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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第一章 人形少女
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1-17 予兆 Ⅰ

 私が手に入れた〈才〉――【滅】という、いかにもおどろおどろしく、とても強そうな力。

 しかしながら、どちらかと言えば残念な結果に……なんて、そんな事はありませんでした。

 なんとか昼食の慌ただしさを突破した後、茹で汁、灰汁、生ゴミ、そういったものを処分し、男性騎士舎にある頑固な油汚れを消し去り、満足です。

 精霊がどうのと言われた時も思いましたが、危険に飛び込む訳でもありませんので。


「……なんつーか、思ってたより微妙な能力だなぁ」


「便利ですよ? もうちょっと使い道に自由さがあればもっとありがたいのですが」


 私の【滅】をガッカリだと評価するレイル様に、現在男性騎士舎の中を案内してもらっております。


 男性騎士舎は女性騎士舎と違って大きく造られているようです。

 廊下、部屋の出入り口、扉の大きさというものを比較してみても、なかなかどうして造りには変化があるようですね。

 モップがけする男性騎士舎付きの侍女さん達も大変そうです。


「もっとこう、なんか……あるだろ? そんな大層な力なら、ほら……」


「…………?」


「…………ダメだ、なんも思い浮かばねぇわ」


「残念です」


「残念そうに聞こえねぇんだよなぁ、それ……」


 何かを消せる力――但し生物、対象をしっかりと視認し、認識できないものは除く――というものは、存外使い勝手が悪いようです。

 解体作業とかなら大活躍できそうな気がしなくもないですが、割と柱ですとかに使われる木というものは、ものによっては使い回しが利くので、綺麗さっぱり消すというのは難しいですし。


「そんだけの〈才〉なら、せめて自衛できる程度の方法は持ってた方がいいんじゃねぇか?」


「自衛、ですか。攻撃と防御で消せるもの……。毒殺して証拠を消したら完全犯罪できますね」


「うおいっ、発想が怖ぇよ!?」


「冗談です。そもそも毒なんてものが目に見えるとも限りませんし、それが通用するのなら最初から人の身体から水分を消せば死にますよね」


「余計えげつないもん出してくんじゃねぇっ!」


「それができたとして、骨だけ消したらどうなるんでしょうか」


「物騒過ぎるだろお前!?」


「そうでしょうか?」


「……お前な、ちょっとは考えろよ……。まぁ自衛の手段を持っておくのは悪い事じゃねぇからな」


 ふむ……物騒ではないもので、となると。


「武器を消すというのは?」


「あー、なるほどな。確かにそれはありかもしれねぇな」


 防御面では武器を封じるというのは大事ですからね。

 そうなると、あとは攻撃する方法ですか。

 何か考えなくてはなりませんね。


「毛根を死滅させるというのはいかがでしょう?」


「やめてさしあげろ!?」


「服だけ消滅させて恥ずかしい気分にさせるというのは?」


「精神的ダメージがハンパねぇ方向にシフトすんな! だいたい、そんな事しても襲ってくるヤツは襲ってくるんだぞ?」


 ふむ……確かにあまり良くないようですね。

 動けなくするとなると、拘束しなくてはなりませんし、何かを生み出す力がないとどうしようもないような気がしますけど……。


「……凹凸の【消滅】」


「なん――うおっ!? あぶなっ!?」


「できましたね」


「唐突に人を実験台にするヤツがあるか!? っていうかなんだここ、ツルッツルじゃねぇか!」


 ちょうどレイル様が歩いている足を下ろす場所だけを試してみたのですが、視認してさえいればできない事もないようです。

 範囲も意思通りに絞れてしますし、しっかり成功しました。

 触ってみると、気持ち悪いぐらい滑ります。

 よく転ばずに耐えられましたね、レイル様。


「ちなみに……戻せません」


「ここ通るヤツ全員転ぶじゃねぇか!」


「表面だけ消滅させればどうにかなる気がしますが……。そうですね、落とし穴なんてどうでしょう?」


「飛躍が酷いな、おい……! とりあえず滑ってすっ転ぶよりはマシだろ、表面だけどうにかしとけ」


 言われるままに表面部分を消滅すると、僅かに凹みはしたもののツルツルではなくなりました。

 これはこれで危なそうですが、多少の段差ですし見て気付けると思いますので良しとしましょう。


「ついでに言っておくが、建物の中で落とし穴なんて作るんじゃねぇぞ」


「屋外限定ですか。なら他の方法を考えなくてはなりませんね」


 言われてみればその通りですね。二階から一階へ落としても意味ないですし。

 何より、修理するのが大変ですからね。

 自衛の手段としては使い勝手が悪すぎますね。


「レイル様」


「あん?」


「そもそも私、戦う事なんてあるのでしょうか?」


「ほぼほぼ有り得ねぇ――ってのは楽観だな。ウチの団長の庇護下にあるんだ、多少の厄介事は覚悟する必要もあるだろうよ。特に、お前さんみたいに華奢で戦う術を持ってねぇのは、いざって時に狙われやすいからよ」


 現王である国王陛下はアラン様のお兄様で、アラン様は先王時代に一度は王位継承権を破棄しましたが、陛下が結婚して子を成すまではという条件で王位継承権を復活されたそうで、現在王位継承権第二位の御方。

