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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
15/54

14 拝華祭1

 ごめんなさい

 ゆるして

 もうしないから


 そんなことを叫ぼうとするのに、喉がはりついたようで、言葉がでてこない。

 ひきつったような吐息がもれるだけの役立たずな口がはくはくと霞をはんだ。

 大きな丸い月を背にして、真っ黒な人影が私を見下ろしている。

 逃げようにも、翅がまったく動かず、1mmだって飛ぶことがかなわない。

 それどころか、手足も石になったように固まったままだ。

 私はただ何もすることもできずにその人影を見上げた。

 人影が、かがんだかと思うと黒い腕が伸びてくる。

 黒い指先が一本一本、私を握りしめていく感触が妙にリアルで、私はまた口を開ける。


 ー助けて神様!


 そう叫ぼうとしたところで目が覚めた。

 窓の外はすでに白んでおり、早朝だということがわかる。

 小鳥のさえずりが、遠くから響いている、


 はあ、と止めていた息を吐き出して、私は額に手をあてる。

 すると湿った感触が指先に触れた。

 どうやら随分汗をかいていたようである。


「なんて夢見…。」


 もう片方の手も頭にそえて、私はうなる。

 今日は拝華祭…私のデビュタントの日だというのに。


 一ヶ月前、博物館横の公園で見たあの人影を思い出す。

 明らかにこちらに歩を進めていたあの赤い髪の人影。

 たぶん不安な気持ちで眠ったせいで、あの日のことを思い出してこんな夢を見たに違いない。


 あの人影が、こちらに向かっていたのは偶然。

 そもそもあれは別人。

 こんな夢を見たのは今日という日が不安だったから。

 そう言い聞かせて、私はベッドからのろのろと立ち上がった。


 化粧台に置かれた宝石箱をあけると、小さい頃より父母が贈ってくれた装飾品にまぎれて、お兄様がくれた星鈴草のピアスがひかっている。


 ただし、片方だけ。


 あの日帰ってからお風呂に入る前にはずそうとしたらなくなっていたのだ。

 屋敷の中や馬車の中を探してみたけれど、とうとうなくなった片方は見つからなかった。

 たぶん、外で落としてしまったのだろう。

 ルミールお兄様は安物だったからなあと笑ったけれど、せっかく頂いたものを、その日のうちになくしてしまうとは本当に情けない。

 今日のお守りに2つ耳に飾ってつけていきたかったとため息をついた。


 ロザリンドがくれた花冠はドライフラワーのリースにして部屋に飾っているのだが、さすがにこれは持ってはいけないだろう。せめてその香りを胸いっぱいに吸い込んで、嫌な夢の邪気払いをする。


「よし!気合よアリィシャ!」


 そう言って朝のストレッチをはじめようとしたところで、部屋のドアが開いた。


「まあお嬢様、ようございましたわ、今日は早起きで…。」


 洗顔用のボウルを片手に入室してきたのは、侍女のジェニーだった。

 ボウルの他にもいつもより多めのものを抱えていたジェニーは、床にぺったりと座った私を見て、眉を潜めた。

 別に朝にストレッチをこなす私の姿はいつものことなので、それについてお行儀が悪い、と思われたわけではない。

 大荷物を一旦タンスの上に絶妙なバランス感覚で載せて、早足でこちらにやってきた。


「お嬢様、どこがお具合でも?」


 そう言って温かい手が私の頬をはさむ。

 随分、冷たくなってたらしい私の顔に、ジェニーの手のぬくもりが心地よかった。


「いいえ、大丈夫なの、ごめんなさい。ちょっと夢見がわるくて…。子供みたいね?」


 言ってて少し恥ずかしくなってきた私は、ふふっと自嘲気味に笑った。

 しかしジェニーはそれには答えず、私のほっぺたをむにむにしている。


「ジェニー?」


 ひとしきりむにむにしたあと、ジェニーは満足したのかにこりを笑った。


「ご安心くださいお嬢様、どうやらお肌にも影響は無いようですわ。さ、今日はお忙しいですわよ。お出かけになるまで時間がございません。すぐに朝食をお持ちしますので、洗顔はお一人で出来ますわね?」


