31 告白
ルミールお兄様が王都より帰ってくる日の前日、私はぽかぽかと温かい陽気に誘われて、庭の東屋で刺繍をしてすごしていた。
先日まで冬の気配が残る肌寒い日が続いていたので、肌を優しくなでるような風と、そっと寄り添うような太陽の光がとても気持ちいい。
本当はこのままお出かけしたかったが、母に今日は城にいるように申し付けられていたので仕方が無く庭で春の日差しを堪能していたのである。
私が黙々と針を進めていると、どこからか、細い歌声が聞こえてきた。
私は刺繍から目を上げ、歌声がしたほうへ振り返る。そこには林の向こうに見える、春の日差しを受けて萌える若葉の色を空に向けて返す小高い丘。
「ベオルフ、ちょっとついてきて。」
後ろで暇そうに控えていた護衛騎士に声をかけ、私は刺繍道具を置いて立ち上がる。
「お嬢、今日はルミール様の出迎えに準備があるから城にいておけと奥様が言ってましたけど。」
「大丈夫よ、そこの丘までだもの。どうせお母様は夕方まで手が空かないし、行ってすぐ帰れば問題ないわ。」
一応、物申した彼に私が丘を指さすと、元よりそんなに大きく反対するつもりもなかったのか彼は素直に従った。
私はジェニーに刺繍道具を託し、丘にいるのでなにかあれば呼んでもらえるよう母に言伝を頼んでから東屋を出た。
まだつぼみが固いバラ園を抜け、新緑が顔を出し始めた林の小道をたどる。
二年前、レクイエムをうたった時には息も絶え絶えだった道中は、今の私には鼻歌まじりで登れる距離である。
林を抜け、視界が広がった先に丘にかぶさる新緑の緑が春の日差しを照り返し、私はまぶしさに一瞬目をすがめた。
「アリィシャ!」
嬉しそうな声で、先ほどの歌声の主が春の柔らかい日差しの中から鼻先に飛びついてくる。
真珠色の翅を嬉しそうに羽ばたかせる彼女は、私の友人であり、この一帯の森にすむ妖精だ。
「星鈴さん、久しぶりね。冬の間はどこかで冬眠でもしていたの?」
小声で尋ねると、彼女は私の鼻から離れて肩にとまる。
「冬眠なんてしないわよ!でも寒いのは嫌いだから、狼の毛皮を貸してもらっていたの。」
たしかに妖精は冬ごもりなどはしないが、寒いものは寒い。
私も冬になると動物の背で暖をとったなぁ、と懐かしく思う。
「ベオルフ、丘の上にいるから少し離れていてくれる?」
林の小道をこちらにむかって歩いてきていたベオルフに声をかけると、彼は私の肩をちらりと見てから頷いた。
「いいですけど、見通しのいいところに居てくださいね。林の中入ろうとしたら女子トーク中でも遠慮なく行きますからね。」
妖精の存在は、別に秘密にするようなものではない。
彼等は好んで人の前に姿を見せるわけでは無いが、そのへんの野生動物のように、姿が見れるときには見えるものだ。
特にウェジントン侯爵領のまわりは妖精は数が多いらしいので、この辺の人は彼女たちを見てもあまり大きく騒いだりはしない。
私がベオルフを遠ざけたのは、星鈴が私の正体を知っているからである。
ぽろっとそんな話が出たところを聞かれるのだけはご遠慮願いたい。
林の入口で立ち止まったベオルフを確認して、私は丘を登りながら星鈴との話を続ける。
「それで、今日はなんのご用なの?もうすぐお茶の時間だから、ジャムのサンドイッチが目当てかしら?」
さきほど聞こえた歌声は、妖精が仲間を呼ぶ時の歌だった。
細く独特な音階のそれは、たぶん、人間には聞こえないのだと思う。
思う、というのは私には聞こえるので、まわりの反応でそう思っているだけということなのだが。
私の質問に、星鈴は首を振った。
「ううん、違うのよ。すごいのよ。森の中に小さな滝があるのは知ってる?滝のまわりに小さい野原があるのだけれど、なんとそこで今年はもう星鈴草の花が咲いたの。私のお世話の賜物なのよ。ねねね、見に来ない?夜はすっごく綺麗なの。」
星鈴はその呼び名の通り、星鈴の森の妖精だ。
というか、妖精に名前は無い。私も銀森とか呼ばれていたように、妖精は住んでる森の名前で呼ばれることが多い。
彼女は私よりもさらに星鈴草が大好きであるらしく、春にはせっせと彼女の森を星鈴草で埋める。
そうやって手入れした森に星鈴草が花開くのが彼女の何よりの楽しみのようだ。
せっせといたずらを頑張ってきた私と違い、随分と健全な楽しみでうらやましい。
「本当?見たいわ。でもちょっとここ数日は難しいわね。それに私あまり森の奥まで入らせてもらえないから、滝の場所がわからないわ…。どのへんなの?」
