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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
21/54

20 後悔

 失敗した、失敗した、失敗した。


 朝日に目が覚めてから私は枕をかかえ、その一言を何度も脳内で繰り返していた。


 まったくどうして!何故!!あの時逃げ出してしまったのだろうか。

 今になって冷静によくよく考えてみれば、逃げる必要なんてまったく無かったのだ。


 たしかにルミールお兄様を引き連れたあの男は明らかに私に向かってきていたけれども。

 だからといって、別に正体がバレたとは限らないはずだったのに。

 なのに彼が目に入ったとたん、動悸の激しさに眩暈を覚えて、まったく正常な判断ができなかった。

 とにかく、あそこから逃げたいという気持ちで一杯になってしまったのである。


 逃げ出したらそれこそ、怪しいですよと言っているような物だったのに!


 混乱し、狼狽しきっていたせいで、昨日のあれからのことはあまり詳しく覚えていない。

 ルミールお兄様にかかえられるように帰宅し、驚いた様子のジェニーたちにお化粧を落としてもらい、ドレスを脱いでお風呂に入れてもらったあたりで記憶は途切れている。

 たぶん、お風呂で寝落ちしたのだろう。大騒ぎして帰宅したのにいい気なものだと自分に呆れてしまう。


 そんな中、ロザリンドがあの男を、「ウルベルト」と呼んでいたのは微かに記憶にあった。

 ウルベルトというと、我が国の第二王子である。

 ということは、王太子つながりでロザリンドのほうに用事があったという可能性だってあるでは無いか。

 しかしそれにしても…


「第二王子……第二王子なんて……。」


 たしか彼は近衛騎士団長だったはずでは無いだろうか。

 なんで近衛騎士団長があんな王都から離れた森で妖精狩りなんてしていたんだろうか?

 王太子よりはありえるかもしれないが、どちらにせよ謎である。


 しかも私は、昨日そんないと高き方に、「離して!」とか怒鳴ったんじゃなかったか。

 挨拶もせずに。

 離してください、ならまだどうにか……。

 いや、それもダメだろう。ダメダメであろう。

 これは中身がバレなくても不敬罪で死ねてしまう。

 これで墓場まで秘密を持っていけるね!


「って嬉しくないわー!」


 思わず自分の思考に突っ込みを入れて、枕をベッドにたたきつける。

 すると恐る恐る、といった様子でコンコン、とノックが聞こえた。


「は、はい!どなた?」


 まさか聞かれてしまっただろうか?とあせって枕を正しい位置に戻しポンポンと叩く。

 しかしどうやら聞こえていなかったのか、もしくは聞かなかったことにしてくれたのか、ドアの外からは気遣わし気な、ジェニーの声がした。


「お嬢様…。ジェニーでございます。あの、お加減はいかがでしょうか?朝食をお持ちいたしましたが、お口に入りますか?」


「まあ、ありがとう。心配をかけてごめんなさい。大丈夫よ、昨日あまりお腹に入れなかったせいでぺこぺこなの。運んでくれるかしら?」


 急いで、今ベッドから起き上がりましたよ、といった風を装いながら返事をする。

 すると外から、嬉しそうな気配が伝わってきた。


「失礼します。」


 すぐにドアが開かれ、ジェニーとその後ろに、昼食を乗せた盆を持った使用人たちが三名ほど部屋に入ってくる。

 ジェニーは私の姿を確認すると、「お嬢様!」と言って抱きしめてくれた。

 昨日せっかく着飾ってくれたのに、さんざんな恰好で帰ったために随分心配をかけてしまったようだ。

 後ろの三人も私の様子を伺いながら、そっと朝食をベッドの上に支度してくれる。

 どうやら今日は、ベッドから出なくても良いように計らってくれているらしい。

 昨日の私の狼狽っぷりは頭が変になったのではと疑われてもおかしくないが、頭はともかく体に異常はないのだけど…。

 そうは思ったが、彼等の瞳は私への純粋な気遣いしか感じられなかったので、素直に好意を受け取っておく。


「ジェニー、昨日はせっかくのお化粧を台無しにしてしまってごめんなさいね。せっかく朝から頑張ってくれたのに…。」


 朝食のパンをちぎりながら、私はジェニーに改めて謝罪する。

 逃げ出してしまったせいで、せっかく気合を入れて飾ってくれたのに、夜会の半分も出られなかったのだ。

 

