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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
31/54

30 連敗

「まあ、また断られましたの?」


 ある春先のセイルーム城の私の自室。

 項垂れる私を前に、この1年でますます美しくなった親友があきれたようにそう言った。


 秋口から今日まで、私は何回かお見合いをした。

 お父様がご紹介くださるだけあって、みな良い人で、お見合いの時は優しくしてくださるのだが、しばらくしてお断りの手紙が届くということをもう五回繰り返していた。

 エミリーさんにイサイラ様のマルイモもらったのにぜんっぜんご利益なかったなぁ…。と遠い目になる。

 まあ月と森の女神様に出会いを願うほうが間違っていたのだと思うが。


「わたしってよっぽど魅力がないのだわ…。半年間さぼってたツケかしら。どうしたらいいのかしらローザ、私、人と会えば会うほど自信がなくなってゆくのだけれど…。」


 頭を持ち上げる元気も無く言う私に、ロザリンドは優雅にお茶を飲む。

 親友は、相変わらず優雅で完璧なご令嬢だ。

 秋に再会した時には、半年でその美しさに磨きがかかっており、私は女だというのに見とれてしまった。

 なんだか今の私にはまぶしくて直視できない。


「もうお見合いなどあきらめたらいかがなの?別に急がなくても、もうあと数か月なのだから次の社交シーズンを待てばよろしいと思いますわよ。」


「このままだとお見合いでも夜会でも結果が変わらない気がするわ!私、今からでももう一度レディに特訓をつけていただくべきかしら…。」


 涙目になる私に、ロザリンドはふー、とため息をもらす。

 その様子が、なんだかアクス様との顔合わせ後の報告会のことを思い出されて懐かしい気分になった。

 しかしあの時はロザリンドは反応が思わしくなかったアクス様を不満に思っていたようだが今回は違う。

 お見合いが上手くいかなかったのは致し方なし、という雰囲気である。


「アリィシャ、わたくし、夜会で沢山の殿方とお知り合いになったのだけれど…。」

「?」


 突然話が変わったように思えて、私は顔を半分だけおこしてロザリンドのほうへむける。


「まだ婚約者が決まらないんですの。どうしてかおわかりになる?」


「それは、王太子妃がお決まりにならないからじゃない?」


 ロザリンドは王太子妃の筆頭候補である。

 しかも拝華祭での王太子殿下の態度を見る限り、ロザリンドのことを随分気に入っているようだった。

 さすがに王太子を押しのけてロザリンドの婚約者候補に名乗りを上げられるような猛者は公爵家や侯爵家の子息、もしくは他国の王族くらいのものだろう。


 私の言葉に、ロザリンドはその綺麗な眉を忌々し気によせる。


「つまり、そういうことですわよ。」


「ごめんなさい、よくわからなかったわ。」


 体を起こして言う私に、ロザリンドは残念そうな目を向けてくる。

 ロザリンドにまで残念な子扱いされるとは、やはりちょっとたるんでいたかもしれない、と私は心中で最近の行いを反省した。


「わたくし、そういうことはご自分でお気づきになるべきだと思うから、あえていわないけれどね。」


「そういうこと?」


「もう少し、足元にも目を向けてみるべきだと思いますわ。」


 言われて、私は自分の足元を見る。

 そこには柔らかい生地で出来た、お気に入りの室内履きをはいた私の足がドレスの間からのぞいている。


 下を向いた私の頭の上に、べしっとロザリンドの扇子が落ちてきた。


「そういうことではありませんわよ。」

「そ、そうよね…。」


 頭をさすりながら、言葉の意味を考えてみた。

 足元、ということはもっと身近な男性に目を向けろということだろうか。

 私のまわりにいる男性というと、家族の他にはウェジントン家の伯父様とウェジントン子爵、あとはクライムにベオルフ、村の男性陣といったところか。


「ベオルフはああ見えてかわいい彼女がいるのよ。」

「まあ、そうですの。」


 一番ありそうな線を責めてみたが、不合格だったらしい。

 ロザリンドはあまり興味がない、と言った様子で生返事を返してきた。


 となるとあとはウェジントン子爵かクライムか…。

  この二人で行くと、田舎の農村ライフを満喫するならウェジントン子爵が好ましいのだが、いかんせんウェジントン子爵とは私は面識が薄い。子供時代から考えると気心が知れているはずなのだが私がアリィシャになった頃にはすでに彼は王都で仕事をしており、ほとんど顔を合わせる機会は無かった。

