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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
19/54

18 不機嫌な黒薔薇

 ロザリンドはその日、少し機嫌が悪かった。


 自分のデビュタントという晴れの日であり、それ自体はとても喜ばしいものだ。

 しかし数週間前、今日のエスコート役だったはずの兄が、急遽仕事により参加が難しくなってしまったのである。


 ロザリンドは私より仕事を優先するなんて…というような分別の無いことを言うような娘ではない。

 ウェジントン侯爵家は国でもトップ層の侯爵家であり、兄が携わる仕事もまた、国にとって、重要なものであることを理解しているからだ。


 しかしそれがかえって、約束を破られたことへの憤りをぶつける場所を見失わせ、ここ数週間彼女を悶々とさせたのである。


 兄の代打を引き受けてくれたのは、従兄であるラフィル=フェリンドだ。

 彼に不満はない。

 むしろ彼はロザリンドにとっては初恋の相手である。

 父が彼女を溺愛していたがために、幼少の頃彼女が知っている男性と言えば、家族を除けばフェリンド家の面々だけだったために、はてしなく選択肢が狭かったことは否めないが、それでも幼い頃の恋心を思い出せば、まあ悪い気分でもない。


 しかしこれはこれ、それはそれなのである。


 そんなわけで、一曲目のダンスを終えた後、押し寄せてきた男性陣を前に、もう一曲踊ろうという気にはならなかった。

 ラフィルの腕をがっちり掴んだままなるべくはかなげに見えるよう目を伏せる。


「申し訳ありません、わたくし少し疲れてしまいましたわ…。後ほど是非お相手してくださいませ。」


 そしてそれではご機嫌よう、とばかりに彼らをさっさと下がらせて歓談スペースのほうへラフィルを引きずっていったのだ。


 移動しながら、横を見れば親友もまた、男たちに囲まれているようだった。

 助け舟を出してやろうかとも思ったが思いとどまる。

 ロザリンドの母によく似た親友は、無精者の婚約者のせいで、その外見のわりにとことん自己評価が低い。

 ここで一度囲まれておけば、少しは自信もつくだろうと思ったのだ。


「ロザリンド嬢がお疲れとは思いませんでした。10曲くらいは踊られるかと思いましたよ。」


 ラフィルが後ろの男たちをちらっと振り返りながら苦笑する。

 公の場のせいか、口調はいつもと違ってよそ行きである。


「まあ、わたくし10曲も踊れませんわ。常識でものを言ってくださいませ。」


「失礼。妹がそのような話をしていたもので。それにロザリンド嬢ならばあるいは、と馬鹿なことを考えてしまったんですよ。しかしまだウェジントン子爵に怒ってらっしゃるんですか?」


