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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
52/54

エピローグ

「うわぁ…!」


 走り出しそうになる私の腰をウルベルト殿下の腕が制して止める。

 つい興奮で我を忘れそうになっていた私は少し気恥ずかしい気持ちで彼を見上げた。


「とても綺麗ですわね殿下。」

「ああ、そうだな。」


 私を見下ろす殿下の瞳が甘く細められる。

 その顔が、月と星鈴草の明かりでぼんやりと暗闇の中でも見て取れた。

 本日は満月。私達は、王都近郊にある野原に来ていた。

 あたりには満開の星鈴草が、夜の闇の中でふんわりと灯り、大地を星空のように飾っていた。


 先日、ウルベルト殿下から休暇が取れたので近場で行きたい場所は無いか、と聞かれて、私はつい「夜の星鈴草を見たい」と口を滑らせてしまった。

 夜に外出したのはアリィシャになったばかりの頃に妖精のレクイエムを歌って以来で、大地にも星空が広がるようなこの光景とはしばらくご無沙汰だったのだ。

 春のお気に入りの光景をいつかまたみたいと常々思っていたせいで、つい本音が出てっしまったのである。

 夜に出かけたいなんて、はしたないと思われるかしら…とドキドキしたが、殿下は気にした風でも無く了承してくれた。

 それはそれで慌てたのだが、さすがに婚約前に男女二人っきりというわけにはいかないので、今日はべオルフとジェニーがお供についてきてくれている。


 結局、私とウルベルト殿下の婚約は、王太子殿下が婚約者不在の状態ではすぐには難しいということで、一年お預けということになった。

 一年の間、社交界に出る時に必ずパートナーとして同行し、仲睦まじいことを周囲に知らせれば、まあ、男女の仲の話であるから…、と王太子殿下に先んじての婚約も納得を得られるだろうとは、王妃殿下のお心遣いである。

 もちろん、王太子殿下に一年以内に婚約者ができれば話は別ではあるのだが…。

 こればっかりはめぐり合わせもあるのでなんとも言い難い。


「本当はセイルーム城の丘に連れて行ってやりたかったんだが…。さすがに遠いと言われたな。」


「そうですわね、私も往復8日以上の移動はさすがに骨が折れますわ。」


 今頃は、星鈴の森はあの野原だけでなく森全体が星鈴草で輝いているだろう。

 その様子はすばらしいに違いないが、さすがにフェリンドは遠かった。


「寒くはないか?」

「いえ、大丈夫ですわ。」


 私の横に腰をおろしつつ少し心配そうにウルベルト殿下がきいてくる。

 彼は先日の騒動で冷たくなった私の体がまだ忘れられないのか、ことあるごとに体を冷やさないかと心配してくる。

 少し冷やしたくらいでは息は止まらないと言っても、安心できないのかことあるごとに私をすっぽり腕の中に収めようとするのだ。

 宝石をかかえこむ竜の性なのか、私が腕の中にいると安心するのだと言う。

 私もウルベルト殿下の腕の中は居心地が良いので悪い気分では無いのだが、その度にべオルフがヒヤヒヤしながら見ているのが少し気恥ずかしい。


 ウルベルト殿下の視線を背後に感じながら、私は、満月の夜のひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


