2-1 呼び出し Ⅰ
このお話の前にメインキャラクター紹介を挟みました。
本編には関係ありませんので、興味のない方は飛ばしてください。
現フィンガル地域で生まれ、フィンガル王城にて人形として暮らしてきた私が、戦争によって亡国から引き取られ。あれよあれよと言う間に、アヴァロニア王国王城内の奥に位置する赤竜騎士団騎士舎へと移動して、一月余りが経ちました。
その間に〈才〉という神様の祝福による力と、〈精霊の泉〉で出会った自称天使の兎さんことアルリオとの契約を交わし、私の生活は色々と変わりつつある、と言えます。
「可愛いー! 何この子、すっごいふわっふわ!」
「触り心地はもはや天上のものですね……。純白の柔らかな毛が包み込むようにわたくしの手を受け入れていますわ……」
赤竜騎士団女性騎士舎内の中庭。
ぐでん、と力なく抱き上げられているアルリオを撫で回す、オレリアさん。
そんなアルリオを抱き締めながらもふもふと手を埋めたり離したりを繰り返しつつ、その感触に恍惚とした笑みを浮かべるマリア様の御二人。
そんな御二人をちらりと見やると、アルリオが「助けてください!」とでも言いたげに私を見つめてきましたが……気のせいでしょう。
そっと手元の本に視線を戻しました。
アルリオは私が『惑わせの森』で拾ってきて、私に懐いてきたので連れてきた兎として知らされています。
天使だとか神子だとか、そういった話を公にしない為の措置です。
実際のところ、私にとってはそんな説明と真相があまり異なっているとも思えないので、そこに否やはありません。
そんなアルリオを可愛がりたい侍女の方がたまに訪れるようになったので、最近は何かと黄色い声をよく耳にします。
『――ルナ様、なんで僕がこんな目に遭わなきゃならないんですかっ!?』
『何故と言われましても、可愛がっていただいているのですから素直に受け入れておけば良いのでは?』
『僕は天使ですよっ!? 人間なんかに触られても嬉しくないですっ!』
『そうですか』
…………おや、この記述面白いですね。
『あれーっ!? 助けてくれないんですかっ!?』
『アルリオを触っているオレリアさんとマリア様は私がお世話になっている方々なのですが、そこまで嫌だと言うつもりなら――』
『どんどん触られておきますっ!』
『そうですか、いい子ですね』
『えへへ、褒められちった』
たまに思うのですが、天使ってチョロいのでしょうか。
まぁ扱いやすいのはありがたい事ですが。
アルリオからパスというものを通じて飛んできた、念話という力。
これなら周りに聞かれずに私と話しができるという事で、おかげさまでアルリオの正体を知らない方の前でも会話が可能です。
以前からたまに聞こえてきた精霊の声とやらと似たようなものですね。
以前までは無作為に私に干渉していた精霊等が原因であったようで、アルリオのおかげでそれらしい音に襲われる事もなくなりました。
アルリオの場合は、こうしてちゃんと声は声として届くようですし、おかげさまで煩わしく感じなくなりました。
「ありがとね、ルナちゃん! アルちゃんも触らせてくれてありがとー!」
「ありがとうございました。至福でございました」
「いえいえ」
オレリアさんとマリア様も満足なさったようで、ベンチに座って本を読んでいた私に御二人が声をかけてきました。
アルリオがようやく解放され、ベンチに座る私の元まで駆け寄ってきて私の横にペタリと座り込み、褒めて褒めてと言わんばかりにこちらを見上げてきたので頭を撫でてあげると、目を細めて耳をぺたりと倒しながら私の手を受け入れてくれました。
「従順な子なんだねー」
「そうですね。わたくし達が触ろうとした時も、ルナさんに言われて初めてこちらに近寄ってくれましたし」
「頭の良い子ですので、言う事をしっかりと聞いてくれるのです。声をかければしっかり反応しますよ」
「へー! そうなんだねー!」
『ルナ様ルナ様っ、僕良い子ですかっ!?』
『えぇ、良い子ですよ』
『やったっ、また褒められちったっ』
やっぱりチョロいです。
少し褒めてあげたらふんすと鼻を鳴らして胸を張るような仕草をしているせいか、オレリアさんとマリア様の二人が黄色い声をあげてますし。
もしかして、触られたくないと言いつつ、実は褒められたり触られるのが大好きなのでしょうか。
「はあぁ~……、なんか異動するのが嫌になっちゃうな~……」
「異動、ですか?」
「オレリアはこの春から、ジェラルド殿下付きになる事が決定していますので。オレリア、正式に王族付きの侍女になると言うのは名誉な事ですよ? それに、そういった発言は王族批判にも聞こえます。慎みなさい」
「でもぉ~……」
「まったく、この子は……」
ジェラルド殿下、ですか。
以前アヴァロニア王立学園の話をされた際にちらりと名前だけ耳にした事はありますが、実際にお会いした事はありません。
まぁ私は基本的に赤竜騎士団の騎士舎からあまり離れて行動する事はありませんから、当然他の王族の方々とお会いする事などありませんしね。
先日、〈精霊の泉〉で私を誘拐しようと企んだのは、どうやら裏で貴族様からの依頼というものもあったようです。しかしながら、依頼者の詳細は優男さんもメガネ美人さんも知らないそうで、確定的な繋がりは見つかっていないとか。
