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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
38/54

37 王都へ

 私は小刻みに揺れる視界に映る、四角く切り取られた懐かしい景色にほう、と息を吐いた。


 一年前、ラフィルお兄様と二人で下った道を上り、馬車は王都を目指している。

 二人だけだったあの日とは違い、今日は馬車には両親とラフィルお兄様が乗っており、フェリンド家で一番大きな馬車は満員御礼だ。

 ルミールお兄様は殿下に「行軍の訓練にいいだろう」と言われて外で殿下や近衛とウェジントン子爵と共に馬上での移動である。


 結局殿下はあれから4日程滞在し、王都へ戻ることになった。

 お忙しそうで星鈴の森へ行った日以外は半日ほどの時間を作ってちょくちょく顔を見せる程度ではあったが、私の様子を見に来てはじっと見つめられ、私はなんだか落ち着かない日々を過ごした。


 最終日、見送りに来たロザリンドに、生暖かい目で「よろしかったですわね、足元が目前まで来てくださって。」と言われてしまったが、第二王子殿下はまったくもって足元では無いと彼女にはわかっていただきたい。

 王太子殿下を袖にしそうな勢いの彼女にとってはそうなのかもしれないが、私にとっては頭上の太陽のようなものである。誰が太陽が降ってくると思うだろうか。

 親友の生暖かい眼差しを思い出し、ため息をついているとお母様が気遣わしげにこちらを見てきた。


「アリィシャ、大丈夫?もうすぐ王都だけれど、辛かったらいうのよ。」


 優しい母からしたら、辛い思い出が多い王都に娘を連れ戻すのは心配なのだろう。

 母の表情を曇らせてしまったことを反省しつつ、笑顔で返す。


「いいえ、大丈夫よ。王都へ戻るのは楽しみなくらいなの。でもフェリンドにも楽しい思い出は多いでしょう?秋のマルイモの収穫にまた帰れるかしらって思っていたのよ。」


「まあ、本当にアリィシャは畑が好きね…。」


 私の笑顔に萌黄色の瞳を細めて、お母様が苦笑する。

 少し呆れられてしまったが、心配をかけるよりはずっといいだろう。

 私はまた王都までの景色を眺めるべく、馬車の窓へ目を移した。


 しかしそこには外の景色ではなく、馬の横腹と、大きな男性の拳。

 おや?と思っている間に、その拳がコンコン、と窓をたたいた。

 お父様が不思議そうな顔で窓をあけると、殿下が顔を見せる。


「失礼。アリィシャ嬢、天気が良いし、よければ馬上に来ないか。ミレットがきれいに咲いている。」


 殿下の申し出に、私はぱちくりと目を瞬かせた。

 王都まではあと2時間もかからないだろう。

 とはいえ、殿下の馬にのせられて移動するというのは、わりと目立って恥ずかしい気がする。王都につくまで、私の心臓がもつのかが心配だ。

 しかしこの小さな窓ではなく、視界いっぱいに広がる景色を見ながら移動というのは魅力的である。

 ミレットとは桜に似た白い花をたくさんつける木で、桜よりもずいぶん早くその花を咲かせる。

 フェリンドではあまり見かけないが、王都ではこの花を見るため、春先にお花見をする人も少なくないらしい。


「ルミールお兄様の馬なら乗りたいですわ。」


「はは、ルミールでは役不足だな。私の馬上が侯爵夫人のご注文だ。」


 羞恥とミレットの花を天秤の上で揺らし、最終的に私が提示したギリギリの妥協点を、殿下は爽やかに笑って却下した。

 むう、と膨れる私だったが、レディからの注文という言葉は聞き逃がせない。

 つまり目立って王都へ戻れというのが彼女からの指令なのか。


「わかりましたわ。では、よろしくお願いいたします。」


 観念して私がうなずくと、殿下は「約得だな」と破顔し、御者に声をかけ、馬車を止めて私をおろしてくれた。

 そのままなれた様子で私を馬上にあげて、いつものように抱え込むように乗り込んでくる。


 まだ王都の外とは言え、王都近郊のこのあたりはまばらに道に人通りがある。

 彼らの中には、ウルベルト殿下の赤い髪の毛が何を意味しているのか知っている者も少なくないだろう。

 フェリンドは田舎で人目も少なかったし、居てもほとんど身内のようなものだったから気にならなかったが、殿下にくっついて馬に乗っているのを見られるのがやはりとても気恥ずかしい。

