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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
14/54

13 花冠

 結局、お兄様が買ってきてくれたジュースをいただきながらベンチで座っていたら、お茶という雰囲気でもなかったので、博物館に面した公園を散歩して帰ることになった。


「そういえばグレイン子爵が見えられると言っていたから、すぐに帰宅したほうがいいんじゃないかしら?」


 と私は言ったのだが、ロザリンドは扇子を口に当て眉を潜めた後


「クライム様の言う通り、知らせてこなかった子爵が悪いのですもの、こちらが合わせることありませんわ。どちらにせよ一ヶ月後には会えるでしょう。今更あわてても遅いというものですわよ。」


 と鼻をならし、却下したのだ。

 最後の言葉が私に向けられたものだったのか、グレイン子爵に向けられたものだったのかについては定かでは無い。


 そこへルミールお兄様が


「あ、そうだ」


 とポケットをまさぐり何かを取り出す。

 そのまま取り出した物を私とロザリンドの手にのせた。


「さっき売店で売ってたんだけど、二人に似合いそうだと思って買っておいたんだよ。」


 そう言われて手元を見ると、私の手の上には星鈴草、ロザリンドには桜の形をかたどった可愛らしいピアスが乗っていた。


 手の中の物を確認した後、ロザリンドと顔を見合わす。


 先ほどのお兄様の動きを見る限り、ポケットの中から無造作に取り出し、中身を確認せずに渡していたように思う。

 つまり、どちらがどちらの手にわたっても良い、と思っての行動だろう。


 私とロザリンドが、次はお兄様を見据える。


「ルミールお兄様…」

「ルミール様…」

「?」


 二人に見つめられ、頭の上にはてなマークを浮かべたお兄様が首を少しかしげる。


「「なんて残念な…」」


「え!?何!?だめだった…!?」


 二人にハモられ、首をふられ、ルミールお兄様が狼狽する。


「あらごめんなさいませ。ついうっかり謝辞より前に感想が漏れてしまいましたわ。可愛らしいピアスをありがとう存じます。それにしてもルミール様、普段騎士団においでで男所帯なのは仕方がないことと存じますけど、もう少しよく考えて行動なさいませね。特に女性へのプレゼントは誤解の元ですわよ?今回もこのピアス、逆に配っていたら…」

「配っていたら?」


「わたくし、衆人の前で親友のお兄様を足蹴にするところでしたわ。」

「ピアスひとつでそんなに恐ろしいことが!?」


 事態をよくわかっていないなりに、恐ろしいことが起こるらしいことだけは理解したらしく、ルミールお兄様が震える。


 さすがに足蹴は冗談だろうが、たしかにロザリンドに星鈴草のピアスなど渡そうものならいまごろお兄様はロザリンドに告白をしてもいないのに振られる流れになっていただろう。

 我が兄ながら、あぶなっかしい人である。


 ロザリンドがいいこと、星鈴草はね…と説明している間に、私はピアスを台座からぬきとって、耳につける。

 七宝焼で作られているらしいそのピアスは、ころりとした星鈴草の形をよく模しており、大変かわいらしい。


「お兄様、どう?」


 私の声に、お説教され、ちょっと涙目だった兄が振り向く。

 サイドに流れる髪の毛を耳にのせ、ピアスを見せる。

 兄は少しの間私の耳元から全身まで見つめた後、


「うん、すごくよく似合ってるよ」


 と嬉しそうに笑んでくれた。


 こういう邪気の無いところが、憎めないお兄様なのだ。


「どうもありがとう、お兄様。」


 私もお礼を口にして、くるくるとまわってみせる。ラフィルお兄様が居たらはしたないよ、とたしなめられるところだが、ルミールお兄様は笑ってその様子を眺めているだけだ。

 ロザリンドもその様子に肩をすくめる。


「ローザ!私とっても良い気分だわ。このままダンスの練習をしない?」


 そう言って誘うと、親友は私が男性パートですの?と言いながらも、手をとってくれる。

 そのまま二人でくるくるとワルツを踊りはじめた。

 さすがはロザリンドというべきか、私が女性パートをマスターしている間に、男性パートも完璧にマスターしていたようである。

 軽やかなリードに、春の風も加わって、私達の髪の毛を揺らす。

 そんな私達をお兄様は近くのベンチに腰をおろして、見守ってくれたのだった。


〇・〇・〇・〇・〇


 ひとしきりそんなことをしながら公園を回った後、お兄様は馬車を呼んでくるといって私とロザリンドに公園の広場で待つように申し付けた。


 広場は小さな林を囲む大きな野原になっていて、私とロザリンドは今日の出来事などを話しながらお兄様をまつことにする。

 広い芝生の上に点々と恋人たちや家族連れらしい人たちが思い思いに過ごしている。

 すでに日が傾きかけていることもあって、帰り支度をしている人も多いようだ。


「ローザ、今日は楽しかったわ。ちょっと朝から一ヶ月後のことで不安に思ってたのだけれど、私もう少し頑張ってみようと思うの。」


 そう言うと、ロザリンドはうれしそうににっこり笑い答えてくれる。


「お役にたてたのなら何よりですわ。でも覚えておいてねアリィシャ。もし婚約者をよく知った上で気に入らないようなら、ご無理をなさらなくてもよろしいのよ。その時はわたくしもお父様も全力であなたの味方をしてさしあげてよ。」


