41 開華祭2
開華祭の会場は、拝華祭の時とは違う、王宮で普段使われる夜会用のホールである。
磨き上げられた大理石に、天井から光を放つ大きなシャンデリアの光が反射してとても美しい。
主催側のパートナーとして参加するために一足先にウルベルト殿下と会場入りした私は、まず国王夫妻にご挨拶をした。
緊張して挨拶をする私に、王妃殿下は優しく笑いかけてくださり、「今日はどちらの息子の横にも華が咲いていてわたくしとても嬉しいわ。」と微笑む。
それに鷹揚に頷く国王陛下の腕はしっかりと王妃様の腰にまわされており、我が国の国王ご夫妻は大変仲睦まじいという噂は本当のようである。
なるほど、これを見てウルベルト殿下はお育ちになったのね、と最初の一仕事を終えた安堵感の中でそんなことを考える。
会場に人が入れば、皆まずは王族の元へ挨拶へやってくる。
その人の波に、私は少し圧倒された。
拝華祭では王族の皆さまへのご挨拶は新人紳士淑女全員十把一絡げだったからこのように沢山の方とあいさつを交わすのは私には初めての体験だ。
横にいるウルベルト殿下に見劣りしないよう、姿勢を正し微笑みを浮かべて立つ。
ついつい逃げ腰になってしまいそうだが、ここで殿下に恥をかかせるわけにはいかない。
そんな私を、殿下はたまに視線を向けて気にかけてくださいながら、挨拶は進んでいった。
ウルベルト殿下と私が並ぶ横で、満開の笑顔の王太子殿下と、それは美しい微笑みを称えた親友も、同じように招待客に笑顔を振りまいている。
しかし開催前の親友の様子を知っていた私は、彼女の美しい笑顔の後ろに、冷ややかな冷気を感じてなんだか身震いしてしまいそうである。
今日のロザリンドのドレスは一見黒色に見えるが、シャンデリアの光を反射すると赤にも紫にも見える光沢のある生地を使い、その上にレースを重ね、金糸や宝石で飾られた、それは豪奢なものだった。
常人であればドレスに埋もれてしまいそうなところ、ロザリンドはそれをさらりと着こなしているように見えるのだからさすがである。
その横に立つ王太子は濃紺に色鮮やかな刺繍の入ったジュストコール姿で、秀麗で優雅な彼にはよく似合っている。しかしやはり今日のウルベルト殿下のほうが素敵だな、と私は内心で自分のパートナーに軍配をあげる。
そんな横の様子に気を取られていた私の腰を、ウルベルト殿下がそっと抱き寄せる。
招待客の挨拶が途切れたそのほんのわずかの間に、私に向けられた殿下の金色の瞳が、「他に気を取られるな」と言っているようで私は気を散らしてしまったことを恥じて少し顔を赤くした。
「やあ、殿下、本日は素晴らしい夜会になるとよろしいですね。そちらが噂の妖精姫ですか。フェリンドに舞い戻ってしまわれたのを殿下が連れ戻したとお聞きしました。夜会に一度きりしか姿を現さず、国中の男たちが一目みたいと思っておりました美しい華が王都に戻りましたことは喜ばしいですね!」
何人目なのかわからない方が、また挨拶にやってくる。
ここまで挨拶に来た方は皆、私を妖精姫と呼んでほめそやしてくれた。
個人的にすごく不吉な呼び名なのでやめて頂きたいのだが、もう浸透してしまっているようでどうにもならない。
私が馬上の羞恥プレイに耐えたかいあって、王都では随分とウルベルト殿下が私をフェリンドから連れ帰ったことが噂になっているようだ。
悲劇のヒロインを連れ帰った王子様というのはたしかに、少女小説にでも出てきそうなエピソードである。以前、そんな恋をしたいと夢見ていた私としては、ウルベルト殿下と私がそのように見られているのは少し恥ずかしいが、嬉しいものである。
「息災そうでなによりだな、テレミア伯爵。こちらは噂のアリィシャ=フェリンド嬢だ。そう言ってもらえると苦労して連れ戻したかいがあるというものだな。妖精はすぐに飛んでいってしまうので、なかなか骨の折れる仕事だった。」
「ははは、女性の心というのは戦よりも難しいものですかな!殿下のおかげで私も今宵は目の保養をさせていただきました!」
挨拶を返す殿下に、テレミア伯爵が愉快そうに笑う。
私は彼の名前と顔を一致させながら、必死に脳内の貴族名鑑をめくった。