「うーん、そうね、もう少し高いところからなら見えると思うのだけれど…。」
見たい、という言葉に目を輝かせていた星鈴は、場所がわからないと知って困ったように眉を下げた。
そしてキョロキョロとあたりを見渡す。
「あ、あの木の上からなら見えるんじゃないかしら!」
彼女が見つけて指さしたのは、丘の中腹あたりにのっそりと生えた大きな木だ。
たしかにあの上に登ればこの辺一帯は見渡せるだろう。
私もいつも登ってみたいなぁとは思っていたのだが…。
私はちらりとベオルフを振り返る。すると何かに気を取られていたのか、彼は丁度林のほうへ視線をそらしていた。
春の温かさと、星鈴と交わす言葉に心が浮き立っていた私は、ついむくむくといたずら心がわいてきた。
~別に、ちょっと困らせるだけだもの。大丈夫よね?
内心で舌を出しつつ、ふわりと宙に浮く。
もうすっかり快復した私の力は、森が近くにあることもあって、アリィシャの体を持ち上げるくらいはどうという仕事ではない。
さすがに人間と妖精ではサイズが違うので長時間は飛んでいられないが、木の上へ登るくらいなんということは無く、私は大きな木から張り出した立派な枝の上に腰を下ろした。
「わあ…。」
丘の向こうには、フェリンドとウェジントンの領地が春の日差しの中に広がっている。
芽吹き始めた浅い色の緑に彩られた景色は、凍える冬から抜け出して喜んでいるように輝いて見えた。
アリィシャになってからは空を飛ぶことなんてなかったので、こんな高い場所からの景色は久しぶりである。
私は思わず、胸に手を置いて神様にこの景色への感謝を想う。
領地の春が、こんなに光輝いていることは、本当に誇らしくて喜ばしい。
「ほら、あそこよ。見てみて。少し白くなってるの。見えるでしょ?あの辺に滝があるの。」
星鈴は胸に手を置き景色に見入る私の肩の上で、一生懸命自分の自慢の場所を指し示している。
たしかに、村へむかう道の途中に横たわる森の中、少し霞んで見える場所が見えた。
「まあ、あそこなら馬でも入れそうね。今度マルイモの種芋を仕込むのを見学する時の帰りにでも、ベオルフにつれてっても…」
「お嬢!?」
星鈴の言葉に頷いて、彼女の野原へ行く算段をつけていた私の言葉を、背後から響いたベオルフの驚愕が混じった声が遮った。
たぶん彼には少し目を離したすきに私が居なくなったように思えたのだろう。
素晴らしい景色に夢中で彼のことを少し忘れていたことを申し訳なく思いつつ振り返って手を振る。
「ベオルフ!ここよ!」
私の声に、キョロキョロとあたりを見渡していたベオルフが、少しして木の上の私を発見した。
「なんでそんなところに!?」
「あら、ちゃんと丘の上よ。しかもとっても見渡しがいいわ!」
「俺が言ったのは見通しですよ!いや、それよりも…」
間髪入れず私に突っ込みつつ、落ち着かない様子で後ろを振り向くベオルフを不思議に思って、私は彼の視線を追った。
そのとたん、久しく忘れていた仕事を思い出したように、私の心臓が跳ねる。
真っ黒な見事な馬がこちらに近づいてくる。林の小道をまるで舗装された道を行くように堂々と軽やかに登ってくる立派な軍馬のその上に真っ赤な髪の毛を風に散らしながら、跨っているその人は。
「う、うぅ、ウルベルト殿下…!?」
こんな場所にいるはずの無い人物に私は目を見開いた。
駆けてくる馬のギャロップに合わせるように鼓動が勢いを増して、思考が定まらなくなってゆく。
もう謝罪は済んだのだし、正体も知られていなかったのだからそんなに怯える必要はないのよ、と自分の胸を服の上からぎゅっとつかみ、なんとか心臓を落ち着けようと深呼吸しかけたところで、可愛らしい小さな声が耳元で響いた。
「あら、アリィシャの王子様じゃない。」
~私のでは無いわ
そう反論しようとしたところで、目の前にちかちかと星が舞った。
近づいてくる黒馬に重なって、丘をかけてくるもう一頭の黒馬と、その背に乗った赤い髪の少年の姿が脳裏でフラッシュバックする。
「アリィシャ嬢!何故そのような場所にいるんだ!」
突然の光景に目を瞬かせていた私の耳に、低い声が響く。
非難するかのように上がった声に、口の中で無意識にひぇっと小さな悲鳴をこぼして私は大きな木の幹に縋りついた。
それでも手は震えているし、動機はするし、なんだか目に涙もにじんできたような気がする。
~こ、こわ…こわ…い…?
