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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
13/54

12 博物館

 本日向かう博物館は、王都の学生街の中にある由緒正しき王立博物館である。

 以前もロザリンドやお兄様とともに常設展示を見に訪れたことがあるのだが、今日は「竜王国と幻獣展」と題された期間限定の展示で、元妖精の私には大変に興味をくすぐる展示である。


 特に、妖精について人間がどこまで知っているのかは大変興味ぶかい。

 具体的にいうと、現在アリィシャの中で絶賛引きこもり中の私を人間が知覚できるのかについて知れれば大変うれしい!

 そういった思惑をかかえ、うきうきと博物館の門をくぐる。


 幻獣といっても様々で、主に魔法を操る獣や種族をそう呼ぶらしい。

 会場に入るとまずユニコーンの展示が迎えてくれた。

 ユニコーンと言えば処女しかその背中に載せないというへんt…紳士な獣だったはずである。

 残念ながら銀枝の森には居なかったので、私は生まれてこのかた500年出会ったことは無い。

 展示にはその伝承や、タテガミや角などが展示されている。


「これ、本物かしら?」


 と私が覗き込むとロザリンドは少し考えながら


「ユニコーンと言うと竜王国には居なかったと思うから、たとえ本物という触れ込みでも遠い地からの輸入品でしょう?どうかしら、怪しいですわね…。」


 とやはり興味津津でのぞきこむ。


 ユニコーンの角っていうとたしか、魔力が豊富で精神体である妖精の傷にはよく効くときいたことがある。

 い、いいなー。これほしいなー。

 まあでも、たとえあの時受けた傷が癒えてもアリィシャの人生っていうお仕事が残っているから森には戻れないのだ。

 それよりアリィシャの体で怪我した時に傷によくきく薬を探すほうがずっと建設的か。

 まあさすがに博物館の展示物を盗むようなことはしないけどね!

 私もういたずらしない系の妖精だから!


 うんうん、と決意を新たにしつつ、次の展示に進むと、そこは展示の目玉、少年の憧れ、我が国の礎、竜の展示である。

 ルミールお兄様にもまだ少年の心が多分に残っているようで、瞳を輝かせて展示に見入っている。


「リィシャ、見てごらん竜の鱗だよ。これで防具なんか作るととても軽いのにすごく硬いんだよ!特にね、剣にするには大きな鱗が必要だろう?だから滅多に出ないんだけど、王家には始まりの赤竜のうろこで作った剣が一振りあって、代々の王に継承されているらしいんだ。いやー、いいなぁ、ひと目見てみたいなぁ~。」