「そ、そうならないことを祈っているわ。」


 伯父とこの親友なら、たぶん間違いなく、物のたとえではなく本当に実行に移すだろう。

 婚約者との対面が不安な私にとってはなによりも頼もしい言葉だが、場合によって、ウェジントン子爵の仕事がどっと増えそうな予感がする。

 できれば選びたくない手段である。


「それにしても、良いお日柄でしたわね。一日中晴れていて、本当に気持ちよかったですわ。あら、見てアリィシャ。」


 ロザリンドがかがんだので私もつられて足元に視線を落とすと、そこには開いたばかりらしい星鈴草の花が風に揺られていた。


「素敵。できれば夜になるまでここに居たいわね。」


 私もロザリンドに続いて花にそっと顔をよせる。

 芝生に座る形になり少々はしたないが、まだ成人前なのだし、すぐ近くには人はいない。

 広い広場で人の視線もあつまらないので、今日という日は見逃してもらおうと思うことにする。


 ロザリンドも芝生に座り、星鈴草を摘み始める。


「そういえばアリィシャ、あなた夜に星鈴草をご覧になったことがありますの?以前もそんなことをおっしゃっていたけれど…。」


 ロザリンドの問いに、私は自分の失言に気づいてあわてた。

 年若い女性が夜に出歩くのは貴族社会ではあまり多いことではない。

 ましてアリィシャは昼間にだってあまり外に出たことがなかったのだ。妖精の私とは違い、夜に光る星鈴草を見たことなど無いだろう。


「その…実際に…見たことは無くて…。挿絵で!物語の挿絵で見ましたの!」


「あら、そうなの。わたくしも実際には見たことはありませんのよ。でもお兄様が摘んできてくださった花を活けて、部屋を暗くしてみたことならありますわ。数本でもとっても美しかったから、この広場いっぱいならどれほどのものなのでしょうね。」


 ロザリンドはそう言いながら、器用に花を一本ずつ編み込んで花冠を作っていく。

 私は魔法のように紡がれるそれに、話をききながら見入ってしまった。


「大人になっても夜に出歩くことができることは稀でしょうけど…。もしできるなら見てみたいものですわ…。」


 言ってロザリンドは鼻歌を歌い始める。


 それはウェジントン侯爵領で、春の訪れを歌う歌だ。

 私もまだ森に居た頃、村の娘たちがこの歌を歌いながら花を摘むのをよく目にした。

 自然と、私の口からその歌が紡がれる。

 いつもは眺めているだけだったが、一緒に歌いたいなと思っていた頃を思い出しながら。


 ロザリンドも、しだいに歌詞を口ずさみ始め、最後には二人で一緒に歌いあう。


 真白の冬は溶けだして

 大地に染み入り乙女を起こす

 春の乙女は丘に降り

 花で春を埋めるでしょう

 乙女の髪飾りは星鈴草

 夜をキラキラ照らすでしょう

 乙女のくびわは朝の露

 朝をキラキラ照らすでしょう


 歌い終わる頃に、ロザリンドの花冠は完成した。


「小さい頃にお母様に倣って作ったきりだったけれど、なかなかうまくできましたわね。」


 彼女は花冠をかかげて満足そうに頷く。


「すごいわ、ローザは器用ね。」


 私もその出来栄えをたたえ、ぱちぱちと拍手した。


「アリィシャは昔から少し不器用でしたものね。でも、今の歌はとても素晴らしかったわ。淑女が公の場で歌うというのも少しはしたなかったかもしれないけれど、まわりに人もいないし、このお天気に免じて許していただきましょう。さ、どうぞ。本日の歌姫に差し上げるわ。」