御二人に命令を伝えたのは裏の人間でしかなく、それも決まったやり取りで手紙だけの交換。お互いに顔も名前も知らさないようにしているのだとか。
そのため、まだ黒幕と呼べるような人は捕まっていないそうで、私の行動範囲は狭いままという事です。
まぁ、アルリオ曰く「精霊は僕とルナ様の言う事を聞くから、危険なんてありませんっ!」との事ですが、あまり大っぴらに力を使って騒動の種を生むのは憚られますし、素直に言う事を聞いています。
「――ルナ、ここにいたのか」
ふと声が聞こえてそちらに視線を向けると、アラン様がこちらに向かって歩いてきていました。
文句を言っていたオレリアさんと、それを諌めていたマリア様は即座に表情を引き締め、控えるようにそっと後方に下がり、頭を下げます。切り替えの早さはさすがですね。
「アラン様、何か御用ですか?」
「これから時間はあるか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。では、ついてきてくれ」
何やら慌ただしいと言いますか、有無を言わさずと言いますか。
アラン様には珍しく、少々強引な節もありますが、何か問題でもあったのでしょう。
オレリアさんとマリア様に会釈をして、アルリオを抱き上げてアラン様の後ろをついていく事になりました。
ちなみにアルリオは私が抱き上げないと、ちょこちょことついて来るばかりですので、蹴ってしまいそうになるんですよね。
そうならない為に抱き上げているのですが、見た目の割に軽い子なので苦労はありません。
まぁ、イオ様とアリサ様には「ぬいぐるみを抱き締めているみたいで可愛い」と好評でしたが、よく分からない評価でしたね。
ぬいぐるみなんてフィンガルの王女様が投げ飛ばしたり引き裂いたりしていたものですし。
騎士舎前の訓練場の横を抜け、そこで待っていた馬車に乗るように言われて私もアラン様と共に馬車に乗り込みました。
王城は広大な敷地ですので、敷地内を急いで移動する必要がある時はこうした馬車を使う事もあると聞かされましたが、余程急いでいらっしゃるのでしょうか。
私達が座り込み、アラン様が窓から「出してくれ」と一言御者さんに告げると、馬車はゆっくりと走り始めました。
「急にすまないな」
「いえ。何があったのですか?」
「ルナには以前、王立学園の話はしていただろう?」
「はい。私の年齢ならちょうど高等科に進学する年齢と同じだろう、とは」
王立学園は初等科、中等科、高等科の三部に分かれています。
初等科は十歳から十二歳、中等科は十二歳から十五歳。そして高等科は十五歳から十八歳までが通う学び舎だそうで、その中でも授業は多岐に渡るのだとか。
一応平民にもその門戸は開かれているそうですが、王侯貴族の子息であったり、裕福な商家出身であったりと、相応の地位を持つ者が多いそうですね。
「イオやアリサからも、ルナには同年代の者達と交流する場があった方がいいのでは、という提案があってな。春からは学園に通ってもらうつもりで準備は進めていたんだ」
「そうだったのですか?」
「色々と騒動があったから、話が流れる可能性もあったんでな。秘密裏に進めていた事は謝ろう」
「いえ、問題ありません」
実際、少し前に見事に誘拐されたり、“精霊の愛し子”問題であったりがありましたから、私の処遇については色々と面倒事が付きまとっていたのでしょう。だからこそ、確定するまで私に伝えるつもりはなかったようです。
「そう言ってもらえると助かる。――それでなんだが、その話を上に通したところ、どうしてもお前に会って話がしたい、と断れない相手から頼まれてな」
「私に、ですか? 別に構いませんが、どなたですか?」
「陛下と宰相だ」
「……そのような方々が私に、何故?」
「分からん。今までは一切ルナに関わろうとしていなかったのだが、突然そんな話が、しかも二人から言われてしまったからな。俺としても断る訳にはいかないんだ」
「そうですか」
話があると言うのでしたら素直に聞くべきなのでしょう。
最高権力者が相手であるのなら、そこに無理に意地を通したところで面倒事に発展するしか有り得ませんし。
「すまないな」
「何がですか?」
「……私は――いや、俺やイオ、アリサはルナに普通の生き方を与えてやりたいと考えて、この国に連れて来たつもりだ。だが、前回の一件と言い今回の事と言い、色々と巻き込んでしまっている」
――自分の力を過信していたつもりはないのだが。
そんな風に自嘲気味に笑って、アラン様は寂しそうに目を細めて窓の外へと視線を移しました。
「それ、私に謝罪する必要はあるのですか?」
「え?」
「私をあの場所から連れ出していただいただけで、私は感謝しています。形はどうあれ、こうして外の世界を見る事ができて、以前では考えられないような自由を得ているのですから。だから、そんな風にアラン様が自分を責める必要もなければ、そもそも感謝しかしていない私に謝罪する必要もないと、私はそう思います」
「……ルナ……。今、笑って……?」
「はい?」
アルリオを撫でていて私がアラン様に視線を戻すと、アラン様はなんだか目を大きく見開きながら、何故か頬を赤くして慌てて視線を逸らしました。
はて、風邪でも引き始めているのでしょうか。