「テレミア伯爵様、はじめましてアリィシャと申します。テレミア伯爵様とおっしゃいますと、ご子息様が貿易会社をなさっておいででしたわね。なんでも船を沢山お持ちだとか。わたくし国からでたことがありませんので憧れますわ。今はどちらに船をお出しなのかしら。」
「おや、妖精姫に名前を知っていただけているとは愚息の会社もなかなかのものですね。何、どこへ出しているかは秘密ですが、是非新しい商品を仕入れた時はご覧になってください。きっと殿下が買ってくださいますよ。」
「まあ、素敵。楽しみですわね殿下。」
だいたいこのような短い会話をして皆去っていく。
まだ終わりそうにない挨拶を待つ人々を眺めながら、いつになったらゴールが見えるのかしらと私が少し気が遠くなってきたところで、少し小太りの男が挨拶に上がってきた。
派手なワインレッドのジュストコールを着て、大変目立っている。
「殿下、本日はご招待たまわりありがとうございます。そちらが噂の姫君ですか…。病弱ときいておりましたが健康そうですね。しかしそんなに細くては殿下のお愉しみも少ないのでは?」
なにやらこちらをジロジロなめるように見回しながら、とげのある言葉を発する男に、私は笑顔の下で感嘆の声をあげる。
王族のエスコートする相手にこのようなことを言うとは、なかなかの度胸だなと感心したのである。
しかしそんな私の心中を知らず、殿下は一歩前に出て、私を彼から隠すように立った。
「ハゼット伯爵、今日はよく来てくれた。姫はどんな装いでも私の喜びだ。心配には及ばない。」
私もご挨拶をせねば…と殿下の後ろから出ようと私は体を左右にずらして奮闘したのだが、結局殿下の後ろから出してもらうことは叶わず、そのままハゼット伯爵はふん、と鼻をならして去って行ってしまった。
「殿下、もう少しわたくしを信用してくださいませ。」
「もちろんしている。しかしあなたが汚れるといけないからな。」
小声でウルベルト殿下の袖をひいて抗議をしたが、殿下はすました顔で聞き流した。
もう一言二言、文句を言いたかったのだが、すぐに次の客が挨拶に来たため、それは叶わなかった。
〇・〇・〇・〇・〇
終わりなんてないのではと思った招待客の挨拶が終わり、開華祭は王の開華の号令でもってスタートした。
私がよく頑張ったとジーンと戦果に浸っていたところ、私の前にすっと大きな手が差し伸べられた。
見上げれば、金色の瞳が優し気に微笑みながら私を見下ろしている。
殿下の赤い髪の毛がシャンデリアの光でより鮮やかに見え、私はほうっと息をはいた。
普段は奔放で、あまり王子様というイメージの無い殿下であるが、こうやってダンスを誘う仕草をすれば、洗練されたその動きは優雅で、まさしく物語の中の王子様のようだ。
まあ、彼は現実でも王子様ではあるのだが、イメージの問題である。
「疲れたか?」
「いえ、大丈夫ですわ。お相手よろしくおねがいしますね。」
うっとりと見とれてしまって腕を取るのを遅れた私を殿下が心配する。
わたしは少し固まってしまっていたのに気づき、そっとその腕に手をのせた。
精神的には疲れていたが、体力はまだまだ十二分にある。
殿下は私の手が彼の腕に乗ったのを確認すると嬉しそうに蜂蜜色の瞳を細め、私を連れてダンスホールの中央へ進み出た。私にとって、一年ぶりのダンスのお披露目である。
想えば拝華祭では三人の方としか踊れなかったので、まだ片手で足りる経験値だ。
それなのに今日のお相手は注目度最高であろう人とは我ながらなかなかの関門である。
だけれどシャンデリアの光の中で目の前に立つ、なんだかキラキラして見えるウルベルト殿下と踊れると思うと、私の胸はこの難関を前に待ちきれない気持ちで高揚した。
「皆みているな。」
殿下が少し意地悪い笑みで言いながら、私の腰に手を回しホールドする。
「さすが殿下は注目する方の数が違って身が締まる思いですわ。」
私は殿下の力強い腕のホールドに感心しながら姿勢を正し、肩をすくめて見せた。
その様子に、殿下はくすりと笑う。
「皆が見ているのは私では無く私の華だよ。そらっ」
曲が始まり、私の体がふわりと宙に浮く。
いや、浮いたような気がした。
実際はステップをいつも通りふんでいるのだが、殿下の大きなステップにあわせて、ふわりと世界がまわり、いつもよりも大きく景色が移り変わる。
それは馬上で見たあの流れるような光景に似ていた。
