に限界が訪れたのだろう。

 そこで泣きついてくるのであればいざ知らず、何を血迷ったのか我が国に宣戦布告してきやがったのだから、これには兄もプツンとキレた。


 これまで近隣諸国に根回しし、フィンガル王国の実態を訴え、我が国がフィンガル王国を攻める正当性を認められるまでにかかった年月。ようやくそれが実を結ぼうというところで、意味の分からない宣戦布告。

 詰まるところ、苦労して周辺国に理解を求めてきた苦労を嘲笑うかのように、我が国に攻める大義名分を自ら寄越してきた、という訳だ。


 それから、たかが一ヶ月程度の遠征でこうして王城に踏み込めてしまえているあたり、現王である兄の怒りは明白であり、フィンガル王国のヤバさについても明白。もはや失笑である。

 レイルの言う通り、もしもこれが世界各国の戦力であるというのなら、我が国の騎士団の鍛錬は半分以上が無駄になるだろう。




 王族を捕まえるにあたり、一番最初に踏み込んだ部屋。

 あの娘と出会ったのは、この国の腐った王族を剣にかけようとした、その時だ。


「きゃああぁぁぁっ! ――何をしているのよ、奴隷ッ! さっさと盾になりなさい!」


「はい」


 ぶくぶくと太り、民を民とも思っていない腐った国の王族らしい容姿をした王女を斬ろうとしたその時、そんな一言と共に前へと出てきたのは、侍女服に身を包んでいながらも侍女らしくない、無表情な少女だった。


「――ッ、『隷属の首輪』……ッ!?」


 やけにぼろぼろの侍女服を身に纏うやせ細った少女の首。そこに着いているのが、この近隣諸国では禁制品となっている、極悪非道の魔道具だと気付いたのは、当然と言えば当然だろう。このフィンガル王国の腐敗貴族共が人身売買に手を染めている事は知っていたが、それを隠そうともしないとは。


 飛び出してきた奴隷の少女。

 真っ黒な髪は珍しいが、何より紫紺の瞳が印象的だった。

 裏の仕事をするような者が持つ、恨むような光のない瞳と、内包するギラリと突き刺すような鋭さを持ったものとも違う。全てを諦め、全てに絶望しているような、そんな瞳だった。文字通りに目が死んでいる、とはこの子の事を言うのだろう。


 しかし何より――俺の眼は、その少女が何者であるかを悟らせた。


 少女は華奢でやせ細っているため、あっさりと横に押し退ける事ができた。

 恐らくは命令に従って抗っているつもりだろうが、鍛えている上に身体強化の魔法を使っている俺にとってみれば、そんなものは赤子の手を捻るよりも簡単だ。


 今にも壊れそうな少女を押し退けた俺は、怒りのままに王女を斬り裂いた。






 やたらと印象に残っていた奴隷少女――名前はないらしい――の取り調べが終わり、本日の取調予定が全て片付いたところで、俺の秘書を務める騎士のイオが戻ってきた。


「……あの娘は?」


「彼女の事は、アリサに任せてきましたぁ。相変わらず無表情でしたけど、さすがに驚いているようでしたねぇ。まさか“第三独房”――団長の私室に案内されるとは、思ってもいなかったのでしょうし~」


 そもそも“第三独房”とは、俺の部下が俺に充てがわれた部屋を揶揄して呼ぶようになった、元は客間として利用されていた一室だ。無駄に悪趣味な装飾品ばかりがゴテゴテと置かれた執務室なぞ使う気になれなかったため、客人用の質素な部屋を俺が仕事部屋にしているのである。