「怒っていませんわ。ただ残念に思っているだけですの。」


 ふう、と息をついて会場を見回す。

 兄は今日の朝、もしかしたら途中から参加できるかもしれない、と言っていたが、見たところまだ到着していないようである。

 そのかわりにこちらに話しかけてきたそうにしている男たちと、忌々し気に見つめているご令嬢の視線が集まっているのを感じる。


 とはいえ、ロザリンドは注目されることには慣れていた。

 親友とは違い、彼女は自分の容姿が客観的に見て他より頭ひとつ飛びぬけていることを知っている。

 さらに、きつめの目元のせいで女性に嫌われやすいことも。

 気にせず話してくれるのは従妹で親友のアリィシャくらいである。

 ロザリンドは出来れば女性の知り合いを作りたいと思っていたのだが、なかなか話しかけてきそうなご令嬢は居ない。


「さて、では冷たい物でももってきますか。それとも外で冷たい空気でも吸いますか?」


 ラフィルもまわりの視線をさして気にしていないようで、気軽な感じで話を変える。


「そうですわね…」


 返答をロザリンドが考えていると、にわかに背後がざわついている。

 二曲目がはじまったようなので、アリィシャが注目でも集めているのだろうか。


「うわ」


 妹の晴れ姿を確認しようと振り返ったらしいラフィルから、そんな声が漏れた。

 不思議に思って振り返ると後ろに人が避けたことで道ができている。

 その道を鮮やかな赤い髪の毛をなびかせてこちらに近づいてくる男が居た。


 彼を目に入れた瞬間、ロザリンドの機嫌は「少し」悪いから「大分」悪いに悪化した。


「ロザリンド嬢!壇上で拝見しておりましたが、今日のあなたは大輪の薔薇のようでしたね!大勢の中にあっても、あなたは見失うほうが難しい。」


 まっすぐこちらへやってきて、朗らかな笑顔を振りまきながら話しかけてくるこの男は、この国の王太子のエラン=ドラグ=ハズルーンだ。

 現状、煩わしいことにロザリンドは彼の妃の筆頭候補である。


 別に、彼が嫌いなわけでは無い。胡散臭い笑顔は若干鼻につくが、一国の王太子がお花畑を脳内に咲かせているよりはずっといいのだ。

 彼女にとって問題なのは、王太子妃という立場が非常に不自由なことである。

 もし本当に決まってしまったのであればもちろん自分の役目として全うする覚悟はあるが、できれば選択肢を残しておいてほしいのだ。

 しかし彼がこのように公然と自分から近づいてくると、彼女のまわりにはまったく男性がよってこなくなってしまう。

 それでは選択肢があるようで、実のところ、一択しか無いに等しい。


 ラフィルがさりげなく自分から離れようとするのを、ロザリンドはすかさず腕をつかんで捕まえる。

 常であれば逃がしてやるところなのであるが、今日はあいにく彼女の虫の居所が悪い。


「まあ殿下、ありがとうございます。今日は本当に素敵な会ですわね。初めての夜会にこのような場所で踊れたわたくしはとても幸せものですわ。」


 務めて極上の笑顔で微笑むと、王太子はうれしそうに破顔する。


「では」

「でも残念ですわ。素敵な会場で緊張したせいかしら。少し疲れてしまいましたの。ですのでこれからラフィル様とご一緒に少し風にあたってこようかと話しておりましたのよ。ですから殿下はどうか他の方々のお相手をしてくださいませ。」


 さすがに王太子にダンスを誘われては断れないので、先手を打つ。

 ついてこられても困るので、付き添い役がいるというアピールも忘れずに。


 ロザリンドが先ほどのように目を伏せて、もの憂げな表情を作ると、王太子はちらりとその横のラフィルを見た。

 逃げたくても逃げられなくなってしまったラフィルは、笑顔がひきつるのを必死にこらえながら臣下の礼を取る。


「あなたはたしか…ラフィル=フェリンド殿でしたね。フェリンド伯爵家の…。本日は妹君のデビューおめでとうございます。大変美しい姫で鼻が高いでしょうね。」


 そう言う王太子の笑顔は大変柔和なものだが、後ろに背負うオーラは冷たい。


「殿下に名前を憶えていていただけるとは幸いです。妹もうれしく思うに違いありません。私は従兄のウェジントン子爵の名代でロザリンド嬢のお相手を務めさせていただく幸運に恵まれたのですが、本当に今年の拝華祭は華やかでしたね。自分の時のことを思い出して感無量でした。」