本来であれば振り回されてしまいそうなコンパスの差であるが、殿下の力強いホールドのおかげで、私の姿勢は乱れない。
彼の腕に支えられ、クルリとターンすれば、いつもより大きく世界がまわり、ドレスの裾が弧を描いてシャンデリアの光の中を舞った。
移り変わっていく光の渦に、私の心まで踊りだすようだった。
「素敵、飛んでいるようですわ殿下。」
「妖精は飛ぶものだからな。」
私の感嘆の声に、本気なのかわからない殿下の楽し気な声が返る。
教科書通りとは言わないが、まるで妖精時代に空をくるくると回りながら踊った時を思い出され、私はうっかり優美さとか型とかそういう決まりも忘れてダンスを楽しんでしまったのである。
そしてその後、うっかり三曲も殿下とダンスを踊ってしまったのである。
婚約者でもないのに。
~や、やってしまったわ…。
気づけば三曲目が終わりを告げ、私は上がった息を整えながら、ついつい楽しんでしまった自分に心中で膝を折った。
うきうきと楽しそうな殿下に腰を抱かれ、ダンスホールの中央から退場する。
さきほどまで挨拶やダンスにいっぱいいっぱいで気にも留めていなかった殿下の手が私の丸出しの背中に直に触れている感触に気づき、なんだか急に恥ずかしくなる。
彼が触れる場所が熱い。一歩進む度になんだかぞわぞわとしてくすぐったい。
今回の場合は殿下も共犯であるので彼に呆れられてはいないだろうが、他の招待客の方には笑われてしまったかもしれない。
そんな思いで回りを見渡せば、沢山の目がこちらに集まっているのがわかる。
皆こちらを見ながらなにやら話しているようだが、その内容までは聞き取れなかった。
王宮のお庭での一件もそうだったが、私はちょっと楽しくなると我を忘れてはしゃいでしまうところがどうにも抜けきらない。
そのおかげで銀枝の森で追われる羽目になったというのにあの頃から進化が無いのだ。
せっかくすまして淑女の仮面をかぶろうとしてもあっという間に取りこぼしてしまうのだから困ったものである。出先にあんな固く今日は頑張ると決意したのに…。
幸い殿下にご不興は買っていない様子なのでせめてここからでも取り返せるだろうか。
「殿下、申し訳ありません。わたくし少し楽しくて調子にのりましたわ。」
「楽しかったのならなによりだ。疲れてないか?何か飲み物でももらおう。」
一応謝罪してみたが、やはり殿下は気にしていなかったようで給仕からグラスを受け取り私に差し出す。
彼がグラスを手にしたことで、腰を抱いていた手が離れたことに、私はほっと息を吐きながらそれを受け取った。
お酒かな?と思ったがそれはリンゴのジュースだった。
「殿下、わたくしもう16歳ですの。」
「酒は駄目だ。あぶないからな。」
暗に別にお酒を我慢しなくてもいいですよ、と言ったつもりだったが、殿下には首を振られてしまった。
私がよっぱらって醜態を晒すと思われたのかもしれない。
フェリンド家ははかなげな見た目と違って、皆ザルなので、私も大丈夫なのでは無いかと思ったが、まだお酒を飲めるようになったばかりであり、自分の限界に挑戦したことは無かった。
ここで無理をしてこれ以上なにかやらかしても困るので、大人しく殿下のいうことを聞くことにする。
正直なところ、私はお酒よりも甘いジュースのほうが好みなのでむしろ都合がよい。
それにしても拝華祭ではダンスが終わったとたんに紳士の皆さまに取り囲まれてしまったのだが、今日はそういった様子はない。
私の魅力が足りないからだろうか、というボケたことを言うつもりはない。
たぶん、ウルベルト殿下が未だに私の横を離れないからだろう。
拝華祭では一曲目のダンスが終わると同時に放り出された身としてはなかなかに新鮮な体験である。
ちらりと殿下を見上げれば、金色の優しい瞳が見返してくる。
やっぱり素敵なその軍服姿に、私はドキドキしながら視線を下げた。
こうやって、好きな人が横に居てくれるのは幸せなものなのだな、と思いながら。
私がリンゴジュースに口をつけている間にも、殿下の元に、さまざまな人が声をかけにやってくる。
やはり王族なだけあって、彼と話をしたい人は多いようだ。
少し寂しいが、私にばかりかまっているわけにもいかないだろう。
