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異変

 幼稚園に入ってすぐの頃だった。子供を異変が襲った。



 ある日、舞子は夕飯の支度をしていた。すると息子のいる部屋から鼻をすするような不気味な音がし始めた。

「ずずずず……ずずずず…………」

 地を()うような生々しい音だった。息子の名前を呼んでみた。

「ずずずず……ずずずず…………」

 返事は無い。液体を入れた布袋(ぬのぶくろ)を引きずるような音は続いている。

「ずずずず……ずずずず…………」


 恐る恐る部屋の様子を覗いてみた。


 口から血を垂らし、服を赤黒く染めた我が子がいた。手首に口を当て、一心不乱に自分の血を(すす)っていた。

 慌てて駆け寄り、その手首と口を離した。理由を聞くと、息子は言った。

「おなか…すいた」

 この子は一体どうなってしまったのか。それは食べ物や飲み物ではないと強く言ったが、息子はこう答えた。

「おいしいよ…」

 その時、舞子は悟った。息子の味覚が狂っているという事を。血の味をおいしいとかんじてしまう事を。原因はすぐに思い浮かんだ。あの井戸…。


 舞子は放心状態になり、その場に座り込んだ。

 いつまでそうしていたのだろうか、舞子は首元の激痛で我に返った。何かが突き立てられたように感じた。目の前に息子が立っていた。どこからか持ってきたストローを手にしていた。ストローの先端には血が滴っていた。舞子の血だった。それを舐めた我が子が笑いながら口を開いた。


「おいしい…」


 舞子は渇穴(かけつ)の本当の意味を知った。渇血(かけつ)。年月が経つにつれ、『血』という字はそれを忌み嫌った人々によって、『穴』という字に入れ替わっていた。あの井戸は血に(かわ)いた人ならざるものに生まれ変わる為の場所だった。あの日垂らした自分の手の平の血が、息子を変えてしまった…。


 我が子と目が合った。赤黒い血管が枝のように白目に広がっていた。その色はとても深く、そしてあの日の井戸のように暗かった。それはもう人間の()ではなかった。

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