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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
20/54

19 取り残されて

 その時の心境を言葉にすると、ガーンだろうか。


 もっとぴったりな、難しい言葉があるかもしれないが、あまりのことに彼の頭は若干その仕事を放棄しかかっていた。


 彼女が先ほどまで居た場所に、星鈴草のかおりが風にのってふわりとかおる。

 腕を捕まれ、振り返った顔は、たしかにあの日、月に向かって踊っていた少女のものだった。

 しかしその表情はあの日の嬉しそうな笑顔ではなく、

 目には一杯の涙を貯め、彼に怯えるような視線を向けていた。

 あの少女を見た数日前、籠の中で震えていた妖精の顔にもかぶって見え、彼の衝撃を大きくしていた。


「「アリィシャ!」」


 走り去っていく少女の後ろ姿に、彼女の横に居た黒髪の美少女と、ルミールが叫ぶ。

 そうか、彼女の名前はアリィシャと言うのだな…。と、どこか別のところで考える。


 黒髪の美少女はこちらとアリィシャを見比べ、少し困った顔をしたが、すぐに淑女の礼をとった。


「ウルベルト殿下、わたくし、ロザリンド=ウェジントンと申します。彼女は今少し混乱しておりましたようですの。本来であればご挨拶を申し上げるところ、礼もせずに御前を辞する無礼をお許しくださいませ。」


「あ、ああ。構わない。」


 呆然自失ながら、なにやら許しを請われているらしかったので、アリィシャに手を振り払われた体制のまま、頷く。

 脳みその、先ほどアリィシャの名前を確認したあたりで、そうか彼女がキースの妹か、と考えながら。


 たしかに良く顔が怖い、と苦情をいただくことはあるのだが、いきなり泣かれたのははじめてである。

 なんだか失神しかけていたようだが、もしかして自分の顔のせいで気が遠くなるほど怯えさせてしまったのだろうか?

 さすがにそれは落ち込みそうだ。


 なんとか体制を立て直して、アリィシャに振り払われた手を見つめる。

 一瞬だが、握った腕はまるで枝のように細かった。


 ~いきなりこんな大男に腕をつかまれたらそりゃあ怖いか…?


 マイナスな思考が頭にのしかかり、ウルベルトが項垂れていると、ルミールが、横に居た男に走りよる気配がした。


「グレイン子爵、これはどういうことです。何故妹は泣いていたのですか。」


 さきほどの怯えたうさぎのような男と同一人物とは思えないほど、怒気を孕んだ声に、振りかえる。

 するとそこには自分と同じく青い顔をして頭を垂れた男がいる。

 よく見るとそれは、兄のところでたまに見る男だった。

 たしかグレイン侯爵家の長男だろう。

 女連れだと思って気に留めていなかったが、彼等も知り合いなのだろうか?

 そう思って見回すが、さきほどまでグレイン子爵にしがみついていた女性はもうどこにも居なかった


「どういうことだルミール?妹君が泣いていたのは彼が?」


 もしかしたら自分のせいじゃないかもしれない。そう思ったら安心したと同時に、目の前の男に怒りを覚える。

 彼のせいで余計な心配をしてしまったのもあるが、同じ男として女性を泣かすのは許せないことである。


 顔の恐ろしさで泣かせてしまう件については、ノーカンにするとして。


 ルミールは何か言おうとしたが、そこへロザリンドが間に割って入った。


「お止めくださいルミール様。これ以上は殿下の耳を汚すだけですわ。どちらにせよ叔父様にご報告し、しかるべき対処をしていただきましょう。」


 そう言いながら、酷く冷たい視線をグレイン子爵に向けている。

 ルミールはまだ何か言いたそうではあったが、納得はしたのか、一歩下がる。

 そしてこちらに向き直った。


「閣下、妹が大変申し訳ありません。妹の紹介は、また後日、日を改めさせてください。そしてご無礼だとは承知しておりますが、もしお許しが頂けるのでしたら、妹を追ってもよろしいでしょうか?」


