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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第一章 人形少女
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1-16 ルナと魔物の果実 Ⅱ

 親分さんに見られながらパタの処理を済ませ、薄くスライスしていきます。

 昼食に予定されていたのはどうやらミートソースのパスタだったようで、材料もありますし、せっかくなのでミートソースを多めに作ってもらいます。

 そのまま薄くスライスしたパタを片面軽く火を通し、裏返し。カットした野菜とミートソースにチーズを載せて弱火にして蓋を被せます。

 お腹が膨れれば文句はなかろうという、パタを使った料理ですね。

 本で読んだのはパン生地等を使ったものでしたが、パタも合うと思いますし、今回は創作料理です。


 パタは茹でて塩を振れば十分にお腹が膨れますので、寒村ではむしろそういった食べ方の方が多いぐらいです。今回は男性騎士の皆様が食べるとの事ですので、一応そちらも用意して、芽を取り皮がついたまま洗ってお湯の中に放り込んであります。


 魔道具のコンロ、火の調整が簡単で素敵ですね。


 そうこうしている間に他の料理についても親分さん指導の下でどうにかなっているようです。


「……なんつーか、見習い以上には料理できんだな」


 普通なら料理ができる侍女は珍しいというか、ほぼほぼいません。

 ですが、侍女隊は異なります。


 そもそも侍女隊というのは、今回のような戦争や魔物の討伐作戦等の有事の際に編成されるジェネラリストの集団ですからね。赤竜騎士団所属の侍女もいれば、当然王宮侍女であったりも混ざった、まさにドリームチーム、とはオレリア様の言です。

 ちなみにオレリア様は今回の遠征が初めての抜擢だったそうですが、マリア様曰く「及第点」だそうです。王弟付侍女頭であるマリア様が言うのであれば問題はなかったようですね。


 ともあれ、有事の際には前線にも派遣されますし、当然のように野営だって行うのですから、簡単な料理ぐらいはお手の物です。


「戦場に料理人を連れて行く訳にはいきませんからね」


「いや、それ言うならメイド連中も連れて行くもんじゃねぇだろ」


「服を大量に持っていく訳にもいきませんので、洗って使い回す必要もありますし、何より侍女隊は有事の際には後方支援の役割もこなします。簡単な応急手当等も学んで、初めて侍女隊への正式な配属が認められるのです」


