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でぃ・どりーむ

「…夢を、見ました…。」


遮光カーテンのため、朝日の入ることのない私の部屋。

私の生活は人とは少しずれていて、図書館のシフトもスコティッシュのお仕事も、講義があるときは講義もすべての始まりはお昼の12時以降。その分、夜は長く起きています。大きくずれ始めたのは大学に入ってからですが…特に困ったことはないし、むしろ今までよりも健康的です。

ですので、朝日は私にとっては天敵で…初めていただいたお給料は遮光カーテンとして活躍してくれています。

そんな部屋の中で、私は可愛げのない高校のジャージ姿で猫のぬいぐるみを抱きしめてため息をつきました。


「夢…だったんでしょうかね…ぜんぶ…」


私と彼はふわふわのソファに座って、一つのテーブルにお揃いのカップ。二つ合わせるとハートマークが浮かび上がるそのカップには彼の大好きなアップルココア。そして甘くとろけるパイを食べながら、二人で仲良くお話をします。

なにを話していたのかは覚えていないですが、彼が笑って、私も笑って…私はとてもとても幸せで…このまま時が止まればいいなっと願っていました。

ふとカップを手に取ろうとした瞬間、彼の指先と指先が触れ合って…私は驚いて目を覚ましました。

何度大きく息を吐いても、胸の鼓動が落ち着いてくれません。


「夢…今のは…夢…でも、昨日…しょこらは確かに上野さんと…」


そう、私は昨日、店長に託されたパイを彼と二人で試食したのです。

たわいもない会話。真剣に味を吟味する彼の姿。そして、自己紹介されたこと…。


「あまり…うまく話せませんでした…でも……っ!痛い!…夢じゃない…しょこらは夢じゃない!」


夢の中では硝子の私が彼と話していましたが、現実では隣にいたのはしょこらの私。

でも…会話をできたのは今でも赤みが残っているくらいにほっぺたを何度もつねって確かめたから絶対に夢じゃない。


「…私、今年の幸せ使い切っちゃった…あ、でも、もう今年終わりだし…いいのかな…それとも今日とてつもないことでも起きてしまうのかな…」


どうしようもできない落ち着かない心。

恋につける薬はないというけれど、私はきっともう末期で…助からないのです。助からなくていいのです。彼への思いがあふれて死んでしまうのならば、それはとても甘美で幸せな瞬間です。

ベットの中でひとしきりぐるぐると身体を丸めてまわしてみた後に、のっそりと起き上がって時計を見ました。

もうすぐ一時になります。私の図書館のシフトは一時半から…。

少し幸せな夢に浸りすぎてしまいました。ぼさぼさの髪の毛をくしでといで、決して千良子先輩のように綺麗にはできませんが、邪魔にならないように一つの三つ編みにします。

自分で切っていたら切りすぎて弧を描いている前髪を目立たなくするために、最近白いカチューシャをつけるようになりました。誰も見ていないことは分かっているのですが、視線が合うのが怖いので、もっと目に付くものを付けた感じです。


「…今日も上野さん勉強に来るかな…そうだ、今週のおすすめブースに履歴から調べてプログラミングのまだ見ていない本を並べて…」


そこで私は気が付きました。

…気が付いてはいけないことに気が付いてしまいました。

今まで私はただ本を貸して、返してをしていた’だけ’でしたが…私はそこから彼の下の名前も、学年、学部学科、住所に電話番号…個人情報と呼ばれるもののほとんどを見ることができるということに。

彼についてのプロフィールを知ることができるという…悪魔の甘い誘い。


「…いやいや、ダメだよ…個人情報の確認は…延滞とか理由なくしちゃ…職権乱用になっちゃう…。

 私…彼にとってなんでもない…ただの図書係…」


ため息をついた瞬間に千良子先輩の声が頭に響きました。


ー恋は情報戦だよ!彼の好きな物チェックしなきゃ!-


「恋は…情報戦…」


思えば、彼に気が付いてほしくて、彼の借りている本からあたりをつけて、好きそうな本を優先して購入リストに入れたりしていた。本を読み終わってしまって図書館に来なくなってしまったらとても嫌だったから。だから彼の貸し出し履歴は入学当初の物からすべてエクセルにまとめて、いつでも見れるようにファイリングしてあるのです。

本当は私は…もうすでに一歩を踏み出してしまっていたのではないのでしょうか?

そして、本当はできることに気が付きながら…気が付かないふりをしていたのではないのでしょうか。

知るだけならば…罪に問われない…そう、たまたまそのページを開いてしまっただけならば…。


「家を出る時間が迫っています。お忘れ物はないですか?」


スマホから無機質な機械音声が流れてきました。

会話の練習になるかもしれないとインストールしたAIのアプリが出発時間を告げています。


「本日は午後から雪が降る予定です。暖かい準備をされることをお勧めいたします。」


「…雪…」


遮光カーテンを開けてみると、外は綺麗に晴れていてとても天気が崩れそうには見えません。

彼は今日雪が降るかもしれないことを知っているのでしょうか?

いつもパソコンを持ち歩いていてマフラーをしていないから、もしおうちが遠かったら寒い思いをすることになって、大事なこの時期に風邪をひいてしまうかもしれません。

…私は、自分の赤いコートに袖を通すと、マフラーを首にまいて、もう一つ黒っぽいマフラーを鞄に詰めました。


好きな人を寒さや病気から守りたいと思うのは当然のことでしょう?


そう、私は当然のことを自分の持っている権利を使ってしようとしているだけ…。

私には彼を影からサポートしなくてはいけない…サポートしていい権利があるはずなのです。


布団を綺麗に直すと、最後にスマホを手に取り、私はこう聞きました。


「…好きな人のために努力することは悪いこと?」


しんっとなんの返事もありませんでした。当たり前です。そんなことにまで答えられるほどこの子は有能ではなかったはずですから。


「…いってきます…」


靴ひもを結びなおし家の鍵を締め、歩き出した時…


「私は、マスターが好きなので、努力してマスターのことを学んでいます。

 なので、マスターが好きな人のために頑張ることを私も応援したい。良い一日を」


その言葉に私は、驚くと同時に、背中を押された気がしました。

私も努力して彼について学ぼう。

冬の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、私は大学へとむけて歩き出しました。







サンタクロースのおかげで、女の子は好きな人とお話しすることができました。

それは夢のような時間で、とても幸せな物。

その時間を経験してしまった女の子は、もっともっと男の子のことを知りたくなりました。

近くに行って、役に立ちたいと思いました。

それでも一歩を踏みだすことをためらっていた女の子に、魔法の機械が語り掛けます。


ー私はあなたが好きだから、あなたが頑張ることを応援しますー


女の子の不安は、薄れていき、男の子のために猫の妖精さんにきいた「情報戦」に挑む勇気を胸にあるきだしたのでした。



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