 ロザリンドはいたずらっぽく笑うと、立ち上がり、まるで戴冠式のようにうやうやしく私の頭にできたばかりの花冠を載せてくれた。


「星鈴草を贈るのは、別に男性だけの特権じゃございませんのよ。」


 星鈴草を象った小物を贈るのは、「あなたを特別に思っていますよ」という意味。

 私は感激してロザリンドに抱き着いた。


 彼女はさきほどの「私はあなたの味方」という言葉を、二重に念押ししてくれたのである。


「ありがとうローザ、大好きよ!」


「ふふふ、私もよアリィシャ。まあ少しだけ、ルミール様に先を越されたのが業腹ですけれどね!」


 どうやらロザリンドは、先程偶然とは言えルミールお兄様が私に星鈴草のピアスを贈ったことが気になっていたらしい。悔しげな声色に、私は思わずふふふ、と笑ってしまう。


 私がアリィシャになり二年、私もロザリンドのことが、アリィシャと同じく大好きになっていた。

 最初はアリィシャの日記のイメージと随分違うと思っていたのだが、

 二年前に戻って自分に彼女がどれだけ優しいのかについて、小一時間説教したいところである。


「あら、あれ…」


 私がロザリンドから離れたところで、何かに気づいたらしい彼女が私の後ろを指さした。

 それにつられ、私も後ろを振り向く。


 その瞬間、花冠に浮き立っていた私の心はまるで落とし穴にでもはまったように急降下した。

 そこに、思いもよらなかった人物がいたからである。


 広場に面した林から出てきたその人物の頭には真っ赤な髪の毛。

 随分距離は離れていて、その容姿等は判別がつかないのに、ここからでもその色だけはよく見える。


 私はわすれかけていた恐怖の夜のことを思い出し、思わず悲鳴をあげそうになった。


 もしかしたら偶然同じ色の髪の毛をした別人かもしれないが、

 記憶の中のあの鮮やかな赤と男性の髪の色が重なって、心臓が早鐘を打ち始める。


 いやいや、おちついて私の心臓。

 さっき博物館で見たとおり、人間の妖精への認識は極めて低い。

 たとえあの人影が、あの日の男だったとしても、私に気づくことはかなり難しいはずである。

 そもそも、あの出来事から二年もたっているのだし、場所も遠く離れたウェジントン侯爵領だったのだ。

 こんな遠い地に、まさか私がいるなんて思ってもみないだろう。


 胸を押さえ、深呼吸をして心臓に言い聞かせる。


 しかし私の心臓は、その鼓動のスピードを緩めるどころか、ますます加速した。

 なぜなら赤い髪の男性が、こちらに向かってきているように思えるからである。

 心なしか、遠くからあの日感じた圧迫感を感じるような…。


 まさか、嘘でしょう。冗談よね?


「ごめんごめん二人共、まったー?」


 うるさいくらいの心音を押しのけて、ルミールお兄様ののほほん、とした声が後ろからかかる。

 どうやら固まっていたらしい私は、その声に我に返った。

 ロザリンドもふりむいて、なにごとか言おうと口をひらきかけたが、随分あせっていた私は、これは渡りに船とそれを遮ってしまった。


「ありがとうルミールお兄様!さあローザ、風が冷たくなる前に帰りましょう!」


 すこし早口で、怪しまれないだろうか、とハラハラとしたが、ロザリンドは少し何か考えるそぶりをしたあと、にっこりとこちらに笑いかける。


「そうね、アリィシャが風邪をひいては大変だもの。夜風に捕まらないうちに、はやく参りましょうか。」


 そう言うと、少し速足で、公園前の道にとめてあった馬車に私の手をひいて乗り込んだ。

 私は赤い髪の毛の男性が追ってくるのではないかとハラハラしていたが、怖くて後ろは振り向けなかった。

 最後に馬車に乗り込んできたルミールお兄様は、私の頭の上の花冠に目を止めて目を細める。


「リィシャ、それよく似合ってるね。そうしてると本当に妖精みたいだよ。」


 そう言って、花冠を触らないように器用に頭をなでてくれる。


「ローザが作ってくださったのよ。きれいでしょう。」


 ルミールお兄様の後ろでドアがしまった音を確認して、私はほっと息を吐き出しながら答える。


「ロザリンド嬢が?へえ、器用なんだねえ。」


 そんな私にはまったく気づかず、ルミールお兄様はロザリンドと花冠を交互に見つめた。


「ルミール様も、作ってくださる女性を捕まえてはいかが?きっとお似合いになりますわ。」


 そんなお兄様にロザリンドは黒バラスマイルを向けた。


「いや、花冠って僕が捧げるほうだよね。似合わないから!万が一似合っててもつけないから!」


「まあ!恋する乙女の真心を踏みにじるとおっしゃるの?たとえ男性でも、恋しい方に贈られたら笑顔で賜るのが男の甲斐性というものですわよルミール様!」


 その後家につくまでロザリンドはルミールお兄様をつっつき続け、彼女をウェジントン侯爵邸に送り届けた頃にはルミールお兄様はぐったりとなっていた。

 よっぽどピアスのことを根に持っていたのかもしれない。


 私はそんな二人のやりとりを眺めていたら、赤毛の男のことをすっかり忘れていたのであった。

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