「万能だな……」


「当然です」


 先程から親分さんに向かってマリア様が胸を張ってお答えしていますが、そもそも侍女隊を率いるマリア様あっての活動のような気がします。

 この国へと移動する際、侍女隊の方々の働きは確かに優秀でしたが、マリア様の指示がなければ僅かに右往左往している姿を見かけましたし。


「ルナさん、パタはどうですか?」


「こちらに持ち帰るまでに時間が経ってしまっているのでダメなものが多いですが、十分一食分にはなるかと」


「そうですか……。はあ、助かりました。飢えた男性騎士は気が荒くなりますからね」


「私なら茹でたパタが一つあれば十分ですが」


「ルナさんは食が細すぎます。しっかり、無理のない範囲で食べなさいね」


 これでも以前に比べればしっかりと食べているのですが、どうにもまだ足りないのですか……。

 これでも、私の身体は少々まともになったと思うのですが。

 すでに浮いたあばらは隠れ始めましたし、心なしか胸も大きくなったと思います。

 支給されている侍女服の詰め物もいらなくなってきましたし。


「――あー、腹減ったな……って、お? なんだ?」


「あれ? なんでメイドが厨房に?」


「女の手作り飯……!?」


 何やら食堂側がうるさくなってきたようでちらりと視線を向けると、そちらには次々鍛錬用の鎧を纏った男性騎士様がたが入ってきました。


「予定より早いですが、人手も足りませんし、配膳していては時間がかかりますのでビュッフェスタイルにしてしまいましょう。誘導してきます」


「おう、頼む」


 マリア様が食堂に向かっていく中、私はパタのミートソースとチーズ乗せ用に次のフライパン用にパタをスライス中。

 親分さんがこちらに近づいてきて私の手元を見つめてきました。


「色々知ってる割にゃ、包丁の使い方がまだまだなんだな」


「すみません、不慣れなもので」


「あぁ、いや、責めてる訳じゃねぇよ。なんつーか、チグハグな印象だ」


「知識が先行しているので、経験という点だとまだまだです」


「ほう。変わった料理とかあるのか?」


 ふむ、変わった料理ですか……。

 あぁ、そういえばフィンガルで読んだ旅人の手記に、面白いものがありましたね。


「極東の地、と呼ばれる島国に伝わる調味料を使ったものなどでしょうか」


「お? なんだ、そりゃ?」


「海藻と小魚などを入れて出汁を取る料理などがあるそうです。それと、魚を使った魚醤と呼ばれる調味料、豆を使った味噌、でしたか。そういったものはご存知ですか?」


「……いや、知らねぇな……。そうか、極東……。以前一度、貿易商が船で変わった調味料を持ってきやがった事があったが、アレか……?」


 極東ともなると、まだまだ知らない国が多いですからね。

 特にアヴァロニアの港は大陸の西側になりますので、東は深い山に覆われてしまっています。東側に港があるのであれば航路も確保しやすいかもしれませんが、どこかの国を経由するしかないかもしれませんね。


「今度頼んでみるか。珍しいモンが手に入ったら声をかけさせてもらうぜ」


「使い方については私も詳しくありませんよ?」


「なぁに、気にすんな。おめぇさんは変な事知ってそうだしな」


 変な評価ですね。

 構わず先程焼き上がったものを大皿に移し替え、スライスしたパタを再び乗せて熱してという繰り返しの作業をしつつ、茹で上がったパタをザルに取り出し、そちらも深めの皿に移し替えていきます。


「ほう、茹でたのか?」


「はい。そちらは塩を振って齧りついてもらえば腹も膨れます。あとはバターを乗せて食べると美味しいそうですが、高級品でしたので試した事はありません」


「おう、待ってろ。持ってきてやる」


 あるのですか、バター。

 というかずいぶん元気になりましたね、親分さん。

 さっきより顔色も少しだけ回復しているように見えますし。


「ルナちゃん、これ持っていっていい?」


「お願いします」


「あー、いい匂い! 私も食べたいよー!」


 ……これ、もしかして騎士様の分以外にも用意した方がいいんでしょうか。

 オレリアさんだけじゃなくて、結構な侍女さんが興味深そうにパタのミートソース乗せチーズ焼きを見つめてますし。


「お? なんだ、こりゃ?」


「レイル様! これ、ルナちゃんが作ってくれたんです!」


「へー、変わってんな。どれ、試しに……って、うまいな、これ」


「お、副団長? なんすか、これ?」


「俺ももーらいっと。おー、こりゃうめぇ。っつーか酒飲みたくなるな」


 何やら騒がしい事になってきてますが、残念ながら私はさくさくパタ処理です。

 うまいと言ってくださったレイル様の評価のせいか、侍女の皆さんの目がこちらに向けられましたし。

 多めに焼いておきましょう。






◆ ◆ ◆






「――えぇい、忌々しいッ!」


 アヴァロニア王国内王都アヴァロン。

 貴族街にあるとある屋敷の一室で、毒づいた声と共に叩きつけられたワイングラスが、床に当たって砕け散った。

 突然の暴挙に躍り出たのは、ごてごてと飾り付けられ、いかにも装飾過多といった服に身を包んだ、痩せた男。年の頃は三十代後半といったところだろうが、こけた頬にくぼんだ眼窩、ギョロリとした目はお世辞にも正気とは思えない。いっそ病的なまでの青白さも相まって、薄暗い室内では幽鬼が佇んでいるようにすら見える男であった。


