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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
27/54

26 貴婦人はお怒り

 お買い物の日から数日、私はとっても上機嫌だった。

 なにせあんなに恐ろしかったウルベルト殿下への謝罪も終えて、ここ最近の心配ごとが綺麗に解決したからである。


 グレイン子爵との婚約についての問題はまだ残っているが、これに関しては私ができることは驚くほど少ない。

 さすがに婚約継続は難しいはずであるので、このまましばらくすればこちらも解決すると思われた。

 結果によっては私の評判に傷がつくことも覚悟しなくてはいけないが、命の危機に比べれば些末事である。


 それに、評判をたよりに私を敬遠する者よりも、それでも、と手を伸ばしてくれる人のほうが私は好ましい。

 問題が片付いたら、次は自分で婚約者を探そうと意気込んでいた。

 お顔については希望は無いので、できれば優しく、家族も喜んでくれる方が良い。

 欲を言えば、地位や財産等、フェリンド家に利益がもたらされる縁であれば私は嬉しいのだが、そういうことに娘を使うことを喜ばしく思わない家族であるので、そちらはおまけとしてあれば良いな程度である。

 勉強の合間の休憩に読んであこがれていた少女小説の世界に胸を躍らせ、私は今までになく、勉強や体力づくりに意欲的だった。


 家族は私の体調を尚も気にしていたが、最近は外出さえ控えれば、フェリンド邸の中を動き回っても何も言われない。

 ロザリンドとのお出かけができなくなってしまったのは残念だが、先日あれほど家族が買い物を渋った裏には、あの装飾品店でのご令嬢たちのような者の存在もあるのだろう。

 そのような場所に親友と出向いてわざわざ自分からトラブルを引き起こすのは私も避けたいところであったので、私は大人しく家の敷地内で過ごしていた。


 今日は日課のストレッチを終えた後、天気が良かったので庭に出て花壇の世話にせいを出していた。

 そんな私の元へ、ジェニーが声をかけてくる。


「お嬢様、午後からレディ・リディア=ウェジントン様がお見えになると先ほど先触れがございました。」


「まあ、レディが?」


 レディとは、拝華祭の前日に、それでは気張っていらっしゃい!と送り出されてからお会いしてない。

 合宿中は毎日顔を合わせていただけに、久しぶりに会えると聞いて私の胸は躍った。


「うれしいわ!ジェニー、着替えるから手伝ってくれるかしら?」


「勿論でございます。」


 レディの前で下手な恰好はできない。


 私は急いで部屋へ戻るとドレスを選びなおし、ジェニーと一緒に身だしなみを整えた。

 昼食をはさみながら、ようやくその身支度が整った頃、エントランスからお客様来訪の気配がする。

 私はもう一度鏡の前で自分の姿を確認してから、出迎えに階下へ降りた。

 そこには、いつもと変わらない、美しく凛とした貴婦人がピンと背を伸ばして立っており、両親と挨拶を終えたらしいところだった。


 ロザリンドと同じ黒い髪の毛はなおも鮮やかで艶めいており、流行の形にきれいにまとめられ後れ毛一つ見当たらない。長いまつげと落ち着いたまなざしの瞳に、整った鼻梁、厚く色めいた口元は、きりりとしているのにどこか優し気な面持ちだ。

 顔に刻まれた皺の一つさえ気品があるように見える完璧な淑女である。


「まあリィシャ。お久しぶりね。会いたかったわ。」


 そんな貴婦人が私にむかって優雅に手を広げる。

 私はその腕の中へ飛び込んだ。


「レディ、私もお会いしたかったですわ。我が家へようこそいらっしゃいました。どうぞ、ご案内いたしますわ。」


 頬を両手でつつまれ、顔をのぞき込んでくるレディに、私は嬉しくて思わずだらしない表情になりそうなのをこらえて、努めて優雅に彼女を応接室まで案内した。

 レディと供に応接室に入り、皆が座るとレディがにっこりと笑いながら話をはじめた。


「リィシャ、拝華祭でのあなたの評判はわたくしのところまで届いておりますよ。大変すばらしかったと聞いて、わたくしは鼻が高かったわ。」


 そう言って美しく微笑むレディに、私は胸が沸き立つのを感じたが、回廊での失態を思い出し、肩を落とす。


「ありがとうございます、レディ。でもわたくし、最後まで夜会を飾ることができませんでした。せっかくのご指導をすべて生かすことができず、悔しいですわ。」


 しょぼん、と言う私に、しかしレディは笑顔を崩さない。


「ふふふ、かわいいわねリィシャ。大丈夫、たとえ最後までいなくても、あなたの輝きに陰りは無いわ。むしろあの少女は誰だったのかと皆が白百合を探していてよ。あなたはわたくしの教えを守って、竜王国に立派に華を飾ったのだから、胸をはりなさい。」