「そうか、あの時のアリィシャは今のアリィシャじゃないのだものね。」
まさに正しくガクブル状態の私の横で、何か納得したような声色で星鈴がうなずくのが気配でわかった。
しかし私は彼女に言葉を返しているような余裕はない。
ベオルフと何事か短く話をしていたウルベルト殿下が、おもむろに木を登りはじめたからである。
するすると苦も無く登ってくるその姿がどんどんと目前に迫ってきて、私は戦慄した。気分は狼に追い立てられて木の上に上った子ウサギである。
「こここ、来ないでください!わた、わたくし自分で降りられます!」
混乱の極致に居た私は、もう無礼がなんだと言ってられずにたまらず叫んだ。
しかし殿下はかすかに眉をひそめただけで、私の言葉を聞き入れてくれる様子はなかった。
とうとう、赤い髪の毛が目の前まで登ってきたと思うと、金色の瞳が木の幹に縋りつく私を見上げ、ふっと細められる。
「こちらへ。」
間近でささやかれた低い声に、まだそんな余力を残していたのかと思うほどひときわ大きく心臓が跳ね、私はうっかり意識を手放してしまった。
「おっと。」
ぼすん。
何か温かいものに包まれて、ゆらゆらと体がゆれる。
体が揺れる度、チャリン、チャリン、と何か固い物がぶつかる澄んだ音がする。
星鈴の楽しそうな笑い声が遠のいてゆくのが聞こえる。
暗転した視界のむこうでは、春の日差しの中で微笑む赤い髪の少年。
これはたぶん、アリィシャの記憶。
ゆらゆらと揺れる意識の中で、私は昔読んだアリィシャの日記の内容を思い出していた。
~屋敷近くの丘で花を摘んでいたところ、やってきた少年が王子様のように素敵だった
体の揺れが収まり大地に体が下ろされた気配で意識が浮上し、ゆっくりと目を開ける。
そこには心配そうにのぞき込む金色の瞳がこちらをのぞき込んでいた。
~えっ、これ!?これなの!?もしかしてこれが好きだったのアリィシャ…!!
内心で一国の王子をこれ呼ばわりしてしまったことにも気づかず、私は思わずまじまじと彼の瞳を見つめ返した。
鮮やかな赤い髪、キツめで大きい金色の瞳、堀が深くすっと伸びた鼻梁、薄い唇。
王太子殿下と色合いだけは同じだが、優し気で柔和な雰囲気の彼とは違い、どこか野生動物のような雰囲気すら感じるその顔は、不思議と王族としての気品も備えている。
この顔はたしかに二年前に私を捕まえた漆黒の鎧の男の顔だ。そして、アリィシャの記憶の中にかすむ少年の面影をよく残している。
今まで、彼を視界に入れると心臓が早鐘を打つのは、恐怖のせいだと思っていた。彼に正体を暴かれるのを恐れているのだろうとそう思っていたのだ。
でももしかして…。
心臓の音に邪魔されながらも、なんとか考えをまとめようとしていた私に、蜂蜜色の瞳が細められ、ぐっと近づいてきた。
反射的に身を固くした私の頬に、思いのほかやわらかい赤い髪の毛がふれる。
私の肩に顔をうずめた彼はそのままスリ、と頭をすりつけてきた。
「やっとつかまえた…」
耳元で甘く低く響く声に、悲鳴を上げなかった私は偉かったと思う。
バクバクと元気に踊る心臓に目がまわりそうだ。
~よーし、落ち着こう!落ち着いて私の心臓!!わかったから!もうわかったから!アリィシャの気持ちはわかったから、このままだとわりと私死んじゃうから!