 そう言ってこちらをまっすぐ見上げて懇請する。

 その姿は先ほどの少女然とした姿とは違い、ちゃんと青年に見える。


 ウルベルトとしては、何があったのか気になってはいたが、これ以上は各家の問題であり、王族である彼が口を挟むとややこしくなるだけだろう。

 名前もわかったのだから、今日のところは良しとすることにし、ルミールに「勿論だ。」と頷いた。


 それに続いてロザリンドも


「殿下、わたくしも御前を失礼いたします。」


 と一礼して、ルミールに続く。

 が、数歩進んだところで何かに気づいたように立ち止まってこちらを振り返った。


「殿下、あの、わたくしの兄は…。」


 そう問われ、そういえば彼女のデビュタントから兄を取り上げてしまったのは自分だったことに気づく。


「あ、ああ。先ほど一緒に会場に来た。たぶんあなたを探していると思うが。」


 そう言うと、彼女はさきほどまでの険しかった表情を少し緩めた気がした。

 そしてまた一礼して、今度こそ足早にその場を去っていく。

 後に残されたのはウルベルトと、グレイン子爵だけである。


 ウルベルトはチラッと横の男に視線を向け、ため息をつく。


「おい、私は会場に戻るぞ。お前もその恰好を正して戻れ。」


 そう言って、来た道を戻る。事情も知らないウルベルトには、こう言うのがせいぜいだ。

 本当に彼がアリィシャを泣かせたのであれば悪態の一つもついてやりたいところではあるが、侯爵家の子息を無関係な彼がなじっては禍根になりかねないだろう。

 ここは首を突っ込まずに立ち去るだけで良しとしてほしい。


 会場に戻りながら、月を見上げる。

 今日は満月だ。二年前の月夜の晩から、彼女には逃げられっぱなしだな、とウルベルトは嘆息する。

 胸元のポケットを布越しに触ると、先日拾った星鈴草のピアスが固い感触を返してくる。

 まあ、また次会えるだろう。

 逃げられてばっかりではあるが、その分、また出会っているのであるから。


〇・〇・〇・〇・〇


 ロザリンドとルミールが探すと、ほどなくアリィシャは会場ではなく回廊の先の庭先で、震えているのが見つかった。

 声をかけるとビクリ、と肩を震わせ、涙の跡が新しい赤い顔でこちらを振り返る。

 追ってきたのがルミールとロザリンドだとわかると、ほっとしたのかルミールに抱き着いた。


「ご、ごめんなさい私…あの、赤い人は…。」


「ウルベルト殿下でしたらわたくしが謝っておきましたわ。お優しい方だから大丈夫よ。それよりこんな状態ではもう会場には戻れないでしょう?ルミール様と先にお帰りなさいな。叔父様方への言伝はわたくしがいたしますわ。」


 ルミールの腕の中で小さくなるアリィシャをなだめ、一目につかない道を通って入口に向かう。


 ルミールはたぶん、騎士団の詰め所より徒歩できたのであろうし、アリィシャはグレイン侯爵家の馬車にのってきたはずである。

 ラフィルには悪いが、フェリンド家の馬車は叔父たちが乗ってきた馬車もあるはずなので、自分たちが乗っていたラフィルの馬車を使うように言って、ロザリンドは彼らと別れた。