お邪魔かと思ってロザリンドでも探そうかと思ったが、動こうとしたところで殿下の腕が私の腰を捕まえて私をその場に留めた。
私がヘマをしないためにも、できれば腰を抱くのでは無く腕を組む控え目な接触でお願いしたいなと思いつつ、これは彼のパートナーとして、会話に参加せよということかと、頭上で飛び交う政治的なお話に耳を傾けかけたところ、殿下に話しかけていた男性の連れの女性が声をかけてきた。
「アリィシャ様、先ほどご挨拶させていただきましたけれど、わたくしエレノア=ミレンと申しますの。アリィシャ様のお噂はかねがねお伺いしておりますわ。一年前に元グレイン子爵に乱暴されそうになった折りにウルベルト殿下に助けられたというのは本当ですの?わたくしあの事件には本当に心を痛めましたのよ。」
こげ茶の髪の毛を結い上げて、可愛らしい青いドレスの少女が、興味深々といった様子で私の答えを待っている。
やはりご令嬢とはいえ、恋話は女性の大好物のようである。
私も男性陣の話よりは幾分彼女たちと話すほうが気が楽である。
ありがたく思いながら私は控え目に笑って、相槌を打った。
「御機嫌よう、エレノア様。こんな美しい方に私の名前を憶えていただいているなんて光栄です。ええ、一年前、危ないところを殿下に助けていただきましたの。とても恐ろしい思いをいたしましたので、本当に頼もしかったですわ。」
「まあ!素敵ですわね。わたくし、見ていた方からきいたのですけれど、その時に殿下に星鈴草のピアスを賜ったとお聞きしましたわ…!それでもフェリンドにお帰りになるなんて、どれほどのご傷心だったのでしょう。お痛ましいですわ。」
私の返事に、ご令嬢がさらにぐいっと前に乗り出してくる。
星鈴草のピアスはルミールお兄様から頂いたものなのだが、どう返したもんか私は少し考えた。
「ええ、あの時は…殿下がわたくしを横に置いてくださるなんて思いもよりませんでしたから…。迎えに来てくださって本当に驚きましたわ。」
思案の末、ピアスのことにはふれずに真実だけを語って目を伏せ、話を濁す。
ここで「いえ、あれはお兄様から頂きました」と言っても乙女の夢を壊すだけであろう。
案の定、エレノア嬢は私の話にほう、と夢見る瞳で息を吐いた。
丁度その時、殿下と連れの男性の話も終わったようで、またお話きかせてくださいね、と礼をして去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、いろんな噂になっているのだなあと私は息を吐いた。
殿下の手前もあるかもしれないが今日声をかけてきた方はほとんどが皆好意的だったので、レディが私の評判にケチがつかないようにといろいろ手を回してくれたのだろうと思うと感謝の念に耐えない。
そうやってウルベルト殿下の横で会話を聞きながら、時に相槌を打ちつつ過ごしていると、開華祭はすぎていき、そろそろ終盤、というところまで差し掛かった。
これは無事に最後まで務められそうね、と私が内心で安堵の息をついていたところ、殿下の元へ、近衛の隊服をきた男性が近づいてきて、何事か耳打ちする。
殿下は方眉を上げそれを聞くと、困ったように私を見下ろしてきた。
「お仕事ですか、殿下。」
「いや、たいしたことでは無いのだが…少し席をはずさないといけなさそうだ。アリィシャ嬢、待っていてくれるだろうか。」
ちら、と遠巻きにする人々を見ながら、殿下は不本意そうに私の腰に回した手に力を込めた。
「ええ、大丈夫ですわ。お待ちしておりますのでどうぞ行ってきてくださいませ。」
私がうなずくと、私の腰にまわっていた殿下の手が名残惜しそうに離れていく。
夜会の間中ずっとそこにあった体温が消えて、少し心細く感じたが、殿下に心配をかけないよう、私は笑顔で彼を見送った。
殿下が人込みに消えるのを見届けてから、それでは壁の花にでもなるか、と私が振り返ったその先には多くの人が集まっていた。
思わず一歩後退する私に、手が差し伸べられる。
「アリィシャ嬢、よろしければ私とダンスをいかがですか?」
「ぜひ、私と一曲お付き合いくださいませんか?」
「アリィシャ様、もしよければお話をお聞きしたいですわ。」
殿下が居なくなったとたんにわいわいとやってきた彼等に、殿下の力はすごかったのだな、と感心してしまう。
しかしここはダンスを踊るべきだろうか?
