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Possession  作者: 新原半蔵
1/3

Prologue

”では、行ってきます。”

お昼休みの始まる12時の少し前、事務所に残る数名の同僚の”行ってらっしゃい”の声に送られて、彼は事務所を後にして車に乗り込む。会社での外回りと自分のプライベートを兼用する黒いワゴンのシートに体を滑り込ませ、まずは小さく深呼吸する。さあ、仕事はここまで。ここからは自分の趣味の時間になるのだ。

車で20分ほど離れた自宅マンション近くのコンビニに立ち寄り、簡単な昼食を買う。最近、趣味に熱中しすぎていてロクなものを食べていない。弁当とペットボトルのお茶を購入し、車を駐車場に停めて自分の部屋に戻る。


彼が今の会社に転職したのは4年前、大学を卒業した後は、名の知れた商社に就職したものの、拘束時間が長いために、今の会社に転職したのだ。今のところはいい、何しろ業務成績さえそれなりに上げていれば、あとは概ね自由。何時に出社して、何時に帰宅しても煩くは言われない気楽さがある。もちろん、きちんと定時勤務している社員もたくさん居るのだが、彼が所属する営業課はとりわけ縛りが緩い。課長の方針でもあるが、もともと課長自身がひどく自由な人間なのだ。そんなわけで、彼は自分の時間を十分に持つことができるようになったのだ。


自宅となるマンションのエントランスをくぐり、自室のある4階まで階段を上る。驚いたことにこのマンションはエントランスにロックが無いので、誰でも入ってくることができる。単に古いだけなのだが、実は彼にとっては都合がいい。もちろんエレベーターもあるのだが、運動も兼ねていつも階段を使用している。4階の一番奥の部屋、401号室のカギを開け、仄暗い部屋に入る。しまった、またカーテンを開け忘れた。


スーツのジャケットを脱ぎ、部屋のカーテンを開けて太陽の光を部屋に入れる。コンビニで買った弁当をダイニングテーブルの傍らに置き、テーブルの上に置きっぱなしのパソコンの電源をOnにする。パソコンが立ち上がるのを待ちながら、弁当に箸を伸ばすが、味わうような食べ方ではない。ともかく空腹を満たすための食糧でしかないのだが、自宅で食べるものは概ねこうして消費されていく。弁当の箸が進む、つまりなかなか起動しない。最近ますます起動するまでに時間が掛かってしまうので、そろそろ買い替え時なのかな、と少し古くなったラップトップパソコンを見つめる。弁当の大半を食べ終え、一緒に買ったペットボトルのお茶を1/3ほど飲んだところで、ようやくパソコンが目覚めてくれた。


彼はウェブブラウザーを立ち上げ、あるホームページに移動する。何の飾り気もない白いページの中央に、”何でも請負業”と書かれたトップページ。そこには掲示板に繋がる”依頼はこちら”と書かれたボタンがあるのみ。彼は、掲示板を見るために中央のボタンをクリックする。画面一面に並ぶ依頼の数々を眺める。画面には、依頼のタイトル、依頼者名、おおまかな内容が投稿順に並んでおり、ページ数は数十ページに及ぶ。その一つ一つの依頼タイトルをクリックすると、詳細の内容が確認できるような、ごく一般的な掲示板だ。ずらっと並ぶ依頼タイトルの左側に、不自然に空いたスペースがある。そのスペースに、”〇”の付いたものがある。ただ、それは多くはない。せいぜい、1ページで40件程度並んでいる依頼の中の2、3個、多くとも1ページに5個ほどしか付いていない。食べ終わった弁当の容器を押しどけ、これもコンビニで購入した缶コーヒーのプルトップを空けて一口飲むと、大きなため息をつきながら画面に見入る。


それにしても、不思議なページである。そもそも、何でも請負業と名乗っておきながらどんな範囲の業務を請け負うのか、誰が請け負うのか、報酬はいくら必要なのか、詳しいことは何一つ書かれていない。ただ、依頼したい者が好き勝手に書き込むシステムになっている。と、言うか、システムの体を成していない。従って書き込まれている依頼の内容も雑多で、部屋の片づけをして欲しい、犬の散歩をして欲しい、などのお手伝い業務があるかと思えば、誰々を殺害して欲しいと言った犯罪行為まで実に様々である。ただ、どこからか流れてきた噂かは分からないが、ここの掲示板に書き込まれた依頼は、どんな依頼であれ管理人が受けると決めた依頼は確実に遂行される、とか。


しばらく、彼は画面に集中する。缶コーヒーを飲むのも忘れ、一件一件の依頼内容の詳細を確認しては手元に置いたメモに何かを書き込む。その作業を繰り返し、もうすぐ一時間が経とうとしている。彼はふと手を止め、缶コーヒーをぐいと飲み干すと、掲示板のパスコードをタイプし、管理者ページに移る。十分に吟味した数々の依頼の中で、今回はこの依頼に答えることにしよう。彼は、自分が選んだ依頼の内容を手元のメモに書き込む。


”彼”こと我妻晃弘は、正体不明のページで依頼を募り、自らがPossessionと名付けた能力を活用して、その依頼に答えていくことを趣味としている。別に、その能力を活用して巨悪に立ち向かうヒーローになろうとか、逆に悪の限りを尽くして世の中を混乱に導こうとか、そんな事は考えたこともない。…いや、考えたことはあるが何の解決にもならない事を、彼は身を以て経験しているのだ。なので、あくまで趣味、自分の興味のある依頼を、自分のやりたいように解決する、趣味程度の請負に留めることで、自分を保っている大したことない奴なのだ、と自己分析している。スリリングなこの趣味をやめるなんて、今の晃弘にはとても考えられない。その為に転職もしたし、実家を離れてこうして一人暮らしをしているのだ。

今回の依頼は、今までの中でもなかなかの難題になりそうだ。さて、綿密に作戦を立てないといけないな、と再び手元のメモに何かを書き始めた。



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