 私は視線を落とし、なるべく殿下から体を遠ざけようともじもじと馬の首のほうへ体をそらした。

 しかしそんな努力虚しく、あっという間に殿下の手で彼の懐に連れ戻されてしまう。


「離れていると危ないぞ。しっかりつかまっていろ。」


 そう言って笑う殿下の顔は今日の春風のように爽やかで、なんだか意識してしまっていた自分が少しいたたまれなくなった私は小さくはい、と返事して視線を再び下げた。

 そこには、殿下の腰の帯剣と、一年前に贈った竜目石の飾り紐が馬の揺れに合わせてチャリンチャリンと音をたてている。

 使ってくれているんだな…とぼんやり石が揺れる様子を眺めていたら、頭上から楽しそうな声がふってきた。


「アリィシャ嬢!クラム川が見えてきたぞ。ほら、今日は丁度花が満開だ。」


 その声につられ、私は顔を上げた。

 殿下のたくましい腕が指す方角に、真っ白に並ぶ、二本の筋が見える。

 よく目を凝らしてみると、それは小川の両サイドを埋める、ミレットの木の行列だった。


「うわぁ…」


 遠くからでもわかる白い花の美しさに、私は気恥ずかしさも忘れて目を輝かせた。


「殿下、今日はあの近くを通るのですか?」


 わくわくとしながら見上げて問えば、殿下はその顔にいたずらを思いついた少年のような笑顔をにじませた。

 常の精悍な顔とは違うその表情に、私はわずかに目を瞠る。


「もちろんだ。よし、つかまっていろ。」


 そう言って、殿下は馬を走らせた。

 とたんに激しくなった揺れに、私は殿下の胸にしがみつく。私を落とすまいと回された殿下の腕が温かく、頬を擦り抜ける風が気持ちいい。

 後ろから近衛とルミールお兄様の呆れたような呼声が遠のいていく。

 景色が流れるように過ぎていき、生まれてはじめての煌めく光景に私は息をのんだ。

 近くの道や人、草むらや木が残像を残してすぎさっていき、その後ろで遥かに霞む青い山脈が、ゆっくりと横へすべっていく。


 ずっとこうしていたい、と思った時間はあっという間で、馬は間もなく遠くに霞んでいた小川の横に到着し足を止めた。

 流れる景色が止まったことが残念に思え、知らず詰めていた息を吐き出して視線を上げれば、そこには真っ白な花が頭上を埋める幻想的な光景が広がっていた。

 優しく吹く春風にチラチラと花びらが舞って、落ちた花びらが小川を白く染めている。

 春の風に運ばれてうっすらと甘くかおる花の香が、私の鼻腔をくすぐった。


「きれい…。ここだけ甘い雪が降っているようですね。」


 うっとりとそう言って落ちる花びらに手を伸ばす。

 しかし小さく薄い花びらは、私が伸ばした手が起こした風にふかれて、ふわり、と私の手をすりぬけていってしまった。


「風が強い日があったり、雨が降るとこうは行かないんだが…。今年はよく咲いているな。」


 頭上で響く殿下の声も満足そうだ。

 しかし落ち着いた低い響きに私が見上げると、殿下は花では無く私を見ていた。

 蜂蜜色の瞳が優しげに細められ、私はさきほどの気恥ずかしさを思い出し、つい逃げ腰になる。

 しかしがっちりと回された殿下の腕が、離れることを許してくれなかった。

 言葉だけでは無く、その瞳でもまっすぐに好きだと伝えられているように思えて、嬉しいやら恥ずかしいやらで逆に私は殿下の目をまっすぐ見れなくなってしまう。

 私がせめて視線だけでもと花に目を戻した時、後ろから複数の馬が走ってくる音が聞こえてきた。


「殿下、いきなり一人で突出なさらないで下さい。危ないでしょう。」


 そう言って呆れた様子でやってきたのは、殿下の護衛の近衛の二人である。

 どうやらルミールお兄様とウェジントン子爵はそのままフェリンド家の馬車を護衛してくるらしい。

 次期侯爵に護衛してもらう伯爵家の馬車というのも不思議な響きだ。


「ははは、二人乗りの馬に追いつけないほうが悪いだろう。」


 上機嫌で言って笑う殿下に、近衛の二人は顔を見合わせ、ふーと深くため息をついた。

 どうも苦労していらっしゃるらしい。


 私達はそのままお花見をしながらフェリンド家の馬車を待ち、合流して小川沿いに王都を目指した。

 道中ずっと花見をすることができた私は、その素晴らしい景色に二時間弱の道中を満喫したのである。


 〇・〇・〇・〇・〇


「あら、あれ…。」

 ようやく王都の入口に差し掛かったところで、私は懐かしい人を見つけて声をあげた。

 入口の横に、馬車を止めて外でこちらを見ている金髪の男性。

 それは一年前、私を見送ってくれた友人だった。


「クライム!」


 なつかしさに嬉しくなって手を振ると、彼もこちらに気づいていたのか、手を振り返してくれる。

 私がよく彼の顔を見ようと乗り出したところで、またも殿下の腕がそれを阻んだ。


「殿下、お友達がいるようですの。おろしていただけませんか?」


 私が振り返ってそう頼むと、殿下は精悍な眉をひそめ、難しい顔で見返してくる。


「友人?私の見間違いでなければあれはグレイン家の次男では無いか?」


「ええ、グレイン家とは不幸なことがありましたが、もう和解しておりますし、彼とは親しくさせていただいているのです。だから殿下がご心配なさるようなことはありませんわ。」


