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人形少女は踊らない  作者: 白神 怜司
第一章 人形少女
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1-12 大司教

 王都アヴァロンに着いてからの日々というものは、特に私にとっては代わり映えのないものでした。というのも、どうにも私の身体はまだまだ細すぎる上に体力もなく、そもそも常識的な暮らしといったものが分かっていないため、外に出せない、と判断されたようです。

 そんな訳で、結局こちらに来て一週間程が経っているにも関わらず、私の生活は日常生活に散歩と勉強というメニューが追加されただけで、特筆するものもなく過ぎております。


「文官試験はほぼ満点、料理や給仕についてはまだまだ不慣れではありますが、味の調整は寸分違わず、味は文句なし。清掃能力も高く、細かいところまで手が届いているようですし、すぐにでも侍女隊に貰いたいぐらいです……」


「困ったわね~……。特に得手不得手がある訳じゃなく、ほぼ完璧なんて~……」


「いい事、なんだけどね……優秀なんだし。でも、なんかこう、これじゃない感が酷いわ……」


 さて、ここは赤竜騎士団騎士舎の女性騎士舎内に設けられた私の部屋。

 ただいまマリア様、イオ様、アリサ様が何やら困った様子で語り合っていますね。手に持っているのは、恐らくここ数日でテストされた内容の採点結果のようですが。


「得意な傾向から向き不向き、潜在的な趣向を割り出そうとするのは間違いだったようですね……」


「やっぱり〈才〉をもらって、精霊と契約した方が早そうね~。マリア、日程の調整はどうかしら~?」


「えぇ、そろそろ返事が来ると思います。『選定の儀』についてはこちらまで出向いていただいて行う予定ですので、情報が漏洩する事もないかと」


「……この子がもらう〈才〉って、どんなものになるんでしょうね……」


 私には聞こえないように話しているらしいので、マリア様に淹れていただいていた紅茶を飲みつつ、視線を受けて小首を傾げれば、御三方は妙に引き攣った笑みを浮かべていました。

