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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
9/54

8 顔合わせ

 グレイン侯爵家とフェリンド伯爵家の婚約者同士の初顔合わせの日。

 その日はあいにくの曇り模様だった。


 朝からジェニーたちに肌を磨かれ、服を着つけられ、髪の毛をセットされと大忙しで、婚約者が来る時間には、すでに私は少し疲れていた。

 ロザリンドが先日選んでくれたドレスは淡い青色のシンプルなラインのドレスで、派手な模様などが無い代わりに、艶のある生地に同じ色で細かい刺繍が入っており、光の角度でその模様が浮き出て見える。袖元や首元に繊細なレースがあしらわれており、全体的に上品な仕上がりである。


 最後に鏡の前で確認したが、アリィシャのはかなげな美しさをよく引き立てる仕上がりになっている。

 この辺はさすがロザリンドといったところだろうか。

 私も大分ドレス選びは慣れたとは思うのだが、こういうのは最終的には積み重ねたセンスの高さが物を言う。500年ずっと森の奥で暮らしていた私と、生まれた時からドレスに囲まれて生活していたロザリンドとでは、まだ随分と開きがあるように感じられた。


 私はもう一度、鏡の前で回ってみる。

 鏡の中には上品な、少し控えめそうな少女が少し自信なさげに立っている。

 アリィシャになってから一年たち、この顔も随分見慣れたように思う。

 私としてはこのアリィシャの見た目は悪くないと思うのだが、もうあまりにも見慣れすぎていて良いのか悪いのか客観的に判断するのが難しい。

 妖精と人間の見た目の好みが一致しているかについても疑問であるし、何より普段からはっきりとした顔立ちのロザリンドと一緒にいると、少しなんというか、色素が薄すぎてぼんやりしている印象に見えるかもしれない…とも思い始めていた。


「ダメダメ、自信の無さは美しさの敵よ。」


 私は頭を振って、ロザリンドからの受け売りの文句を口にする。

 いわく、胸をはって堂々としているだけでも、人に与える印象は一段階引き上げられるのだ、という話だ。

 これをあのロザリンドが言うのだから、絶大な説得力があるのである。


 ここ数日、私は自分の婚約者について、考えていたことがある。

 いまだ父はグレイン子爵の話になると渋い顔をするのだが、家族に喜んでもらえる相手と縁を結びたい、と思う私にとって、これはあまりいただけない事態である。

 しかし両家の力関係的にも、この話をフェリンド家からお断りするということは難しい。

 ではどうすれば父はこの婚約を喜んでくれるだろうか。

 それはやはり、私とグレイン子爵が大変仲良くなればいいのでは無いかと思ったのである。

 娘の幸せを自分のことと考えてくれる父なので、私が幸せそうであればきっと祝福してくれるに違いない。

 だからまずは、グレイン子爵に私を好きになっていただかなくてはならない!

 なにより婚約者同士仲良いことは良いことのはずだ。目指せラブラブカップル!