いろいろな方とダンスを踊るのは夜会での仕事のようなものなので、怒られはしないだろう。
そう考えて視線をさまよわせた先に、背の高い金髪の頭が見えて、私はその人の名前を呼んだ。
「クライム!」
「アリィシャ嬢、ご挨拶ぶりですね。殿下があなたを側から離さないので、今日はこのまま竜が抱えた宝石を盗めないのでは無いかと思っていたところですよ。」
答えた彼に、人々が道をあける。
皆がざわめくのは、フェリンド家とグレイン家の確執を思ってのことだろう。
そんなまわりのことは気にした様子もなく、彼はいつも通りの美しい姿勢でこちらへ歩みより、ダンスに誘う姿勢を取る。
「ご一曲いかがですか?」
「うふふ、おねがいしますわ。」
ここでクライムと踊れば、フェリンドとグレインが和解したのだと皆が理解してくれるだろう。
兄のしたことで謂れ無い陰口もあるだろうクライムに、マルイモの恩返しをすることができるはずだ!
皆が固唾をのんで注目する中、私とクライムがダンスホールの中央へ歩み出る。
なんだかさきほど殿下と踊った時より注目されているような気がする。
「またあなたと踊れるなんて夢のようですね。一年前には考えられなかったことです。」
「まあ、そうかしら?クライムはいつでもよくしてくださったもの。一年前だって私はお受けしましたわ。」
本当にうれしそうにほほ笑むクライムに、私は笑って答える。
すると彼は顔を赤くして、たいしたことはしていません、と目を伏せた。
曲が始まり、クライムが一年前と同じ、きれいな型でリードをしてくれる。
本当に乱れの無い動きはさすがとしか言いようがない。
「そういえばクライム、ロザリンドとの婚約を断ったんですって?」
思い出して聞いたわたしの質問に、クライムは驚いたような表情で伏せていた目を上げた。
「だ、だれからきいたんです?」
「もちろんロザリンド本人よ。即答で断られたって怒っていたから、なんて断ったのかしらと思って。」
手紙では教えてくれなかったでしょう、と視線で問うと、彼は私を腕の中で回しながらため息をついた。
「別に面白いことはありませんよ。誰がきいても不可能な話でしたからね。ロザリンド嬢も本気では無かったはずです。…彼女は私には荷が重いです。」
「あら、ふふふ。良い意味で重いのだと思っておくわ。彼女は私の自慢の親友だもの。」
本当に弱った顔をしたクライムがおかしくて、私はつい笑ってしまった。
次期侯爵にまでこんなことを言われるとは、さすがロザリンドだなと思っておく。
そういえば彼女はあの後どうしたのだろうか。
ダンスに夢中になっている間に見失ってしまった。
後で戦果報告をきこう、とターンをしたところで、曲が終わる。
「クライム、どうもありがとう。素敵なダンスだったわ。」
「いえ、私も竜の懐中の宝石を盗み出した武勇伝を語れそうです。」
私がダンスの終わりの挨拶をすると、クライムも灰色の目を細めて頷いた。
そして少し考える仕草をした後、こちらを見つめてくる。
「あの、少し涼みに出ませんか?今日はずっと話をしてらっしゃって、お疲れでしょう。先日の話の続きをできれば聞いていただけたら。」
「あら、そうですわね…。」
私はダンスホールの端で、こちらを注目する男性陣のほうへ目を向ける。
このまま彼等と踊っていても良いのだが、たしかに少し疲れていた。
「テラスでしたらかまいませんわ。私も外の空気が吸いたいと思っておりました。」
あまり人が居ないところだとなんやかんや言われそうだが、大きな窓のむこうのテラスであれば会場からもよく見えるし、他にも数人、人がいる。男女二人で逢引しているようにも見えないだろうと考え私は頷く。
するとクライムはほっとした表情をして腕を差し出してきた。
私はその腕を取り、ダンスのお誘いを断りながらテラスまで移動したのである。
なんだかあまりに退屈な話になっていたので大幅に改稿しました*6/29




