1-23 Epilogue Ⅰ
契約を交わし、〈精霊の泉〉から帰る馬車の中は静かなものでした。
アラン様やイオ様、アリサ様がクールさんを連れてきた馬車に私も乗り、私が乗ってきた馬車は、アラン様の指示で待機していた赤竜騎士団の皆様に連れられ、優男さんとメガネ美人さんを護送しているようです。
そんな中で私は膝の上に自称天使の兎さん――アルリオを乗せつつ、色々と話し合いをする事となっていました。
まさか“精霊の愛し子”が神の器、神子と呼ばれる存在だった事。
この真実を発表するべきか。
しかし発表すれば、創世教会はきっと増長し、世界情勢に大きな影響を与えかねないという事。
まぁ、黙っていればいいだけの話ですので、そういう方向でお願いしました。
アラン様やイオ様、アリサ様に急によそよそしくされるのも嫌ですし、これまで通りに、という事で納得していただきました。
「分かりましたね、アルリオ。神子という事は他人に言わないと約束できますか?」
「なんでですかー! ルナ様は紛れもなく神子様で――はいわかりました、言いません! ルナ様の言う事は絶対!」
すっと手をあげたら、私の命令は絶対だそうで素直に従ってくれました。
ありがたい事ですね。
いちいち声が大きいものだから、口を塞ごうと思っただけなのですが。
「ねぇ、ルナって今の脅し、無意識なのかしら……?」
「えぇーと……、どうかしら~……? ルナは意外と強かな性格していますしねぇ~……」
アリサ様とイオ様が何やら話し込んでいましたが、私はアルリオを撫で回していて忙しいので、そちらに参加する余裕はありません。
素直に言う事を聞いたのですから、褒めてあげなくては。
決して手触りが良すぎて無意識だとか、『動物との触れ合い~極意編~』という、かつて読んだ本の技を実践しているとか、そういう訳ではありません。ありませんよ。
「そういえば、あのロ……ロ……優男さんとメガネ美人さんの処分はどうなるのですか?」
名前が出てきませんでしたので、仕方なく私の心の呼び名で代用しておきました。
御三方とも僅かに首を傾げていましたが、アラン様が気が付いてくれたようで「あぁ、アイツらか」と小さく呟いてからこちらに視線を向けました。
「普通に考えれば斬首だ」
「ロレンツォとマルグレットですね~。まぁ、王弟である団長が保護している人材を拐かしたのですから、免れるのは難しいですねぇ~」
「まして、アイツらは赤竜騎士団にもいたんだから。どっちにしても外に出す訳にはいかないもの。――でも、ルナ。どうしてアイツらが気になったの?」
「どうしてと言いますか、今回の件は私にとって非常に都合が良かったですから。さっきこの子が言った言葉や態度から見ても、早急に接触できて良かったとは思いますし。そういう意味で考えれば、被害者はいない訳ですよね?」
人間を滅ぼして作り直すだとか、私が神子だとかいう存在で眷属だとか。
正直に言って、そんな大それた話、私には興味も必要性もありませんし。
いつの間にか私の実践する極意に負けたのか眠ってしまったようで、くうくうと寝息を立てながら丸くなって眠る姿はどう見ても愛玩動物です。でも、放っておいたら考え方が危険過ぎる子です。
何かがあってからでは、きっと遅かったのだと今でも思います。
早急に手を打てたという意味では、私はいっそあの御二人には感謝すらしています。
「ルナの言い分は分かった。だが、さすがにそれは難しい。ルナを拐ったという点と、騎士でありながら王族である私の保護しているルナに手を出した。実害がなかったのは不幸中の幸いではあるが、それらの罪が消える事はない」
「なるほど……。つまり、『そもそも正当な理由があって動いていた』のであれば、問題はなかったという訳ですね」
「正当な理由……?」
「アリサ様、確か〈影狼〉は常に人材が不足しているというお話でしたよね?」
