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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
30/54

29 芋ほり

 春の日差しが温かい丘の上。

 兄において行かれて不安で泣いていた私は、前方からやってくる者に、涙を止めて見入っていた。

 真っ黒の見事な馬を駆って、軽やかに丘を登ってくるのは、燃える暁のように眩しい赤い髪の少年だった。

 私の少し前で馬から飛び降りた少年は、こちらまでかけてくる。

 近づくにつれ、その大きなトパーズの瞳が、私を映して心配げに揺れているのがわかる。


「どうした、なんでこんなところで泣いている?」


 そう言ってのぞき込む顔は、少し日に焼けて健康的で、太陽のにおいがしそうだった。

 ろくに家族以外の人としゃべったことの無い私は、恥ずかしくて声が出せず、じっと少年を見上げることしかできない。


 すると少年は、何か思い出したように馬まで駆けていき、すぐにまた引き返してきた。


「これをやろう。」


 そう言って、頭に載せてくれたのは、星鈴草の花冠だ。


「よく似合う。」


 花冠を頭に乗せた私を見てにっこり笑ってくれた笑顔がまぶしくて、私は目をすがめた。


「お嬢ー!芋ほり行くのに昼になっちまいますよー!」


 まぶしい。


 誰かが私を呼んで叫ぶ声と、朝日のまぶしさに私は目を覚ました。

 部屋の外で、ジェニーが声の主をしかりつけているのが聞こえる。


「ちょっとベオルフ!お嬢様はお疲れなんだから大きな声出さないで!それに何時だと思っているのよ!まだ早朝もいいところでしょ!」

「だって昨日ちゃんと起こせってお嬢に頼まれたんだよ!遅れたら俺が怒られるだろ!」


 ジェニーに負けじと言い返しているのは、私の護衛騎士のベオルフだろう。

 最近はよく外を出歩くようになった私に、兄が常には一緒にいられないので、とフェリンドに戻ってからつけてくれた騎士で、庶民出身ということもあり、気さくで喋りやすい。

 短いこげ茶の髪の毛に草原のような緑色の瞳のにぎやかな青年である。


 私は二人の言い合いを聞きながら、朝の空気を吸い込んでぐっと伸びをした。

 今日はなんだか気分がとても良い。

 幸せな夢を見ていた気がするが、内容は思い出せなかった。


「ジェニー、いいわよ、私が頼んだの。起きたから洗面用具をもってきてくれる?ベオルフ、身支度するから朝ごはんでも食べてて頂戴。」

「お嬢!俺もうすませてきましたよ!」

「あら、それもそうよね。じゃあお茶でもしててちょうだい。」

「わかりましたー。」


 ドアのむこうからきこえるベオルフの元気な声を背に、私はベッドから出ると、軽くストレッチをしながら窓をあけた。

 秋のひんやりとした空気が気持ちがいい。

 バルコニーのむこうには、庭と、秋色に色づいた林が朝日に照らされて輝いている。


「お嬢様、最近冷えますから、お風邪を召されますよ。」


「あら、大丈夫よ。まだ涼しくて気持ちいいくらいだもの。」


 洗面器を片手に部屋に戻ってきたジェニーにたしなめられ、私は肩をすくめる。

 ここ半年、社交界から離れてフェリンドの領地内をきままに歩き回っていた私は随分体力がついたように思う。

 外に出ない日はなかったのに、相変わらずアリィシャの肌は真っ白で、体も細いため、いまだに私は病弱なお嬢様扱いのままだ。

 この頑固なまでに儚い見た目を保とうとする体質はもう血筋だろう。

 ルミールお兄様の苦労を思って、私は心の中で合掌する。


「それよりもね、今日はとうとうマルイモが収穫できるのよ!マルイモよ!私も掘らせてもらう約束なの。だから汚れても良い服を出してちょうだい。」

「はあ、マルイモですか…。」


 ふんすふんすと鼻息荒く言う私に、ジェニーはなんだか残念な子を見る目を向けてきたが、皆までは言わず、おとなしく簡素で動きやすいワンピースを選んでくれた。

 来たばかりの頃、私があまりにドレスを汚すので、彼女が街の市場で庶民の着物を何着か買ってきてくれたのである。

 これがロザリンドであれば、芋ほりであってもドレスに泥ひとつつけることなくこなしそうだが、さすがに私はそうはいかなかった。


 こうやって書くと、フェリンドにいる間中淑女のたしなみを忘れて走り回っていたように感じられるかもしれないが、半分の時間はちゃんと勉強にあてていたので勘弁していただきたい。

