1-10 魔装と精霊についてのお勉強
崖崩れの影響で旧道へと迂回する事になりましたが、おかげで行軍速度はかなり遅くなりました。
急ぐ旅ではありませんし、食糧等には余裕をもって行動できているので、心配はいらないとの事ですが、「お風呂に入りたい!」というイオ様とアリサ様、侍女隊の皆様にとっては死活問題のようです。
私は特に気にしてませんが。
そんな中で、私は現在――何故かアリサ様に勉強させられています。
「――魔装について、ですか?」
今日の勉強のテーマは魔装のようです。
竜車内に置かれた丸テーブルで、アリサ様と向かい合わせて座っている状態なのですが、奥の執務机ではアラン様が相変わらず書類と格闘しております。
「えぇ。魔装ってのがどんなものかは分かる?」
「はい。精霊との契約によって顕現した武具です」
「そうね。正確には武具というより、身に付けられる品になるのよ。私の場合はこれね」
そう言いながら、アリサ様が右手の甲をこちらに向けました。
明るい紫色の宝石が目立つ銀の装飾でできた指輪で、少々大きめの造りになっていますね。
「魔装は契約精霊の力を契約者――つまりこの場合は私ね。私を通して増幅させるの。要するに、精霊の力によって契約者の力を増幅してくれるっていう役割を果たしてくれるの」
「増幅、ですか」
「えぇ。契約した精霊と契約者のイメージによって生成されるから、誰もが同じって訳じゃないのよ。私なら指輪、イオならイヤーカフス、団長なら剣、ってね」
イオ様の耳は長い髪に隠れているので、しっかりと見た事はありません。
見せてもらおうにも、今は先行部隊と一緒に近隣の安全確保に出てしまっていますね。
ちらりと同じ竜車内で書類仕事をしていらっしゃる団長に目を向けると、団長はいつも持っている剣を持ち上げて見せてくれました。
黒に近い赤色の柄、鞘も同系色をベースに金色の炎のような意匠が目立ちますね。
派手ですね、見た目。
「魔装は大きく二種類に分かれるわ。私やイオみたいに、精霊の力を自分の魔力と混ぜ合わせて強化する『増幅型』。メリットは、遠距離であっても近距離であっても、その力が劣らない事ね。対して、団長みたいなタイプは剣そのものに炎を纏わせて斬りつけたり、剣を振るう事で炎の刃を飛ばしたりっていう『発動型』で、こちらは近距離での戦闘が極端に強化されるタイプで、遠距離攻撃には向かないわ」
「万能型か近距離特化型か、というところでしょうか」
「そうとも言えるわね。それに『発動型』は契約者自身の魔力消耗が少ないから、継戦能力も高いわ」
そもそも私達が使える魔法というものは、戦闘に使える程のものではありません。
せいぜいが軽く火を熾したり、水があれば水を操ったり、そよ風程度の微風を操れたりといった程度でしかなく、物語の中で描かれるような凄まじい力はありません。
例外と言えるのが、属性系の〈才〉持ちでしょう。
そういった〈才〉を持った方なら、魔法が強化されますが、属性系の〈才〉は珍しい部類に入ります。
「だからこそ、アヴァロニア王国では〈才〉の価値が絶対視されたり、囲い込まれる事もないのですね」
「……よくそこに気が付いたな」
私の言葉にきょとんとした様子で小首を傾げるアリサ様ではなく、反応したのはアラン様でした。
アリサ様の視線に気付いたのか、アラン様が手に持っていたペンを一度置いてから口を開きます。
「ルナの言う通り、アヴァロニアには契約精霊がいるおかげで、〈才〉が戦闘に特化していなくても、契約精霊と魔装次第では誰でも戦える。故に、貴族が戦闘に特化した〈才〉を囲い込む必要はない。民にとっても必然的に選択の幅が広がる、という訳だ」
精霊との契約によって魔法を強化できるというのは、それだけでも〈才〉を得るのと似たようなものですからね。
「あぁ、そういう意味だったんですね……。そうね、確かに他国に比べて、アヴァロニア王国は戦力という点では恵まれているとも言えるわね。そうは言っても、精霊は人同士の戦い――つまり戦争には力を貸してくれないけどね」
「そうだな。さっき挙げた理由もそうだが、何よりアヴァロニアが〈才〉を絶対視しないのは、たとえ〈才〉がない者であっても、それを補う努力によって大成した者が多いという歴史が多く残っているからだ。まぁもっとも、これは他国にも言える事ではあるんだがな」
