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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
幕間 Ⅰ
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幕間 王と宰相

「――赤竜騎士団の『惑わせの森』演習、ね。なるほど、悪くない筋書きだ」


 今しがたアランから渡された報告書に目を通すと、アヴァロニア王国国王ジークが小さく呟いた。


 ――この案はアランのもの、ではないな。

 良く言えば真面目、悪く言えば融通のきかない弟の性格を知るからこそ、ジークは報告書に書かれた作戦は誰か他の者の助言があって作られたものだろうと推測する。


「陛下?」


「ローレンス、これ(・・)は誰の筋書きだと思う?」


 声をかけてきた壮年の男性――ローレンス・フォン・セリグマン。

 アヴァロニア王国の宰相を務めるセリグマン侯爵家当主。灰色がかった黒髪を後ろに流す、いわゆるオールバックに整えた髪と、鋭い鳶色の瞳を持つ細身の男。

 先王から宰相職を務めているローレンスはジークにとっても信頼できる男であり、アヴァロニア王国の舵を握っている。


 ジークから受け取った報告書をさっと流し読み、ローレンスは報告書を返しつつ思案する様子で目を閉じた。


「……存じ上げませんな。アラン殿下の周りには優秀な者も多くいますが、こと“精霊の愛し子”が関わるとなると、その数は減ります。あの少女が“精霊の愛し子”である事を知っている上、かつこうした案を思いつくような者はいないはずです。もっとも、例外(・・)を除けば、という話ではありますが」


「例外?」


「はい。一人だけ、そんな存在がいるではありませぬか。――“精霊の愛し子”本人が」


 ローレンスの言わんとしている内容は理解こそできたが、しかし納得できるかと言われれば首を傾げざるを得ない。

 ジークの態度や視線を受けて、ローレンスは自分が使用している資料棚前にある紙束の山から一枚の紙を引き抜くと、それをジークへと手渡した。


「“精霊の愛し子”であるルナ嬢の知識を、我が国の文官採用試験を参考に作成した試験結果がそちらです」


「……冗談だろう?」


「いえ、冗談ではありませんとも。不正防止も含めて文官が立ち会っておりましたから」


 文官が受ける試験には幾つかの分野に分かれており、その分野に突出した知識さえ持っていれば合格扱いとなって見習いから始まる事も多い。特に文官に関しては生まれの貴賤に問わず、相応の知識を持ってさえいれば、たとえ平民であっても門戸は開かれている。

 もっとも、貴族として暮らしている者の方が学ぶ機会は多く、必然的に裕福な暮らしをしてきた者の登用率が上がるのは当然の流れではあるが。


 一方、武官である騎士団となれば貴族への対応の仕方なども求められるため、平民であっても力を持ち、後ろ暗い過去さえなければ力とやる気次第では登用されるのは赤竜騎士団のみだ。

 青竜騎士団は貴族への対応等も求められるため、必然的に貴族家出身者が多い。王族の近衛でもある白竜騎士団に至っては出自、品行方正さ、実力といったものも重要視されるため、貴族の中でも高位貴族家出身の者、青竜騎士団から推挙された者だけが入れる。


 アランがローレンスから手渡された試験結果は、どれも文官が受ける試験の合格基準点を大きく上回ったものであった。


「フィンガルで学ばれたからか、歴史に対する認識は幾つか改竄されたであろうものも見受けられますが、算術や軍事、その他の知識も含めて幅広く学ばれております。正直に言えば、愚息の補助に欲しいぐらいです」


「愚息? お前の息子は王立学園でも相応の成績を叩き出していると聞いたが?」


「おや、陛下はご存知ないのですか。現在の王立学園では、どうやら少々面倒な事が起こっているようでしてな」


「……王立学園で? いや、こちらには報告が上がっていないな」


「ふむ、やはりそうですか」


「気になるな。確か今はジェラルドが通っていたと思ったが……一体何があった?」


 ジークにとってみれば腹違いの弟に当たるジェラルド・フォン・レッドフォードは現在十五歳。現在の王位継承権は、先王の兄でありジークの伯父にあたるオーウェン・フォン・レッドフォードが第一位であり、続いてアランが第二位。そして、先王の第三夫人であるエレノア妃の息子であるジェラルドが第三位である。


