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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
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6 思いがけないこと

「えっ、婚約者…?」


 思わず素っ頓狂な声をあげた私に、ラフィルお兄様が苦笑する。


「もしかして自分の婚約者の名前を忘れてしまったのかな、リィシャは。」


 忘れた、というかまったくの初耳である。

 アリィシャになってからすでに1年。14歳の誕生日も終わり、来年のデビュタントに向けて、ロザリンドと共に淑女の勉強に精を出していた。

 最初はアリィシャの体のおかげか、所作だけは問題ないと言われながらも、マナーの知識については事前知識が皆無だったため苦戦したが、最近は我ながらずいぶん様になってきたように思う。

 このまま少女小説の主人公のように、社交界に出て素敵な男性と巡り会って…、と夢想していた矢先のことである。


「無理もないよ。婚約はリィシャが5歳の頃だっただろ。床から立てるようになったら顔合わせをしよう、と言ったまま今まで会ったこともなかったんだし、婚約者どころじゃなかったしね。」


 フォローしてくれたのは次兄のルミールお兄様である。


 ここはフェリンド家のタウンハウスのティールーム。

 去年は病み上がりだったこともあり来られなかったが、春の社交シーズンのために家族が上京するのについて、はじめての都へやってきていた。

 普段は領地に居ないために会えないルミールお兄様もそろい、久しぶりに家族全員がそろっている。

 家族そろってのティータイムに、父が憮然とした面持ちでこの話題を出したのである。


 次兄のフォローをありがたく思いながら、何度も読み返したアリィシャの日記を脳内でめくってみるが、やはり婚約者についての記述は思い出せない。

 そもそも彼女の日記に、家族やウェジントン家以外の男性が登場することのほうが稀なのだ。

 それらしい記述といえば、まだ大分幼い頃に、屋敷近くの丘で花を摘んでいたところ、やってきた少年だか青年だかが王子様のように素敵だった…といった内容くらいだろうか。

 幼いアリィシャが理解できていなかったか、まったく興味がなかったかのどっちかだろう。


「アリィシャも元気になったし、せっかく都にきているからね。グレイン侯がぜひに、と言っているんだよ。」


 そういう父はさも面白くない、という表情を隠さない。


「もう、あなた、そのようなお顔を先方の前でもなさらないでくださいね…。」

「まあ父上はこの婚約、最初から乗り気じゃなかったからねえ…。」


 そんな父を、母が困ったようにたしなめ、ルミールお兄様も苦笑した。


「お父様は、グレイン子爵様をお嫌いなのですか…?」


 私は父の表情に不安を覚え、質問する。


 婚約者の名前はアクス=グレイン子爵。

 グレイン侯爵の長男で、次期グレイン侯爵らしい。

 ウェジントン家と並ぶ家柄で、父のグレイン侯爵は大臣を務めているという話だ。

 正直なところ、ふけば飛ぶようなフェリンド家への縁談としては、かなり大きな物だと思える。

 我が家も血筋だけは正しい家柄であるし、ウェジントン侯爵家と縁続きではあるので、身分違い、とまではいかないのだろうが…。

 結婚相手が父を悲しませるような者ということはあまり歓迎できない事態である。

 できれば、家族に喜んでもらえるような縁を望みたい。


「ほら、父上がそんな顔をするから、リィシャが不安に思ってるじゃないか。大丈夫だよリィシャ。

 父上が気に食わないのは、グレイン子爵の父のグレイン侯爵がリィシャを花嫁に望んだ理由だよ。彼はね、イサイラ伯母様をめぐっての恋のさや当てで、伯父上に負けたのさ。だから瓜二つのリィシャを息子の花嫁に望んだんだ。」


