異世界転移ヒロインさん、コルセットをそんなに締めないで!
昔の寄宿舎の女学生が、先頭の子が柱に抱きついて数珠繋ぎになってコルセットを締め合う、使用人が女主人の背中を膝で押さえつけてギリギリコルセットを締め上げるなんてイメージがあるかもしれませんが、やつらはコルセットのプロだからこそあれが可能なのです。
「無理、もう無理! 内臓出ちゃう……!」
「あと少し、がんばってくださいヒロイン様!」
壁にへばりつくようにして立つ私の背後で、あらんかぎりの力でコルセットの紐を引き絞る侍女の人。
いや、ほんと無理だから! 肋骨みしみしいってるから! 普段ドレスを着慣れていない現代日本人の私にはちょっと難易度高すぎるから!
みたいなエピソード、異世界に召喚されるなり転移するなりした女主人公の作品でよく見かけます。なぜ中世ヨーロッパ風の世界で服装は近世スタイルなのかという疑問はありますがとりあえずそれは置いておくとしましょう。
筆者が本論において主張したいのは、生まれてはじめてコルセットを着用するような相手に対して、冒頭の例文のような締め方をするのはとても危険なことなので、ちゃんと日本人ヒロインさんに配慮してあげてほしいということなのです。
一般に、コルセットは自分のウェストサイズより十センチ小さいサイズのものを選び、締める際はウェストサイズがマイナス五センチになるように調整するのがよいとされています。
この締め具合は、ちょっとゆるいぐらいに感じられるかもしれません。ですが、それくらいの余裕がある状態で日常的に着用することで徐々にサイズダウンしていくものなのです。
いきなりサイズの合っていないコルセットを無理に締めると、血管や内臓が圧迫され、健康に悪影響を及ぼす恐れがあります。また、大変息苦しく、人によっては頭痛や吐き気の原因となるかもしれません(成人式などで振り袖を着たことのある方などは、この息苦しさがおわかりになるかと思います)。
日常的にコルセットを着用し、慣れているはずのかつてのヨーロッパのご婦人がたでさえ、なにかというと気絶し、紳士の皆さんに気絶用カウチに運んでもらい、コルセットの紐をゆるめる、気付けアンモニアを嗅がせてもらうなどの介抱を受けていたのです(映画パイレーツ・オブ・カリビアンの冒頭のシーン、コルセットの締めすぎでヒロインが気絶していたやつですね)。
だというのに、二十世紀以降、コルセットから解放された時代に生きる日本人ヒロインが、この世界ではこれが普通ですからといってその異世界標準の体型(コルセット前提)に沿うように作られたドレスを着るために、極端に身体に合わない(と思われる)コルセットをいきなり着用させられるというのは、大変危険な行為ではなかろうかと思うのです。
というより、筆者は、世の貴婦人たちのウェストは幼い頃からのたゆまぬ努力(日常的にコルセットを着用すること)で作られたものであるということを当然知っているはずの異世界のかたがたが、その事に全く配慮していないという事実に疑問を覚えます。
ウェストが出来上がっていない段階ではエンパイアラインのドレスを着せる(もちろんその間もコルセットトレーニングは行われる)などの思いやりは異世界には存在しないのでしょうか。なんなら、そこから新しいファッションが生まれるというのもありだと思います。
どうか異世界の皆さん、正しいコルセットの着用をお願いします。無理なコルセットの締め方はコルセットの破損の原因となるだけでなく、あなたの健康を害する恐れがあります。
いちいちお前みたいにそんな細かいことなんて気にしねーよ!
あ、はい、全くもってその通りです……(´・ω・)