 缶詰生活であったためか、本来の二つの独房に因んで揶揄した“第三独房”という呼ばれ方をしているのは遺憾だが……この際置いておこう。


 くすくすと笑うイオであったが、その笑みはすぐに消え、悲しげなものへと変わった。


「……あの子を救うのは容易ではありませんねぇ……」


「……分かっている。だが、あのまま放って奴隷から解放なんてしようものなら、即座に舌を噛むか自害してもおかしくはないだろうからな……」


「そう、なのでしょうねぇ……。事前に処刑するつもりはないと伝えていたのに、まさか“穏やかな死を望む”なんて……」


「あの娘の境遇を思えば、それも無理はない。……あの豚王女め、一思いに斬ってやるのではなく、拷問にかけてやれば良かったと思えるぐらいだ……ッ」


 本人は淡々と話していたが、あの少女の境遇は筆舌に尽くしがたい。


 わざわざ王女と共に学ばせ、不出来であるという役目を与えられ、それをこなさなければ暴力を受け、こなしても罵声と暴力が飛んでくる。本人は気にしていないようだが、しっかりと与えられていたという食事は、メニューから考えても残飯か何かをそのまま与えていたのだろう。

 それを「食事とお風呂だけはしっかりと与えてもらえました」と告げる痛ましさに、俺もイオも言葉を失ったものだ。


 家畜……いや、家畜など生易しい。

 ただただ豚王女の自尊心を満たさせる為だけに傍に置かれた、生きた人形。

 人としての尊厳を踏み躙られ、意見など言えるはずもなく、生かされ続けるだけ。


 そんなものは、生きているとは言わない。

 あの娘が死を望むのは当然だろう。

 しかしそんな想いのまま死なせる訳にもいかない。


「あの娘は連れて帰る。幸い、侍女としての仕事もある程度は理解しているようだ。帰りはウチの雑用という体裁を整えておくぞ」


「えぇ、かしこまりました~」








◆ ◆ ◆








「――何よそれ! フザけてるわ!」


 激しい声をあげてぼふんと枕を叩いたのは、私を監視するらしいアリサ様という御方でした。


「……? フザけてはおりませんが?」


「あっ、ううん、あなたの事じゃないのよ? そのクソ豚王女の事よ」


「アリサ、口調をもう少し気をつけましょうねぇ? 豚に失礼ですよ~」


 何やら黒い笑みを浮かべたイオ様の言葉に、アリサ様が「そうね、ごめんなさい」と小さく謝罪して、ベッドに座り込みました。

 女性にしては引き締まった身体、それでもなおしっかりと育った胸元が揺れる姿に、持たざる者である私も思わず視線が引き寄せられてしまいました。

 ああいうのを見ると、少し羨ましくなりますね。


 それにしても、ここが“第三独房”と言われても、私には客間にしか見えません。

 というより、客間そのもののはずです。少し大きめのベッドが二つ置かれていますし、掃除を命じられた事もあるので間違いありません。

 隣の執務室の扉は締まっていますが、鍵は簡素なもの。当然ながら、出入り口の鍵も牢に比べれば軟弱です。


 ふむ……独房が足りなかったのでしょうか。

 もっとも、私に逃げるつもりはありませんので、牢であろうとこちらであろうと、どちらでも良いのですが。




 さて、取り調べは終わったのが夕方でしたが、今はすっかり夜です。

 イオ様にご案内され、この“第三独房”へとやって来た私は、アリサ様とご対面。

 最初はアリサ様からは鋭い視線を向けられたものですが、イオ様から私について説明されたのか、何やら長々と耳打ちされていらしたアリサ様の表情が一転、泣き出しそうなものに。


 独房に新たに入ってくる私の世話が、そんなに嫌なのでしょうか。

 すみません、お手数をおかけします――と頭を下げた途端、あれよあれよと言う間にお風呂に入れられました。


 ――何故かアリサ様も一緒に。


 ついでとばかりに良い匂いの石鹸――いつも使っているものはどこか獣臭い安い石鹸ばかり与えられていましたので、今日の石鹸は恐らく高級品なのでしょう――で身体を洗われました。

 その後は豪華にもしっかりとした食事――恐らく最後の晩餐というヤツでしょう――をいただきました。

 王女様がいつも召し上がっていた食べ物に比べれば質素でしたが、少なくともグチャグチャになったパンが詰め込まれたスープ等に比べても綺麗で、それはもう素晴らしいお味でした。





 そういった一連のやり取りを終えた後で、改めて私の境遇についての話に及んだ結果、冒頭のアリサ様の暴言になった、という状況です。


 何故いきなり豚のお話が出たのでしょうか。

 ……豚のみならず、お肉は美味しいですよ?

