旅行雑誌
よく分からない無重力になる朝は
いつも通りの朝で
変わらない順番で事を済まし
唯一、変わった事柄である
女性と会う約束を守る為に
時計を見ながら進めていく
部屋の外に出たら暑い
夏であることを自覚しながら
夏であることを思い出す
ハンドタオルが
有能な物に見えてくる
汗という液体は
流れなくてもいい部分で
流れていることを伝える
冷たい室内
バスから駅へ
駅から駅へ
降りて歩く先に
カットサロンの回転灯
店内から猫が見ている
観察しているみたいだった
時計は十一時を指している
洋食屋の看板が
お勧め書き用の黒板になっていて
かきフライと書かれていた
その横を通り
店内へと入って行く
知らない店の知らない形
人混みに居るよりも気まずい
ウェイターのおばさんは
丸眼鏡の笑顔で
出迎えてくれた
待ち合わせをしていることを言うと
一人で座っている人間を指差す
頷くと
注文の時に呼んでという
裏声が返ってきた
声を掛けると
四角い小窓から目を離し
見上げてきた
オレンジ色だった
夏の香りに桃の匂いが混ざる
挨拶をして
真正面に座った
二人きりとは
それが普通の位置らしかった
注文をして
待ちの時間で話をする
八月の終わりに休日を作り
旅行に行く為だった
計画が立てられては
計画が崩されて
それを繰り返す
楽しい遊びのようで
永遠に終わらない苦しみようで
みの虫がぶら下がり続ける
決まらない場合は
要点だけを決めればいい
宿泊する場所だけあれば
後はどうにかなる
楽しめるか
楽しめないかは
個人の主観だからだ
料理が来ると
口に運んでは喋る
行き当たりばったりで
やってみようという
試験問題が出された
変えられないのだろう
チェック項目を
作られたような気がした
洋食屋を出ると
夏が夏を演じている
汗が出るが
お互いに気にしない
それよりも
話すことがあるからだ
旅行雑誌があるからと
自宅に招かれた
半分は涼みたいからで
もう半分は宿を決める為である
歩いて行く十五分前に
スマートフォンで操作をしていた
着いたら涼しいらしい
それから
昨日の話をしながら歩いた
これからを
気にしているようで
二人は見せないようにした
夏を理由にして
夏で進める熱は
冬を夏にする方が重要である
新しい二階建てアパートは
しっかりとした作りだった
外観のお洒落な色合いは
借り手の種類を暴露している
部屋の中は
予定通り冷えていた
そう感じられるくらい
寒暖差が大きい
初めての部屋の中を
見回していると
氷の入った飲み物を持って
彼女はやって来た
その様子に
苦笑いをしている
真横に座ると
真新しい旅行雑誌を
本棚から数冊取り出した
どれも今年の数字が
書かれている
熱の入れようが窺い知れた
背筋だけを伸ばして
話しをしながら
手分けしてページを捲る
肩が当たることがあるが
何も言わなかった
一時間ほどで宿が決まり
電話で予約をする
自分の名前
二名であること
時間の確認などは
メモを取った
一泊二食付きの二泊
これで
今日の要点は終わりである
時計は十五時半であった
ルートを決めようと
観光スポットを眺めている
楽しそうな姿を見ている方が
楽しいものではあるが
ただの主観である
少しだけ川遊びしたいという
要望が出た
海の方が良いかもしれないと
意見が飛んだ
連想ゲームのようで
曖昧である
海の方が良いだろう
真水で洗える
その旨を伝えると
川遊びは?という返答が来た
山の夏は嫌だと思うと
真面目な顔で言ってみた
なんで?と来るから
虫の話をして諦めさせた
時期的には
海も変わらない
人が多い分
対応がし易いというだけだった
夕食は彼女が作った
キッチンを覗くと
前もって準備していたようだった
それだけでも
待ち時間は変わる
テーブルに料理が並び
飲むかどうかを聞かれた
軽く飲むことにする
よく分からない乾杯と
傍らの旅行雑誌
賑やかなバラエティ番組と
それを無視して話す彼女
夕食が済み
時間は二十二時を過ぎていた
結局は泊まることになった
明日は仕事だから
五時起きである
一旦、家に帰らなければならない
シャワーを浴びて
指定された寝床へと行く
寝付きは良い方だった
それでも
お喋りは続いている
行ったり来たりしながら
意識と会話を繋げた
何をしたかったのか
よく分からないという形にした
そして、眠る
なんだか
怒っていたようだった