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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
47/54

46 焦燥

 その日、夕方前に、一度帰宅しもう一度登城をしようとしていたクライムの元へ届けられた手紙を、クライムは方眉を上げて見つめた。

 淡い緑色の封筒は、普段アリィシャが使っているものだ。

 封筒に鼻を寄せ、香りを確かめてから封を切る。

 そこには封筒と同じ色の便箋が収められており、中には短く、「マイゼンの丘でお話しましょう アリィシャ」と流れるような黒い文字で書かれていた。


「紙とペンを。」


 そう告げると、従者がすぐにいつも使い慣れている真っ白な便箋を用意した。

 そこに簡潔に内容を書くと、封をして従者に渡す。


「早馬で届けさせろ。後、この後少し外出する。」


 本日の仕事のためにまとめていた書類をゆっくりと片付けて机のわかりやすい場所に積み、お茶を飲んでから出かける。

 マイゼンの丘はクライムの家から徒歩でも行ける距離にある。

 馬車は使わないのかという従者にいらないと答え、護衛をつけてのんびりと歩いてむかった。

 今日は曇り空で、丘へ続く道は人がまばらだ。

 進んでいくほど人がいなくなり、とうとうクライムと護衛だけになったところで、にわかに辺りが殺気に包まれたかと思うと、五人程のガラの悪そうな男たちに囲まれた。


 ~数が多いな。


 護衛は実力がある者だが、人数差という物はいかんともしがたい。

 クライムは一応、侯爵家の者として剣術や護身術等はしこまれているが、別に軍人のように強いわけでは無いし、学問のほうに重きをおいていたせいで少し体力が心元なかった。

 じりじりと間合いを詰めてくる男たちを睨み、とにかく、時間を稼ごうと手にもっていたステッキの仕込み刀に手をかけたところで、ヒュン、という風を切る音が聞こえたかと思うと、目の前の男が倒れた。


 ドサリ、という音がして、倒れた男を見れば矢がその体に深々と刺さっている。

 驚き声をあげる残りの四人を見ながら、間に合ったか、と安堵の息をはいたところで、クライムの前にひらりと赤い色が落ちてきた。


「クライム、助けを求める悲鳴くらい上げたらどうだ。登場のタイミングを測り兼ねただろう。」


 地面に着地し、鮮やかな赤い髪の毛を翻してそんな文句を言うのは、王太子のエランだ。

 ありえない人物の登場に、クライムは目を丸くする。


「あなたは何をこんなところに出てきているんですか!?」


「お前が帰って来ないから暇をしていたんだよ。」


 ご注文通り悲鳴のような声で抗議をすると、エランはあっけらかんとしたようすで肩をすくめる。

 その後ろで、エランと同じように木の上から飛び降りてきた近衛たちが男たちを取り押さえた。


「…一つお聞きしたいんですが、なんで木の上なんかにいらっしゃったんです?」


「お前の手紙を受け取ってすぐに出たら随分早くついてしまってな。この辺かな、と思って登っておいたら案の定だった。知っているか、英雄というものは高いところから現れるのだぞ。先日読んだ少女小説に書いてあった。」


「…なんだってそんなもの読んだんです…。」


 やはりこの主人についていくのは気が重い。

 一年越しにそうしみじみと感じながら肩を落とすクライムを気にした様子も無く、エランは捕縛が完了したという近衛の報告に頷いた。


「それで例の手紙は持ってきたのか。」


「はい、これです。」


 さきほど、グレイン侯爵邸に届けられた淡い緑色の封筒を差し出すと、エランは興味深そうに受け取って中を確認する。


「ふむ…。それで?これがなんで偽物だとわかったんだ?」


「字はよく似ていますが、アリィシャ嬢は黒ではなくセピア色のインクを好んでお使いになられるので…。あといつもついている香りがしませんでした。」


 答えるクライムに、珍しく眉を寄せたエランは身をひいてクライムから距離を置く。


「クライム…お前、好きな女性の香りなんか手紙からにおってるのか…?」


「違います!やめてください。彼女の手紙はいつも星鈴草の香水がついているんです!」


 社交界デビューの際に、父親に買ってもらったというその香水を、夜会に出る機会が無かったアリィシャは他に使う場所が欲しかったのだろう、手紙には毎回その香りがついていた。