 そのためにも、今日は失敗は許されない。

 いまだ勉強中の身ではあるが、淑女として完璧を目指さなくては。


 私は胸をはり、姿勢を正してもう一度鏡の前で自分の姿を確認する。

 鏡の中の少女はさきほどよりシャンとして見える。

 今日の目標を確認し、鏡の中の自分に大きく頷いたのだった。


〇・〇・〇・〇・〇


「やあ!リィシャ、見違えたよ、とてもきれいだね!」


 支度を終えて、リビングへ降りると、ソファに座って待っていたラフィルお兄様がいつものように人懐っこい笑顔と共に称賛してくれる。


「本当に、これでグレイン子爵との顔合わせのためじゃなければもっといいのに…」


 そう言って相変わらず不満顔なのはお父様である。

 ルミールお兄様は若干、複雑な顔をしているが、たぶん、自分と似た顔の私のドレス姿をどう褒めたものか考えあぐねているのだろう。

 けして私のドレスが似合ってないとかじゃないと思う。…たぶん。


「どうもありがとう。侯爵様たちは、いつ頃お見えになるのかしら?」


 まずは兄からの称賛にお礼を述べた後、まだグレイン侯爵と子爵が来ていないことを確認する。


「さっき先触れが来て、もうすぐ到着するといっていたよ、丁度良いタイミングだったな。」


 そう言いながらラフィルお兄様は立ち上がると、私に手を差し伸べてくる。


「さ、お姫様。そういうわけですので、隣の部屋へ参りましょうか?」

「まあ、お願いいたしますわ。」


 演技がかった口調の兄に、私は笑いながら手をとった。


「それじゃ父上、私たちは隣で待機してますから、くれぐれも!そのお顔を先方がいらっしゃるまでに戻しておいてくださいね。」


 ラフィルお兄様は父に向き直ってそう忠告してから、私を隣の部屋までエスコートする。

 ここで私は父と侯爵たちの挨拶が終わるまでは待機である。

 部屋に入ると、ジェニーがお兄様と私の分のお茶を入れてくれた。

 彼女がいれるお茶のいつもの香りに、少し緊張がほぐれるのがわかる。


「ジェニー、ありがとう。あなたも今日は朝早くから大変だったでしょう?もう良いから終わるまで休んでて頂戴。」


 私がお茶のお礼を言うと、ジェニーは少し困ったような顔をしてラフィルお兄様をちらりと見た。


「べつに私のことは気にしなくてもいいよ。普段どおりしたらいい。」


 お兄様はお茶を飲みながら、どこから取り出したのか、新聞を広げ読み始める。


「お嬢様、お心遣いは大変うれしいのですが…。わたくし、とても心配で休んでいられそうにありませんわ…。」

「あら」


 兄に促されて、返事をするジェニーに私は苦笑する。


「わたくしがへまをしそうで心配?」


「それもございますが…。グレイン子爵を一目自分の目でも拝見いたしませんことには…。」


 おどけて見せる私に、ジェニーは眉根をよせて難しい顔をする。

 ジェニー、私がへまする可能性については否定してくれないのね…。

 まあ私も、まったくもって自信がないので、憤慨するにできないんだけど!