「え、ええ、もちろんよ。」


 私が頷くと、ジェニーはそれを確認して足早に室外へ出ていった。

 慌ただしい様子に一年前の顔合わせの日の準備の様子を思い出した私は、いつもより気持ちはやめにストレッチを終えて、身支度の仕事にとりかかった。


〇・〇・〇・〇・〇


「お嬢様!背筋を伸ばしてくださいませ。」

「は、はぁい!」


 洗われ、磨かれ、塗り込まれ、ひっぱられ、飾られ、日中の時間はあっという間に過ぎ去っていった。

 随分早めに起床したはずであるのに、もう窓の外は夕日に赤く染まりはじめている。

 今日一日の目まぐるしさに、思わず背中を丸めたところ、間髪入れずにジェニーの指摘が飛んできた。


「奥様、いかがでしょうか?」


「そうね…、もう少しこのへんの髪の毛のまわりに飾りを入れて頂戴。はじめてで動き回ったら後れ毛がでやすいでしょう。髪飾りで押さえておけば安定するわ。」


 私から見るともう十分完成形なのではと思うのだが、ジェニーとお母様はまだ何事か話しながら最終調整をしている。


 本日のドレスは淡いグリーンの布地に、胸元に行くほど白いレースの小花が咲いてグラデーションのように見えるドレスで、パニエをあまりいれず、腰下から自然なカーブで裾が床についており、シルエットが細めなかわりに、腰の後ろでむすんだリボンからレースがひらひらと私の腕につながり、動くたびにその布がふんわりとゆれるので、動きがあって面白い。

 この日のためにお母様をはじめレディたちがあーでもないこうでもないと言いながら用意してくださったものである。


 私は普段あまり肌が出るドレスは着ないのだが、このドレスはデコルテや腕の先のほうが徐々に薄いレースの下に肌が透けて見えるようになっており、ほとんどの肌を布地が覆っているにもかかわらず、露出が多いような気がして私はドキドキしていた。


 髪の毛は半分を結い上げ、ところどころに真珠が散らされ、私の顔の横には白い花と細い銀の細工で出来た髪飾りが揺れている。

 ジェニーに髪の毛をさらに調整されながら、私は鏡の中の少女を見つめる。


 本当に、レディやお母様渾身のドレスなだけあって、今日の装いは華やかで居て気品がある。

 しかしそれを着ている私はというと、随分塗ったように思うのだが、朝からその過程を見てきたせいかいまいち見栄えが上がっているのかよくわからない。


 そもそもアリィシャという素材は悪くないはずなのだ。

 しかし最近、元々薄かったアリィシャの色素が、中身の私にひっぱられたのか、余計に薄くなっているような気がしている。

 元々淡い水色だった瞳に、銀色の虹彩がまじっているように感じるのは気の所為であろうか。

 中身が残念すぎて、外見まで物理的ににじみはじめたか…と私は戦々恐々とした。


 私はそっと、ドレスの胸元に手をあてた。

 そして思い出す。ロザリンドの豊穣なる胸元を。

 さすがに13歳だった頃よりは幾分か成長して、人並みにはでっぱっていると思うんだが…

 もう少し…もう少しこう、主張していただきたいと思うのは避けがたい乙女の夢なのである。

 私は母をちらりと見る。

 普段あまり華美な装いをしない母は、今日はすでに自分の支度は完了し、落ち着いた色合いのドレスで身を包んでいる。

 いつもは体のラインを隠すようなドレスを好んで着るため、あまりわからないのだが…


 大きい…。


 そう、あそこから頂いてきているはずですもの。

 この胸にももう少し可能性があるはず。


 私はハッとなって、植物を育てる時の魔法を胸にかけてみる。

 しかし大変残念なことに変化は見られなかった。

 植物と人体では成長の仕組みが違うらしい。大発見である。嬉しくないが。


「お嬢様、本日は胸元は上げないドレスですから、そのようにお気になさらなくても大丈夫ですわ。もう少しご成長になりましたら、盛ってさしあげますからそんな物欲しそうな顔しないでくださいませ。」


 だいたいお嬢様の細い体じゃ大きな胸はアンバランスでしょう、と一連の動きを見ていたらしいジェニーが呆れたように言ってくる。

 髪の毛にかかりきりだと思っていたので見られていたことに狼狽えたが、魔法を使おうとしたことはバレてないようなので、胸をなでおろした。


 それからたっぷり一時間かけ、私の身支度はようやく終了した。


 さあよろしいですよ。と言われて開放された時、私はもうすでにやりきった達成感でいっぱいだった。

 実際のところ、ほとんどの身支度を取り仕切って完成させたのはジェニーをはじめとした我が家のメイドさんたちなので、私はそこに座って鏡を見つめていただけなのだが。


 階下へ降りると、すでに身支度を済ませた父とラフィルお兄様が居間で長椅子に腰掛けながら歓談していた。

 執事につれられ入ってきた私を見ると、ラフィルお兄様は少し目を見開いた後、満面の笑みで両手を広げて立ち上がった。


「リィシャ!いつもこれ以上は無いって思うけど、今日はそれにも増してきれいだね!もう日は暮れているのに、またおひさまが登ってきたのかと思ったよ!いや、どっちかというとお月さまかな?」