 まあ伯父様も嫁に来て良いとおっしゃっていたので、もし本当に誰もいなくなった時にまだ彼が独り身だったなら、泣きつくのもありかもしれない。次期侯爵にありかもしれないとかちょっと恐れ多いのだが。

 クライムは一番仲が良い男性とも思えるが、アクス様とのこともあって婚約を結ぶのは難しそうな気がする。

 本当に最初からクライムと婚約しておけば何も問題なかったように思うのになかなか世の中上手くいかないものである。


「まあ、どちらにしろお父様もローザと同じ意見のようでね、お見合いはそろそろ終わりになりそうなの。それで、ローザはどうなの?結局王太子殿下とは婚約することになりそうなの?」


 五回目の見合いを断られた先日、お父様に呼び出され「アリィシャ、やっぱりお許し出てなかったんじゃないかと父さん思うんだよ…」と言われ次の社交シーズンまで大人しくしているように言いつけられた。

 私もさすがに五連敗は心に来ていたので、大人しくそれに従ったのである。

 やはり現実は少女小説のようにはいかない。


 ため息まじりにきいた私の質問に、ロザリンドは盛大に顔をしかめる。

 しかめられてもかわいいのがうらやましい。


「わたくし、本決まりになれば従う覚悟はありますの。でもあの狸、私のまわりをウロチョロするだけで王命は持ってこないんですのよ。よっぽど最初のわたくしの対応がお気に召さなかったのよ。おかげで他の殿方にはそういう方面では遠巻きにされてますのよ!いい加減子供っぽい嫌がらせは終わりにしてほしいですわ!!わたくしが嫁き遅れたらあの狸のせいですわよ!!!」


 少しずつヒートアップしていき、最後はキィーッ!と扇子を握りしめるロザリンドの様子は、正しく少女小説に出てくる悪役令嬢のそれで、私はついつい感心してしまった。


 しかし王太子のあの態度が嫌がらせという発想は私には無かった。

 素直にロザリンドのことがお好きなのかと思っていたが、どうも彼女には違う世界が見えているらしい。


「嫌がらせなんて…ローザのことが本当にお好きなのではないの?」


「わたくし、王太子殿下に好かれるような態度をとったことはありませんわ。もし万が一本当にわたくしのことがお好きだったとして、特殊なご趣味をお持ちだとしかおもえませんわね。」


 言われて、私は以前きいた王太子との初対面の話を思い出す。

 ロザリンドは一通りの礼儀としてのご挨拶を述べた後、『社交界に出てもいない少女に会いにご足労くださるなんて、王太子殿下も案外お暇なのですわね。お忙しすぎるとお体に障りますからなによりですわ。それともそういうご趣味をお持ちなのかしら?』と述べてさっさと退出したらしい。

 今思うとウルベルト殿下に怒鳴って逃亡した私とどっこいどっこいな気がする。

 私たちは似た物同士なのかもしれない。


「まあ…まあたしかにそうかもしれないわね。でもどうするの?本当に特殊なご趣味をお持ちで本格的に婚約を申し込まれたら…。」


「もしそうだったらお断りしますわ。国のためになら努力するけれど、変態のために王太子妃になるなんて願い下げですもの。」


「断れるの?」


「難しいとは思うけれど、お父様にできないことはないと思いますわ。とにかく、断るにしても受けるにしても申し込みが無いとどうしようもありませんわね。申し込まれる前に他の方と婚約するのが一番なのだけれど…。」


 ふう、とロザリンドはため息をもらす。


「クライム様にもゲイル様にも断られましたの。」

「ええっ」


 思いがけない彼女の言葉に、私は飲んでいた紅茶を置いて、少し身を乗り出した。

 そんな話はロザリンドからもクライムからも聞いていない。初耳である。

 クライムはいわずもがな、ゲイル様は竜王国のもう一つの侯爵家アウランド侯爵家のご嫡男だ。

 なるほど、たしかにその二人なら王太子からのアプローチがあっても婚約はできるだろうが…。


「お二人のことが好きだったの?」


「馬鹿言わないで。王太子妃が決まるまでの間だけの話よ。なのにお二人とも即答でお断りくださったのよ。失礼だと思いませんこと?か弱い婦女子を助けようという気概が感じられませんわよ。おかげでわたくしだって自信を失くしましたわ!」


