1-20 知識探索 Ⅱ
――精霊とは何か。
漠然とした印象しか持っていませんでしたが、数多くの本を手に取って読んでみると、その種類の多さに驚かされました。
そもそも精霊は大きく分けると、二つに分類されるようです。
一般的に知られているのは、自然を司る“属性精霊”。
風、火、地、水、闇、光。それら以外も氷や雷など、要するに自然現象ですね。
細かく言えばもっと多いようですが、代表的なのはその辺りでしょうか。
次に有名所なのは、“武具精霊”。
これは実力のある鍛冶師によって鍛えられた武具、永い年月の間に使われ続けてきた事で精霊が生み出されるそうで、“物質界”――つまり私のいるこの世界で生まれる精霊。家宝の武具に宿ったり、或いはおどろおどろしい曰く付きの武具に宿ったりと、性質はそれぞれ異なるそうです。
そんな“武具精霊”と同じような扱いを受けているのが、武具以外の道具や家、その土地、所有者を守る“守護精霊”です。
この辺りの違いはあまりないようですし、同じ分類と考えて良いでしょう。
この二種類はアヴァロニア以外でも生まれる事があり、“精霊界”に向かわずに“はぐれ精霊”となる事が多いようです。
また、魔装で直接武具そのものになるのは、主に武具精霊のようですね。
属性精霊は魔法攻撃の補助と言いますか、増幅型になる傾向が強いようです。
希少なタイプでは、精霊となった“英霊”。
負の方向――つまりは死の力を持つ“死霊”などもいるそうです。
死霊と言えば邪悪なイメージもありますが、私の名前の語源となった月の女神様であるルナリア様も生と死を司っていますし、イコールして邪悪な力というイメージは間違っているようです。
まぁ、忌避されやすいものである事は間違いないのでしょうけれども。
精霊の種類についてはよく分かりました。
しかし……困りましたね。
こうして資料を読み解けば読み解く程に、私が打ち出していた仮説――“精霊の愛し子”であろうと契約さえしなければ問題はない、という認識が間違っているという事が、証明されつつあります。
幾つもの本を読んでみましたが、掘り下げて書かれていた本に共通していたものが幾つかありました。
まず一つは、『精霊は“精霊界”に住まう者が多いと言われてはいますが、この“物質界”で生み出される事の方が多い』という点。
もちろん、それはあくまでも“物質界”側から見た話でしかなく、そもそも“精霊界”がどのような場所なのかも分からない以上、正しいとは言い切れません。
ですが、少なくとも世界には私が考えていた以上の数の精霊が存在している、という事になります。
てっきり『精霊は“精霊界”で生まれ、“物質界”にやって来る』、と思い込んでいましたが、どうやら違うようです。
次に、精霊は『契約者という媒介がなければ力を振るえない』のではなく、『契約者がいれば十全に力が振るえる』という違いでしかなかったという記述があります。
まぁ私にも精霊の声とやらが聞こえる事もあるので、そこまで驚く事ではありませんでしたが、それでも『精霊は契約者がいなければ干渉できない』という考えそのものは間違いであった、という訳です。
力とやる気に満ち溢れた精霊ならば、何かをしでかす事ができてしまう訳ですね。
もっとも、そもそも精霊が“物質界”にそこまで干渉しようとしないのであれば問題はないのです。
しかし、『干渉するに足る理由と力があれば干渉できてしまう』という点は捨て置くべきではないでしょう。
現状、覗き魔体質である精霊と私とでは、精霊から私に対する一方的な干渉は可能であっても、私から精霊に対して干渉ないし交渉する余地がないとも言えます。
これは……もしかしなくとも、非常に危険な状態なのではないでしょうか。
何故かは分かりませんが、私は“精霊の愛し子”とかいう精霊に好まれる存在であるそうですから、私に何かが起こってしまい、精霊が暴走してしまったら、何が起こるかも判らなければ、止める事さえもできない、という意味でもあります。
過去に起こった精霊の暴走を記した一冊――『“精霊の愛し子”を襲った悲劇、精霊の怒り』という本に拠れば、「“精霊の愛し子”の怒りや嘆き、悲しみといったものに呼応する形で精霊が大暴走を引き起こし、国を一つ洪水で呑み込んだ」とされています。
どうやらこれは“精霊の愛し子”が死んでしまうと同時に引き起こされたそうです。
つまりこの記述が正しいのであれば、『精霊は力の親和性の高い“精霊の愛し子”を通さずに力を暴走させ、一国を滅ぼせた』、という証左でもあります。
“精霊の愛し子”との契約によって力を溜めていた可能性もありますが、それでももしかしたら『その程度の事はできる』というのが精霊の本質なのかもしれません。
ふむ……まいりましたね。
あくまでも書物は書物。人の手で書き上げられたものであって、精霊自身がご丁寧に「こんな事までできるんだぜぃ」と語っているのではなく、史実でしかありません。
……いっそ高位の精霊が相手なら、さくっと契約してしまった方が「無茶すんなよ」的な楔を打ち込めるのかもしれませんね。
本に拠れば、一応高位の精霊ともなれば意思疎通を越え、会話も可能だそうです。