 万が一にも陛下に何かがあれば、先王の兄君であらせられる御方が王位を戴く形とはなっていますが、その立場は有象無象を引き寄せる程度には目立ちます。


 もちろん、その立場は私も理解しております。


「――っと、噂をすればってヤツか。お前さんは顔を伏せてな」


 短く私に告げてから、レイル様が私と向かい側から歩いてきた男性のちょうど間に入るような位置取りで前へと出て足を止めました。


「おやおや、スタンリー副団長ではございませんか」


 言葉はあくまでも丁寧ではあるのですが、丁寧さを装っていっそ小馬鹿にしているかのような物言いですね。

 声をかけてきた男性は四十代後半といったところの男性で、ふくよかな御方です。ギラギラとした装飾品ばかりが無駄に存在を強調しているので、顔を見ないように視線を外している私にも悪趣味だと分かる程度に品がありませんね。

 まるでフィンガルにいた頃の貴族と遭遇したような気分です。


 私としては、むしろその男性の後ろについているらしい護衛の方の視線が、先程から私に絡みつくように向けられている方が気になりますね。

 視線を消滅させるとか、そういう事はできないのでしょうか。


「……何故ここに? ここは赤竜騎士団の宿舎、部外者は立ち入りを禁じているが」


「そうは言われましても、こちらに私の愚息がおりますのでな」


 いつものぶっきらぼうながらに優しい空気を纏うレイル様らしからぬ、冷たく不用意に近寄らせないような物言い。そんな態度に軽く声を震わせながらも、男性は気持ちを切り替えようと多少声を張って告げました。


「事務局員なら事務局にいるはずです。ここは事務局とはかなり離れている」


「はて、そうでしたかな? これは失礼を」


 事務局は男性騎士舎の入り口から真正面ですので、わざと迂回しようとでもしない限り男性騎士舎内に迷い込むという事はありません。


 ふむ……、とてつもない方向音痴な御方なのでしょうか。

 私も道を覚えたり人の顔を覚えたりという点が苦手ですし、そういう御方なのでしょう。


「――ところで、そちらの侍女は?」


「下女上がりの侍女見習いだ。暇だったんで騎士舎内の案内がてら、俺の気分転換に突き合わせている」


「ほう、左様ですか」


「そんな事より、そっちのは護衛か? ずいぶんと物騒な空気を纏っているように思えるが」


 レイル様の一言に、先程まではどこか余裕ぶっていた装飾過多の御方が僅かに震えたのが分かりました。


「こ、此奴は元々貧民の荒くれ者でしてな。腕の良さを気に入って、こうして私の護衛としているのですよ」


「ほう……、ずいぶんと珍しい事もあるものだ。まぁいい。事務局はこちらではないのでな。部外者の立ち入りを禁じている以上、いつまでもここに残られては困る。早急に引き返してもらおう」


「おっと、そうでしたな。いやはや申し訳ない事をしました。では、また」


 逃げるように歩き出す後ろ姿が角を曲がっていくのを確認するなり、レイル様が深いため息を零しました。


「ガチガチの選民思想主義者が貧民を護衛にする、ねぇ。おっと、悪ィな。もう顔あげていいぞ」


「はい。……選民思想とは?」


「あぁ、単純な話だ。貴族の血を持つ自分らが偉いと思っているような、典型的な馬鹿貴族――要するにお前さんがいた国の貴族連中と似たような思想の持ち主だ」


 似ているとは思っていましたが、そのまんまでしたね。


「この国にもいるのですね」


「陛下が即位されてから一斉に粛清したが、いくらかは残っているのさ。一気に頭を取り替えても混乱は生まれるしな。運が良けりゃ、粛清を恐れて改善するかもしれないと考えていたそうだ。そのおかげで生き延びたに過ぎねぇってのに、あのザマだ」


 取るに足らない存在だからこそ放置されていたという現実に気付かず、自分が対象になっていない事に安堵し、増長した、といったところでしょうか。

 そう考えるとなかなか滑稽なものがありますね。


「しっかし、マズったな……」


「何か問題が?」


「団長が連れ帰った張本人がお前さんだってバレた可能性がある。むしろ最初(はな)からお前さんの容姿を確認する為にここに来たって考える方が妥当だろうな」


 はて……最初から私が目的で?


「では、わざわざ私の容姿を確認する為に迷い込んだという嘘を?」


「正直言って、忍び込むよりはよっぽど安全なのさ。密偵を送り込まれる分にはウチの連中が気付きやすいが、貴族が直接来るとなると面倒だ。迷ったと本人が言ってしまえばこっちも言及しにくいからな」


 そう言われてみると、確かに。

 実際先程のやり取りにしても、いかにも嘘を吐いていると判っていながら、レイル様は強く追求する事はできず、釘を刺す程度に留まっていましたしね。


 しかし私の見た目を知ったところで、何か良い事でもあるのでしょうか。


「いいか、嬢ちゃん。お前さん、今後しばらくは一人ではうろつくなよ」


「もともと一人で動く事の方が少ないぐらいですが……」


「今後は徹底しろ。さっきも言った通り、お前さんを利用しようとする連中には注意するんだ。こっちからも団長には伝えとくから」


「そこまで言われて「一人でできるもん」と口を尖らせるようなタイプではありませんので、私に特に否やはありませんが」


「なんだそりゃ、子供か?」


「オレリア様がこの前やっていたので、真似してみましょうか?」


「……怖いもの見たさでお願いしたくなったが、遠慮しとく」


 残念です。


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