 ふむ……。


「紅茶、淹れましょうか?」


「「「……ありがとう」」」


 何やらずいぶんとお疲れのようですので、少し甘さがあるものにしましょうか。

 立ち上がって紅茶を用意して振り返ると、イオ様とアリサ様は椅子に座って頭を抱えており、マリア様は「紅茶ももう完璧……」と何やらぼやいておりました。


 ずいぶんとお疲れのようですが、砂糖は三つ程入れた方がいいのでしょうか。

 判断しかねますので、テーブルの中央に載せておくだけに留めました。


 紅茶を飲んでしばしの沈黙が流れます。

 正面、扉側にはマリア様が座り、円卓の左右にイオ様とアリサ様、部屋の最奥部に私が座る。

 そういえば、こうしてイオ様とアリサ様の御二人が朝から私と一緒にいるというのは、ここに来て初めてですね。

 今ではこうしてマリア様も座ってもらうようになりましたが、当初は「メイドですので」の一点張りで座ろうともしてくれなかったものです。


 マリア様はもともと、侍女隊を率いる御方です。

 侍女隊とは普段は王宮侍女として仕事をしていらっしゃいますので、独立した組織という訳ではありません。なので、普段はそれぞれに所属がある、という訳です。

 マリア様はアラン様付きの侍女だったようですが、最近は私の教師役をしてくださっています。

 イオ様もアリサ様も、今までマリア様とはそこまで親しくお話する間柄ではなかったようですが、最近では私を含めてお話する機会も多く、どうも親しくなられたようですね。


「ところで、今日はイオ様もアリサ様も非番なのですか?」


「非番と言えば非番よ。まぁ、護衛の意味も兼ねて、って感じだけどね」


「……護衛?」


 はて、護衛となると護衛対象と一緒に行動するものだと思いますが……こんな所でゆっくりしていても良いものなのでしょうか。

 小首を傾げる私を見て「なんでもないわ」と短く告げるアリサ様はそれ以上答えるつもりがないらしく、視線をイオ様へと向けます。


「えぇっと~、非番だと思ってくれればいいと思うわよ~」


「そうですか」


 “非番だと思ってくれれば”と言っている時点でそうではないと断言しているようなものですが、そう言われるならそういう事にしておきましょう。


「それで、今日の予定については……」


 と、そこまで言ったタイミングでちょうど部屋の扉が叩かれました。

 マリア様が立っていたので、そのまま扉に近づいて誰何していらっしゃるようですが、名乗りを聞いて扉を開けました。


「お邪魔させてもらうよ」


「団長?」


「どうなさったんですかぁ?」


 部屋に入ってきたのはアラン様でした。

 なんだか妙に疲れた様子ですね。いつものキラキラ感と言いますか、貴公子感が四割近く減少しているような気がします。

 マリア様に勧められて椅子に座られたアラン様が、淹れられた紅茶を飲んでから一息つき、私を見つめました。


「『選定の儀』について決まったんだが、来る事になった神官が厄介でね」


「神官?」


「あ~……。団長、それってもしかしてあの御方(・・・・)だったりします~?」


 判っていないらしいアリサ様とは対照的に、イオ様はどうやら思い当たる節があったようで。

 対するアラン様は、そんなイオ様の問いに無言で苦い表情を浮かべているあたり、その予想は当たっていらっしゃるようでした。


 そんなアラン様とイオ様の反応を見て何かに気が付いたように、アリサ様が嫌そうな表情を浮かべました。


「……まさかとは思いますが……大司教様、ですか……?」


「……そのまさかだ」


 御三方はともかく、マリア様まで苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるという事は、何やら厄介な御方なのでしょうか。


 創世教会は世界最大の教会ですので、私も知っています。

 創世神様を頂点に、その他の神々、そして神の御使いとして精霊を信仰しています。


 そんな創世教内でもやはり定められた位階はあります。

 有名所では最下位が修道士、修道女に始まり、助祭、司祭――いわゆる神父様ですね――となり、それ以上が司教、大司教といき、果ては枢機卿、教皇と。


 それら以外にも細かい「○○長」とついたりもするようですが、そのあたりは私も詳しくは知りません。

 特に興味もないですし。


 そんな私でも知っている大司教様となりますと、もはや教会であっても上から数えた方が早いぐらいですね。

 まぁ目の前に国で上から数えた方が早いぐらい偉い人どころか、一番偉い御方である王の弟様がいらっしゃいますが。


「その大司教様だと、何か問題があるのですか?」


 皆様揃って頭を抱えていらっしゃるので訊ねてみますと、アラン様が「問題しかない」と即答しました。


「いいか、ルナ。アレは正直言って問題児だ。創世教は些か狂信的な連中がいるが、そういう類ではない。だが、そういう連中よりもタチが悪いと言える」


「ふんふん、それで?」


「アイツとは子供の頃からの付き合いだが、ハッキリ言ってろくな思い出がない。なのに有能だから手に余るんだ」


「それ、ボクとしては褒められているのか貶されているのか、判断に困るなぁ」


「何を言っている。お前がやってきた悪事の数々を忘れ…………?」


 入り口側に背を向けていらっしゃったアラン様は気が付いていなかったようですが、さっきマリア様と私に「しーっ」と指を立てながら入ってきた、白髪の女性。

 すらっとした手足に凛とした表情を浮かべていれば、さながら男装の麗人といった表現が非常に似合いそうな御方が、気が付いたらしいアラン様に向かって手をひらひらと振ってから、ニヤリと笑った。


「やあ、アラン! 来ちゃった!」


「おま……!? な、なんでここにいる!?」


「あははは、相変わらずいいリアクションしてくれるよね、アランは!」


「質問に答えろ!」


 思わずといった様子で立ち上がったアラン様ですが、そんなアラン様を無視するかのように身を乗り出してきたその御方は私を見つめ、目を丸くしました。


「わーお、本当に“精霊の愛し子”だね。しかも月の女神様と同じ色を持っているなんて……。ただの偶然、とも思えないけど……」


 何やらこちらを見つめながらブツブツと呟く白髪の御方ですが、私を見つめて考え込むその藍色の瞳は、先程までの飄々としたものとは打って変わって、一瞬で真剣なものへと切り替わりました。