こんなに体の内から盛大な音を響かされてはまともに何か考えることもできない。
というか、肩に顔を埋めている彼にはこの大きな音が届いてしまっているのではと思うといたたまれない。
固まってしまった私に助け船を出してくれたのは、ウルベルト殿下の後ろから響いた呆れたような声だった。
「えーっと閣下。すみません。無礼は承知なのですが、俺、お嬢の護衛騎士なんで。ちょっとそこまでにしてもらえませんかねー。お嬢、一応処女なんですよねー。」
そう言いながらベオルフは不敬にもウルベルト殿下の首根っこをつかんで後ろにぐいっとひっぱった。
彼の体温が遠のくのを感じて、私はほっと息を漏らす。
私から引きはがされた殿下は不満げな視線をベオルフに投げたが、私の表情を見て取って、困った様子でその精悍な眉を寄せた。
「す、すまないアリィシャ嬢。レディに失礼なふるまいだった。ようやく言葉を交わせたと思ったら、あっという間に遠くに飛び立っていってしまったものだからつい…。」
「い、いえ。お気になさらないでください。わたくしのほうこそ殿下のお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。」
慌てた様子で立ち上がった殿下が、差し伸べてくれた大きな手を取りながら私は首をふった。
本当は大いに気にしてほしいが、そんなことを素直に言うわけにもいかない。
彼が立ち上がった時、またチャリン、という小さな音が聞こえて私はその音が聞こえたほうに視線をちらと向けた。そこには殿下の腰から下げられた綺麗な剣と、その剣をかざるように巻かれた飾り紐。
先日、お詫びに送った品を使ってくれているのか、と少し嬉しく思う。
首を振った私に、叱られるのを待つ子供のような目をしていた殿下は、ぱっと表情を明るくした。
お願いだから額面通りに取らずにしっかりその裏も読んでほしい。
「ところで…殿下は何故このようなところにいらっしゃいますの?お越しになると存じておりましたらお出迎えをいたしましたのに…。」
「ああ、ルミールが領地に戻るときいてな。丁度私も手が空いたところだったので、一緒に来たんだ。本来であれば先触れを出すべきだったのだろうが、早馬と並んできたもので、先触れと同時に到着してしまった。あなたに会いたい一心だったのだ。申し訳ない。」
あっけらかんという彼に、私は顔に熱が集まるのを感じる。
え、ルミールお兄様もう戻ってきているの、とか細かい疑問があるがそれよりも。
「わ、わたくしに会いに…?」
私の中のアリィシャが、嬉しい、と心臓を弾ませる。
よしよし、どーどー。静まれ私の心臓。
私個人としては暇なんですね、と言いたいところだが、ロザリンドと同じ轍を踏んではならない。
私の言葉に、ウルベルト殿下は瞳を細め、優し気な笑みを浮かべる。
そしてすっと真剣な顔になると、真摯な瞳で私を見据えた。
「あなたが見合いをしたという話を聞いた時は本当に恐怖した。まだ話が決まっていなかったようでなによりだ。もしあなたがまた婚約を結んでいたら、私は相手の男を殺しにいくところだったかもしれない。」
なにそれ怖い。
その後に続くであろう言葉も含めて怖い。
もうやめて、このままだと私の心臓は過労で死んでしまいます。
そんな私の願いもむなしく、彼は続く言葉を紡ぐ。
「アリィシャ嬢、もしあなたが許してくれるなら、私をあなたの剣として生涯横においてくれないだろうか」
ぼふん、と音をたてそうな勢いで顔が赤くなったことを自覚する。
これか!これのせいでウルベルト殿下がフェリンド邸に来ることになった時ジェニーに風邪だと診断されたのか!
いやそんなことよりも、私の勘違いでなければ、たぶん今彼は私に婚約を申し出ているのでは無いだろうか。
頭に集まった熱気に朦朧としながら、うっかり『はい、よろこんで!』と言いそうになる口を制した。
待て待て待て。
冷静になれ。
彼がアリィシャの想い人なのはよくよくわかったが、ここで素直に頷くわけにはいかない!