 ともあれ、相手がどんな男性なのか心配なのは、私だけではないらしい。

 見ると、ジェニーの後ろでラフィルお兄様の従者を務める執事見習いのハウソンも小さく頷いている。


「ふふふ、心配してくれる家族が沢山いて、わたくし幸せね。」


「差し出がましいことながら、フェリンド家に仕える者は皆、同じ思いでございますわ。」


 ジェニーは隣室につながるドアをちらりと見る。

 そういえば、今日はエントランス付近に使用人がやけに多い気がしていた。

 もしかしたら皆、私を心配して様子をうかがってくれていたのかもしれない。

 心配の種が、相手の男性の人柄のほうに重点をおいてくれていることを密かに期待しておく。


「ふむ、今日の我が屋敷はエントランス付近だけ完璧に清掃されていそうだな。私の部屋の掃除は大丈夫なのか?」


 ラフィルお兄様が眉を上げて大げさな身振りで肩をすくめた。


「まあ、お兄様、一日くらい良いじゃない。妹の一大事とどちらが大切なのかしら?」


「はいはい、もちろん妹ですよ。そう答えないと私の部屋は明日には足の踏み場もないくらいに散らかってしまうだろうね。」


 私が冗談めかしていうと、ラフィルお兄様も笑いながら応じてくれる。

 そんなやりとりに、私の心は随分軽くなる。


「お兄様、ありがとう。ちょっと緊張してたのだけど、この分ならドレスのすそを踏むことも無さそうよ。」


「それは重畳だね。私たちのリィシャは転んでもかわいいとは思うけど、怪我があるといけないし。」


 そう言いながら兄は新聞をめくり、お茶を一口飲む。

 その様子はなんとも落ち着いて見える。


 そういえば、父やルミールお兄様は婚約について思うところがあるようだったが、ラフィルお兄様はどうなのだろうか。

 この長兄は少し飄々としたところがあるので、考えが読み取れない。


「あの、お兄様。」

「なんだいリィシャ。」


 私がおずおずと声をかけると、ラフィルお兄様は新聞から顔を上げて微笑み返してくれる。

 母に似た優し気な青色の瞳が私に先を促す。


「お兄様は…私の婚約、どう思っていらっしゃるの?」


 私の問いに、ラフィルお兄様は少し目を瞠ったような気がしたが、すぐその表情は優しい微笑みにしまい込まれた。


「そうだなあ、そのことについてはちょっと話すには時間が足りないように思うよ。」


 ラフィルお兄様が苦笑したのと、エントランスのほうから客人の来訪を告げる声が聞こえるのとはほぼ同時だった。


〇・〇・〇・〇・〇


「いやあこれはこれは!本当にお美しいお嬢さんだ!」


 ラフィルお兄様にエスコートされ、部屋に入った私を、白髭を蓄えた初老の男性が、両手を広げて歓迎した。

 まだ紹介はされていないが、この男性がグレイン侯爵で間違いないだろう。


「お初にお目にかかります、アリィシャ=フェリンドと申します。本来であればこちらからお伺いするところ、本日はこのような場所に足をお運びいただき、大変ありがとうございます。」