「えっと、フラム様? ルナが驚いていますわ」


「うん? そうは見えないけど……?」


 まぁそうでしょうね、無表情ですし、私。


「ボクの名前はフラム・イル・クオーラ。創世教会の大司教なんていう立場やってるけど、よろしくね」


「ルナと申します」


 アリサ様に言われて声色が再び明るいものに変わりましたが、白髪の女性――フラム様の目はまだ私に向けられており、観察するような色を隠すつもりもないようです。

 こういう目を向けられるのは初めてではありませんし、慣れています。


 それにしてもフラム様は女性……ですよね。

 髪は肩口まで伸びているのですが、身体が全体的にすらっとし過ぎていて、女性らしさがあまり……げふん。


「……なんだろう。ボク、今ちょっと失礼な事を思われた気がする」


「失礼なのはお前だ、フラム。不躾にも程があるぞ」


「あ、うん。ごめんよ、ルナちゃん。気を悪くしてしまったなら謝るよ」


「いえ、特には気にしてませんが?」


「……ルナ~? そこは気にした方がいいと思うけど~……?」


「イオ、無茶言わないの。ルナがこの程度の事で動じたり気にしたりする訳ないじゃない」


「それよりフラム、お前どうやってここまで来た?」


「あはは、神の御力は偉大なのだよ、アラン」


「いいから答えろ! バカフラム!」


 何やら親しげに言い争っていらっしゃいますね。

 置いてけぼりの私に、イオ様がフラム様について説明してくれました。


 創世教会の大司教であるフラム様は、どうやらアラン様とは幼い頃からの付き合いであったらしく、自由奔放な性格と振る舞いから、アラン様にとっては頭の痛いお相手だそうです。

 イオ様やアリサ様もまたフラム様とは面識があるそうで、フラム様に振り回されるアラン様に耐性がつくまで、かなり困惑させられたとの事でした。


 そんな話を耳にした私ですが。

 気がつけば、フラム様がこちらをじっと見つめられております。


「……なるほど、ね。道理でキミが隠したがる訳だね、アラン」


 隠された覚えはないのですが、どうやらフラム様のお言葉に覚えがあったようで、アラン様は粗野な振る舞いで頭を掻きました。


「……ま、お前が来たのなら隠せないだろうとは思っていたが……。ったく、こういう時に限って鼻が利くな」


「悪いけれど、今回ばかりはボクだけのせい、という訳でもないんだよねぇ。――キミが少女を連れ帰ったという話は、とっくに教会内でも噂になっているよ」


「――なんだと?」


 先程までの砕けた空気から一転して、アラン様の目には剣呑な光が宿り、室内にいる皆様の空気も変わりました。


「キミは王弟という立場だからね、情報を集めたがる輩は多いんだ。そういう輩にとって、今まで浮いた話の一つもなかったキミが少女を連れ帰ったというのは、必然的に価値があるんだよ。分からないキミじゃないだろうに」


「それについては自覚している。隠し切るつもりはないしな。……だが、どこから漏れた?」


「さてね。まぁ、変な連中に動かれる前にボクが来た理由については理解してくれたかな?」


「……あぁ、助かった。すまんな」


「ふふふ、感謝しておくといいよ」


 何やら親しげに話し合っていますね。

 フラム様はどうやらアラン様の良き理解者でいらっしゃるようです。


「さて、ルナちゃん。キミはどうやら“精霊の愛し子”らしいね」


「はい?」


「あー、フラム。その辺りは説明していないんだ」


「おや、そうだったのかい? なら、一つずつ説明していってあげた方が良さそうだね」


 そんな話を皮切りに、私は“精霊の愛し子”について説明されました。


 曰く、精霊に愛され、精霊が守ろうとする存在。

 曰く、教会では“聖女”として保護される対象。

 曰く、契約精霊次第では、凄まじい力を得られる可能性を持つ存在。


 ……ふむ。

 私が、ですか。


「――そういう訳だから、ルナちゃん。キミがもし人を憎み、滅ぼしたいと願ったりすれば、その願いを精霊は汲んでしまうだろう。世界を混乱させる事だって不可能じゃないんだ」


「フラム、お前何を――ッ!」


「アラン、キミはこの子を助けたんだろう? なのに、再び大空を知らない籠の鳥のままにしておきたいとでも言うのかい?」


「そんなつもりはない! だが……ッ!」


「この子は知っておかなくちゃいけないんだよ、アラン。自分がどういう存在なのか。その価値を、そしてその危険性を、ね。どれだけ綺麗事を重ねたって、この子は今後、多かれ少なかれ巻き込まれるよ。だったら、最初からこの子には全てを知っておいてもらった方が余程マシなんだよ」