 婚約破棄の件で心配してくれているのだろう殿下を安心させようと言った私の言葉に、殿下はしかし更に眉間の皺を深くした。

 金色に光る瞳には、なんだか冷たいものまでまじっているような気さえして、私を抱え込む力が、心なしか強くなる。


 その間に、クライムが馬の元までやってきた。

 相変わらず長身の、姿勢の良い彼は、なんだかこの一年でぐっと大人びたような気がする。


「殿下、無事のお帰りお喜び申し上げます。もし許されるのでしたら、私の友人に挨拶をさせていただけませんか?」


 落ち着いた柔らかい微笑を灰色の瞳にのせて、美しい礼をした青年に、私は感嘆の息を漏らす。

 本当に彼の所作は美しい。私も見習いたいところである。


「挨拶ならそこからでもできると思うが。」


「その通りですが、久しぶりなもので、少し言葉を交わしたいと思うのですが…。」


 短く切り捨てる殿下に、クライムは笑顔を崩さずお伺いをたてた。

 しかしなんだか、柔らかいはずのクライムの笑顔にも冷たいものを感じて私はぶるりと震える。


「殿下、お願いです。わたくしも友人と久しぶりにお話したいですわ。そんなにお待たせしませんから…。」


 ここは早めにカタをつけたい、と私は久しぶりにレディ直伝上目づかいでお願いを発動した。

 そんな私を、不本意そうながらも、冷たさを隠した金色の瞳が見下ろしてくる。


「友人…」


 そうつぶやいた殿下が、ふう、と息を吐きだして頷いた。


「わかった。関所でフェリンド家の入都手続きもあるだろう。それが終わるまでは待とう。」


 殿下はそう言ってひらりと馬から降りると、私を抱えてそっと下ろしてくれた。


「ありがとうございます!」


 笑顔でお礼を言い、走りだそうとした私の腰を殿下の腕が未だに捕まえていたために、私は前に出ようとした自分の力に腹を押されてぐっと息がつまる。


「あの、殿下…。」


 はなしてください、と目で訴えると、殿下は苦虫をかみつぶしたような顔でようやく私を解放してくれた。

 よほど不本意なのだろうその顔に、そんなに心配してくれずともクライムは友人なのだから大丈夫なのに…と思ったが、王族をお待たせするというのはたしかに無礼なのだろうと思い至る。

