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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
45/54

44 意地悪

「グレイン子爵、妹を見ませんでしたか?」


 アリィシャを送り出し、クライムが失恋の痛みを月夜の風で冷やしていたところ、後ろからそんな声がかかった。

 振り向くと、そこには月光を反射する淡い金色の髪の毛を夜風に流しながら、こちらに近づいてくる青年。

 一瞬彼女がまた戻ってきたのかと思ったが、それはアリィシャの兄のルミールだった。


「先ほどまでご一緒させていただいていたのですが、ウルベルト殿下に連れられて会場にお戻りになりましたよ。」


「すれ違いか。」


 ルミールは残念そうに言って、会場に目をむける。

 そのまま戻っていくのかと思えば、こちらに向き直った。

 アリィシャにそっくりな淡い春の草原色の瞳が、クライムの灰色の瞳をじっと見つめる。


「もしかして、振られましたか?」


 恋しい少女と同じ顔で、さくっと痛い質問をしてくる彼に、クライムは苦笑した。


「その通りです。」


 短く答えたクライムに、ルミールはにやっと笑って彼の横へやってきた。

 横まで来てならぶとたしかに彼はアリィシャに似ているが、背丈が高く少し顔が大人びている。

 一年前より更に伸びたかな、とクライムは相変わらず彼を見下ろしながらそんなことを考えた。


「妹は少し鈍感なところがありますからね。気づかれてなかったんでしょう。」


「ええ、まあ。友人だと思われていましたからね。兄とのこともありますからそれが一番だとは思っていたんですが…。」


「そんなこと言っているから横から攫われるんですよ。二の足を踏んでいたら妹はたぶん去年の秋には田舎の貴族と婚約を結んでいましたよ。誰がそれを阻んだのかは知りませんけどね。どうせあなたじゃないのでしょう。おかげで僕は三日三晩馬を走らされて大変でした。」


 淡い緑色の瞳を月明りに照らされた庭に向けながら言うルミールに、クライムは返答に窮した。

 去年の秋、アリィシャからの手紙でお見合いをするのだという報告を見た時は、それを阻んで彼女に愛を告白しにいきたいとクライムも思ったのだ。

 それができなかったのは、彼女を悲しませた家の人間である自分が彼女の幸せを邪魔する資格があるのかと考えてしまったからだ。

 結果として、たぶんウルベルトか誰かが見合い相手に手をまわしたのだろう。

 アリィシャは五回したお見合いのどれも断られることになった。

 落ち込む彼女の手紙に、慰めの言葉を書きながら胸をなでおろしていたが、彼女が誰とも縁を結ばずに王都まで帰ってきてくれたのはクライムの功績ではない。


 今回だって、ウルベルトが彼女を連れて帰らなかったら、フェリンド家とグレイン家の噂が落ち着くまで、二の足を踏んだだろう。

 その間にウルベルトではなく他の人間に攫われていたのだろうと思うと、結局どう転んでも彼女は自分の腕の中に落ちてこなかったような気がする。


「まあ、僕もあなたと婚約すると妹が言い始めたら反対はしたと思いますけどね。ただ、妹のために件の騒動の時に働いてくれたのには感謝をしていましたので、もしかしたらとは思っていたんです。行動の速さで殿下に負けましたね。」