 さあ、ここからが勝負どころである。まずは第一印象、頭の中で作法の授業を思い出しながら指先まで神経を集中し礼をする。

 所作については先生からもお墨付きをいただいてはいるが、相手は最上級貴族、お眼鏡にかなうのかは半信半疑だ。

 なにせ伯爵家の者たちはそろってアリィシャに甘いのだ。

 なにか失敗などなかったかとドキドキと顔を上げると、そこには変わらず満面の笑顔の侯爵が居た。


「私はモンドルトン=グレインだ。そしてこっちが私の息子、アクス=グレインという。」


 そう言ってニコニコ顔の侯爵が、身をひくと、その後ろに立っていた長身の男性がお手本のような礼をする。


「はじめまして、アクス=グレインと申します。お会いできて光栄です。アリィシャ嬢。」


 そう言って微笑む顔は少し硬いような気がする。

 あちらも緊張しているということなのだろうか。

 私も微笑み返しながら、自分の婚約者になる男性を見上げる。


 赤茶の髪の毛は後ろに流され、うなじ当たりできれいに切られており、小ぎれいな印象を受ける。

 灰色の瞳は穏やかそうで、少しラフィルお兄様を思わせる雰囲気だが、どちらかといえばお母様似で、少し中性的なお兄様とは違い、堀の深い、男性らしい顔のように思う。

 うちの家族は私にそっくりなお父様とルミールお兄様、お母様似のラフィルお兄様と、あまりこういった男性らしい顔というのは見慣れていないので、少し新鮮に感じた。


「それにしても、最後にお会いしたのはほんのこれくらいの時でしたが、お美しくなられたものだ!本当に、イサイラ様に瓜二つですな!」


「まあ、ありがとうございます。わたくし、伯母様にはお会いしたことはないのですけれど、そう言っていただけると嬉しいですわ。」


 侯爵たちの後ろでお父様が笑顔を引きつらせ、お母様にひじで小突かれているのを目の端にとらえつつ、私はなるべくぼろがでないよう、微笑んで見せた。

 話にはきいていたが、本当に侯爵はイサイラ伯母様のことが大好きなようだ。

 こんな調子で迎え入れられた後、私はグレイン侯爵夫人とうまくやっていけるのだろうか。

 普通に考えて夫の昔の思い人にそっくりな嫁とか嫌な気がするんだけど…。

 侯爵夫人が心の広い方であることを願うばかりである。嫁姑問題でのいざこざは極力避けたい。


「娘も参りましたし、どうぞこちらへ。お茶の準備をしてございますの。」


 母となんとか表情を取り繕った父が、侯爵たちをティールームへと案内する。


 フェリンド家のティールームは庭に面して作られており、天気がいい日はガラス窓のむこうに春を迎えた庭が美しいのだが、今日はあいにく少しくすんで見える。

 それをカバーするように、テーブルの上にはきれいな花と、色とりどりのお菓子が華やかに飾られていた。


 両親と私が窓を背にして座り、グレイン侯爵が両親の前に、子爵は私の前に向かい合って座る。

 そこからは当たり障りのない、世間話などを交えつつ、お互いの婚約者について会話が進む。


 その会話によると、グレイン侯爵家はウェジントン侯爵家とは王都をはさんで反対側の要所に領地を持つ侯爵家で、領地の経営は代理人に任せ、侯爵はほとんど王宮で軍の仕事をしているらしい。アクス=グレイン子爵は現在父について宮廷で働いており、主に王太子の雑務をこなしているということだ。

 ゆくゆくは侯爵の跡をついで大臣に…というのが侯爵の希望のようだが、本人は「私などは…」と言って苦笑していた。

 その他の会話も常に会話の中心で話をすすめるグレイン侯爵に対して、子爵は相槌などを打つぐらいで、少し控え目な印象だ。

 とは言え、グレイン侯爵はさすがに伯父様とはりあうだけあってなかなかに押しが強い人物のようである。

 そんな父と比べられるのは、子爵には少し酷というものかもしれない。


「アリィシャ、大人の話だけでは少し退屈だろう。子爵に庭でも案内してはどうかね。」


 ポンポンと飛び出すグレイン侯爵の話の隙を、一生懸命狙っていた父がようやくこう切り出したのは、ティールームでお茶をはじめてたっぷり二時間はたった頃だった。


「まあ、どのお話もとても面白く聞かせていただいておりましたわ。でも…そうですわね。今日はあいにくのお天気ですけれど、春の花がとてもきれいにさいておりますの。よければいかがでしょう?」


 父のパスを、トスしそこねないよう、私も精いっぱいの笑顔で子爵にお伺いを立てる。

 そんな私の言葉に、子爵は「是非。」と言って席を立った。

 そのまま私をエスコートする所作は、さすが侯爵家の跡取りというべきか、乱れひとつなく完璧である。

 まるで教科書に出てきそうなその所作に、私は感心しながら彼の手をとった。


〇・〇・〇・〇・〇


「本日は父が申し訳ありません。普段から話はじめると止まらない人で…。うるさくは無かったですか?」


 二人で連れ立って庭に降りると、グレイン子爵は困ったような顔をして、謝罪をしてきた。


「あら、素敵なお父様ですわ。わたくしの父も今日は気取っておりますけど、いつもはとてもにぎやかですの。だから気になりませんわ。」


 まあ実際、グレイン侯爵のような話好きというわけではないのだが、父は貴族にしては少し気やすい性格というか、愛想が良い人なので、嘘ではない。

 グレイン侯爵については伯母様からみで少しひやひやすることはあるが、上級貴族にしては砕けた感じの、大変親しみやすそうな人柄に思えた。


「子爵は花はお好きですか?今は星鈴草やチューリップが見ごろですのよ。もう少ししたらバラも咲きますわ。」


 フェリンド家のタウンハウスの庭は、領地の家と同じく母の趣味でバラが多めの構成だが、春夏秋冬それぞれに花が咲くよう、しっかりと考えられて作られている。

 まだバラのつぼみがついたアーチをくぐった先にある春の庭のほうへ私はグレイン子爵を案内した。

 そこは名前のとおり、春の花が色とりどりに咲き乱れる区画であり、今が一番の見頃なのだ。

 私自身、この家に来てからまだ日が浅いのだが、今日はこんなこともあるだろうとこの場所への道だけは昨日しっかり庭師に聞いて確認しておいたのだ。


「いえ…私は花についてはあまり詳しくなくて…お恥ずかしいですが…」


 私が花のほうを指すと、グレイン子爵は目を伏せて答える。

 おっとこれはいけない、女性へならともかく男性に対して花の話題はあまりよろしくなかったようだ。


「あら、男性は皆そうですわ。それにわたくしなんかは、田舎の出なものですから、やたらと花の名前を覚えるんですの。そのかわり、先日王都にでてきたばかりで、都のことは右も左もわかりませんのよ。」