 ここはあまり長話はしないようにしよう、と心中で頷き、私はクライムに向き直った。


「クライム!久しぶりね!」


 そう言って小走りに駆けよれば、彼は腕を広げて体を軽く寄せる親愛の抱擁をしてくれた。


「本当にお久しぶりですね、アリィシャ嬢。手紙では近況を伺っていましたが、またあなたの顔を見ることができて、私は幸せです。」


「ずっとここで待っていてくださったの?」


「いえ、殿下があなたを馬に乗せて王都に入るというのは伝令から聞きましたので。さほど待っていません。すれ違いにならなくてよかったです。」


 質問に首をふるクライムに、私はなるほどとうなずく。

 殿下はとにかく目立つ方だから、そんな人が馬車も使わず街道を馬に乗ってきたら、そりゃあすぐに伝令が飛ぶだろう。

 クライムは今王宮で働いているときいていたので、すぐにその情報は彼の耳に入ったに違いない。


「今は王太子殿下の元で仕事なさっているのだものね。一年見ない間にすっかり立派になっていらっしゃって驚いたわ。」


 一年であか抜けた彼をまぶしく思いながら見上げれば、彼は少し照れ臭そうに頬を赤く染めた。


「そんなことはありません。私こそ、あなたが一年でさらに美しくなっているので、まぶしく思いました。」


「そう?手紙にも書いたけど私、五回もお見合いを断られたのよ。ここ一年フェリンドに引っ込んでいたせいで、田舎臭くなったんじゃないかと心配しているんだけど。」


「とんでもない!それは男たちに見る目が無かっただけでしょう。あなたは一年前より更に輝きを増していますよ。」


 強い語調で私の言葉を否定して、にっこり笑うクライムに、私はちょっと照れてしまう。

 さすがに五回連続は偶然見る目の無い男にあたったというには無理があるように思うのだけど、彼は友人を不安にさせまいとお世辞を言ってくれているのかもしれない。

 その心遣いがなんともくすぐったい。


「ところで…アリィシャ嬢が次参加なさる夜会はやはり開華祭ですか?」


 お世辞にどう返そうかと考えていた私が何も言わないでいると、瞳をさまよわせ、少し逡巡したクライムが不安げにそう聞いてきた。

 やはりああ言ったものの、私の今の様子だと王家主催の夜会に出るというのは心配なものなのだろうか。

 開華祭は社交シーズンの一番はじめに、シーズンを開始する合図変わりに王家主催で開かれる夜会で、拝華祭の一週間前に行われる。

 だいたい伯爵家以上の家はすべて呼ばれるので、フェリンド家にも招待状は届いていた。


「ええ。そうなの。二回目の夜会がまた王家主催の夜会というのも、私には不釣り合いかもしれないけれど…。」


「そんなことは無いですよ。むしろ誰より輝くに違いありません…。…それで、エスコートの方はどなたかもう決まっていらっしゃるんですか?」


「え?ええ。ウェジントン子爵様が今回は夜会に出られそうでね。ロザリンドにお兄様を取られることもなさそうなので、ラフィルお兄様にお願いしますの。ふふ、ルミールお兄様じゃ姉妹にしかみえませんものね。」


 つい卑屈になってしまった私にすかさずフォローを入れてくれる友人をありがたく思いつつ、夜会服でルミールお兄様と並ぶ様子を思い浮かべて私は思わず笑ってしまった。

 しかしそんな私とは対照的に、返答を聞いたクライムは目を伏せてしまう。


「クライム?」


 やはり笑ってる場合では無かっただろうか。

 不安に思って彼の顔をのぞき込むと、灰色の瞳が私を見上げ、何か言いたげに見つめてきた。

 首をかしげてその言葉を待ったが、彼はふう、とため息をついて少し寂し気な笑顔をつくる。


「本当は私がエスコートに立候補したいのですが…兄とのこともありますから、しばらくは難しいでしょうね。」


 二回目の参加でおぼつかない私をサポートしてくれようと思っていたのだろう友人の言葉に、私は胸があつくなる。

 思えば拝華祭でも、彼は私を助けてくれた。


「ありがとうクライム。私へまをしないように頑張るわ。もう少しまわりが落ち着いたら、是非エスコートしてちょうだいね。」


 心配してくれる友人を不安に思わせないよう、私は胸をはり笑顔で答える。

 レディに自信を持てといわれたのに、お見合い五連敗のダメージについ卑屈なことを言って友人に気を使わせてしまった。

 ここは安心していただけるよう、シャンとしなくては。


 そんな私に、クライムはすこし困ったように笑うと、顔をこちらへそっと寄せてきた。


「あの、アリィシャ嬢。もし…」

「時間だ。そろそろ行くぞ。」


 彼が何か言いかけた時、後ろから殿下の苛立たし気な声が聞こえてきた。

 すっかり話し込んでしまったことに気づき、私はそちらを振り返る。

 そこには案の定不機嫌そうな殿下がイライラと腕を組んでこちらを睨んでいた。その後ろでは、近衛のお兄さんたちがハラハラとした様子でこちらを伺っている。


「いけない、私もういかなくちゃ。クライム、今日はありがとう。また次に続きをお話しましょう。」


 慌てて手を振る私に、クライムも困った顔のまま頷き、手を振り返してくれた。

 それを確認してから私は小走りで殿下の元へ戻る。

 殿下もこちらに大股で歩を進め、離れていた距離の中間あたりで私を抱き上げる。

 そしてそのままさっさと踵を返し、私を馬へ乗せた。


 その間終始不機嫌そうな顔の殿下に、これはクライムにも迷惑をかけてしまうかもしれないと私は冷や汗をかいたが、表情とは裏腹に、抱き上げ、馬に乗せる殿下の動作は私を傷つけないようにか、ひどく優しい。

 この人は怒っていても紳士なのだなとなんだか妙に感心する。

 しかし馬に乗ってきた殿下が、私をいつも以上にきつく抱きかかえるので、私はつぶれそうになり「ぐえっ」と淑女らしからぬ悲鳴をあげてしまった。


「で、殿下…。おまたせしてもおしわけありません…。くるしいです…。」


 先ほど内心で思ったことを撤回しつつ、謝罪して涙目で抗議すると、少しだけ力が緩められる。

 しかしまだその力は強い。

 窒息するほどではなさそうだったので、殿下をお待たせした罰として甘んじて受けようと、私は彼の胸に頭をあずける。

 頬から伝わる温かい体温が彼の腕の戒めを和らげてくれるような気がして、私はふう、と小さくため息をついた。

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