「へ? え、えぇ、そうね。諜報部隊っていうのは、世界各地に必要だもの。現地で情報屋と繋がりを得ていればまだしも、その程度じゃ漏れる情報だって多いから……――って、まさかルナ……?」
「はい。せっかく赤竜騎士団で諜報活動をしていたのです。それも、正当な〈影狼〉の監視下にありながら、数年間しっぽを出さないように、です。そんな人材が、今なら低賃金で手に入れられるチャンスでは?」
「ルナ、何を言っている」
「アラン様、『実は赤竜騎士団の演習として〈精霊の泉〉を目標とした敵役』と、『奪還作戦における目標』の私。そういう事にしてしまえば、いかがです?」
「……ダメだ」
「私が“精霊の愛し子”である事はまだ公にはなっていないはずです。なのに誘拐犯がわざわざ王都から出ずに〈精霊の泉〉へと向かった、と言えば、その理由を邪推されるのではありませんか?」
そもそも〈精霊の泉〉は『惑わせの森』にある場所。
追手を撹乱させるのであれば悪くない判断と言えなくもないですが、袋小路である事は否めません。
一時的に隠れるぐらいであれば、いっそ発覚する前にさっさと王都内に潜伏するか、王都を出る方が正しい選択となるはずです。
――わざわざ〈精霊の泉〉に連れて行かれた。
――何故そんな場所に? 一体なんの為に?
そうした憶測が憶測を招いて、私という存在がイコールして“精霊の愛し子”であるという正体が知られてしまう可能性は極めて高い訳です。
ならば、最初から「演習として『惑わせの森』を利用した」とした方が、追手役である騎士の訓練としては有用です。
「……悪くない提案だな」
「チェスター様の下であれば、紐付きになるのは確定ですねぇ~。人材不足も改善しやすくなるかもしれませんよ~?」
「団長、お兄様ならきっと面倒を見てくれると思います。ルナの一件を下手に騒がれて勘ぐられるよりも、余程マシな気がします」
「……はあ。分かった、そうしよう。口裏を合わせてもらう事になるが、構わんな?」
「えぇ~、もちろんです~」
おや、思ったよりあっさりと納得してくれましたね。
さすがに厳しいかなと思いつつの提案ではあったのですが、さすが王弟様です。
「まったく……。まぁ、後処理が色々と楽にはなるからな。お互いにちょうど良いと言えばちょうど良いのかもしれんな」
苦笑混じりに笑ってみせるアラン様につられるようにイオ様とアリサ様も笑い、馬車の中には温かな空気に満たされました。
――本当は、怖くなかった、と言えば嘘になるのでしょう。
二人に誘拐される形となって目が覚めた、あの馬車で。
私は思わず、「また以前の暮らしに戻るのかもしれない」と、そんな事を胸に感じて、思わず攻撃的な方法に出てしまったのですから。
きっと私は、恐れているのでしょう。
何も変わっていないようで、変わりつつ自分というものを。
そして一度触れてしまった、人の温もりというものを再び失ってしまう事を。
私は今が、こうして他愛のない事でも笑ってくれている皆様といる今という時間が、どうやらとても気に入ってしまっているようで。
できるのならば、これを失いたくないと。
できるのならば、もう少しこの温もりに触れていたいと。
そんな風に思える程度に――私は今が、好きなのかもしれませんね……。
静寂の中に紛れるように、闇の中に呑み込まれてしまいたくて膝を抱えていた、フィンガルの夜。
窓の外に見える闇夜と、木々の隙間から覗く星々が、何故か妙に心地よく感じられて、私はそっと目を閉じたのでした。
第一章人形少女 〈了〉
お読みくださりありがとうございます。
次章は9/30月曜より更新予定となっており、それまでに数話の幕間を挟む予定です。
ルナを狙っていた貴族やらの顛末は第二章に続く形となります。
改めて、お気に入り・評価、ありがとうございます。
感想も含め、更新速度維持のモチベに直結していますので、嬉しい限りです。
第二章もがんばりますので、宜しくお願いします!