「はい!」


 レディからの合格通知に、私は胸が一杯になる。

 この一年の頑張りが報われた瞬間だ。

 わたしがじーん、と感慨に浸っていると、ところで、とレディは持っていたティーカップを置いた。


「リィシャ、あなたはわたくしに手紙で精神力を鍛える方法をきいていらっしゃったわね。それは拝華祭での出来事が原因なのかしら?」


 穏やかなレディの微笑みに、何か不穏な物を感じて、私は夢見心地だった気分から現実に戻ってきた。

 こういう時のレディは何か企んでいることが多い。合宿中、ピクニックに行きましょう!と言われて山のふもとから頂上まで、レディの歩き方チェックをされながら登山をしたのは良い思い出である。


「はい。わたくし、少し動揺しやすい性格だとおもいますの。ロザリンドはいつも堂々としていますのに、私ときたら少しのことで取り乱してしまって、淑女としての振る舞いを忘れてしまい、お恥ずかしいのですわ。」


 精神力を鍛えたいと思った第一の要因はすでに解決済ではあるが、精神力を鍛えるのは今後にも必要なことに思われた。

 少しのことで失神していたらそのうち大きな失敗をしそうな気がする。

 わたしの言葉を静かに聞いていたレディはふう、と息をついた。


「もちろん、淑女にとっては何事にも動じない心は必要ですわ。リィシャ、あなたに足りないのは自信と経験よ。しばらくベッドの中にいることしかできなかったのだもの。仕方がないことだわ。これから多くの物を体験して、沢山の方と交流を持つのが一番です。」


 レディの言葉を真剣にききながら、私はなるほどとうなずく。

 ベッドの上で、家族以外とほとんど会わずに過ごしてきた少女と、500年も森で引きこもっていて、人間社会についてはまったくもって疎い妖精なのだから、経験値がたりないのはもっともである。


 特に、社交界での約束事や人の心の機微などは私にはまだまだ難しい。

 経験則が無く、常に足元がふわふわしている中をそろそろと歩みを進めているのだから、ピンシャンと立てないのも無理からぬことなのだろう。

 これから新しい婚約者や友人を探そうと意気込んでいた私には、丁度良い話である。


 沢山夜会に出て、いろんな人と話をしてみたい。

 ひろがる希望に、私は目を輝かせた。

 そんな私を横目に、レディは「ただ」と付け加える。


「必要な時に、涙を見せるのも、失神して見せるのも淑女にとっては必要なことよ。わたくしあなたにおしえましたね。使える武器はすべて使えと。いつでも毅然として強い女は時として孤立しやすい者なの。特にあなたのような娘は敵を作りやすいのだから、頑なに鋼のように立つのでは無く、時には綿毛のように柔らかく柔軟に対応することも必要なのよ。うまく立ち回らなくてはダメ。」


 この話は、私には随分と難しい話に思えた。

 つまり、必要な時は悲しくなくても泣け、ということなのだろうか。

 思った時に失神して見せたり涙を流すというのは常に毅然としているより、随分難しいように思う。

 そもそも、涙ってコントロールできる物なのだろうか。


 それに一つ、レディの言葉に気になるものがある。


「レディ、わたくし、敵を作りやすいのでしょうか?」


 自分から積極的に他者を害そうと思ったことはあまり多くない。

 先日グレイン子爵にロザリンドを突き飛ばされた時くらいである。

 それなのに、他者は私を敵とみなすのだろうか。


 私の質問にレディは優し気に微笑んだ。


「かわいいリィシャ、残念だけど、世間はあなたの思うほどきれいでは無いし、あなたの家族のように無償の愛を注いでくれるわけでも無いのよ。あなたは美しくて、とても目立つのよ。人は自分より優れた者を妬ましく思うものなの。でもそれはちゃんと自覚しておけば、避けることができるものなのよ。とても難しいことだけれど、覚えておいて。」