 そんな解説なのか独り言なのかわからないことをあれこれ指差しながら教えてくれた。

 ロザリンドがそんな様子を生暖かく見守っている。


 そんなルミールお兄様とともにじっくり時間をかけて竜の展示を見た後、人魚、銀狼、ハーピー、サラマンダーと展示は続く。

 人魚のお姉さま方とはわたし、面識があるのだが、展示に人魚の胸あて、と称して貝殻でできたブラジャーがひっかかってたのには思わず吹いてしまった。

 私が知るお姉さま方は総じてノーブラだったからである。

 銀枝の森の人魚たちが全裸主義だったわけではないことを願いたい。


 そしてようやくたどり着いた妖精の展示室。

 そこは草花に飾られた展示になっており、なんていうか随分と少女趣味なかんじがする。

 たしかに、妖精はガーデニングが好きな傾向にあるので、あまり間違ってはいないのだが

 自分が住む森を花で埋めるものもいれば、発光する怪しげな植物で飾り立てる者もいるので、一概には花=妖精というわけでは無い気がするんだけども。

 ついでに私は緑重視の苔が生い茂ったしっとり派である。


 しかしどうも人間の認識では妖精とはお花の化身であるらしい。

 うーん、これは随分とざっくりとした認識。

 自分たちの文化が少し曲がって伝わっていることに、安心感と不満が混ざりあったなんとも複雑な気持ちになる。


 私が遠い目をしていると、ロザリンドがとんとんと肩を叩いた。


「見て、アリィシャ。妖精の翅ですって。きれいですわね。」


 言われてむけた視線の先に、キラキラと虹色に輝く翅が四枚一対ケースに入れられ展示されている。

 薄暗い展示室の中で、ライトの光をあびて浮かび上がったそれは、記憶のそれより少し小さい。

 とたんに、私の脳裏に、あの日きいた会話がリフレインした。


『それで捕まえた後、こいつはどうしようって言うんだい。まさか焼いて食うわけでも無いだろう。』

『妖精の羽根は不老不死の薬になるというし、羽根でももぐか、見世物小屋にでも売るんじゃないか』


 キラキラ輝く翅の間に見えないはずの持ち主を幻視する。

 視界が揺れて、次の瞬間にはルミールお兄様に抱えられていた。


「リィシャ!大丈夫!?」


 お兄様の焦った声に、はっと我にかえる。あやうく失神しかけたようだ。


「ご、ごめんなさい。人気にあてられたのかしら…。こんなことでふらついていたらレディにメニューを追加されてしまうわね…。」


 なんとか言い繕って立ち上がるものの、翅があるほうには恐ろしくて顔を向けられなかった。


「まあ、顔が青くってよ。少し休んだほうがよろしいんじゃなくて?」


 ロザリンドも展示からはなれ、私の顔を覗き込んで眉を潜めた。


「大丈夫よ!本当に!わたくし、外で少し外気にあたってきますわ。だから二人は展示を最後まで見ていて頂戴。」


 このまま帰ることになっては申し訳ないと、私は心配そうな二人に胸をはってみせ、そそくさと展示を後にした。


 それにしても、あの翅がありし日の自分の行く末だったのかもしれないと思うと本当に肝が冷える。

 無事だったことの安堵感と、いまだバクバク言う心臓をかかえつつ、私は博物館の外へ出た。


 キョロキョロと見渡すと入り口の脇にベンチがある。

 これ幸いと腰をおろし、空気を思いっきり吸い込んだ。

 ああ、美味しい。今日も息をしていられるということに感謝をささげよう。


 と、すぐに横に誰かが座る。

 見ると見事な黒髪の縦ロールが視界に入った。


「ロザリンド?」


 声をかけると、縦ロールの主はこちらを見て微笑んだ。


「バカね、わたくしたちがあなたを一人にするはずがないじゃないの。ルミール様は飲み物を買っていらっしゃるっておっしゃっていましたわ。」


「ごめんなさい、私のせいで途中で…。」


「まあ、もうほとんど見終わっておりましたもの。それに私も少し会場が暑くて辟易しておりましたの。ちょうどよかったですわ。」


 せっかくの展示を見られなかったことにまったく怒る様子もなく、ロザリンドが微笑みかけてくれる。

 本当にこの親友は出来た親友である。

 相変わらず黒そうな笑顔だが、中身はまるっきりの善意だけである。


 お礼を言って、博物館の中庭を歩く人々を眺める。

 すると先程まで展示に夢中でまったく気づかなかったが、人々がみなこちらをチラチラと伺っていることに気づいた。中には遠慮なくこちらをじっと見つめている者までいる。


 その視線の先に思い当たり、私は隣をもう一度見る。

 私に気づいたらしい親友が、黒い縦ロールを揺らして何か?と首をかしげた。


 今日の彼女の装いは都にでかけるにあたって努めて落ち着いた感じになっているが、それでも年々その膨らみを増している胸はシンプルなドレスだからこそこれでもかと主張しているし、真っ白な肌は日傘をさしているにもかかわらず太陽の光を反射して眩しいし、黒いまつ毛は彼女が視線を動かすたびにアメシスト色の宝石のような瞳を飾ってバサバサと音が聞こえてきそうなほど長い。