まぁこれは極稀なパターンと言いますか、どちらかと言えば伝承によるものでしかないようですね、『英雄王』と『精霊王』の話ですし。
「――ルナさん」
名前を呼ばれて視線を向けると、そちらにはクールさんとメガネ美人さんが立っていました。
声をかけてきたのはメガネ美人さんでしたか。
「どうしました?」
「午後からはロレンツォ隊長ではなく、私とネロがあなたの護衛となる予定なのですが……その、昼食はもう済みましたか?」
おや、気が付けば昼食の時間をすでに過ぎていたようです。
「お弁当は用意してありますので大丈夫ですが……そうですね。一休みします。午後からもまだここで本を読みますので、近くの中庭に移動して食べます」
「分かりました。ネロ、先行を。異常がなければ中庭で周辺の警戒をお願いします」
「へいへい、っと」
先に出ていってしまったクールさんを見送るなり、メガネ美人さんと一緒に中庭へと向かって歩きます。
書庫から中庭までは歩いて五分程の距離になります。
中庭と言っても、そもそも王城敷地内にはあちこちに中庭と呼べる場所がありますので、それぞれに呼び名がある訳ではないのですが。
ともあれ、そこまでゆったりと昼食を食べる予定ではないので、最寄りの中庭が目的地です。
メガネ美人さんもクールさんもそれを理解していたようですが、間違っていたらどうするつもりだったのでしょうか。
「ルナさんは精霊との契約を行わないのですか?」
中庭に向かって歩いていると、メガネ美人さんが唐突にそんな事を訊ねてきました。
「何故ですか?」
「隊長からそのつもりはないと伺ってはいるのですが、少々気になったもので」
「おかしいですか?」
そう問いかけてみると、メガネ美人さんは僅かに間を開けてから頷きました。
「アヴァロニア人にとって、精霊との契約は当たり前の事です。人格的に精霊から拒否されるような後ろ暗い者、または暮らし上必要ないと考える辺境の農民ならばともかく、あなたは契約しようと思えばすぐに〈精霊の泉〉に行く事ができます。まして、“精霊の愛し子”であるのならば、その恩恵に与れる立場です。普通に考えれば、契約するのが当然と言っても過言ではありません」
確かに、貰えるものは貰っておいた方が得なのかもしれませんし、今となっては契約してしまっても良いかもしれないという考えがない訳ではありません。
優男さんに続いてメガネ美人さんまでお勧めしてくるとなると、やはり契約した方が良いものなのかもしれませんね。
「……正直に言えば、今は契約するべきかもしれないと迷ってもいます」
「そうなのですか?」
「本で得た知識を鑑みれば、契約した方が良いものかもしれないと思う程度には、ですが。ただいずれにせよ、そうするとしてもフラム様やアラン様には一度相談した方が良い気もしていますが」
私が狙われているらしい今の状況をどうにかした結果、今度は創世教会から狙われるといった形になるのは私としても面倒極まりませんからね。
できるのであれば、対策を打つという意味でも御二人から改めてお話を聞いてから決めるべきでしょう。
「そうですね。アラン王弟殿下の庇護下にあるのであれば、独断で動くべきではないと私も思います」
そこまで言ってから、突然メガネ美人さんがピタリと足を止めました。
私の数歩前を歩いていたものですから、必然的に後ろを歩いていた私の足が止まる頃にはお互いの距離が近くなります。
「――顎を引いて視線を落としたまま、返事をせずに聞いてください」
短くそれだけを告げて、メガネ美人さんが再び歩き始めました。
「……ネロとは、なるべく二人きりにならないようお気を付けください」
突然告げられた忠告めいた一言。
何かあるのかと続きを待っていると、メガネ美人さんは視線だけで私が聞いている事を確認すると、歩きながら更に続けました。
「赤竜騎士団内に裏切り者がいる、という情報が隊長から伝えられました。現状私も確信は持っていませんが、隊長よりネロに不審な動きが見られているという情報が入ってきました」
不審な動き、ですか。
無表情で愉快な踊りでもしているのかと想像しましたが、なかなかに滑稽なものでした。
唐突にそう言われても、私としては特に接触した事もありませんので、なんとも言えませんが、そういうものなのでしょう。
「この状況で護衛から外そうとすれば、強硬策に及ぶ危険があります。疑いが晴れるまでは絶対に一人にはならず、かつネロと二人という状況になりそうな場合は人目のある場所での行動を徹底してください」
小さく頷いてみせると、メガネ美人さんもそれ以上は何も言わずに続けて歩いていきます。
ネロさん……あぁ、クールさんですね。
名前と顔が一致しないもので、優男さんの事を言っているのかと思いましたが、そういえばあの御方が隊長でしたね。
護衛から外せない理由については、強硬策に及ぶ危険があるとの事ですが……恐らく本質は異なり、私には囮の役割も果たしてもらいたい、といったところでしょう。
騎士団内部に内通者がいる可能性があるのであれば、この機会に証拠を揃えて炙り出すか、一網打尽にするべきだと判断するのが適切ですし。
なんだか面倒な事に巻き込まれたような気がしなくもないですが、とりあえず言われた通りにしておけば良いでしょう。