「ま、まあ、ゲイル様はわからないけれど、クライムはお兄様が婚約破棄であのようなことになったのだし、あまり責めないであげてほしいわ…。」


 結局、領地に戻ってきたお父様が私に教えてくれた結果は概ね私の予想どおりだった。

 具体的に何をどうしたのかは教えてくれなかったが、アクス様は私への所業が知れ渡り、次期侯爵位と子爵位を弟に譲り、母方の親戚の領地へ隠居、私への世間の評価は侯爵家にいちゃもんつけた娘から、婚約者に裏切られた悲劇の令嬢になっているらしい。

 さすがに兄に続いてクライムまで婚約破棄騒動起こしたらグレイン侯爵家の名誉がガタ落ちしてしまう。


「まあね、わたくしもウェジントンとグレインが婚約なんてできるとは思いませんでしたけれど、それにしたって断り方というものがございますわ。もう少し悩むふりくらいはしていただきたかったわ。」


 一体なんと言って断られたのか聞いてみたい気もしたが、ぷりぷりと怒るロザリンドにこれ以上聞くのはなんだか申し訳ない気がしたので私は口を閉じることにした。


「そういえば、ルミール様が休暇で戻っていらっしゃるんですって?」


 一通り怒ってすっきりしたのか、ロザリンドがお菓子に手を伸ばしながらきいてくる。


「ええ、そうなの。休暇がとれたといって先日お手紙があったのよ。せっかくだから春の社交シーズンにそのまま一緒に王都に行こうということになったの。」


 ルミールお兄様とは結局去年の春に別れてからお会いできていない。

 彼はクライムと違ってあまり筆まめでは無いので、手紙も数か月に一回やり取りするくらいで、とても久しぶりな気分だ。

 秋の狩猟シーズンにも戻ってこれなかったので、今回は長めに三週間ほどの休みがとれたらしい。

 少し早めではあるが、彼が王都に戻るのにあわせて家族そろって上京しようということになっている。


 現在、フェリンド家の面々は両親は私とセイルーム城に、ラフィルお兄様は仕事がある時だけフェリンド城にいるが、ルミールお兄様が返ってくる時にはセイルーム城に来てくださると言っていたので、一年ぶりに家族全員で食卓が囲めそうだと私はとても楽しみにしていた。


「まあ、そうなの。わたくしはたぶんいつも通り王都へ出るから、少しの間お会いできないですわね。」


「そうね、それはちょっと残念だわ。はやめに来てね。最初の夜会のドレスについて相談したいもの。」


 少し残念そうに睫毛を伏せるロザリンドに、私も頷いた。

 フェリンドとウェジントンは王都から随分はなれているので、王都と領地にわかれると、親友とはなかなか会えない。

 去年ロザリンドが狩猟シーズン終わりに戻ってくるまで会えなかった日々は何度も親友が恋しくなった。今回は数週間しか離れることにはならないだろうが、やはり寂しいものはさみしい。


「開華祭ね。アリィシャはなんだかんだ言ってまだ二回目の夜会ですものね。エスコートはどなたか決まってらっしゃるの?」


「ええ、ロザリンドにラフィルお兄様を取られなければね。キースお兄様はその日来れそうなの?」


「さあ、わかりませんわ。わたくしもね、あの狸さえいなければラフィル様以外に頼むんですのよ…。」


「…ラフィルお兄様なら大丈夫ということは無いと思うから、お手柔らかにお願いしたいわ…。」


「あの狸に言ってちょうだい!おかげ様で家族とラフィル様以外わたくしのエスコートを引き受けて下さる方がいらっしゃらないのよ!」


 キィ!とまたしても怒りが再発したロザリンドが熊でも射殺せそうな視線を虚空に投げるのを、私はお茶を飲みつつ見守ることしかできなかった。

 お兄様、どんまい。

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