 私は今、淑女合宿お疲れ様休暇中なのである。

 お嬢様のドレスと違って、庶民用の簡素なワンピースは着るのに手間がかからなくてよい。

 ささっと身支度をすませ、朝食をとると、私は意気揚々とベオルフを従えて丘むこうの村へ馬車で向かった。


 〇・〇・〇・〇・〇


「見てベオルフ、私のが一番おおきいわ!」


 村につき、目当ての畑までやってくると、すでにそこには準備していたらしい農場主のアンリさんと娘さんのエミリーが待っていた。

「本当にお嬢様が掘るんですか?」ときく二人にもちろん!と意気込んでやり方を説明してもらい、ベオルフと二人で一心不乱に芋ほり中である。


「甘いですねお嬢。所詮お嬢はお嬢ですよ。見てください。俺のが立派です。」


 胸をはって差し出した私の芋を鼻で笑い、ベオルフも自分が掘った芋をかかげる。


「そうかしら?このへんとか貧相じゃない?わたしの芋のほうが全体的に丸くて良い形だと思うわよ。」


「いや、体積でいったら絶対俺のがでかいですよ。見てください。全体的にお嬢のより長いですから。」


「あのねえベオルフ、この芋はね、マルイモっていうのよ。丸いのよ。長いより丸いほうがいいに決まってるじゃない。」


「いやぁ、今は質の話じゃなくてでかさの話をしてるんで…。」


 侃々諤々と己の芋のすばらしさを主張する私とベオルフのうしろから、ふふふ、といかにも楽しそうなかわいい笑い声がする。


「お二人とも、そろそろ休憩になさいませんか?せっかくだから掘りたてのお芋を召し上がってください。」


 口に手をあて、にこにことそう言ってくれたのは、エミリーさんだ。

 私より年上の彼女はおっとりとしていて、優しいお姉さんである。


「なるほど、それは良い提案だわ。」


「味で勝負ですね、お嬢。」


 かくして、アンリさんが起こしてくれていた焚火に向かって、私とベオルフはそれぞれの芋をかかえて出陣したのであった。


 〇・〇・〇・〇・〇


「美味しい!ふかしただけなのに、少し甘味があるわね。」

「腹にたまっていい感じですね。」


 エミリーさんがふかしてくれたお芋を手に、私とベオルフは勝負のことなど忘れて目を輝かせた。


「ええ、本当に。お嬢様の言う通りでしたね。マルイモはここの土地によくあっているようです。」


 二人の様子をにこにこと眺めながら、エミリーさんがお茶をいれつつ頷いてくれる。


「そうね、お兄様にお願いして畑の使用権を買い取っていただいたかいがあったわ。」


 私も上機嫌でうなずき、もう一口マルイモをほおばる。

 ほくほくしていて、甘さがあり、疲れた体にとても嬉しい。


 フェリンドに帰ってきてすぐ、私は暇だったのでお兄様の領地視察にくっついてフェリンドの村を見て歩いた。

 最初、私を見て驚いたり、目をそらしたり、ひそひそとなにごとかささやきあう者が多かったので、まさかグレイン家とのいざこざがここまで知られているのかと思ったのだが、なんということはない、私のことをルミールお兄様と勘違いする人が多かっただけだった。


「ルミール様…とうとう…!?」


 とか


「ルミール様、やっぱり…!?」


 等、彼と親しくしていたらしい村の人々に痛まし気にそう言われた時は、私の笑顔もひきつってしまった。

 お兄様の名誉のため、誤解をとくのには随分と骨が折れた。


 まあそんな面白話はともかくとして、あまり外に出ていなかったアリィシャとは違い、よく領地を見てまわっているらしい家族のおかげで、村の人たちはとても友好的だった。

 王都とは違い、故郷の森ちかくの景色にも似た村々を歩くのが楽しく、そのうち私はお兄様が居なくても一人ででかけることが多くなった。

 このあたりで、ベオルフが私の護衛騎士として投入されることになる。


 村を見てまわる中で、私は気になっていたことがあった。

 というのは、畑の中に、明らかに土地とあっていない作物がいくつか見受けられたからだ。

 しかしそれを指摘しようにも、私には農業の知識がない。

 何故わかるのかと言えば、妖精の力というか、大地から流れるエネルギーと、その作物が欲しているものが違うように見える、というなんとも説明しがたい理由である。

 たぶんこれをそのまま説明したら、お兄様には「リィシャはまだまだ夢見がちだなー」くらい言われていたに違いない。


 困った私は友人を頼った。

 フェリンドに戻ってからもこまめに手紙をやりとりして、今では敬称なく呼び合うようになったクライムに、「この土地にはこの作物があうと思うのだけれどどうだろうか」というものすごくアバウトな手紙を出したのである。