別に、彼に正体を知られるのが怖いだけではない。
もちろんそれもあるけどその前に。
「で、殿下…。お心は大変うれしく思うのですが、何故わたくしなのでしょうか…?わたくし、畏れ多くも殿下からそのようなお言葉を賜る心あたりがございません。」
アリィシャと殿下は今回を含めてもまだ3回しか会ってない上に、まともに会話らしい会話もしたことが無いはずである。
そんなところに告白されてもその言葉を信じるなんてできるはずがない。
アリィシャを彼女の想い人と添わせてあげたい気持ちもあるが、結婚というものは縁を結んではい、終わりではないのである。何より彼は第二王子なんていうやっかいな立場の人物では無いか。
娘を嫁に出す父親のような気分で言った私の言葉に、眉を寄せた殿下は、答えを探すように視線をさまよわせた。
そしてその頬がうっすらと赤く染まる。
「私は竜の血をひいているのだが…。」
「は?はい…。」
一見関係なさそうな言葉に私が目を瞬かせると、ウルベルト殿下は恥ずかしそうに目を伏せた。
「竜は光物が好きなんだ…。」
「…。」
この王子殿下、素直に顔が好きと申されましたね?
変に隠し立てするよりは好感がもてるが、私が危惧していた通りのお答えである。
いやいや、怒りませんよ?先日までその見た目すらひっかからずにお見合いを断られまくった私ですからね。好きだと言っていただけるところがあるのは喜ばしいことである。
私はふー、と顔の熱を逃がすように息をつくと、慎重に言葉を選ぶ。
「殿下、わたくしはとても臆病なのです。殿下がこれからわたくしを知る中で、もしご不興を買ってしまったらと思うと、身の程知らずにも殿下のありがたいお言葉に頷くことができないわたくしをどうかお許しくださいませ。」
さすがに、お見合い五連敗の上に婚約破棄二連コンボは避けて通りたい。
今まで会ってきた男性の中で好きな相手をピンポイントに落とすアリィシャの容姿には素直に感心したいところではあるが、中身は残念ながら絶賛お見合い五連敗中のわたくしなのである。
この私の残念さに第二王子などという国中が注目しているであろう人にまで愛想をつかされて捨てられたら、もう本当に幸せな結婚は望めない。
殿下も、私の言葉に先日の婚約破棄騒動のことに思い至ったのか、少し悲し気な表情を見せたが、すぐに納得したと頷いた。
「なるほど。たしかに私は少し性急だったようだ。許してほしい。」
誠実な殿下の言葉に、私は安堵の息を漏らす。
殿下が聡明な方で本当によかった。
ここでそんなの関係ないから婚約しようと王族権限でゴり押されたら、さすがにフェリンド家の力ではどうすることもできない。
これでこの心臓の爆音から解放されると私が安堵の息をもらしかけたところ、殿下がぐっと私の腰を抱いて引き寄せた。
想定外の行動に、私は混乱しながらその金色の瞳を見上げる。
あれ?今婚約お断りしたよね?それを殿下も納得してくださったよね?
不安に揺れる私を安心させようというのか、殿下がにっこりと優しく微笑んだ。
しかし私はその瞳の中に、獲物を捕らえた肉食動物の瞳の輝きが垣間見えた気がして体を彼から離そうと無意識に手に力を入れ、彼の胸を押し戻そうと試みる。
そんな私の抵抗は、まったく意味もなさず、彼の胸はピクリとも動かず距離は広がらない。
「それでは、私はこれからあなたをよく知るため努力しよう。だからあなたも私を知ってほしい。」
「!?」
息が触れそうなほど近くから降ってきたその言葉の威力に、目を瞠ってしまった私は、その裏でそれもそうかと妙に冷静にうなずいた。
今回の告白についてはお断りしたが、別に彼が嫌いだと言ったわけではない。
ウルベルト殿下が私をよく知った上でまた婚約を申し出てくれるのであれば、私には文句が無いはずだ。
しかも彼は私にも自分のことを知ってほしいといっている。つまり、その上で気に入らないのであれば断っても良い、と私に選択肢を与えてくれているのである。
その誠実さには、とても好感がもてる。
しかし私はこの人と一緒にいると心臓を酷使しすぎて死にそうな気がする。
もう少しこの心臓がおとなしく気持ちを主張してくれたのなら、アリィシャの恋のために私も素直に頑張ろうという気持ちになるのだけど…。
そんなことを考えていたせいで、返事をするのを忘れていた私に、ウルベルト殿下の腕に力がこもり、彼の顔がさらに近づいてきた。
熱に浮かされたような金色の瞳が、私を見据え春の日差しを映して揺れている。
その視線が先ほどの言葉とは裏腹に私に否とは言わせないと言っているような気がして、私はきづかれないようにごくりと唾をのんだ。
「はい…。」
実際、そう答えるしかなかった私は、これ以上の接近は困ると、小さいながらもなんとか返事をした。
その言葉をきいた瞬間、獣の輝きを宿していた目が蜂蜜色の輝きにかわり、少し不安そうに寄っていた眉が優しく上がる。笑み崩れた口元からは白い歯が垣間見え、今の私にはまぶしいくらいのキラキラしい笑顔が目の前で弾けた。
「そうか!よかった!」
「きゃっ」
力強く短い言葉に喜びを乗せて、抱きこんでいた私の体を軽々と持ち上げた殿下は、くるりと春の空に私をかかげ回転した後、そのまま私を横抱きにした。
彼の動きにあわせ、チャリリ、とまた腰の飾り紐が心なしか嬉しそうな音をたてる。
「で、殿下、下ろしてください。」
未だ密着する体に私が涙目で訴えるが、殿下は無常にも首をふった。
「さきほど怪我などしていてはいけないから、私が運ぼう。なに、あなたは軽いからどうということはない。」
軽い重いの問題ではない!