 その話をきいたエランが封筒に鼻をよせる。


「ふむ、たしかになんの匂いもしないな。なるほど。」


 頷いて、手紙を近衛に渡してから、クライムについてこい、と視線で合図をしエランは丘を下る道を歩きはじめた。


「フェリンド伯爵邸には遣いを向かわせたから、すぐにアリィシャ嬢の安否はわかるだろう。お前はそれまで私の部屋へ来なさい。」


「仕事をなさるのでしょうか?」


「執務室じゃない。自室だよ。まあ杞憂ならいいんだけど…そうだこれをかぶっておけ。」


 お忍び用でもってきていたらしいフードを、エランがクライムに渡す。

 かぶれば顔も隠れそうなゆったりとしたフードを広げて、クライムは不安に眉を寄せた。


「アリィシャ嬢がご無事だといいんですが…。」


「案外、彼女があの男たちをお前に差し向けたのかもしれない。」


「…やめてください。」


 縁起でもないことを言うエランに、フードの下で渋い顔をしながら、クライムはエランたちが乗ってきたらしい馬車へと乗り込んだ。


 〇・〇・〇・〇・〇


「…いなかったか。」


 エランの自室で、遣いに出ていた近衛から報告を聞き、エランが普段とは違う険しい顔をする。

 その意味を理解して、クライムは立ち上がった。

 そのまま足早に部屋から出ようとするクライムを、エランが近衛に指示して止めさせる。


「まてまてクライム。お前が出て行っては駄目だ。」


「何故ですか!じっとなどしていられません!」


 こっちに戻ってこい、と手まねきするエランに、クライムは冷静さを欠いた瞳で声を荒げる。

 その様子にやれやれ、とエランは肩をすくめた。

 冷静であれば説明する必要も無いはずなのに、随分とこの側近は動揺しているようだ。


「それでもじっとしていろ。フェリンド邸にはお前に来たような手紙が残っていたようだ。お前からアリィシャ嬢宛の。となると、相手はお前たちを駆け落ちさせたようにみせかけるか、お前がアリィシャ嬢を害したようにみせかけるか、とにかく狙いはそんなところだろう。お前は今容疑者だよ?」


「こちらで捕縛した者と証拠の手紙を出せばすぐ容疑は晴れるかと思いますが…。」


「晴れては困る。もしアリィシャ嬢がまだ生きているのだとしたら何か用途があってのことだろう?それをお前が出て行って無実を証明してみろ。計画が失敗したうえに自分たちに捜索の手が迫っているとなれば用済みになった彼女はどうなると思うんだ。定期報告なんかはあるんだろうが、お前が姿を見せない限りは敵も様子を見る可能性が高い。まずは相手が何を狙っているのかがわかるまでは大人しくしていろ。」


 正直、アリィシャが生きている可能性は五分五分だろうとエランは思っていた。

 とは言え、相手の狙いがわからない間は一応安全策はとっておいたほうがいいだろう。

 エランの言葉に、まだ不満そうな顔ではあったが、クライムはぐっと言葉を飲み込んで部屋の中へ戻り、エランの横まで戻ってきた。


「よし。とりあえず捕らえた者を絞り上げるところからだな。あとは関所に連絡と、アリィシャ嬢とお前の捜索隊を組むか。いやぁ…しかし……。」


 これからの計画を立てながら、エランはボスン、と最寄にあった一人用のソファに身を沈める。


「私に感謝してほしいね。アリィシャ嬢の命を引き換えにしても本来ならさっさとお前を差し出したほうが私には被害がすくないんだよ。お前を匿っていることが万が一ベルトにバレたら私は死ぬかもしれない。」