 こんな手紙だったというのに、クライムは丁寧な返事をくれ、とりあえず土を調べてみたい、というので彼の指示に従って土を集めて送ったところ、ちゃんと調べて報告書をまとめてくれた。

 それによると、たしかに土地には適しているが、単価は現在作っている作物のほうが高いので、ある一定の数と質をそろえるという条件をクリアすれば、増益が見込めるだろうという内容だった。

 そして最後に、どうして土地に合う作物がわかったのか、という質問が書かれていたので、私とクライムの仲であれば冗談と流してもらえるかと、「妖精が教えてくれました」と書いて返信した。

 それに対するクライムの返事は「あなたが言うと本当だと思えてしまうからすごいですね」というそれ以上は追及しない内容だったので、良しとしたい。


 とにかくそういう経緯でこの土地でマルイモを育てたいと報告書片手に主張した私に、ラフィルお兄様は半信半疑ながらも、懇意にしていたアンリさんの農場の畑の一反の1シーズンの使用権を買い取ってくれたのである。

 もちろん、私は農業などはできないのでお世話もすべてアンリさん頼みではあったのだが、結果としてそれは立派なマルイモが収穫でき、私はとてもほっくほくだった。


「この出来だったら、以前の作物よりも増益が見込めるかしら?」


「そうですね、これなら文句なく売れると思いますよ。来年からは少しずつマルイモに畑をシフトしようかと思っています。」


 マルイモをほうばりながら質問する私に、アンリさんはにこにこと頷いてくれた。

 領地の村が潤うことはフェリンド伯爵領の発展にもつながる。

 役に立ててよかったと私もアンリさんに笑顔で頷いた。


「それにしても、お嬢様が芋ほりをなさるとは思いませんでした。なかなか見れない貴重な光景でしたね。」


 自分もふかした芋に手を伸ばしながら、アンリさんが苦笑気味に言う。


「ええ、せっかくだから絶対自分で収穫したいと思っていたの。私もなかなかできない貴重な体験だったわ。」


 実際、芋を掘りたいと言った私にラフィルお兄様は頭を抱えていたが、反対はされなかった。

 この一年は好きに過ごせとわりと自由にさせてもらっている。

 以前フェリンドに居た時はまだ病み上がりで、過保護な家族にあれやこれやと心配されあまり広い範囲を行動させてもらえなかったので、私は今農村ライフをこれでもかというくらい満喫していた。


「エミリー、この芋、イサイラ様に奉じておいで。」

「ええ、わかったわ。」


 私がお芋の味に満足してお茶を飲んでいると、アンリさんが芋と、秋の花を盛られた木の皿をエミリーさんに手渡した。


 伯母様と同じ名前のこの女神様は、このあたりの領地を司っているという月と森の女神様だ。

 別に大仰な宗教というわけでは無く、ささやかな土着信仰だが、フェリンドやウェジントンのあたりには道の脇によくこの女神像が設置されており、その土地の住人を見守っていると言われている。


「エミリーさん、私もついていっていいかしら?」


 私がそう聞くと、エミリーさんは笑顔でいいですよ、と言ってくれる。

 セイルーム城の横にもこの女神像がたっているので、アリィシャの日記でもよく女神様へお祈りしたことが書かれている。

 月夜の晩に助けられた私としては、なんだか思い入れしたくなってしまう女神様なのだ。


 アンリさんの畑から少し離れた場所に、その女神像は建っていた。

 私の膝上くらいの台座の上に置かれたこじんまりとしたものだが、エミリーさんが手入れをしているらしく、土やほこりも積もっておらずとてもきれいだ。

 エミリーさんはお盆を置くと、女神への祈りの姿勢として、胸に手を置いて目を閉じる。

 私も彼女に倣って胸に手をあて目を閉じた。その横でベオルフも同じ姿勢をとる。


~マルイモがこんなに立派に育ちました。森の恵みをありがとうございます。親しい人が、幸せでありますように。…あと、私の出会いにも、どうぞ恵みがありますように!


