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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
34/54

33 肖像画

 部屋まで付き添ってくれたラフィルお兄様は何があったのか深くは聞いてこなかったが、「あまり無茶はしてくれるなよ」と私の頭をぽんぽんとなでてから、自室へ帰っていってしまった。

 私はジェニーに手伝ってもらって着替えをし、少し休憩して心の安定を図ってから、階下へ降りる。


 さすがにこのままウルベルト殿下を放っておくわけにもいかない。

 せっかく私のために来てくださったのだから、ちゃんとお相手するのが令嬢としての仕事であろう。


 私が応接室に入ると、殿下はにっこりと笑顔をこちらに向けてくる。

 もうそれだけで心臓が助走をはじめて、私は顔が赤くなるのを冷ますように、そっと息を吸い込んだ。

 両親に促され、母の横に座る私に、殿下の少し不満げな視線が向けられたが、務めて気づかないふりをする。

 おかしくないはず。お客様相手に隣に座るご令嬢とかいないはず。


「…それで、殿下は何時までこちらにいらっしゃるんですか?」


 私が腰を下ろしたのを確認してから、お父様が、話していたらしい会話の続きを再開する。

 殿下はお父様でなく私を視線で追いながらも、その言葉に返事した。


「そうだな、仕事がどうなるかにもよるが、ご子息の休暇が終わるまでには帰ることになるだろう。それで、その時に一緒にアリィシャ嬢も連れて帰りたいのだがどうだろうか。」


 着席して早々の爆弾発言に、私は目を見開いて殿下を見返す。

 視線があうと、殿下はにっこりと優し気な笑みを返してくれたがそれどころではない。

 お父様とお母様も驚いたようで、一瞬部屋に沈黙が降りた。


「で、ですが、元々ルミールの休暇が終わったら家族で王都へ上がる予定でしたので、何も殿下の手を煩わせることは…。」


 お父様がなんとか立ち直り、殿下に果敢にも否を唱える。


「それに関しては伯の考えは最もなのだが、ウェジントン侯爵夫人に時間ができたら妖精姫を連れ戻してほしいと言われていてな。」

「レディに?」


 尊敬する女性の名前が出て、私は思わず声をあげる。

 それに殿下は甘い笑顔のままゆっくりと頷いた。


「ああ、本当はもっと早くこちらへ来たかったのだが、どうしても手があかずこんなにギリギリになってしまった。もちろん、アリィシャ嬢が良い、と言ってくれればという条件付きなので安心してほしい。」


 言われて私は思案する。

 レディからの申し出ということであれば、きっと何かしらの考えがあってのことなのだろう。

 そういうことであれば、この話はお受けするのが良いのではと思われた。

 しかし殿下と二人で四日間は少し荷が勝ちすぎる。


「あの、道中は殿下と二人だけなのでしょうか…?」


 おずおずと言う私に、殿下は眉を上げた。


「ははは、だったら嬉しいのだがな。残念ながら私も一人で行動すると何かとうるさい奴がいるのでな。道中は連れてきた近衛とウェジントン子爵が供をする。もちろん侍女をつけて構わない。ルミールは……まあ休暇中にひっぱっていくのもかわいそうだろうな。」


 本気なのか冗談なのかわからないが、二人っきりでは無いのが残念だ、という表情の殿下の言葉に、私は逆にそうでなくて本当によかった、と安堵する。


「まあ、そういうことでしたらわたくしたちもご一緒いたしますわ。どうせ息子の休暇が終わるのと供に王都へ上がろうと思っていたのです。少し早めることくらいはどうということはありませんわ。」


 お母様がそう言い、お父様に同意を求めるように視線を向けると、お父様も、大きくうなずく。

 ルミールお兄様はせっかくの休暇にフェリンドでの滞在が短くなってしまうのが申し訳ないが、その分王都で休めばいいだろう。

 私は心中でお兄様に謝罪しつつも、自分の心の安定を優先した。


「そうか。それでは手数をかけるがそれでお願いしよう。それで、私はしばらくこちらに滞在するが、仕事の手が空いた時にアリィシャ嬢と供に過ごしてもかまわないだろうか。」


