1-1 人形少女の過去 Ⅰ
――どうしてここにいるのか。
そんな質問をされて事細かに語るには、私には三十分もいらないようです。
私が生まれて五歳まで過ごした村の記憶は、「辺境過ぎるど田舎」という記憶で埋め尽くされていましたね。
そもそもお金さえ流通していない村では、農作業と手慰み程度の刺繍、料理などが女の仕事であり、そこに“休日”だとか“報酬”なんて一切ないのが常識でした。
私も物心つく頃にはそのご多分に漏れず、それこそが当たり前だと思っていたのだから。
そうして、不作の年。
私は奴隷として出荷されました。
その時、「人とはこういうものなんだ」と悟るには十分でした。
今ではもう顔もろくに思い出せない村人達が、私をたった銀貨五枚程度で売り払い、お金に目が眩んでいた姿を見たあの日は、衝撃よりもむしろ腑に落ちるものの方が大きかったものですから。
奴隷商に引き取られ、そのまま連れて行かれたのはなんと王城。
政治的にも影響力のない奴隷を、王女様の情操教育も兼ねて傍に置く――そんな、ある意味生きた人形のような理由で引き取られる事になりましたね。
しかし私にとって、そんな日々はありがたいものです。
ちゃんと食事だって出ますし、王女様と一緒に勉強を教われます。もっとも、その背景に「知識のない奴隷にはできない事をできる王女様スバラシイ」とか、「王女として見本になれる王女様スバラシイ」と言っては、殴られたり罵倒されたりもしますが、まぁそれは生きる上での対価なのでしょう。
ご飯が食べられて、学ぶ機会があり、生きられる。
そんな生活がどれだけ幸せなのかを噛み締めていれば、殴られようがゴチャゴチャと言われようが蔑まれようが、別にどうでも良いのです。
そんな私の生活に転機が訪れたのは、十日前。
どうやら――というか、私自身が考えていた通りと言うべきでしょうか。
私が生まれたこの国、フィンガル王国を支配している、どうしようもない貴族とどうしようもない王族が原因で、それは起こりました。
王女様が言うには「攻め込まれる謂れはない」との事でしたが、真相は違います。
私が思うに、この国の財政はすでに傾いております――田舎の村で口減らしが必要になる時点でそれは間違いありません――し、そもそも奴隷が禁じられているだとか、王女様や王族の方々、貴族の方々が禁制品の危ない薬に手を出している事も知っていましたし、それらが原因でもあるのでしょう。
そんな国をのさばらせておく必要はないとばかりに、堪忍袋の緒が切れたアヴァロニア王国によってあっさりと攻め落とされ、亡国となったのです。
私を嘲笑ってきた王女様や王族はもちろん、貴族も処刑されたようで。
これを耳にして、何故かは分からないけれど僅かに頬が緩んだ――気がします。
表情が動く事もないので、なんとなく、ですが。
しかしそうなってくると、王族の玩具扱いされていた奴隷である私はどうなるのだろうか。
それを決める取り調べも、ようやく私の番になったようでした――――。
「――……なんという酷い真似を……ッ」
ギリッと歯を食い縛りながら、取り調べを受けている私の来歴を耳にしていた、無駄にキラキラした貴公子的な顔の男性が呟き、部屋の隅に待機している優しげな女性騎士様が悲しそうに私を見つめてきました。
現在私は、王城制圧時に捕まった一人の侍女として取り調べを受けております。
王女様に盾になるように命じられたのですが、残念ながら私程度に盾になったところで止まるアヴァロニア王国の騎士様ではありませんでした。
――申し訳ありません、王女様。
ぶっちゃけてしまうと、あまりの無茶振りでしたので罪悪感はございませんが。
そんな私の取り調べをなさっているのは、アヴァロニア王国の若い騎士様です。
ちなみにこの御方、王女様の命令で立ちはだかった私をあっさりとどかした張本人でもあります。
私の首についている『隷属の首輪』――奴隷が主へと反抗しないようにとつけられる、命令を無視しようものなら締まる魔道具――に気が付いていたのか、殴り飛ばしたりもしなかった御方です。
お優しい御方ですね。
「……事情は分かった。だからキミは、そんなにも表情が変わらないのだな……」
憐れむような目で見つめられていますが、それは元々の標準装備というヤツです。
そもそも表情を表に出すような明るく可愛らしい性格をしているのであれば、私は生みの親に売られていなかったのではないかと思う事もあります。
まぁ、生きた人形という扱いを受けていましたので、表情が凝り固まっているのも事実ですが。
捕食者の前で表情を変えるというのは、どんなものであっても攻撃させる理由になる。
そんな事実を知っていますので、無表情のままやり過ごすのが一番楽……げふん、効果的なのです。
「アラン様、いかがなさいますか……?」
「……貴族に連なる者であれば、叛逆の恐れもあったが……この娘はそういう類ではないからな。かと言って、王族に関係していた者となればただ釈放、という訳にはいかん」
「ですが……この子の境遇は紛れもない真実ですよ~? 魔道具も一切の嘘を検知しておりませんし~」
「それは分かっている。普通に考えれば、奴隷という不当な身分から解放を――」
そんな魔道具もありましたね、そう言えば。
まぁ、それは当然と言えば当然でしょう。
本来なら王族の周りには貴族に連なる者で固められます。行儀見習い、という名の王族への絶対服従を誓わせる為の人質という役割もあるからです。下手に王家に叛逆しようものなら、こっちで預かっている子息がどうなるか分かるな、という脅しですね。
なので、王城にいるにも関わらず、ただの奴隷――しかも生きた人形扱いの私のような存在の処遇というものは、通常通りとはいかないようです。
そうなると、きっと私は処刑されるのでしょう。
「処刑されるのであれば、苦しくない方法でお願い致します」
「なにを……ッ!?」
「……ッ」
おや、私の一言は二人にとっても意外であったようです。
それにしても、死ぬとはどういう事なのでしょうか。
そう言えば、神父を名乗る脂ぎった御方が御高説を垂れ流していましたね。
「――死を恐れる必要はないのです。安らかな眠り、それこそが救い……」
そんな言葉だったと思います。
まぁ、当の本人はぶくぶくと太っていましたので清貧だとか敬虔だとか、そんな言葉の意味を調べ直す事になったりもしましたが。
おっと、何やら沈黙が。
我に返って御二人を見やれば、何故か非常に悲しげと言いますか、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていました。
……あぁ、なるほど。
奴隷であるにも関わらず処刑方法に口出しした私が悪かったのでしょうか。
よく「本当に空気が読めないわね、この人形は!」と怒られていましたが、空気は読むものではなく吸うものだと認識しております。
あれはきっと高尚な立場の御方に伝わる貴族ジョーク的な何かだったのでしょうが、この方々もそういうジョークを愛するタイプなのでしょう。
「……申し訳ありません、お言葉が過ぎたようです。もともと、私は奴隷。いかようにも処分はお任せ致します」
何やら失礼な言葉を口にしてしまったのでしょう。
私がそう告げれば、二人は言葉を失ったまま俯いてしまいました。
「……処分は任せる、と言ったな?」
「はい」
「……分かった。イオ、この者を“第三独房”へ案内しろ。沙汰は追って伝える」
「――ッ! はい、かしこまりました~!」
……地下牢から独房へ移動する事となったようです。
処刑前に部屋をいちいち移動させる理由など、あるのでしょうか。