「まあそういうわけで、この婚約はウェジントン侯もかなり反対したんだけどねえ…。さすがに我が家に侯爵家からの縁談は断れないからね…。」


 ラフィルお兄様とルミールお兄様が私をあやすように、代わる代わる説明してくれる。


「まったく理由が失礼じゃないか。あのエロじじぃ、息子の花嫁に手をださないだろうな…」

「あなた!」


 なおもぶつぶつと文句を言う父を、母が一括する。

 なんだかものすごく下世話な話が父の口から聞こえた気がしたが、気のせいだろう。


「イサイラ伯母様に似てるというなら、ルミールお兄様もよく似ておいでですよね。」


「そうなんだ。ルミールが生まれたとき、グレイン侯爵は悔しがったらしいよ。どうして女の子じゃないんだって…」


「リィシャ、兄さん、やめてくれないか…。ただでさえ女顔だって騎士団で言われるんだよ…。」


 なんとなく思ったことをぽろっと口にしたところ、ラフィルお兄様が思い出し笑いをしながら応じてくれる。

 それをうんざりとした様子でルミールお兄様が遮った。

 どうやら、ずいぶんその容姿で苦労をしているらしい。


 実際、私とルミールお兄様はよく似ている。背丈と体格はさすがに男女の違いがあるが、顔だけを並べたら瓜二つだと言って差し支えないだろう。

 私は細かいくせっ毛なのに対し、ルミールお兄様はきれいなストレートなので、並んでいて間違われることは無いのだが、私の肖像画を頼む際、父が「もし体調が優れなければ、ルミールを変わりにやるから言うんだよ」というくらいには似ているのだ。その後兄に怒られていたが。

 騎士学校時代は、女性より男にもてて大変だったらしい、とラフィルお兄様にきいたことがある。

 とはいえ、ルミールお兄様は顔に似合わずお強いので、よってきた男は全員返り討ちにあったらしい。

 もしかしたらそのために、護身術を極めざるえなかったのかもしれない。


「とにかく、そういわけだから二週間後にグレイン侯爵がご子息を伴って我が家に来てくださるらしい。本来ならこちらから出向くところなんだけど、病み上がりのリィシャに足を運ばせるのは忍びない、と仰ってね。」


 ラフィルお兄様がぶすっと黙っている父に代わって、説明を続けてくれる。


「はあ…。」


 私は父の顔と兄の顔を交互に見比べながら、なんともあいまいな返事をした。

 すると兄は少し困ったように首をかしげた。


「リィシャは、婚約者に会いたくない?」


「いえ、そういうわけではないのですけれど…。」


 兄を困らせたいわけではない。手にもった紅茶のカップをソーサーに置き、私はどう答えるか考えた。


「お父様が、喜んでくださる方のところへ…お嫁に行きたいと思っていたので…」

「アリィシャ!」


 私が言い終わる前に父はがばっと立ち上がり、そのままテーブルを乗り越えて私を抱きしめる。

 ティーカップを置いた状態で本当によかった。

 でなければ熱いお茶が父にこぼれていたかもしれない。


「あなた!やめてください、お行儀の悪い!」


 父の勢いに一瞬呆気に取られていた母が、なんとか正気にもどって父をたしなめる。

 その様子を兄二人は苦笑し見つめていた。

 その手にはちゃっかりティーポットと本日のお茶菓子の皿が避難されている。


「リィシャ、心配には及ばないよ。お父様はたぶん、相手がどんな男であってもこんな反応なんだから。まあ僕も同じ思いではあるんだけど…」


 ルミールお兄様がテーブルの安全を確認しながら、ティーポットを戻しつつ笑いかけてくれる。


「ううぅ、いいんだよぉアリィシャ、お嫁なんか行かなくて…!ずっとお父様と一緒に暮らそう~~」


 心なしか涙声の父が私を抱きしめる力を強めながら言いつのる。

 そんな父の言葉に、そうかお嫁に行かないという手もあるのか?という考えが一瞬浮かんだが、


「そういうわけにはいかないしねえ…」


 というルミールお兄様のため息交じりの声と、普段優しい母が、ぐいっと父の襟首をつかんで席に座らせなおしたのを見て、その考えは改めた。

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