「ええ、それは娘が良いというのでしたら勿論かまいませんが…。」


 満足そうに頷く殿下に、お父様はちらり、と私のほうを見る。

 この質問に関しては、個人的には私の心臓を慮ってくださいとお願いしたいが、そんなわけにはいかない。

 どちらにせよ、殿下が私のことをよく知った上で求婚してくれるのであれば、私の幸せ計画上、これ以上のことは無いのだ。

 夢見ていた田舎での農村ライフに未練はあるが、殿下が私に幻滅して話が無かったことになる可能性も十分にある。…お見合いでも、数日後に不合格通知がきていたし…。あ、なんか考えたら悲しくなってきたのでやめよう。

 とにかく、まずは殿下に自分をよく知ってもらおうと私は先ほど部屋で覚悟を決めていた。


「わたくしに異論はありませんわ。お忙しい殿下のお時間をいただけるのは光栄なことですもの。」


 そう言って私が今持てる力を総動員して微笑むと、殿下は一瞬目を見開いた後、あの甘い蕩けるような笑顔を顔一杯に浮かべる。

 そしておもむろに立ち上がって私を抱き上げた。


「で、殿下!?」

「では早速、この城を案内してくれないか。あなたが育った城が見たい。」


 慌てて声を上げる私に構わず、殿下が私を彼の顔近くまで持ち上げて、目前に甘すぎる笑顔が迫ってくる。

 その破壊力にたじろぎながらも、私は手で彼の胸を押した。


「ご案内するのは構いませんがどうぞ下ろしてくださいませ。わたくし自分の足で歩けます。おろしてくださらないなら行きません!」


 ここから先はかぶってた猫を脱ぎ捨てて、無礼も覚悟で自分を知ってもらおうと決めていた私は、曲げられない主張を持って決死の覚悟で否を叫び、きっと睨み上げる。


 殿下はそんな私の顔を目を瞠ってまじまじと見入った。


「驚いたな、怒っていても好ましいというのは。」

「殿下!」


 色ぼけたことを言う殿下に私がもう一度声を上げ、彼はようやく笑いながら私を下ろしてくれた。

 どうしよう、この分だと私、婚約やっぱりやめますって言われた暁には不敬罪で罰せられるかもしれない。


 足の下の地面の感触を確かめながら、私がふう、と息をつくと、殿下が私に腕を差し出してきた。

 どうやらエスコートしてくださるらしい。

 ようやく紳士的に接してくださる気になったのかと安堵しつつ、私はその腕に手をそっと置いた。


「ではお願いしよう。フェリンド伯、奥方どの、本日はどうもありがとう。アリィシャ嬢を少しお借りするぞ。」


 殿下が上機嫌でそういうと、彼が立ち上がっていたにもかかわらずあまりのことにポカンと座ったまま私達を見上げていた両親は、あわてて立ち上がって私達を見送ってくれた。

 

 両親の視線を背に、殿下にエスコートしてもらい玄関ホールに戻ってから、私はあたりをぐるりと見渡し、少し考える。

 セイルーム城にいらっしゃるお客様は大抵顔見知りなので、城内をご案内するのは初めての経験だ。


「そうですわね、とりあえず近い場所からご案内しますわ。」


 そう言って私は、食堂から大広間、音楽室、貴賓室、図書室…と順々に屋敷の中を案内した。

 すでに時刻は夕刻に差し掛かっており、まだ日没が早い春の空はすでに茜色になっている。

 少し薄暗い廊下を殿下と二人で歩くのはドキドキしたが、殿下は意外にも興味深々と言った様子で私が案内する城を見て回ってくれた。

 本当に城が見たいと思っていたようだ。二人っきりになるための口実なのではと疑ってしまったことを、私は心中で謝罪する。


「大きくは無いが品がある城だな。ここであなたが育ったというのはなるほど説得感がある。」


 そう言って天井を見上げる殿下に、私は首を傾げた。


「わたくしにとっては大切な場所ではありますが、殿下はいつも王宮にいらっしゃいますから、どこも見劣りするのではありませんか?」


 私の質問にこちらへ視線を戻し、殿下はふむ、と言った様子で手を顎にあてる。


「そうだな、たしかに王宮に比べると随分せまいが、王宮というやつは家と職場がくっついているようなものだからな。やたらと広いから無駄に疲れるし、場所によっては私も知らんところは多いぞ。このくらいの広さのほうが住むにはいろいろと都合がいいだろう。」