「わたくし、そんなに目立つのでしょうか。ローザの横にいると、霞んでいるような気さえしますわ…。」


 あまり実感がもてないレディの言葉に首をひねった私の顔の前に、レディはびしっと人差し指を立ててみせる。


「そういうところよリィシャ。さきほど言ったばかりでしょう、自信をお持ちなさい。あなたはわたくしの生徒なのよ。そのへんのご令嬢と一緒なわけが無いでしょう。」

「そうだぞアリィシャ。お前は私のかわいい妖精なんだから。本当にまぶしくてお父様いつも目がつぶれそうだよ。」


 それまで黙ってきいていたお父様も参戦して、私の頭をポンポンとなでた。

 父はいつも私をほめちぎってくれるので話は半分の半分くらいでいいとして、なるほどたしかに私はレディに教わるという幸運に恵まれたのである。

 作法や所作は他の令嬢よりも上なのかもしれない。

 そう思うとなんだか嬉しくて私はソファの上ではしたなくもぴょんぴょんと跳ねたい気分になる。


「わかりましたわレディ!わたくし、自信をもってみます!もっと沢山の夜会に出て、経験を重ねますわ!」


 目を輝かせ、胸の前で手を組んで神に祈るようなポーズで力強く宣言した私に、レディはにこやかに頷いた後、話をつづけた。


「そのお話なのだけれどねリィシャ。あなた、もう今年はフェリンドにお帰りなさい。」

「はぇっ!?」


 そうよ、頑張ってね、と言われると思ってた私は予想と180度違うレディの言葉に、力強く「はい!」と言おうとした口のまま、変な返事をしてしまった。

 両親も驚いたような顔でレディを見つめている。


「ど、どうしてですかレディ?わたくし、何かいけないことをしたのでしょうか…?婚約についての中傷をご心配なら大丈夫ですわ。わたくし頑張れます。」


 やはりレディは拝華祭を途中で投げ出したことを怒っていらっしゃるのだろうか?

 泣き出しそうな気持ちで尋ねる私に、レディはゆっくりと優美な動きで首を横にふる。


「あなたにはなんの非もなくてよリィシャ。それにわたくし、自分の生徒を綿で包んで守るような趣味はありませんの。必要な時はひどい糾弾の中にでも放り投げてさしあげてよ。でもさきほどの私の言葉と一緒に考えてみて。あなたは婚約者に裏切られたご令嬢なのよ。そんな者が意気揚々と沢山の殿方に囲まれて夜会に出ていたら、皆さんどう思うかしらね?」


 レディにひとつひとつ言い含められるように言われ、私は想像をめぐらす。


 たしかにひどい有様で逃げ出したことに関して、婚約者の裏切りによって憔悴した令嬢というのが私の世間一般の認識だと思うが、そこへ夜会で楽しくおしゃべりでもしようものなら、なんだ、思ったよりも元気じゃないかと思われるものだろう。


「わたくし、今回のことには口をだすまいとおもっておりましたのよ?」


 わたしが夜会で呆れられる私を想像し眉を下げたところで、レディは思わし気に、ふう、と息をつく。

 その仕草がとても色っぽくて、私は女なのにドキドキした。


「だけれどあの男、男らしく責任を取ればよいものを、わたくしのローズを嘘つきよばわりした上に、そのことで王太子殿下から遠ざけられてあせったのか先日のあの事件でしょう?」


 レディの声は、優し気で穏やかだ。顔もそれはもう、美しい笑顔である。

 しかし何故か私は背筋に寒いものを感じて、ぶるりと震える。

 先日装飾店でロザリンドに感じた悪寒と似ているが、それを煮詰めて何倍にもしたような気配がする。


「だから今回は、徹底的につぶして差し上げることにいたしましたの。アリィシャ、それにはあなたが都にいてはダメなのよ。一年間みっちり頑張ったのですもの。ウルベルト殿下には悪いけれど、自分へのご褒美だと思って故郷でゆっくりしていらっしゃいな。大丈夫、その間に羽虫はわたくしが駆除してさしあげますわ。」


 うふふ、楽しみねと笑うレディに、私はこくこくと頷くことしかできなかった。

 何故そこにウルベルト殿下の名前が出てくるのかまったくわからなかったが、質問する度胸は私には残念ながら無かったのである。

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