前世からのー1
頭の上でけたたましく鳴り響いた時計で目を覚ました。
霞む視界で捉えるのは端正な顔立ち。まだ幼さが抜けないが、それがまた守ってあげたいという兄心をくすぐる。よく手入れされた長い黒髪をベッドに撒き散らしながら、少女ーー妹である舞花が俺の右腕を枕にして規則正しい寝息を立てて眠っていた。
別に驚いて叫んだりはしない。いつもの事なのだ。
前々から疑問に思っているのだが、なぜラノベの主人公は妹に勝手に入ってくるななどというのだろうか?こんな可愛い妹と一緒に寝て嬉しくない兄がいるだろうか?
このまま抱きしめてもう一眠りと行きたいところではあるが、残念ながら起きなければまずい時間になってきている。布団の外はきっと寒いだろうが仕方がない。
「舞花。起きろ、朝だ」
「ううぅ……あと5時間〜」
「長いわ!?」
「じゃあ抱っこ〜」
「お前ホントは起きてるだろ……」
舞花はそう言ってこちらに手を伸ばしてくる。
その姿は憎たらしいほどに愛らしく、断る事などできるはずもなかった。
ちゃんと食べているか心配になる程軽いその身体を持ち上げて、ちょうど舞花が俺に抱きつくような格好になる。舞花も足を絡ませて落ちないようにする。
こうなると、決して慎ましくはないお胸が押し当てられるようになって、妹とわかっていながらも意識せざるを得ない。だがそれを避けるためお姫様抱っこにしようとすると階段を降りる時に少々危ないのだ。
結局この格好がベストなわけで、舞花を抱っこするときはいつもこのスタイルだ。
それにしても、高一になってもこの兄べったりは心配になってくる。
もし俺が大学になって実家を出て行くなんてなったら引き篭もりネトゲ廃人になったりしないだろうか?結構リアルに想像出来たから止めておこう。
「ほら、ついたぞ。降りろ」
リビングに辿り着いた俺は舞花に言う。しかし、舞花は全く降りようとはしない。
「いやぁ〜」
「嫌って……このままだと遅刻するんだけど」
「だってにぃから誰か知らない女の匂いがしたから、それを上書きしてるの」
女の匂いって何?俺憑かれてるのかな?怖い。
「馬鹿な事言ってないで降りてくれ」
「馬鹿な事じゃないよ……にぃは私のにぃなんだから。他の女に取られたらダメなんだよ」
「はぁ……じゃあその舞花のお兄ちゃんの言うこと聞いてくれ」
「……それにこの匂い何か嗅いだことある……嫌な匂い……」
仄暗さが篭ったその声と共に、舞花が絡ませた手足に、にわかに力がこもる。
それに少々気圧されてしまった俺は暫しの間思考が停止してしまう。
そんな俺を我に返したのは普段の調子に戻った舞花だった。
「まあ今日はこのくらいでいいや」
と、ようやく抱っこから解放してくれると、
「その代わり、学校まで手を繋いでね?」
悪戯っぽい笑みでそういうのだ。この笑顔にどうも俺は弱いらしい。
「恥ずかしいから学校の手前の交差点までな」
「もちろん解ってるよ、いつものことだもんね。じゃあ朝ご飯食べよっか」
舞花が兄離れできていないのは自明であるが、もしかしたら俺も妹離れができていないのかもしれない。
二人でたわいのない話をしながら朝食を済ませ、約束通り手を繋いで登校したのだ。