 あくまで自分は代打であって、ロザリンド嬢とは血縁なだけです、とラフィルが主張する。


 しかしロザリンドが尚彼の腕を放そうとしないので、王太子の視線の温度は低空飛行のままである。

 とにかく、この場から辞そうとロザリンドが礼の姿勢をとりかけたところで、後ろから声がかかった。


「ローザ!」


 喜色を乗せて自分の愛称を呼ぶその声は、先ほど男に囲まれて難儀していた親友の物に間違いない。

 振り返ると、彼女は少し離れたところで足を止めてしまった。

 王太子が近くにいるのに気づいて、近づくのをためらったのかもしれない。


 ロザリンドは、ラフィルの腕を離して、親友に駆け寄った。

 ようやく解放されたラフィルがため息をつくのが、背後から聞こえる。


「アリィシャ!どうしましたのそんなところで立ち止まって。」


 そう言いながら彼女に近づく途中、その背後に背の高い男性が立っているのに気づいた。

 あの薄情な婚約者が、今日は彼女をしっかりエスコートしているのか、と感心して見上げれば、それは薄情者では無く彼の弟のクライムだとわかる。


「まあ、クライム様でしたの。ご機嫌よう。グレイン子爵はどちらへ?」


 そう聞くと、アリィシャは当たり前といった様子で、答える。


「グレイン子爵は一曲目が終わった後どなたかとお話があったみたいでわかれたのよ。クライム様はさきほどダンスをご一緒して、私が休憩するのに、ボディーガードをしてくれているの。」


「まあ、婚約者をほっておくなんて無粋ですわね。」


 本当に役に立たない男だと、心中でさらに毒づく。

 するとアリィシャの後ろのクライムは、申し訳なさそうに苦笑した。


 彼女をここに連れてきてくれた彼にはお礼を言おうと口をひらきかけた時、後ろからラフィルの呆れた声がする。


「ロザリンド嬢、妹がお好きなのはわかるのですが、殿下を置いていかないでくださいますか。」


 ~まあ、この間にお逃げになれば良ろしかったのに。


 少し驚いて、ロザリンドはラフィルを振り返った。

 先ほどロザリンドが彼と一緒に外へ行くと言っていた手前、何も言わずに立ち去ることができなかったのかもしれない。


 アリィシャが王太子に気づいて目を丸くする。

 そういえば彼女はこれが初対面だったはずである。

 慌てた様子で礼をし、無礼を詫びるアリィシャに、王太子は鷹揚に手をふって名乗り、にっこり笑った。

 その笑顔にほっとしたらしいアリィシャが可憐な花のように微笑む。

 その微笑みに、遠巻きに見ていた男たちの何人かからため息が漏れる。


 未だについてくる王太子を、今度こそふりきるため、ロザリンドはアリィシャに協力してもらうことにした。

 ラフィルでは大分彼に負担がかかってしまうが、女のアリィシャであれば王太子もそこまで気を悪くしたりはしないだろう。

 今一度、まわりで王太子と話したそうに取り巻いている人のほうへ行くよう説得し、ロザリンドはさっさと礼をして会場横の回廊へ向かう。

 慌てた親友の声が後ろからしたが、彼女はついてきてくれることにしたらしい。

 すぐに足音が追いついてくる。


「ローザ、王太子殿下にあのような態度をとって大丈夫なの?」


「殿下はこれくらいのことで侯爵家に嫌がらせをなさるような狭量な方ではありませんわ。むしろ殿下が一人にお時間をとりすぎるほうが問題ですわよ。」


「そうかもしれないけれど…私はラフィルお兄様が少しお気の毒だったわ。」


「ラフィル様は私がいなくなればうまくおやりになるでしょう。でもたしかに、ちょっと八つ当たりしてしまったかもしれませんわ。今度何かお詫びをしないといけないですわね。」


 ラフィルは今日、完全にとばっちりだった。

 彼は優し気に見えて上手く立ち回って世間を渡っていくほうなので、つい甘えてしまった。

 本当は自分が腕を離した時に逃げることもできたはずなのに、ロザリンドが口にした出まかせのために、ちゃんと最後までついてきてくれた誠実さは、グレイン子爵に見習ってほしいところである。


 ~まあ、あの男を引き合いに出すのはラフィル様に失礼ですわね…。


 そんなことを考えながら回廊に出ると、会場の明かりに照らされた先に、すでに男女の先客が居た。

 その二人が何やら話し込んでいるのが聞こえてくる。


「…~が…じゃありませんの。婚約者の方は亡くなったんじゃありませんでしたの?いつまでも挨拶に来て下さらないと思っていたら、なんで死人のエスコートをしてらっしゃるのよ!」


