1-15 ルナと魔物の果実 Ⅰ
『選定の儀』から三日、私の生活は多少変わりました。
というのも、何やら物騒な【滅】という〈才〉の使い道を模索するような形になり、様々なものを対象に〈才〉の練習というものが始まったのです。
「――どうやら、生き物には無効なようだね」
赤竜騎士団騎士舎の裏にある庭先で、私の〈才〉の特訓――と言えるかは不明ですが――に付き合っていただいているフラム様が、顎に手を当てながら呟いた言葉に、私は頷きました。
これまで試してきたものは数多く、糸やゴミから始まり、使えなくなった剣や鎧など。
どうやら“私が対象として定めているもの”へ一言告げればそれらは消えるようです。
ただしそれは目に見える範囲に限られているようで、目隠しをした状態だとどうにも不安定でした。目隠しする前に見たものなどは消滅するのですが、目隠しした状態で指定するものは何も起こらない、といった具合です。
そうして実験は次の段階へ進み。
ついに私は生物――つまりは害虫などに対して実験がスタートしたのです。
結果はフラム様の仰る通り。
私の〈才〉は、生命として存在しているものには通用しないようです。
その代わりと言いますか、害獣に無理矢理つけた布などはしっかり消えるようです。
「はあ。良かったよ」
「何がですか?」
「キミの〈才〉がもしも千差万別に発動するようなら、ハッキリ言って危険な存在でしかないからね。だけど、生き物に通じないという前提があるのなら、どちらかと言えば不便な能力でしかない」
「頑固な油汚れや部屋の埃やゴミが消せますので、便利ですよ?」
「そういう発想で助かるよ。まぁ要するに、政治的に利用される可能性はぐっと減った、という訳だよ。これなら国が保護せずとも、アランが保護していれば問題ないだろう」
そう言われれば納得できますね。
そもそも私の立場は不安定と言いますか、ハッキリと定まっていません。
今のところは侍女見習いという体裁が整えられているようですが、体力もありませんので力仕事はできないと言われてしまい、女性騎士舎内のゴミ消滅ばかりがお仕事になっています。
まぁ、女性なのであっさりとゴミを消滅できる私の〈才〉は人気だそうですが……それにしても仕事量は少ない気がします。
一応、こちらに来てからは何故か大量に食べさせられたり、何故か様々な本を読ませていただくばかりなので、体型は徐々に変わってきているのですが。
ともあれ、です。
私は侍女としては足りず、このままではタダ飯喰らいというヤツになってしまうのではないでしょうか。
ふむ……お肉が滅多に食べられなかった頃ならまだしも、このままではお肉を食べられなくなるかもしれません。
私にとってそれは看過できるものではありません。
「……? 何か考え事かい?」
「どういったお仕事ならば活かせるかな、と」
せっかくなら今以上にできるものがないものか。
そんな風に考えていると、フラム様も一緒になって考え込むように目を閉じました。
「うーん……、要するに“何かを消す力”、か……。そうだ、ルナちゃん。菌を消す事はできるかい?」
「菌、ですか。目に見えないものですので、勢い余って他のもの……例えばはぐれ精霊なども消してしまいそうな気がしますが、試してみま――」
「待って!? それはやめておこうか!?」
早速試してみようとしたところで、フラムさんに止められてしまいましたね。
さすがに消してしまったらマズいのでしょうか。
個人的には羽虫が耳元に飛んでくると軽く不快ですので、小さな生物ぐらいは滅してしまいたかったのですが。
まぁ今は春先ですし、まだそこまで気にする必要もなさそうですね。
「――あっ、ルナさん! それにフラム様!」
突然かけられた声に振り返ると、マリア様が何やらいつもよりも若干小走りしながらこちらに近づいてきました。
「やあ、マリア。どうしたんだい、そんなに慌てて」
「申し訳ございません、フラム様。その、ルナさんをお借りしてもよろしいですか?」
「ルナちゃんを?」
「頑固な油汚れかワインの染みでも発生したのですか?」
「いえ、そうではなくて……実は、赤竜騎士団でちょっとした事故が発生しまして……」
はて、事故ですか。
人手が足りないのでしょう。
「分かったよ。ルナちゃんが必要なら連れて行くといい。ちょうどこっちも一段落したところだから」
「ありがとうございます。ではルナさん、お願いします」
「分かりました。フラム様、ありがとうございました」
「うん、とりあえずボクの方でキミの〈才〉については報告しておくから」
ひらひらと手を振りながら見送ってもらい、マリア様について行く事に。
赤竜騎士団の女性騎士舎は奥まったところにありますが、今回人手が必要になったのは敷地の手前側である男性騎士舎だそうです。
簡単に事情を説明していただきますと、どうやら厨房で料理を担当していた料理人の方々が食中毒に罹ったそうで。
原因は――お土産、だそうです。
フィンガルで買ってきた少々変わった野菜を使い、調理法を試していたそうなのですが、どうもそれが原因だったようですね。
「――ゴツゴツとした実、ですか?」
「えぇ。痩せた土地でも収穫できるそうで、数だけはあるようなのだけれど……如何せん、調理法までは聞いてこなかったみたい。結果として厨房の料理人が腹痛を訴え、手が回らなくなっているのよ」
ゴツゴツとした実と言われてもいまいち想像がつきませんね……。
ともあれ現物は厨房に置いてあるようですので、そちらを見てみる方が早そうですし、歩きましょう。