 しかし、これは名目上、といった形に過ぎないのが実状である。


 オーウェンは穏やかな気質であり、もともと王位を自ら弟であった先王に委ね、外交関連に注力している人物だ。先王が崩御した際は王位継承権を争うつもりはなく、ただ己についてきたがる貴族を統率しつつ、ジークに王位を戴くようにと告げて国の安定を最優先した。

 アラン同様に、立場上の王位継承権所有者、と表現するのが相応しい。


 ジークは結婚に子はいない。そもそも王妃と呼べる相手もいない。

 だからこそ、ジェラルドが事実上の次代の王になる可能性は高い、と目されており、ジェラルド自身もまた文武両道の逸材とも言える人物だ。

 もっとも、そんなジェラルドがいるからこそ、ジークが慌てて子を拵える必要もないとも言えなくもないのだが。


「ジェラルド殿下は幼い頃よりファーランド公爵家令嬢であるエリザベート嬢との婚約していらっしゃるのは、陛下もご存知ですな?」


「当然だ。王妃教育に入ってもらっている以上は当たり前だろう。多少気の強い部分もあるが、ジェラルドにはちょうど良い娘だ」


 ジークから見たジェラルドの評価は、「芯のない男」だ。

 確かに文武両道で品行方正、まさに王子様といった雰囲気が似合うものの、どこかで公私の区別がつけられていない。親しい者に対してまで王子様としての対応を心がけようとしてしまったせいか、己自身というものが確立されていないように見受けられた。

 故に、気が強いエリザベートがその隣に立ち、ジェラルドを公私共に支えてくれるのではないかという先王であった父の意見には、ジークも賛成だった。うまく事が運べば、エリザベートの存在がジェラルドが自分をしっかりと確立させるよう叱咤激励してくれるような、そんな気がしたからだ。


「それが、どうやら最近、ジェラルド殿下とエリザベート嬢の仲が不仲なようでして」


「なんだと?」


「学園で何やら面倒な事が起こっているようです。愚息や青竜騎士団の団長子息といった者らが同年代ですので、未来の仲間となるべく共に行動するよう忠告してはいたのですが……」


 歯に衣着せぬ物言いが特徴のローレンスをして、それ以上の言葉はどうにも口にはしにくいようで、僅かな間が空いた。

 しかしジークが視線で続きを促せば、ローレンスが諦めたように一つため息を零し、続けた。


「……何やら、恋に溺れつつある、とか」


「……は?」


「私もまだ詳しい話は耳にしておりませんが、ジェラルド殿下を筆頭に高位貴族家の息子らが一人の令嬢に懸想しているとかで。それを見咎めたエリザベート嬢の諫言に耳を貸さず、ジェラルド殿下とエリザベート嬢の間に溝が出来つつあるそうです」


「……なんだ、それは……」


 王族や貴族家の子息ともなれば、政略結婚は当たり前だ。

 ジェラルドとファーランド公爵家との婚姻は特にその毛色が強かったのもまた事実ではあるが、同時に二人が幼い頃、お互いの容姿に一目惚れしてしまい、そこから政治的にも結婚が有意義であると判断したからこそ婚約が成立したのもある。

 当然、幼い恋心など破れてしまうのも無理からぬ事だ。しかし王家の者であれば、愛だの恋だのと騒ぐ前に、お互いが良きパートナーとして関係を深める事が重要視される。


 ジークとて、王妃とは幼い頃に婚約し、それ以来ずっとお互いにパートナーとして過ごしてきた。そうして過ごしている内に愛情といったものも育まれてきたし、先王であった父もまたそれは同じであったと聞いた事があった。


「……相手の令嬢は、それ程までに見目麗しいのか?」


「どうでしょうか。少し調べさせておりますので、情報があがり次第ご報告致しましょう」


「あぁ、そうしてくれるとありがたい」


 ――頼むから馬鹿な真似はしてくれるなよ。

 王族にとって兄弟姉妹というものは血の繋がりがあったとて、あまり関わり合う事はない。そんな弟に対して祈るような気持ちで、ジークは眉間を揉みほぐしながら深いため息を吐く事となったのであった。


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