 そういってぎゅっと抱きしめてくれる。

 レース越しにお兄様の暖かさがつたわってきて、私はほっと安心する。


 一方、父は少しの間固まっていたが、すっと顔をそらしてしまった。

 何かお気に召さなかったのだろうか、とお兄様の肩越しに見ていたら、なんだか肩が震えている。

 私の後から入ってきたお母様が父によりそい、そっと背中をさすった。


「あなた、今からそんなことじゃ結婚式には立ち上がることもままなりませんよ。」

「だってアレ…。もう本当…。」


 ずびっと何かをすするような音が聞こえてくる。


「お兄様、お父様どうなさっちゃったのかしら…。」


「ああ、いいんだよあれはもう父親の生理現象のようなもんだから。」


 私がラフィルお兄様を見上げて聞くと、兄は私を抱きしめる腕を緩めながら、父のほうも振り返らずにははは、と笑った。


 本日、ルミールお兄様は騎士団のお勤めから直接会場に向かうということで、我が家のメンツはこれで全員である。

 ラフィルお兄様はお忙しいらしいウェジントン子爵に変わってロザリンドをエスコートすることになっているらしく、私のドレス姿を確認すると先に彼女を迎えに馬車で向かった。

 私は今日のロザリンドの装いを想像しながら、会場で会えるといいなぁ、とそんなことを思う。


 ラフィルお兄様がでかけていってから程なくして、我が家の前にグレイン侯爵家の馬車が停まる。

 とうとうグレイン子爵が迎えにいらっしゃったのである。

 エントランスに出迎えに向かいながら、私は一年ぶりの緊張に深呼吸した。

 使用人の皆様が今日のためにこれでもかと磨き上げたらしいエントランスの大理石にうつる自分をちらっと見る。

 その姿はさきほど鏡で確認した姿と変わりは無い。


 よし、頑張れ私。一年の長さを見せつけてやるのよ!


 そう意気込み、頷いていると、執事が玄関の扉を開け、一年ぶりに見る長身の人影が一歩エントランスに入ってきた。

 私はさっと淑女の礼をとる。


「グレイン子爵様、本日はお忙しい中ありがとうございます。」


 ゆっくり5秒数えて顔を上げる。

 するとそこはなんだか思いがけないものを見た、といった表情のグレイン子爵が目を見開いて固まっていた。


 わあ、この方相変わらず大きいわ。そしてやっぱりクライム様に似てらっしゃるわね。

 あ、この場合クライム様が似てらっしゃるのかしら。

 そんなことを考えながら、グレイン子爵の顔を見つめる。

 少したってから、彼が動かないので、私は内心で首をかしげた。


「グレイン子爵様…?」


 礼の姿勢をとき、顔を覗き込むと、我に帰ったらしい子爵が慌てて礼をしかえす。


「ご、ご無沙汰しており大変申し訳ありません。今日はあなたの横にご一緒できますことを幸せに思います。」


 慌てていても礼の動きは乱れない。

 しかし顔を上げた後、彼は目を合わせずに伏せてしまった。

 その頬は少し朱がさしている。

 この反応はなんなのだろう。

 いかんせんここ一年ほっておかれた実績があるので簡単に推し量れない。


「お忙しいのですもの、仕方がありませんわ。でも今日はぜひ、一年分お付き合いくださいませね。」


 本当この一年どうしてたんだ!という内心は置いておいて、私はにっこり微笑むと手を差し出した。


「エスコートをお願いしても?」


 そう言うと、グレイン子爵はゆっくり目線を上げ、私の手を取る。

 そしてちらっと私の顔を見てくれた。


「お見苦しい振る舞いをして申し訳ありません。その…。一年前も驚かされたのですが、本日はその記憶よりずっとおきれいになっておりましたので、驚いてしまったのです。」


 あやうく、変な声が出そうになった。

 今日はともかくとして、一年前の顔合わせでは大分不興を買っていたのだろうと思っていたので、まさかそんなふうに褒められるとは思っていなかったのだ。


 え、じゃあやっぱりここ一年会いに来なかったのは本当に忙しかったから?

 手紙が簡潔なのは性格のせい?

 もしかしてこの一年の心配は杞憂だったのだろうか?


 とはいえ、勉強やら何やら頑張ったのは別に無駄にはなるまい。

 逆に目標ができてよかったじゃないか。

 ぐっと奇声を飲み込んで、私は笑顔を作った。


「お褒めいただき嬉しいですわ!会えなかった分、今日は少し気合を入れましたの。グレイン子爵様にそう言っていただけるなら、頑張ったかいもあるというものですわね。」


 本当に、この一年よく頑張った!

 子爵にも認めてもらい、とりあえず前哨戦は勝利ということで良いのではないだろうか!

 昨日までの不安だった私、グッバイ!


「さあ、参りましょうか、遅れてもいけませんもの。」


 私が上機嫌でそう促すと、グレイン子爵もそうですね、といって馬車へエスコートしてくれる。


 さあ、ここで気を抜いてはいけない。今日はここからが本番なのである。

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