 目を開けると、エミリーさんはお花だけ女神像の足元においてお盆を持ち直しさあ、戻りましょうかと微笑んでくれた。

 食べ物は放置しておくと何かと問題があるので、こうして奉じた後は、花だけ置いていくらしい。


「このマルイモ、お嬢様に差し上げますね。ご利益がありますよ。」

「お嬢、よかったですね!このマルイモでもう少し肉つけましょう!」

「ちょっと!胸元見ながら言わないで!そんなこと祈ってないわよ!」


 報じた食べ物を食べると願いが叶うというのはまあ、単なる迷信だが、それでもそれをくれるというエミリーさんの言葉に私が口元を緩めると、ベオルフが大変失礼なことを言ってきた。

 とりあえず背中をたたいて抗議したが、ルミールお兄様と違ってしっかり筋肉のついた彼の背中には、ほとんどダメージを与えられた感触がしなかった。


 王都から故郷に帰ってきてしみじみと思ったが、やはり森が近い田舎は良い。

 畑まで戻りながら、私は胸一杯に、森のにおいが香る空気を吸い込む。

 力が使いやすいし、なにより私になじんでいる。

 フェリンド家はあまり大きな家では無いが、両親は私を政治の道具にしようという気は無いようなので、いっそ結婚相手はこういった田舎の貴族か豪商か豪農とかがいいのではと最近思っている。

 中央から遠くなればなるほど春の騒動について何か言う人も少ないし、田舎に引っ込んでしまえば妖精だった頃の私を知っているウルベルト殿下に会うことも無いので、正体が知られる心配が無くてよい。


 そう思って私は、もうすぐ領地に戻ってくるお父様に次の婚約候補はぜひ田舎の方でと手紙を書いた。


 お父様が帰ってきてから詳しい話をしてくださるとのことだったが、私とグレイン侯爵家との婚約は無事に白紙に戻り、中傷や噂話なども落ち着いたらしい。

 一体レディがどんなことをなさったのかは怖くてあまり考えたくないが、クライムから「兄から子爵位をゆずり受け、次期侯爵になることになった」という手紙をもらっていたので、グレイン子爵…ではなく、アクス様は結構手痛い処罰をくらったのではないか、というのが私の概ねの予想である。

 女性関係で爵位失うとか貴族社会怖い。


 とにかくそういうわけで、そろそろお見合い等をしても問題ないはずである。

 社交シーズンはもうすぐ終わり、狩猟シーズンが訪れるが、夜会での出会いがなくなるだけでお見合いをしてはいけないということは無い。

 そう思ってのことだったのだが、お父様からの返事は「ウルベルト殿下はいいのか?」というものだった。

 何故アクス様ではなくウルベルト殿下なのかと思ったが、謝罪関係のけじめはつけたのか、ということかと思い、「もうお許しは得ました」と返事したところ、そういうことであれば…とぽつぽつとお父様のお知り合い等の伝手で男性をご紹介していただくこととなった。


「そういえばお嬢、今度お見合いするんですよね。何処の誰なんですか?」


 テーブルに戻り、二つ目のマルイモに手を伸ばしながら、ベオルフがきいてくる。

 結構大きいお芋なのだが、よく二つもお腹に入るなぁ…と、一個でお腹一杯になってしまった私は感心しながらうなずいた。


「ベルモット子爵家のご子息の方よ。ベルモットは静かで良いところらしいから楽しみだわ。」


「まあ、ベルモットでしたらウェジントン侯爵領ですからフェリンドからも近いですしよろしいですね。」


 女性の例にもれず、こういう色恋の話は好きなのか、エミリーさんが目を輝かせた。


「ベルモットかー。あそこは肉が旨いんですよね。楽しみだなー。それで何時行くんです?」


「そうね、四日後に出発するのよ。ベオルフも旅支度しておいてちょうだいね。」


 私が移動するとなれば、もちろん護衛騎士のベオルフも一緒である。

 道中は馬車で数時間ではあるが、日帰りは難しいので向こうで一泊することになるはずだ。


「なるほど、ベルモット子爵家に四日後ですね…。」


「珍しいわね、あなたがメモをとるなんて。」


「はい、報告義務がありますので。」


「そうなの?」


 お兄様はお相手のことをご存知だと思うのだが…。

 懐から手帳を取り出し、何か書き付けているベオルフを不思議に思ったが、彼の仕事というのであれば、私が口を出すことではないだろう。あくまで彼の雇い主は私では無くお兄様だ。

 私は頂いたマルイモを食べて良縁があるように祈っておこう。

 もうすぐ会えるであろう両親との再会を楽しみにしながら、私はアンリさんにクライムにお礼として贈るためのマルイモを箱にまとめてもらえるようにお願いしたのだった。

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