「まあ、そのようなことお気になさらずとも大丈夫ですわ。あとは旦那様がすべて取り計らってくださいます。お嬢様は安心してお寛ぎくださいませ。」


 ジェニーは驚いたような表情をした後、醜態を晒した私を責めるわけでもなくふんわりと優しく笑い、首をふってくれた。

 その心遣いがとてもうれしい。


 しかしお父様にもご迷惑をおかけしたとなると、あまり寝てもいられないだろう。

 やはりお詫びは本人も居なくてはなるまい。

 いかにお父様達が私に甘く、守ってくれようとしていたとしても、それは道理であり、仁義であり、誠意である。

 お父様が私に代わって不敬罪で処罰されてはたまらない。

 ものすごく怖いけど、出来れば行きたくないけど、また泣いてしまうかもしれないけど、けじめはつけなくては。


「そうなの…でも、やはり私も謝罪に伺わなくてはいけないでしょうね。」


 ふう、と憂鬱な気持ちをこめてため息を吐きだす。

 しかし次の瞬間、目の前にジェニーの顔があり、ひゅっと出したため息をまた吸い込んでしまった。


「お嬢様が謝罪なさるなんて、とんでもございませんわ。不貞を働いたのはあの男です。お嬢様にはなんの落ち度もありません!」


 静かながら、はっきりとした口調で言い切るジェニーに、後ろの使用人三人も首を揃えて、うんうん、頷いている。


 私はジェニーの勢いに押されながら、「そ、そうね。」と言ってパンを口に入れた。

 もぐもぐとパンを咀嚼しつつ考える。

 不貞…?不貞ってなんだっただろうか。

 視線を宙にさまよわせ、ぐるりと天井を一周する。

 そしてパンを咀嚼し終え、ごくりと飲み込んだところで私はようやくその言葉の意味に思い至った。


 そういえば、グレイン子爵があの場に居たんじゃなかったかしら…と。

 ウルベルト殿下のことで頭が一杯ですっかり忘れていた。


 女性とくっついているなー。そういうことかー。くらいには思った覚えはあるのだが、いかんせん命の危機の前にはかすんでしまっていた。

 大変申し訳無いことに、彼等のことをガン無視で逃げ出した手前、それはそれ、これはこれ、と分けて考えていたのである。


 言われて見れば、昨晩の私はウルベルト殿下にキョドって逃げ出した不審人物、ではなく、恋人の不貞にショックを受けて逃げ出したかわいそうなご令嬢と見えなくも…ないのか。ないのか??

 むしろ他の人たちの中ではそういう認識になっているのでは…?

 ごくり、と唾を飲み込み、プリプリとしているジェニーを見つめる。


「あ、あの、ジェニー。あなたたち、昨日のことを聞いているのよね…?」


 恐る恐る尋ねると、ジェニーははっとした表情をして申し訳なさそうに項垂れる。


「申し訳ありませんお嬢様。お辛い記憶を思い出させるような発言を…。」


「あっ、いいえ。それはいいのよ。私は本当にもう大丈夫なの。それより、わたくし、混乱していたようであまりよく覚えてなくて…、あの、グレイン子爵様は…。」

「あんな男に敬称など必要ありませんわお嬢様。」


「そ、そうね…。」


 私が小さくうなずくと、ジェニーはどこまで話してよいのか、といった様子で逡巡した。


「申し訳ありませんが、わたくしたちもその後についてはお聞き及びしておりません。婚約については、旦那様よりお話があるかと思いますので…。」


 そこまで言って、ジェニーは気づかわし気にこちらを伺う。

 もしかしたら私がまだグレイン子爵を好きなのではないか、とその視線が問いかけてきているような気がする。


 私は努めてはかなげに微笑んで、ありがとう。わかったわ。と彼女にお礼を言った。

 そして表情に出さないように細心の注意を払いつつ、心の中でぐっと拳を握る。


 その筋書、頂きます!


 グレイン子爵には少し申し訳ないような気もするが、不貞があったことはたしかなようなので、自業自得ということでよろしくお願い申し上げたい。

 他の女性に走る程私の魅力が足りなかったのかと思うと残念無念であり、この一年思い悩んだことが無駄だったのかと思わなくもないが、結局のところ、本人ではなく親同士の意志での婚約だったのであり、お互いに思う心が育たなかったのだから仕方あるまい。

 その点についてはお互い様だ。


 今回の結果を見れば、私も不審人物の汚名を免れるし、彼も好きな人と結ばれるのだからwinwinだとも言えなくは無い。


 幾分か気持ちが軽くなって、朝食がより進む。


 出来れば起き上がって、次に向けての淑女勉強に精を出したいのだが、さすがに数日くらいは自己謹慎の意味合いも込めて部屋でおとなしくしていたほうがいいだろう。

 自業自得とは言え、グレイン子爵に婚約者を泣かせた男の汚名をかぶせてしまったし、対外的に見て、私は婚約者に裏切られて傷心中の令嬢なのだから。


 とは言え、家族にあまり長く心配をかけるのは本意ではない。

 一週間以内には部屋から出られるようにしたいところである。

 そんなことを考えながら、私は朝食をおいしく完食した。


 この時私は不審者の疑いをかけられずに済んだことと、ここ一年心にわだかまっていたグレイン子爵との関係が一段落して、随分心が緩んでいた。

 そのため、ウルベルト殿下への不敬問題についてはまったく解決してないことを、すっかり失念していたのである。

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