 会場に戻ると、夜会は宴もたけなわ、といった様相である。

 姿が見えなかったロザリンドが戻ったのを見て、男たちがダンスの誘いにやってくる。

 それを笑顔でかわしながら、ラフィルと叔父たちを探した。


 先に見つかったのは叔父夫婦だった。

 父と供に、何やら楽しそうに歓談している。

 ロザリンドに気づくと、父親が真っ先に腕を広げて歓迎してくれた。


「ロザリンド!私の薔薇!今日は本当に素晴らしかったよ。しかし一曲しかダンスを見れなかったのは残念だったな、君らしくない。もう踊らないのかい?」


 そう言いながら抱きしめてくる父親からはワインのにおいが漂ってくる。

 どうやら少し酔っぱらっているようだ。


「お父様、ありがとう。でもごめんなさい。わたくし叔父様にご用がありますの。」


 力いっぱい抱きしめてくる父親の胸を両手で押して、こちらをほほえましそうに見つめている叔父夫妻に向き直る。

 後ろで父が「なんでセルジなの!?まずはお父さんに喜びの報告は無いのか!?」と悲壮な声をあげているが、それどころでは無いので無視である。


「叔父様、叔母様、お愉しみのところ大変申し訳ありません…あの…」


 そう言って声を落とし、さきほどの出来事を簡潔に伝える。

 話を聞いていくうち、叔父の顔は赤くなり、叔母の顔は青くなっていく。

 危うく叔母が失神しかけたのを叔父が手で支え、ロザリンドに短く礼を言うと、二人は急いでその場を後にしてしまった。


 ロザリンドの背中にべったりくっついていたためにところどころ聞こえていたらしく、だいたい事体を察したらしい父も、それを見送りながら険しい顔をしている。

 さきほどのデレデレだった男とは別人のようだ。


「お父様、わたくしラフィル様にもご報告にまいりますので。」


 そう言うと、頷いてすぐにいけ、と視線で指示してくる。

 そのままそこを後にし、次に向かったのは先ほどラフィルと別れた場所の先にある飲食スペースだ。

 そこでラフィルはご令嬢と歓談中だった。


 睨んでくる令嬢に、「わたくしのパートナーのお相手をしてくださってありがとう。申し訳ございませんけれど、お返しいただきますわね。」

 と少し強引気味にラフィルを引っ張り出して、人が少ない場所まで引きずってから先ほどと同じく簡潔に報告する。


 ラフィルは、「アリィシャが泣いてたって!?」

 と目を丸くしたが、すぐにそこから退室するかは迷ったようだ。

 エスコートをしているロザリンドを置いて先に帰ることはためらわれたのだろう。

 わたくしは構いませんから、と言おうとした時、後ろから影がさした。

 誰かに聞かれたのかと振り向くと、そこにいたのはいつものように無表情の兄だった。


「ラフィル、代役ありがとう。君はもう行っても良い。」


 多分、ウルベルトから事の次第をすでにきいていたのだろう。

 そう言って出口を視線で促す兄に、ラフィルは少し迷ったようだが、頷いて小走りに去っていく。

 その後ろ姿に、そういえば馬車をルミールたちに使わせたことを思い出し


「もし叔父様たちに追いつかれなかったら、ウェジントン侯爵家の馬車をお使いになって!」


 と声をかけた。

 彼は振り返らなかったが、聞こえたらしく、手を上げて了承の意を示す。

 あとには兄とロザリンドが残った。


「まったく、なんてデビュタントなのかしら。」


 ラフィルの背中を見送りながら、額に手をあてため息を吐く。


「すまなかった。」


 そう言って、兄が手を差し出してきた。

 すぐには手をとらず、ちらりと横眼で彼を見上げる。

 相変わらず、その顔は無表情だが、青い瞳が、真摯にこちらをじっと見つめている。


「まあよろしいですわ。ぎりっぎり、最低には届きませんでしたもの。」


 そう言って、ぱん、といささか乱暴に兄の手に自分の手を重ねる。


「お兄様、わたくしのダンス、ご覧になっていなかったでしょう。」

「ああ。もう一度、踊ってくれないか。」

「仕方がありませんわね。今回だけ特別ですわよ。」


 ふん、と高飛車に鼻をならすと、兄はそれに気にした様子も無く彼女をダンスホールへエスコートする。

 そこでは夜会の最後の曲が、始まろうとしていた。

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