「そういうものなのですか。」


 私は殿下の言葉に、ふーん、と納得したようなそうでもないような返事を返した。

 豪華絢爛な王宮に暮らしていたら、セイルーム城など粗末なものに見えるのかと思っていたのだが、そうでも無いらしい。


「まあ、私もずっと王宮で暮らしているわけでは無いからな。幼少の頃はしばらくウェジントン侯爵領の城にやっかいになっていたこともある。キースとはその時からの縁だな。」


「まあ、そうでしたの?近くにいらっしゃったのに、知りませんでした。」


「ああ、さすがにあまり外には出してもらえなかったからな…。たまに抜け出して奥方に怒られたものだ。」


 はははは、と懐かしそうに笑う殿下の顔を私は見上げる。

 なるほど、そうやって抜け出した時に幼少の頃のアリィシャに会ったのか。

 ウェジントン侯爵領の城で大人しくしていてほしかったような、そうでもないような、複雑な気持ちだ。

 殿下はあの日のことを覚えているのだろうか。アリィシャにとっては、随分と大事な思いでだったようだが…。特にそんな話が出る様子はないので、忘れてしまっているのかもしれない。

 いや、そうでないと良い。アリィシャのことも、覚えていてくれたら嬉しい。


 そんな話をしていると、丁度廊下にかけられたイサイラ伯母様の肖像画の横を通った。

 殿下は噂をすればだな、とその肖像画をしげしげと眺める。


「ふむ、こうして見ると、あなたとイサイラ夫人は少し似ているかもしれないな。」

「えっ?」


 意外な感想に声を上げて殿下を見上げると、殿下もその声に驚いたのか、眉を上げて私を見返してきた。


「どうした?何か変なことを言ったか?」


「いえ…。そのようなことは初めて言われましたわ。」


 少しぽかん、とした様子で言う私に、殿下は私と肖像画をもう一度見比べる。


「そうか?面影はあるだろう?」


「いえ、面影というか、瓜二つだとよく言われますので、()()似ている()()、というのは初めてですわ。」


 この肖像画を見ると、たいていの人は私の肖像画だと勘違いする。

 そして口をそろえて、まるで生まれ変わりのようですね、とか瓜二つですね、と言うのだ。

 私自身、アリィシャの顔とイサイラ伯母様の顔は本当によく似ていると思う。

 不思議に思いながら私もイサイラ伯母様の肖像画を見上げる。

 彼女はルミールお兄様と同じ淡いグリーンの瞳だが、それ以外はほぼアリィシャの顔と同じ顔だと言っていいように思う。


 殿下の記憶違いか、見間違えではないだろうかと思いながら、彼に目を移すと、殿下は優しい眼差しで、肖像画では無く私をじっと見つめていた。

 夕日に映し出されたその精悍な面差しに、私も思わずそのまま殿下の顔を見つめ返す。

 鋭い金の瞳、キリと上がった男らしい眉、薄い唇、少し健康的に焼けた肌。

 逃げ回っていた時は怖いとしか思わなかったその顔は、やはり先ほど思った通り、よく整っていて凛々しく精悍で、格好良い。

 そう見えるのは、アリィシャの目を通しているからだろうか?いや違う。今までだって私はこの目でこの顔を見ていたのだ。

 今までも確かに同じ顔は見えていた。ただ王子様なんて雲の上の存在だと思っていたし、ちょっと他のことに気を取られていてその美醜にまで気が回らなかったのだ。

 男らしいその顔は、王太子殿下のようにわかりやすく美しいわけでは無い。こんな柔らかい表情ではなく、真顔で睨まれるとたぶんまだ怖いし…。


「イサイラ夫人は美しい女性だったが、私にはあなたのほうが輝いて見える。ルミールも最初あなたによく似ていると思ったものだが……今はまったく違うとわかる」


 夕日の色を映し尚深い金色の瞳に見入っていたところへ、低く甘い言葉が降ってきた。

 その響きに、私は忘れていた心臓の鼓動の音が耳に帰ってきて、身じろぎする。この心音を鳴らしているのは誰なんだろう。

 なんだか殿下に見つめられたところが熱くなっていくような気さえする。

 私はその熱に、顔が赤く染まるのを感じながら、胸中で白旗をふった。


 認めよう。この王子の顔、気のせいじゃなく恰好良いわ!