 赤い唇は控えめなお化粧であっても瑞々しさとその鮮やかな色を真っ白な肌の上で主張している。

 そんな少女が、レディ仕込みの優美な所作でそこに座っているわけである。


 そう、もう身近になりすぎててすっかり忘れていたが、ロザリンドはそんじょそこらで見ないくらいの美少女だったのだ。

 枕詞に、意地悪そうな…とつくのではあるが。

 とはいえ、逆にきつめの性格の御婦人をお好きな殿方も多いのだときいたことがあるし、ロザリンドの美貌の前では少しくらいきつそうに見えても些事でしかあるまい。

 これでは伯父様が男性の保護者同伴なくしてロザリンドを街に出さないのも納得である。


「ローザって…すごいわね。」


 このような街中にあって、その美しさで視線を集める彼女へ思わず称賛の声を送ると、ロザリンドは片眉を上げて


「あら、友人としては当然の行動だとおもうけれど?あなただっておなじことをしたんじゃなくって?」


 と別の意味で取られたようだ。


「そういう意味でいったんじゃないのだけれど…。まあいいわ。どちらにしろすごいことにかわりは無いもの。」


 そう言って私は息をつく。

 同じレディに学んでいるのに、かたやカリスマ美女で、かたや一人の男性も満足させることができない落第生とはなんとも差がつくものである。


 ロザリンドは私より10年以上もはやくレディがいろいろ教えていたのだから仕方がないのだろうか。

 アリィシャの体が覚えているあれこれに随分助けられているとは言え、私はまだ淑女の勉強をしはじめて2年に満たない。

 親友の背中ははるか遠くだ。


 まあでもよく考えてみればレディの下で勉強するようになってからまだ一度もグレイン子爵にはお会いできてないわけだし、もしかしたらデビュタントでぎゃふん…じゃなかった、見直していただけるかもしれないじゃない?

 それまでとにかくラストスパートを頑張るのみである。


「今日の展示、なかなかおもしろかったですわね。ウェジントン侯爵領は幻獣の伝承が多いでしょう?だからわたくし、幼い頃からよく耳にはしていたのだけれど、あまり彼らの姿を見たことはないんですの。だから今日はとても興味深かったですわ。」


 私が目指せロザリンド!と心の中で息こんでいるとはつゆ知らず、ロザリンドは本日の展示について話はじめる。

 私もそれに相槌を打ちながら、あの展示はよかった、あの伝説は本当なのかしら、それにしても竜の展示を見てるルミールお兄様の顔ったら…とおしゃべりに華を咲かせる。


 ひとしきり盛り上がっていたところ、すっと私達の上に影がさした。続いて、声をかけられる。


「あの、もしやアリィシャ=フェリンド伯爵令嬢でいらっしゃいますか?」


 落ち着いた低音で投げかけられた言葉に顔を上げると、そこには金色の髪の毛に灰色の瞳の青年が立っていた。

 どちら様でしょうか、と言いかけて、その顔に見覚えがあることに気づく。


「グレイン子爵様…?」


 記憶の中の顔にそっくりなその青年に尋ねると、青年は少し驚いた顔をしたあと、照れくさそうに微笑んだ。


「アクス=グレインは私の兄です。はじめまして、グレイン家次男の、クライム=グレインと申します。不躾にお声かけして申し訳ありません。以前拝見した肖像画に大変よく似ておられましたので、もしかしたらと思いまして。」


 そう言って、兄と同じように完璧な礼をする。

 グレイン侯爵家の男性は皆所作が美しいなと見惚れてしまう。


「まあ、申し訳ありません。こちらこそお兄様とそっくりでしたので見間違えてしまいましたわ。はじめまして、フェリンド伯爵家の長女、アリィシャ=フェリンドと申します。どうぞ今後共よろしくしてくださいませね。こちらは私の従姉ですの。」


「はじめまして、グレイン様。わたくしロザリンド=ウェジントンと申します。お父様のお噂は父よりかねがね伺っておりますわ。」


 私も立ち上がって挨拶し、ロザリンドを紹介する。

 紹介されたロザリンドはスキのまったく無い動きで完璧な淑女の礼をする…が、ロザリンド、伯父様から伺ってるグレイン侯爵の噂ってあれよね、良い話では無いやつよね。

 何気に嫌味を交えるのを忘れない親友に、私は内心ドキドキした。


「遠くからでもわかるほど美しい方とは思いましたが、噂の黒薔薇姫だったのですね。お目にかかれるとは私も光栄です。ウェジントン侯爵がご自慢なさるのも無理ありませんね。」