 反省しつつ、私はフォローを入れる。

 そうよね、花の名前がポンポン出る男性というのは珍しいもんね。

 我が家の兄二人がやたらと花に詳しいのは病床の私に花を届け続けたおかげだろう。

 ラフィルお兄様に関して言えば、もしかしたら他にも花を贈るご令嬢のアテはあるかもしれないが…

 ルミールお兄様はだめだろう、まったく浮ついた噂をお聞きしない。ファイト!ルミールお兄様!


「フェリンドは緑豊かな領地ときいております。私などはあまり王都を出ませんので、行ったことは残念ながら無いのですが…。花の多い、美しいところなんでしょうね。」


 私が内心で兄にエールを贈っていると、グレイン子爵は私のフォローに顔を上げ微笑んでくれた。

 その笑顔にほっとしつつ、一度もフェリンドに来たことが無いということを再確認する。

 グレイン侯爵は一度会ったことがあるようなことを言っていたが、その時息子は連れてきていなかったのだろう。

 そりゃアリィシャも日記にも書かないはずだわ。

 もしかしたら彼自身、私との婚約を知ったのがつい最近、なんてこともあるのでは無いだろうか。

 いや、さすがに無いだろうか。私じゃないのだし。

 それにしても婚約者が病床にいるのにお見舞いにも来ないというのも少し薄情な気もするが…。

 フェリンドは王都から馬車で四日以上かかる場所にあるので、多忙な侯爵家の人間となれば仕方がないのかもしれない。

 そういう病気では無かったが、もしかしたら感染を恐れていたのかもしれないし。


「ええ、本当に美しいところなんですのよ。最近ようやく外に出ても怒られなくなりましたの。もしおいでになった時には是非一緒に散策しましょう。」


 王都暮らしが長い子爵には少し退屈かもしれないが、フェリンドの領地であれば私もこの庭よりはよく知っている。

 外出を許された後、ラフィルお兄様にお願いしてよくピクニックに赴いたのだ。

 近くに故郷の銀枝の森があるかとも思ったが、あの森はどうやらウェジントン侯爵領にあるらしい。

 そのかわり、フェリンド伯爵領の森を住処にする妖精を何人か見かけ、おすすめの場所なんかを教えてもらったのだ。


 気を取り直して私が言うと、子爵は少し難しい顔で黙りこんでしまった。

 なんだろう、また何か失敗をしてしまったのだろうか?

 侯爵家の方に領地へ来いはぶしつけだっただろうか?


「あっ、申し訳ありません…。」


 私が内心あせっていると、子爵ははっとしたような顔をして謝罪する。


「いえ、何かお気に触ったのでしたら…。」

「い、いえ、違うのです。ただ、お体が快復されて本当に良かったと…」


 私の言葉に、グレイン子爵はあわあわと言いつくろう。

 そして視線を宙にさまよわせた後、言い辛そうにこちらを見つめてきた。


「あの…お体は本当にもうよろしいのですか?」


 その心配そうな瞳に、私は合点がいった。

 なるほど、一年前まで、私は明日にでも死にそうな病状だったのだ。

 普通であればこんな短期間で全回復とはいかないのだから、無理をしているのではと思われたのだろうか。


「ええ、ご心配いただき本当にありがとうございます。この通り、もうどこも悪くありませんの。少しくらい遠出しても問題ありませんわ。」


「そうですか…。」


 安心してもらおうと、背筋を伸ばし、できるかぎりの笑顔で答えたつもりだったのだが、それに対するグレイン子爵の返答は、なんだか心もとなげなものだった。

 今日は天気が悪いので、もしかしたら顔色が悪く見えただろうか?

 顔合わせまでは随分緊張していたので、実際悪かったのかもしれない。

 私の外見は全体的に色素が薄いし、なおさらだろう。

 次からは頬紅をもう少ししっかりと入れたほうがいいだろうか、と私は思案した。

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