 たまに欠片が入っているスープがありましたが、あれはいいものでした。


 それにしても、お二方は騎士様のようですが、二人してネグリジェに身を包んでいらっしゃいます。

 見張りついでに私と同じ独房で寝るつもりなのでしょうか。


 ずいぶんと変わった国なのですねぇ、アヴァロニア王国は。


「それより……えっと、名前がないんじゃ、なんて呼べばいいのかしら……」


「王女様がたには人形、ブス、下僕、奴隷と呼ばれておりましたので、どうぞお好きなものをお選びください」


「選べないわよ!? というかそれ、名前でも愛称でもないじゃない!」


「あ、アリサ、落ち着いて~……。とにかく、座ってもらっていいかしら~?」


「はい」


「そこ!? じゃなくてこっちにいらっしゃい」


 普段通りに床に座ろうとしたら、アリサ様が腰掛けているベッドの上をぽんぽんと叩いて手招きしてきました。

 なのでもう少しだけ近寄って、アリサ様の足元へ座ろうと――したら、後ろからイオ様に抱き上げられ、ベッドの上に乗せられてしまいました。


「えっと、ベッドの上って意味だったんだけど……」


「そうでしたか、申し訳ございません。近くに寄れという合図だったのかとばかり」


「あはは……、この子の場合はちゃんと言ってあげなきゃダメそうねぇ……」


 どうやら意図が違ったようです。

 アリサ様とイオ様に挟まれるようにベッドに座った私の髪を、イオ様が手で触れてきました。


「切り口がバラバラじゃないの……」


「王女様のお戯れで切られるものですので」


「……サイッテー。女の髪をなんだと思ってんのよ」


「申し訳ありません」


「だからあなたじゃないから!?」


 アリサ様が慌てて弁明してくれますが、はて。

 髪がバラバラという事に対するお怒りのようですが……そもそも髪など放っておけば伸びてきますし、気にした事はありませんでしたね。


「分かってないみたいねぇ……。うん、この子、ちゃんと色々常識を教えてあげなきゃ……」


 何やら決意した様子で告げるイオ様の呟きが聞こえて振り返ると、イオ様はにっこりと微笑まれました。


「早速だけど、名前を決めましょうか~?」


「名前、ですか?」


「そうね、それがいいわ! ねぇ、あなた。好きなものはない?」


「好きなもの、ですか? それはどういうものでしょう?」


「え……?」


「好き、とはどういう事なのでしょうか?」


 私にはいまいち判らないのです。

 王女様がよく「これが好き、あれが嫌い」と癇癪を起こす姿は目の当たりにしていましたが、その意味が私には分からないままでした。

 そもそも王女様は怠惰……げふん、いえ、少々引きこもり気味でしたので、よく部屋でゆっくりするのが好きとは仰っていましたね。


 ただ、私にはソレが――好きとか嫌いとか、そういったものが分かりません。


 いまいち理解できなかった私が尋ね返すと、アリサ様は大きな藍色の瞳に涙を溜め、突然私に抱きついてきました。

 突然の事に何かと訊ねようとした私を、今度は後ろからイオ様が抱き締めてきました。


 むむ、イオ様も柔らかな感触がしますね。


「……ごめん、なさい。そう、そうよね……」


「……大丈夫よ。そういうのだって、いつかは……」


 さて、何に謝られているのかはまったくもって理解できません。

 ですが、そんな二人に抱き締められるというのは、なんだか凄く温かくて……。


 気がつけば、私はそんな二人の体温に包まれるように眠ってしまったようでした。


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