 近づいていくと、どうも痴話喧嘩らしい。女のほうが一方的に男に詰め寄っている。

 しかもなにやら込み入った話のようだ。

 下手に近づいて巻き込まれても損をするだけであるし、少し距離をおいたほうがいいだろう。

 そう考え、アリィシャに声をかけようとして、横を向いた先に真っ青な顔で震えている親友の姿があった。

 その視線は、どうも前方の男女に向いているようだった。


 驚いてもう一度前方の男女を見る。


 先ほどは薄暗くてよく見えなかったが、少し目が慣れてきたようで、今はその顔も見える。

 女性のほうはたしかハゼット伯爵家の三女のデレシア=ハゼットだ。

 参加したお茶会で、何度かみかけたことがある。

 派手好きで、自分のまわりに常に人が居ないと気が済まないご令嬢だ。

 実家のハゼット伯爵家は新興の伯爵家であり、彼女もまた上昇志向が高かった。

 黙っていても目立つロザリンドを良く思っていないらしく、何度か睨まれた覚えがある。

 とは言え、ロザリンドは勝気な女性は嫌いではないし、ご令嬢に睨まれるのはいつものことだったので、その時はさして気に留めなかった。

 その横の男性は、こちらを背にしているので、顔は見えない。

 しかしその長身と、赤茶の髪の毛を見て取って、ロザリンドには事態が飲み込めた。


「グレイン子爵…?」


 小さくつぶやき息をのむ。

 そのつぶやきは本当にちいさいもので、キイキイとまくしたてるデレシアの声にかき消されてしまいそうなものであったが、自分の名前は耳に響くのだろうか。

 こちらに背をむけていた男性が振り向いた。

 その顔は、クライムにそっくりである。


 彼はすぐにロザリンドの横にいるアリィシャに気づいたようで、一瞬目を見開いた後、気まずげに目をそらした。


 ~この男、贅沢者で腑抜けで甲斐性なしで無精者で薄情者で無粋で役立たずなだけでは事足りず、浮気までしてたんですの!?


 アリィシャの手前、叫ぶのは控えたが、この時ロザリンドの機嫌はとうとう底辺まで落ち込んだ。


 デレシアも、グレイン子爵の視線を追って自分たちに気づいたようで、未だ横で震えている親友を睨みつけてきた。

 自分へであればまったく気にしないが、その視線が親友に向いているとなると話は別である。

 底をついた機嫌も手伝って、ロザリンドは氷点下に冷え込む視線でデレシアを刺すように睨み返した。


 ザリッと地面をするような音が隣から聞こえる。


 まさか悪意を向け慣れていないアリィシャが倒れてしまったのだろうか。

 先日、博物館でも倒れそうになった親友の繊細さを思い出し、あわてて支えようとロザリンドが振り向くのと、彼女の視界を赤い残像が駆け抜けるのは同時だった。


「危ない!」


 上がった男の声に、一瞬事態を飲み込めなかったが、どうやらどこかから湧いて出た男が倒れそうになったアリィシャの腕をつかんで支えたようである。

 デレシアに気を取られていて、彼が近づいてきたことに気が付かなかった。


 目を瞬かせて、その男を観察する。先ほど走ったように思った赤は、男の髪の毛の色のようだ。

 まさか王太子がこんなとこまで追ってきたのか?と思ったが、明らかに着ているものや体格が違うし、髪の毛も短く切られており、別人のようだ。

 脳内の貴族名鑑をめくることも無く、ロザリンドは彼の名前に思い至った。


 しかしロザリンドがその名前を呼ぶよりはやく、親友が悲鳴のような声で叫ぶ。


「離して!」


 びっくりしたように震えた男性の手を振りほどき、友人は回廊を走り去っていってしまった。

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