Prologue 10年前の少女
リハビリがてらに新作を投稿開始!
物語の導入部は連続投稿という形になりますので、しおり機能のご利用がオススメです!
※プロローグはダーク要素強めですが、物語自体は重くないです。むしろコメディーです。
フィンガル王国は腐敗していた。
王侯貴族は民を家畜同様に扱い、生かさず殺さずといった理念すら通り越え、死んだのであれば補充すれば良いとでも考えているかのような考え方が当たり前。享楽と快楽に溺れるかのように麻薬に手を伸ばし、民を家畜よろしく奴隷として売り出す。
奴隷も麻薬も世界的に見て禁止されている代物であるのは事実だが、裏社会では高額な商品として成り立っている。
そうした違法取引を国が率先して行う程度に、フィンガル王国は腐敗していた。
今日もまた、寒村から鉄製の檻を取り付けた馬車が出た。
幌で包まれたその馬車内からはすすり泣く声が響いてきて、その音に苛立った御者が罵声をあげながら幌を殴りつける。
「――いいか、テメェら! テメェらは奴隷だ! 家畜と同等、下手すりゃそれ以下なんだよぉっ! 親に売られ、村に売られ、あぶく銭と引き換えに捨てられたゴミなんだよっ! 痛い目見たくねぇなら黙ってろ、クソ共がぁッ!」
決して御者の男は腕っ節に自信がある訳でもないが、しかし己が走らせる馬車の荷台に詰められた奴隷達相手ならば強気に出られた。何せすでに奴隷達の首には『隷属の首輪』と言う禁制魔道具が嵌められており、奴隷達が殴りかかる事はもちろん、反論さえも許されない。もしもそんな真似をしようものなら、『隷属の首輪』から即座に雷撃が放たれ、激痛に苛まれる事になる。
すすり泣く事すら許されないそんな中にあって、膝を抱えて顔を伏す者、抱き合いながら嘆く者がいる中で、黒い髪に紫紺の瞳を持った少女だけが、ぼーっと虚空を眺めていた。
「……おなか、へったなぁ」
少女の頬に涙の跡はなかった。
つい今しがた、自分を含めた幼い子らと引き換えに渡された数枚の銀貨に目を輝かせていた大人に対する失望も、これから先に待ち受ける日々への絶望もなく、ただただ淡々と呟かれた、本音であった。
――あぁ、こんなものか。
まだ五つにもならない少女だと言うのに、彼女は人というものにそんな見切りをつけていた。
そもそも少女は農家の娘であったが、疎まれていた。
何故なら少女は“忌み子役”に選ばれていた、拾われた孤児だったからだ。
村という閉鎖的な環境、苦しい生活。
そこに救いを求めるかのように、彼らは「自分達よりも下の存在」というものを求めた。俗に言う、村八分にする対象――“忌み子役”を。そうして差別して、見下す事で、彼らは己の矜持というものを慰めていたのだ。
そんな対象に選ばれたのが、黒髪の少女であった。
要するに、少女は最悪とも言える環境に身を置いており、これからまた別の最悪と言えるであろう環境に移る、ただそれだけの話であった。
だから、少女には分からない。
何故周りがこんなにも泣いていて、絶望しているのか。
何故周りがこんなにも嘆いていて、助けを求めているのか。
だけど、少女にはどうでも良かった。
ただ「おなかへった」という事だけは確実で、それだけが少女の頭の中を占めていたから。
――――それから、十年の歳月が流れた。