 さすがにクライム様はお若いとは言え上級貴族の一員、そんなことなど日常茶飯事なのか、まったく動じずにっこりと微笑んで返す。


 ロザリンドって黒薔薇姫と呼ばれているか。

 私も彼女の背後に何度か幻視したことはあるけれど、幾ばかりか安直では無いだろうか。

 とはいえ、こういうのはシンプルなのが一番なのかもしれない。


 それにしても、クライム様はグレイン子爵とは違って社交的なようである。

 こちらはグレイン侯爵に似たのかもしれない。


「このような場所でアリィシャ嬢にお会いできるとは僥倖です。兄は婚約者を他の男に見せたくないのかまったく会わせてくれないものですから。今日は兄はご一緒ではないのですか?」


 他の男に見せたくないというか、御本人も見てくださらないのよね…という言葉は飲み込み、笑顔を返す。


「はい、今日はロザリンドと次兄と共にこちらの展示を拝見しておりましたの。お兄様はお元気でいらっしゃいますか?」


「え?ええ。私はまだ学生の身ですので、実のところ兄と顔をあわせるのは休日くらいなのです。ですのでアリィシャ嬢のほうが兄についてはお詳しいのではないですか?今日もあなたに会いに出かけておりましたようですが…」


「まあ本当ですの?そのような知らせは伺っていなかったのですが、もしかしたら行き違いになってしまったのかもしれませんわ。」


「事前にご連絡しなかったのですか?それでは兄が悪いですね。ご心配なさらずとも、私がことづけておきますよ。無作法な兄で申し訳ありません。」


 思いがけずグレイン子爵の訪問を告げられて困惑するも、クライム様は少し呆れたような口調で肩をすくめた。

 その様子を黙ってきいていたロザリンドが口を開く。


「グレイン子爵は控えめな方だと聞き及んでおりましたけれど、クライム様はとても社交的な方でいらっしゃるのね。アリィシャ、あなたクライム様に乗り換えたらいかが?今からでも遅くありませんわよ。グレイン侯爵も納得なさるでしょう」


 ストップストップロザリンド。

 そういう話はどうか本人が居ないところでしていただきたい!


「い、いえ、私などまだ兄に比べれば若輩者ですので…。アリィシャ嬢の横に立つにはいささか不相応かと存じます。今日も肖像画を拝見して憧れておりましたお姿に思わず浮かれ出てしまった次第で…。」


 ほら、クライム様真っ赤になってしまったではないか。

 美女に褒められてゆでダコですよ。

 ここにもまた一人ロザリンドの魅力に落ちた男性が…。恐るべし。


「まあ、おほほ、クライム様はとっても素敵な方ですわよ。自信をお持ちになって。」


 目を細めて笑うロザリンドの扇子の裏から、少なくともあの甲斐性なしよりは…と言うつぶやきが小さく聞こえた気がしたが、私は努めて気づかなかったことにする。


「二人共、おまたせ…。とと、申し訳ありません。お知り合いですか?」


 遅れてオレンジジュースらしいコップを持ったルミールお兄様が、売店のほうから姿をあらわした。

 駆け寄ってきたところ、クライム様の存在に気づいてあわててたたらをふんでいる。


 一方、クライム様のほうはあらわれた私そっくりのお兄様に目をまるくしていた。


「えっと、妹君ですか?」

「いや君、見てよ僕、紳士着てるよね。背もたか……背高いな君。」


 思わずという体で私に聞くクライム様に、敬語もすっとばしむっとした様子で近づいてきたお兄様は、残念なことにクライム様を見上げる形になった。

 グレイン子爵もなかなかの長身だったので、あそこの男性はみな背が高いのかもしれない。お兄様どんまい。


「あ、も、申し訳ありません。つい願望が…いえ、アリィシャ様によく似ていらっしゃったので間違ってしまったようです。お姉さまに気安くお声かけして申し訳ありません。私はクライム=グレインと申します。どうぞよろしくおねがいします。」