 アリィシャから見合いをするという手紙をもらった時、もしそれならば自分も選択肢に加えてくれと、ただ一言綴れたなら未来は変わったのだろうか。

 変わったかもしれない。しかしどうやっても、自分にはそれは出来なかっただろう。

 なりふり構わず彼女を求める奔放さは、クライムには持ち合わせていないものだった。


「まったく手厳しいですね。そのお顔で言われると立ち直れなくなりそうです…。」


 力なくテラスの手すりに預けた腕に頭を乗せて項垂れるクライムを、ルミールは長い金色の睫毛を下ろし、鼻歌を歌いそうな機嫌のよさで見下ろした。

 その笑顔が、アリィシャの笑顔に重なって余計辛い。


「ふふふ、そうでしょう。僕は根に持つタイプなんですよ。一年前に博物館の前で妹呼ばわりされた憂さが張らせて今大変気分がいいです。」


「あれは不可抗力じゃないですか?私じゃなくてもそう言ったと思いますが。」


「…殴りますよ?」


 機嫌のよさそうだった表情を一瞬で剣呑なものに変えて言う青年に、クライムは苦笑する。

 これ以上言うと明日は顔を腫らして仕事をするはめになるだろう。

 しかし人と話せたことでまだ失恋の傷は痛むにしろ少しマシになったような気がする。

 手すりに預けていた体を起こして姿勢を正すと、ルミールを見下ろして微笑む。

 その姿をルミールは若干不服そうに見上げている。


「そういえば、アリィシャ嬢に御用があったのでは無いのですか?お探しにならなくても良いのでしょうか。」


「ああ、会場でデレシア=ハゼットが妹を穏やかじゃない目で見ていたので気になっていたのです。ウルベルト殿下が側にいるなら大丈夫だとは思うんですが…」


「デレシア嬢が?」


 兄は拝華祭の後、あっさりと彼女を捨てた。

 そのことで随分とご立腹だったらしい彼女は、最近までグレイン侯爵家にも文句を言ってきていたのである。

 当然、アリィシャのこともよく思っていないだろう。

 正直なところ、兄の所業を思えばグレイン家に文句を言うのはデレシアの当然の権利だとは思っていたが、アリィシャに当たるのはお門違いである。

 父はデレシアのことについては言いがかりだと断じてまったく対応しなかったので、クライムが謝罪と謝礼金を渡していたのだが、やはりそんなことでは人の心は収まるものでもないらしい。


「すみません、こちらの対応が悪かったばっかりに…。」


「まったくだと言いたいところですが…まあ、あなたが彼女の勘気を収めようと思ったら婚約を申し込むくらいしかないでしょう?さすがに僕もそんな酷なことはいいません。」


 眉を下げて謝罪するクライムに、ルミールは肩をすくめてみせる。

 その目はデレシアの様子を思い出したのか、少しうんざりとして見える。


「ルミール殿は彼女のような女性は苦手ですか?」


「あなたはお好みなんですか?」


「いえ…その、まあ、あまり。」


「あなたの兄上は趣味が悪いと思いますよ僕は。」


 女性に失礼なことを言いそうになって口ごもったクライムに、ルミールはスパッとデレシアとアクスを切り捨ててみせた。

 その切り口の鮮やかさを、少しまぶしく感じながらクライムは眉を上げる。


「ルミール殿ははっきり物をおっしゃいますね。」


「クライム殿はもう少し自己主張なさったほうがいいと思いますよ。」


 見上げるのが嫌になったのか、月夜の庭に視線を向けなおし、これまたはっきりとルミールが断じる。

 貴族社会においては負の感情というものはえてしてオブラートに包まれるものだ。

 しかし正の感情までオブラートに包んでいたのでは伝わる物も伝わらない。


「まあ…今後努力します。」


「ええ、頑張ってください。あなたなんて恵まれてるものですよ、僕なんて最初から男だと思われませんからね!」


「…振られたんですか?」


「はじまりすらしませんね!」


 若干自棄気味に言うルミールの頭をポンポンとなでると、じろりと睨まれてしまった。

 結局意地悪をしようと言いながら、慰められてしまったような気がする。

 彼はなんだかんだと言いながら、アリィシャと同じく優しい青年なのだろう。

 失恋の傷はしばらくは癒えないだろうが、彼の言う通り、次に機会があればもう少し、気持ちに正直に動こう。

 そんなことを考えながら手すりに肘をついたクライムの後ろで、夜会の最後のダンスが始まろうとしていた。

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