「先ほども言ったが、竜は光物が好きなんだ。父王に自分にとって好ましいものが光り輝いて見えると聞いて、私は半信半疑だったのだが、あなたに会ってそれは間違いでは無いことがよくわかった。」


 私が白旗を振ったにも関わらず、殿下の言葉は続く。実際手元に白旗が無かったのが問題だ。心中で振っただけではわかっていただけなかった。

 これは大変まずい。その顔が、格好良いことに気づいてしまったせいで、言葉の破壊力が増している。私まで急かしたら心臓さんが過労で死んでしまう!

 しかし殿下に口説くのをやめてください、と言うこともできない。私は暴れる心臓を制するので精一杯だった。


 か、輝き?どういうことだろう、つまり、見た目だけが好きなわけでは無いと言いたいのだろうか。私は今、殿下の見た目のおかげでピンチですけど?ちょっと心音が煩くてちゃんと殿下の言葉を理解出来ているのか怪しい。


 殿下が言葉を切ると、金色の瞳が甘い色を帯びてふわり、と緩められ、またあの蕩けるような微笑を向けられる。なんだか色香までかおってくるようで、私はとうとう金縛りにあったように身動きが取れなくなってしまった。

 固まった私の体を、いつの間にか腰に回されていた力強い腕が抱き寄せた。

 密着して布越しに温かい体温と男性らしい筋肉の凹凸まで感じられて、それだけで私の体温が上昇するような気がする。こんな熱の塊みたいな私を抱き寄せて、暑くはないのだろうか。

 恥ずかしさのあまり、そんなよくわからない心配をしながら見上げていた甘い殿下の微笑の中に、またあの獣の光がちらちらと燃えるのが見えたような気がした。

 私の体を抱き寄せた殿下は、そのまま体を少しかがめて顔を寄せる。


「これから、あなたの輝きの理由を知るのがとても楽しみだ。」


 囁くような低い声は、しんと静まった廊下の中で、私の耳に甘く響いた。

 彼が言うことが本当なら、楽しみだと言ってくれた言葉は、アリィシャの内面である私に向かっているように感じて。

 体を起こし、はにかんだ殿下の笑顔に心臓が大きく跳ねる。なんだか少年のように見えたその表情が、次はかわいいと思ってしまった。

 気の利いた返事も思いつかず、視線を外すこともできず、固まったまま、私は彼の瞳をじっと見つめる。

 しばしそんな私の顔を映していた甘い蜂蜜色の瞳が細められ、殿下の右手が、私の髪の毛をすくい、そのままそっと頬に触れた。

 指は少し触れているだけなのに、男性の大きな固い手の感触に触れられたところから熱が広がっていくように感じる。

 殿下の体が傾いたことで、彼の腰の剣についた飾り紐が静かな廊下にチャリン、と音を響かせた。


 ~これはまさか接吻され…


 驚いて私が目を見開くのと、後ろから聞きなれた明るい声が聞こえてきたのは同時だった。


「閣下ー。すみません。お愉しみのところ申し訳ないんですがそこまでにしてもらえますかー。ウェジントン子爵がお見えになりましたー。」


 すっとその瞳の色を戻し、腕から私を解放し殿下は顔を上げる。

 苦々し気に振り返る横顔の頬は、夕日に照らされているせいなのかほんのりと赤い。

 こんな場面に遠慮なく割って入れるベオルフの胆力に少し感心してしまうと同時にありがたく思いながら、私は詰めていた息を吐きだして、へたりこみそうになる足を叱咤しなんとかその場に踏みとどまった。


「わかった。すぐ行く。」


 不機嫌そうな声色で言うと、また私に殿下が向き直る。

 私はつい身を固くしたが、殿下は困ったような苦笑を浮かべた。


「申し訳ない、アリィシャ嬢。」


 向けられた謝罪が、途中でやめたことに対するものなのか、それともその逆なのか、私には判断がつかなかった。

 そこまで考えて唇が触れ合わなかったことを残念に思う気持ちが自分の中にあることに気づき、羞恥で顔が赤く染まるのがわかる。


「い、いえ。参りましょう。子爵をおまたせしては悪いですわ。」


 また差し出された殿下の腕にしがみつく形で、私はなんとかエントランスまで戻り、殿下にお別れの挨拶をしたのだった。

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