 先程までの柔らかな空気はもはやなくなり、フラム様もまた鋭い視線を向けてアラン様に向けてそう言い放ちました。

 ちらりと見れば、アラン様とフラム様に席を譲って立っているイオ様やアリサ様、マリア様もまた真剣な表情を浮かべています。


「いいかい、ルナちゃん。今言った通り、多かれ少なかれキミという存在は色々なものに巻き込まれる事になる。権力の駒としても、単純な力としてもキミの価値は実に大きいからね。キミが望むにせよ望まないにせよ、キミに付き纏う力はそういうものだ。だからこそ、なおさらキミは強い力を持たなくちゃいけない」


「力があって問題に巻き込まれるのに、ですか?」


「生半可な力だからこそ巻き込まれる事になるんだよ。大きな流れの中には、小さな力では飲み込まれてしまう。けれど、更に大きな力ならばそうはならないだろう? キミはそういう存在にならなくちゃいけない」


「……なるほど、そういう意味ですか」


 フラム様が敢えて釘を刺すような物言いをするのは、恐らくこの御方にとって、私がアラン様たちの毒になりかねないからこそ、なのでしょう。

 飄々としているようで、親しげなようで、けれどフラム様は私を信頼はしていない。そういう目をしています。


 私にとってみれば、“精霊の愛し子”だと言われても実感は湧きません。

 ですがきっと、そんな私が精霊と契約すれば、その瞬間に大きな力を得る事になる。


 私がもし人を恨んでいたのなら、それはとても危険な事、なのでしょう。

 そういった危惧を見過ごさないように、フラム様は敢えて私に問うているのだろうと予測はつきます。


 ――なら、私は私の答えを口にするべきでしょう。


「フラム様」


「ん? なんだい?」




「――そもそも、私が“精霊の愛し子”だからと言って、精霊と契約しなくてはならない理由はないかと思われますが」




「「「「「――は?」」」」」


「精霊は契約した相手がいる事で、この“物質界”に干渉できる。そして“精霊の愛し子”とは要するに、強い力を持つ精霊が惹かれやすい、という事なのでしょう。であれば、そもそも私が精霊と契約しなければ、特に問題はないのでは?」


 …………おや、皆様固まったまま動こうとしませんね。


「ちょ、ちょっと待ってくれないかな?」


「はい、なんでしょう?」


「キミは“精霊の愛し子”なんだよ? まだ『選定の儀』は行っていないものの、強大な力を持つ精霊と契約できる以上、キミの力は約束されたようなものだよ? なのに、それを行わないつもりなのかい?」


「精霊が私を愛しいと感じていても、そもそも私は精霊を愛しいとは思っておりませんし」


『――――!?』


 おや、相変わらず精霊と思しき何かの音がしますね。

 うるさいです。


「私の中では、耳元で突然羽音を鳴らす小さな羽虫、ぐらいな感覚です」


「…………」


「そもそも、フラム様が仰っているような力を持つ危険性があるのなら、契約しない方が手っ取り早いではありませんか。私は精霊と契約していないからと言って不自由していませんし、そもそも契約を望んだ覚えもありません」


「………………」


「お肉をゲット……げふん、魔物と戦う力はあった方がいいかもしれませんが、私はそういった訓練を受けていませんので、戦場に立つ事はないでしょう。今後絶対にないとは言い切れないかもしれませんが、少なくとも血湧き肉躍るといったタイプではないと自負しております」


 お肉をゲットできる力はほしいですが。

 せっかく知識だけは持っているので、料理というものにも興味がありますので。

 是非とも美味しいものを食べたくはあります。


 ……はて、まだ皆様の反応がありませんね。


「あぁ、そうでした。恨みを持っていないかと先程訊ねられましたが、そもそも王女様や貴族様はそちらにいるアラン様によって処刑されていますので。多少は思う所がない訳でもありませんが、故人に対しては割とどうでもいいです」


「ど、どうでも……」


「契約とはつまり、互いの利益があって交わされるものかと存じます。私に利益はないですし、面倒事に巻き込まれるぐらいならば百害あって一利なしでは? なら、契約しなければ良いだけの事かと」


 そもそも、私が興味あるのは『選定の儀』によって授けられる〈才〉だけです。

 精霊がどうのこうのと言われましても、正直言って興味がないのは本当ですから。


 ……はて。

 何やら固まっていらっしゃるようですので、とりあえず紅茶を淹れ直しましょう。



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