「リゲル! フィンガルからの荷はまだ届かぬのか!?」


「畏れながら申し上げます。現状、フィンガル王国はすでに赤竜騎士団主導の下、アレッタは次々廃棄されているようでございます」


 老齢の執事が告げれば、男は震えながら息を荒らげた。

 その姿はまるで飢えた獣のようにすら見えており、常人では有り得ない常軌を逸した様でしかない。

 しかしリゲルは一切表情を変える事もなく、淡々とした様子で男とは目が合わぬ程度に視線を下げ、男を見つめていた。


「ぐ……っ、あああぁぁぁッ! 足りぬ、足りぬのだッ! おのれ! おのれおのれおのれぇッ、赤竜騎士団がああぁぁッ! 忌々しい、忌々しいぞッ!」


 頭を掻きむしり、何かに堪えるように叫んで暴れる様は、もはや常人とは到底呼べなかった。

 無理もないだろう、とリゲルは聞こえない程度に抑えたため息を漏らした。

 アレッタ草――つまりは麻薬だが、麻薬を取り締まってからの赤竜騎士団は早すぎた。それこそ、全てお膳立てされているかのように次々と貴族家を潰して回られていたため、隠していたアレッタ草を取り急ぎ処分せねばならなかったのだ。


 どうにか捜査の手からは逃れてみせたものの、麻薬中毒と称しても良い主の姿を前にして、禁断症状の恐ろしさはもはや正気の沙汰ではないとリゲルは悟っていた。


 この状態では何を言っても無駄であろうと感じたリゲルが見つめる中、ふっと糸の切れた操り人形のように、男が椅子に崩れた。

 先程までの激昂ぶりとはまるで異なる姿を眺め、リゲルが改めて口を開く。


「ギリギリで持ち出した品も山脈を超えるルートを使用しているため、順調にいけば間もなく届く頃かと」


「…………あぁ」


 心ここに在らずといった状態に急に切り替わるのは、麻薬中毒者によくある症状であった。それを知るからこそ、リゲルは激昂している主をやり過ごしてから、改めて己が立っていた扉を部屋の中からノックした。

 くぐもった返事が聞こえ、リゲルが扉を開ければ、顔を青くした若い侍女が立っていた。


「旦那様を寝室へお連れしなさい。それと、強い酒と睡眠薬を」


「は、はい……」


 震える若い侍女に指示を出して、リゲルは部屋を後にした。


 このままでは廃人と化してしまいそうな主ではあるが、しかしさっさと当主を挿げ替えようにも、今動けば粗になりかねない。確かに赤竜騎士団による捜査からは逃れる事はできたが、それが素直に「自分たちは助かったのだ」とはリゲルも考えていない。


 ――泳がされている、と考えるのが妥当でしょう。

 そんな予感が拭いきれないものの、今の状況で勝手をすれば情報が漏れるやも分からない。じわじわと袋小路へと追い詰められているような、そんな状況でしかない。


 だとすれば――もはや打てる手は限られていた。


「――……そろそろ仕事の依頼か?」


 薄暗い廊下、周りには誰もいないはずのその場所で、不意に柱から影が浮かび上がったかのように実体化した。現れたのはまだ年若いであろう男ではあるが、目深に被ったフードからではその顔は判然としない。


「こちらにはもう打てる手もありません。いずれ畳み掛けられるのは時間の問題です。――ですが、それはこのまま守りに入っていれば、という話でしかありません」


「ほう?」


「赤竜騎士団に連れて来られたという仔猫の情報を。利用価値があるのであれば……」


「……いいだろう。こちらも赤竜騎士団には散々痛い目に遭わされたからな。期待して待っているといい」


 それだけ告げて、影は消え去った。


「……ままなりませんな、先代様。私はもう、こうするしかないようです」


 一人小さく呟いた言葉は誰に届く事もなく、歩みだしたリゲルに取り残されていた。


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