「フィンガルぐらいなものですよ、今の時代に〈才〉が絶対なんて古い考えをしているのは。――だからルナ、〈才〉があれば伸びやすいのは事実。でも、絶対的なものではない、という事は覚えておいて」
「はい」
元々私には〈才〉も契約精霊もいませんので、そう言われてもあまり実感は湧きませんが。
ただ「絶対あった方が損はしないんだから異論は認めない」とイオ様とアリサ様にも口を酸っぱくして言われますので、口を噤んでいる訳です。
「ルナには王都に着いたら、『選定の儀』を受けてもらうわ。その後で〈精霊の泉〉に行って精霊と契約を交わしてもらう予定よ」
「〈精霊の泉〉、ですか?」
「えぇ、そう。精霊が住む世界である“精霊界”、私達が住む世界である“物質界”と呼ぶっていう話は知ってる?」
有名な話ですので、私もそれは知っています。
頷いて肯定すると、アリサ様が続けました。
「本来、“物質界”で精霊が振るえる力は微々たるもの。その抜け道とも言えるのが、“物質界”の住人である契約者を通す事。そうすれば、精霊はこの世界でも力が出せるのよ。その例外となる場所が、〈精霊の泉〉。あの場所だけは、契約者を持たない精霊でも力を使える。つまり、この世界で唯一精霊と人とが契約できる場所ってわけ」
「〈精霊の泉〉は“精霊界”と“物質界”を繋ぐ、門のような役割を果たしている場所の呼称だ。実際に美しい森の中にある泉でな。だが、場所は秘匿している。契約する際には目隠しして外が見えない馬車に乗せて連れて行くようにしているのだ」
「秘匿しているのですか?」
この世界で唯一精霊と関われる場所を、秘匿してしまう。
そんな真似をしていては他国からは妬まれそうなものですが。
「そもそも精霊は人嫌いなのよ」
「人嫌い……?」
「昔、精霊を利用して力を得ようとした者や、精霊を無理矢理従わせようとした者が多くてな。自分達を利用したがり、力の弱い精霊を無理矢理拐かしたりといったのだから、人を嫌うのも無理はないだろう。結果として、精霊側は“物質界”に関わりを持ちたがらなくなってしまった」
それはそうなるでしょう。
頷いてみせると、アラン様が続けてくれました。
「そんな中、我がアヴァロニア初代国王である『英雄王』が『精霊王』と盟約を交わし、“魔物を討伐する為ならば”と精霊が力を貸してくれるようになった。魔物は”精霊界”にも影響を及ぼしている害悪でな、利害関係が一致していたというのもあったのだろう。それ以来、精霊は盟約の下に力を貸してくれてはいるが、根本的には人との関わりを持ちたがらないのだよ」
「人同士の争いに精霊が関与しないってさっき言ったのは、それが理由ね。下手に介入して精霊の力が人にも使えるとなれば、再び面倒事に巻き込まれかねないでしょう? だから、精霊はあくまでもアヴァロニア王国内――それも魔物との戦いでしか、力を貸してはくれないの」
「そんな過去を忘れてアヴァロニアは精霊を独占している、なんて騒ぐ国もあったりするのだが、な。こればかりは精霊次第だ、我々にどうにかできるようなものではない」
フィンガル王国で読んだ本にはあまりそういう情報は書いてありませんでしたが……そんな経緯があったのですね。きっと、アヴァロニア王国自体もそういった情報はあまり表に出ないようにしているのでしょう。
「精霊は〈精霊の泉〉以外には契約していなければ出て来ないのですか?」
カサンディアで突然聞こえた、あの時の声のような何か。
あれは誰かが契約している精霊だったのでしょうか?
「“物質界”に興味があるとかでフラフラしている精霊もいるのよ。はぐれ精霊、とでも言うべきかしら?」
「はぐれ精霊……?」
「えぇ、そうよ。そうやってウロウロして、まだ契約していない人で自分が気に入った人に目星をつけてみたり、あるいはただ“物質界”に興味があってうろうろしてるだけだったり、ね」
ふむ、なるほど。
「やっぱり精霊は覗き魔体質なんですね」
「きゃっ!? えっ!?」
「な、なんだ……!?」
私がそんな事をぽつりと呟いた途端、アリサ様とアラン様の魔装が僅かに光を明滅させたそうです。
「……今のは、抗議したのか……?」
「た、多分そうじゃないかと……」
ふむ……光ってくれるなら、夜も光源には困らなそうですね。
便利そうで何よりです。
二人が魔装を見つめて何かを話し始めたので、私は私で紅茶を淹れに席を立ったのでした。