私は助けを求めてベオルフに視線をやったが、彼は呆れたように肩をすくめただけで、さっさと殿下の馬を引きにいってしまった。
味方が居ないことを悟って私がくらくらと眩暈を覚えていると、殿下がベオルフとは反対側、丘に視線を投げながら目を細めた。
「実は私は昔、月夜の晩にあなたをここで垣間見たことがあるんだ。」
いきなり飛び出した恐ろしい発言に、私はぎょっとして彼を見る。
一瞬幼少の頃の話かと思ったが、月夜ということはたぶん、レクイエムを歌った日のことだろう。
よりにもよって一番見られたくないものを一番見られたくない人に見られていたとは。
戦々恐々とする私の視線に気づかず、殿下は春の優しい風にふかれてさわさわと草を揺らす丘に目を細めた。
「こんな春先の、静かな晩だった。歌が聞こえたので誘われて来てみれば、あなたそっくりの少女が月に向かって踊ってゆくのを見た。見惚れてしまい、声をかけられなかったのだが…。あれはあなたの力なのか?」
やだこわい。
今せっかくアリィシャのために頑張ろうと思っていたのになんてことを言うのかこの人は。
しかし、歌っていたところでは無く踊っていたというのがひっかかる。
私はあの日以来、夜に外出はしていない。
見間違えだろうか…?それとも
~もしかしてアリィシャが?
アリィシャが、私の歌を受け取ってくれたのだろうか。月に向かっていったということは、正しく彼女の魂は精霊に連れられて旅立っていったのかもしれない。
黙っている私をどう思ったのか、こちらに優しい瞳のまま向き直った殿下は、私が彼を見つめていたことに気づいて少し頬を赤くした。
そんな彼の表情に、私はあわてて視線を泳がせて答えを探す。
「あの…。夜に一人でこのような場所にいるなんてはしたないとお思いでしょうが…。その………よ………」
「よ?」
泳がせている視界の端で、殿下が首をかしげるのが見えた。
先ほど私の肩にとまっていた星鈴は彼には見えていたのだろうか。
「ようせいに…うたをおそわったので…ためしてみたくて…。お、踊って見えたのはわたくしではなく…精霊?でしょう…。兄に怒られましたのでもうしておりません…。」
結局良い案が思い浮かばなかった私は半分本当のような嘘をつく。
これは駄目だ…。
自分の残念すぎる頭に絶望しつつ、怪しまれなかったかと泳がせていた視線を恐る恐る殿下に戻すと、そこにはきついはずの目元を柔らかく細め、とろけそうな笑顔をしたウルベルト殿下の顔があった。
「では今度、私のために歌ってくれ。」
「わ、わたくしのような者の歌など殿下のお耳には…」
「是非また聞きたい。」
「はい…。」
そのまぶしい笑顔と私の中で高鳴りっぱなしの鼓動にまけて、私はがっくりと承諾する。
こんな調子で本当に大丈夫なのだろうか。万が一にも正体がばれたら目もあてられない。
愛しい人の腕の中にいる幸福感と、この先への不安という両極端な気持ちをかかえ、私はぐったりとウルベルト殿下の胸によりかかった。
不安なはずなのに、頬から伝わる体温は私の胸をあたためて、私はほっと息をはいたのだった。
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