赤竜騎士団の男性騎士舎は女性騎士舎よりも広く、大きな食堂の奥にある厨房もまた広いものでした。
女性騎士舎では料理の練習にも出入りさせていただいた事もありましたが……人数も多く、男性が食べる事もあってか規模が異なりますね。
「あれよ、ルナさん」
「あぁ、よりにもよってコレですか」
箱に詰められたそれらを見て、納得します。
そこに入っていたのは、不格好に形が不揃いな茶色。芽が出てしまっているもの、色が変色しているものなどが入っていますね。
「パタですね」
「パタ?」
「はい。植物の地下茎が食用になる芋の一種なのですが、天然毒が発生しやすいのです。処理に失敗すると食中毒になりますので、そういった点から“魔物の果実”とか呼ばれたりしているはずです」
「な……ッ! そんなものを買ってきたのですか!?」
「先程も言った通り、これは処理方法ではちゃんと食糧になりますよ? フィンガルの寒村では当たり前のように食べられている食材ですので、恐らく王都の露店などで買い、調理法を失念していたのではないでしょうか」
もともとこれは、フィンガルの重税に喘いだ平民の間で食べられるようになった食材です。
税として麦を搾取され、都市や町はともかく、村は貧困や飢餓に苛まれてしまいます。
そうなると、麦以外の食糧であり、かつ貴族の目に止まらない食材が必要になり。そこで“魔物の果実”と呼ばれるこれら――パタを栽培し、飢えを凌いでいました。
食中毒になる人とならない人がいると騒がれ、最終的に毒があると判明したそうで、私も村にいた頃には猟師さんに食べ方を教わったものでした。
「パタは芽と芽の周辺に毒がありますので、芽が出ているものはしっかりとえぐり取る必要がありますし、変色しているものは若いのではなく、毒が強いものです。小さすぎるのも危険ですが、これは全部適当に詰めてありますね……。かさ増ししようとしたのでしょう」
「つまり安全に食べられるようになるには、目利きが必要になる、と?」
「そこまで大袈裟なものではありませんが、そうですね。収穫して時間が経てば勝手に芽が生えてきてしまいますので、しっかり処理さえするという知識があれば、収穫量も味も悪くはありません。大量に摂取しなければ致死量には至りませんので、試食した程度ならどうとでもなるかと」
これも、これもこれもダメですね。
使えるのは芽が出ていても芽が大きくないもの、変色していないもの、それなりに大きいものですので、選別していくと半分以下ですね。
これは見事に売れないものを掴まされたようですね。
「ダメなものは処分しても?」
「そうね……、いくつか残しておいてもらえるかしら? 毒になるのなら、いくつか研究してもらう必要もあるでしょうし」
毒の研究……暗殺でもするのでしょうか。
致死量にはなりにくいですし、向いていないと思いますけど。
「――マリア様! それにルナちゃん?」
食堂側から声をかけられて振り向くと、オレリアさんが肩で息をしながら立っていました。
「オレリア、どうしました?」
「あ、食事の準備はどうなさいますか? 女性騎士舎の厨房にも量を増やしてもらうように頼んでおきましたが、さすがに……」
「――おう、悪ィな、遅くなっちまった」
「ラグルス様!?」
オレリアさんに引き続いて、今度は厨房裏手の出入り口から野太い声が。
真っ白な料理人用の服に前掛け、帽子をつけた……ふむ、山賊か盗賊を率いていると言われても納得できそうな強面の御方ですね。ゴツいですし。
ただ、お世辞にも顔色がよろしくありませんね。
恐らくパタで食中毒になった一人なのでしょう。
「ラグルス様、お顔の色が良くありません! 無理をなさっては倒れますよ!」
「そうは言っても、この厨房を預かってんのは俺だ。好奇心でぶっ倒れて食事を用意できねぇなんてのは、俺自身が許せねぇんだよ」
「ですが! そんな事を言っている場合ではありません! 顔も真っ青ではありませんか!」
「なぁに、飲み過ぎたとでも思えばこれぐらい。それに昼飯さえどうにかできりゃ、夜はこっちの食材回せば女性騎士舎の連中でも対応できんだろ」
「昼は外に買いに出ればまだ間に合うはずです!」
「人数が少ないっつったって、そんな大量に売ってる店はねぇよ。俺が作る」
「そうは言っても、お世辞にも料理ができそうには見えませんが。寄りかかって立っているだけでも限界なのでは?」
「あぁん? なんだぁ、このちっこいのは」
マリア様と言い合いになって平行線を辿っているようなので口を挟ませていただきましたが、ギロリと鋭く睨まれてしまいましたね。
「ちょうどよくパタもありますし、量をかさ増ししてしまえば良いかと」
「おめぇさん、そいつの使い方が分かるってのか?」
「私にとっては主食に等しいものでしたので。他の料理については侍女隊の皆様が指示に従って調理する、という方向でいかがですか?」
調理場は本来、料理人が責任を持って預かる場。
この頭領さん……げふん、親分さんが言っていた言葉を借りるでのあれば、最低でも監督役をしてもらうのは当たり前でしょう。
僅かな逡巡を呑み込んで、親分さんが笑いました。
「――いいだろう。その代わり、パタの処理の仕方はしっかりと教えてもらうぞ?」
「かしこまりました」
「名前はなんつーんだ?」
「ルナです」
「おう、ルナだな。よろしく頼むぜ」
「宜しくお願いします、親分さん」
「……親分ってなんだ?」
早速ですが、パタの処理から始めましょうか。
パタ = 異世界版じゃがいも