 ~アリィシャ、あなたは幸せかしら。私は今、とても幸せよ。


 胸に手を置き、満月に向かって、あの日月に昇っていったという彼女を思い私は歌う。

 三年ぶりのレクイエムは、満月の夜に染み入るように響きわたった。

 私の歌声に合わせて、フワリ、フワリと精霊たちがまるで星鈴草の灯りから生まれるように浮かび上がる。

 頭上の星空と、足下の星空を結ぶように精霊たちが舞う光景は、まるで夜空に自分の身が浮かんだようにも思え、美しかった。

 そのまま精霊たちは私のまわりを踊るようにまわり、あの日のように野原のむこうへ散っていく。

 その精霊たちの中に、うっすらと笑顔の彼女を見たような気がして、私はほーっと息を吐いた。


「幻想的だな。妖精のレクイエムを、人の身で歌うことができるとは知らなかった。」


 いつの間にか、立ち上がって私の後ろまで来ていたらしいウルベルト殿下が、私の後ろから腕を回して抱きしめてくれた。

 寒くないと言ったのに、やはりこの姿勢じゃないと落ち着かないらしい。

 私は回された彼の腕をつかんで、冷えた頬をその温かい腕によせる。


「フェリンド家の血筋のせいかもしれません。教えてくれた妖精も、精霊が答えてくれるとは思っていなかったようですわ。」


「あの光っているのは精霊なのか?」


「ええ。でもやはりフェリンドほどの数は出てきませんわね。ここは王都に近いので、弔われていない魂が少ないだけかもしれないですが…。」


 この辺には森が無いので、そういうのも関係しているのかもしれないな、とそんなことを思いながら殿下を見上げると、彼は相変わらず私をじっと見下ろしていた。

 星空を映して輝くその瞳が優しく甘くて、私は夜の肌寒さもわからないくらい、顔が熱くなる。


「美しい歌声だった。あの日聴いたままだな。あの時は、歌っていた妖精をこの手の内に収められるとは思いもよらなかったが…。」


 そう言いながらウルベルト殿下は私を抱き上げると、そのまままた腰をおろした。

 殿下の長い足を背もたれ代わりに座らされ、私はいまだ慣れないその距離に、心臓がまた早鐘を打ち始めて殿下の顔をまともに見れない。

 もじもじと足元で光る星鈴草に目を落としながら、私は話題を探した。


「そういえば…私、殿下に幼少の頃あの丘でお会いしたことがありますの。」


「幼少の頃に?私がウェジントン侯爵領に滞在していた時か。」


「ええ、たぶん…4才くらいの頃かと思うのですけれど…。あの丘で泣いていたら、殿下が来てなぐさめてくださいました。」


 私の言葉に、しばし沈黙が降りる。

 さわさわと星鈴草が夜風に吹かれる音があたりに響き、私の熱くなった頬を少し冷ましてくれた。


「ああ。」


 チャリン、と音がして、殿下が頷く気配が背後でする。


「思い出した。イサイラ夫人に星鈴草の花冠を頭にのせられて、なんだか気恥ずかしくて城を抜け出したことがあったな。それで…その先で妖精に会ったんだ。」


「妖精に?」


「いや、今思えばあなただったんだろう。しかし幼い私には妖精にしか見えなかった。妖精が泣いていたので、夫人にもらった花冠を渡したんだ。……それで……悲鳴を上げて逃げられた…。」


 不本意そうなウルベルト殿下の声に、私は思わずふふっと笑ってしまった。

 なんだ、アリィシャも私と同じことをしてるじゃないか、と思いながら。

 それにしても、あの花冠は伯母様の作だったのか。

 彼女はアリィシャが6才の頃にアリィシャと同じ病で帰らぬ人になったと日記に書かれていたが、その頃はまだ庭に出るくらいには元気があったのだろう。

 ロザリンドが作ってくれた花冠を思い出して、私は少ししんみりとする。


「…思えばあれから私は妖精をはじめとした幻獣に興味をもったんだ。また、妖精に会いたくて。…でもそうか、なるほどな。」


 ウルベルト殿下の腕が、私を抱き寄せる力をそっと強める。

 その温かさに顔を上げると、殿下は私を蜂蜜色の瞳で見下ろしていた。


「どうやら私は、もうずっと前からあなたに求婚していたらしいな。」


 春の社交シーズンに、星鈴草をあしらった小物を女性にプレゼントするのは、あなたを特別に思っていますよ、という意味。

 ウルベルト殿下の言葉に、私の胸が温かい幸福感に満ちる。


「私も実はずっと前から、殿下をお慕いしていたようですわ。」


 ~アリィシャ、あなたも幸せなのね。


 その温もりに、私は嬉しくて彼の胸に体をあずけた。

 そんな私の体を囲い込むように、殿下の腕が優しく回る。

 満月の月明かりと星鈴草の灯りの中、しばし私はその温もりの中で二人分の幸せを噛み締めていた。

「そういえば殿下はロザリンドには幼少の頃にお会いにならなかったんですか?」

「…そういえば会わなかったな。キースに妹がいると知ったのは随分後だ。だから歳が離れているんだろうとは思っていたんだが…。」

「たぶん間違いなく、伯父様の仕業ですわね…」


という会話が入りませんでした。

ここまでお付き合いありがとうございました。

末席で細々と綴っておりました小説を本当に沢山の方に読んでいただけうれしかったです…!


続編を公開しはじめました。

目次上のシリーズタイトルから飛べると思います。

もしよろしければそちらもよろしくおねがいします。

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