 案外、それが敵の狙いかもしれないな、とそんなことを思いながらエランは天井を見上げた。

 エランの言葉に、ウルベルトをよく知っているだろう近衛たちの顔色が悪くなる。

 この場に居る者は皆一蓮托生である。


「…やっぱり差し出しておこうか。」


 ちらっとクライムへ視線を投げると、彼は悲痛な面持ちで見返してきたが、反論はしなかった。

 王太子の安全と伯爵令嬢の命では比べるべくもないことは彼も理解しているのだろう。


「冗談だよ。そんな顔するな。せっかく買った物をさっさと捨てるような真似はしないさ。とにかく、真犯人さえ見つけ出せれば問題ないんだからね。ベルトもさすがに大人になったんだからわきまえてるよ。」


 少し脅かしすぎたな、と思いながら、エランはいつもの柔和な笑みを顔に戻す。

 その顔を見て、クライムの顔から少しだけ緊張が解かれた。

 とりあえずこれで無理に捜索に出ようとはせず、見つからないよう頑張って身を隠していてくれるだろう。

 あと何かやるべきことはあっただろうか、とエランはもう一度騒動の内容をおさらいする。


「そうだ、そういえば先ほどの男たちの中にハゼット伯爵のまわりで見た者が居たような気がするな。関係ないかもしれないが一応そっちにも偵察を向かわせるか。」


 なんということは無い調子で言うエランに、クライムが顔を上げて眉を潜めた。


「ハゼット伯爵家の…?だとしたら兄の婚約破棄に関わっているかもしれません。……しかし殿下はよくそのような者のことを覚えていますね?会った人物の顔をすべて覚えてらっしゃるんですか?」


「ははは、そんなことはできないよ。なんとなく覚えている程度だね。もしかしたら人違いかもしれないが、関係はありそうだろう?」


 カラカラと笑ってエランは否定する。

 なんとなくでも十分すごいとは思ったが、この王太子ならできるのかもしれないな、と考えてクライムは素直に頷いた。

 もし本当にハゼット家がからんでいるのなら、アリィシャはとばっちりの可能性が高いだろう。

 ここでもうまく立ち回れなかった自分にため息が出る。

 クライムが頷いたのを確認してから、エランは横に居た近衛を見上げた。


「それで、今日はベルトはどこにいるんだ?」


「閣下は本日は任務で出ていらっしゃいます。呼び戻されますか?」


 まだ顔色が悪いままの近衛の答えに、エランはふむ、とあごに手をあてる。


「いや、あの子に捜索させてもその他にさせても一緒だからね。アリィシャ嬢の居場所がわかってから戻せばいいだろう。でも彼女がいなくなったことは報告しておけ。命の危険がありそうなことは伏せてな。後で何故教えてくれなかったんだと言われても困る。」


 ウルベルトを捜索に向かわせたりなんかしたら、そのまま容疑者を殺しかねないな、と考えてエランは苦笑する。

 彼には悪いがしばらく大人しく仕事をしていてもらおう。

 エランの指示に頷いて、近衛の一人が退出していく。

 あとは諸々の結果待ちだ。


「ふむ、暇だな。クライム。お前先日失恋したんだろう?酒でも持ってこさせるから私に話してみるか?」


「遠慮しますので殿下は執務に戻ってください。」


「付き合いが悪いな。私の話をきいてくれてもいいんだが。」


「書類は家に置いてまいりましたので人をやって取りに向かわせてください。」


 エランの誘いに、取り付く島もなくクライムは首をふる。

 本当は飛び出していきたいのを必死にこらえているのだろうその顔はいまだ険しい。

 本来執務室にいる時間に自室に籠っているというのもたしかに不自然だろう。

 仕方なくエランはソファから立ち上がり、近衛を連れて部屋を出た。

 曇りだったせいで、もうすでに廊下は薄暗い。

 今日は満月だったはずだが、月は見れないかもしれないな、とそんなことを考えながらエランは執務室へ歩を進めたのだった。

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