「これはご丁寧にありがとうございます。私はアリィシャの兄の。…兄の!!ルミール=フェリンドと申します。今年18歳ですので!どうぞよろしく!」


 にっこり笑顔に青筋をのせてルミールお兄様が特定箇所を力いっぱい強調して自己紹介すると、クライム様は「え!?同い年!?」と目を丸くした。

 それにお兄様が、お前、僕が15歳以下に見えるっていうのか!?とお怒りである。


 さすがに侯爵家の方にお前呼びはいかがなものかと思うが、クライム様はあわあわしていて気づかなかったのであえて訂正はすまい。

 お兄様どんまい。

 というか、私さっきロザリンドと次兄と一緒に来てるっていったのだが。

 お兄様重ねてどんまい。


「クライム様、わたくしたち先程博物館を見て回った後で、これからお茶でもと思っておりますの。もしよろしければご一緒いたしませんこと?」


 兄をまあまあ、となだめていたところ、ロザリンドが微笑んで提案する。

 クライム様はその笑顔に顔を赤くしつつ何やら逡巡していたのだが、すぐに残念そうに眉を下げた。


「大変魅力的なお誘いなのですが、これから用事がありまして…。もしよろしければまたの機会にでもぜひお願いします。」


 そう言って首を横にふる。

 私としては顔合わせ以来のグレイン家の方とぜひ今後の参考にお話などさせていただきたかったのだが用事があるのでは致し方あるまい。


「そういえば、アリィシャ嬢とロザリンド嬢は次の拝華祭に社交界デビューされるのですよね。私も末席ではありますが出席する予定ですので、もしお会いしましたらぜひ一曲お相手くださいね。」


 そう言ってまたあの完璧な礼を披露し、クライム様は手をふってその場を後にした。


 私はもう一度ベンチに座ると、お兄様がもってきてくれたジュースを一口飲む。

 口の中に爽やかな柑橘系の酸味が広がり、緊張していた体をほぐしてくれる。


「私グレイン子爵にはお会いしたことありませんけれど、弟君は好感がもてる方ですのね。アリィシャ、やっぱりクライム様にしておいたら?一年ほっとく腑抜けよりずっとよろしそうじゃありませんの。」


 相変わらずクライム様を押すロザリンドに、私は苦笑する。


 最初からクライム様と婚約するならともかく、お兄様ふって弟とか、家庭内不和コース爆進間違いなしだ。

 ただでさえ侯爵の昔の想い人に瓜二つという爆弾をかかえているのにこれ以上の燃料を投下してどうするのか。


 しかしロザリンドの場合、冗談半分本気半分なところがわりと怖い。


「僕は一年前の顔わわせの日、ドアをあけたら目を丸くした子爵に開口一番『アリィシャ嬢ですか?』ってきかれたのを思い出したよ。侯爵の手前『いいえ兄です』って笑顔で返したんだけどさあ…。やはりいけ好かないな、グレイン家…。」


 クライム様が去った方角をルミールお兄様が苦々しげに見つめながらつぶやく。


 お兄様、そんなこと言われていたのですね。

 どうりで自己紹介の後ろで微妙な顔していると思いました。


「まあ、そのような物差しではかっては、どこの家もルミール様のおメガネにはかないませんわよ?」


 同じく座り直してジュースを飲んでたロザリンドがふふふ、と笑う。


「いやそうは言うけど、こちとら紳士服だからね?首から下もちゃんとみろと申し上げたいね。ちょっと背が高いからって…。」


「まあ、大丈夫ですわよルミール様。殿方は成長が遅いと申しますもの。まだ背は伸びますわ。でももう少し、肩幅も広げなさいませ。今のままだとシルエットが細いのですわ。騎士団でそういった訓練はなさいませんの?」


「……。」


 ロザリンドの励ましに、しかしルミールお兄様は遠い目をして黙る。


 そう、私もルミールお兄様が肩幅やら首周りやらボリュームアップを図って日々筋トレなさっているのをしっている。

 騎士団でもそういう訓練はあるらしく、入団して一年もたてばみな一回りも二回りも大きくなるらしい。

 しかし残念なことに、この次兄の体格は、他人ほどの変化はなかった。

 これでも、一年前にくらべるとたしかに少しは大きくなっているような気もするのだが…。

 こればかりは体質なのかもしれない。お父様も線がほそくていらっしゃるし…。


「筋力はついてるんだけどなぁ…」


 そう言って肩を落とすお兄様の背中を、私はぽんぽんと叩いて励ますのだった。

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