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妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
10/54

9 戦果報告

「それで、いかがでしたの?」


 ウェジントン侯爵家のタウンハウス、ロザリンドの部屋にしつらえられた、華奢で繊細な細工の少女らしいティーテーブルにわたしがつくと、ロザリンドは開口一番にそう質問した。


「手ごわかったわ…。」


 親友に良い返事ができないことに不甲斐なさをかみしめながら、私はうなるようにそう答えた。

 ロザリンドは手に持った扇子の後ろで、あらまあ、と小さくつぶやく。


「侯爵様とは沢山お話できたし、大変気に入っていただけたと思うのだけれど、肝心の子爵は控え目な方なのか、いろいろお話をふったのだけれど反応があまりよくなくて…。私、おしゃべりで煩い女だと思われたかもしれないわ…。」


 顔を上げられず、侍女がいれてくれた紅茶に映る自分とにらめっこしながら、私は先日のことを報告した。


 その後庭を案内しながら、あれこれ話題をふってみたのだが、子爵は微笑みながらも、最低限の言葉を返してくるだけで、あまり話題が広がらなかったのだ。

 そんな調子なのだから、彼が私のことをどう思ったのかまったく見当がつかなかった。


「グレイン子爵は控え目な方という話ですものね。アリィシャはお兄様方の感覚でいらっしゃるのかもしれないけれど、無口の方との会話ってそういうものですわよ。別に悪くは思われてないのではないかしら。うちの朴念仁も口まわりの筋肉が足りてないんじゃないかと思うことがあるくらいですもの。」


 本当、めんどうよね、とロザリンドは自分の兄と重ね合わせたのか、深いため息をついた。


「でも、それより大事なことがあってよアリィシャ。」

「え?」


 ロザリンドが扇子でテーブルをコンコンとたたく音に、私は紅茶から目を上げる。


「あ、な、た、は?グレイン子爵をどう思われたの?素敵な方だと思ったのかしら?」


「私が?」


 ずずいっ、と迫る黒髪縦ロールの美少女の顔に、私は思わず身をひきながら、はて、と考える。

 私がグレイン子爵をどう思っているか。

 つい先日まで存在すら知らなかった婚約者で、父も伯父もあまりよく思っていない。

 このまま結婚するには思わしくない相手である。

 そしてその人柄は…。


「……わからないわ、正直グレイン子爵についてまだあまり深く知れてないのですもの。私が知っているのは、お好きな食べ物は鳥のグリルで、夏に乗馬をなさるのがお好きで、本はどちらかと言えば政治経済の本しかお読みにならなくて、犬と猫なら犬がお好きで、お花はあまりお詳しくなくて、下に弟君がもうお一人いらっしゃるってくらいだもの。」


「…結構質問なさったのね。」


「頑張ったのよ。でもどれも当たり障りなくお答えになられてなんというか、データはとれたけど中身が見えない感じなのよ。…でも、威張り散らさない穏やかなところは好印象だわ。私が何を話してもにこにこきいてくださったの。ちょっとそういうところはラフィルお兄様に似てらっしゃるかしら。」


「ラフィル様に?」


 私の言葉にロザリンドは方眉を上げ、身を引いてため息とともに首を横にふる。


「アリィシャ、あなたもう少し外に出て殿方について知ったほうがよろしくってよ。」

「えっ、そ、そうかしら…?」


 ロザリンドの、かわいそうな子を見る目に私は狼狽える。

 優しいところが似てる、と言ったつもりだったのだが、何か間違っていたのだろうか。


「そう…まあでも、現時点では好印象でいらっしゃるのね。親同士で決めたお話ですもの。双方いきなり恋に落ちるなんてことは早々ありませんわ。じっくり仲を深められたらいかがかしら。」


「そうね…そうなんだけれど…。」


 なだめるように言うロザリンドに、私は眉をハの字にし、また紅茶の中の私と対面する。


「何か問題でもありますの?」

「あの後、何回かお手紙でやりとりをして…せっかく王都にいるのだからと思っていろいろとお誘いしてみたの…。だけど良いお返事が頂けなくて…。お仕事でお忙しいみたいで…。」

「まあ、あなたからお誘いしましたの?」

「そ、そうなの…。グレイン子爵がくださるお手紙はいつもその…大分短くて…。このまま待つだけというのは怠慢かと思ったのだけれど…。」

「なるほど、それで煩い女だと思われたんじゃないかと邪推してらっしゃるのね。」


 テーブルの向かい側で、ロザリンドが紅茶を持ち上げる気配を感じる。

 私は頷きながら彼女が紅茶を一口飲む間に話を続ける。


「それで…。さすがに二度もお誘いを断られた上にまたお誘いするのはどうかと思って…。」


「そうね、こちらが二度もお誘いしたのですもの。次はむこうから声をかけてくるのが筋だと私は思いますわ。」


「でも、そうなると交流の手段がお手紙しか無いでしょう?」


「そのお手紙もとっても短いんでしたわね。」


「私、もうどうやってグレイン子爵と仲をふかめて良いものか…」


 最終的に、私の頭はティーカップの横の空いているスペースに沈む。

 ここ一週間ちょっと、私はこの問題にずっと頭を抱えていたのだ。

 グレイン子爵を好きになるにも、グレイン子爵に好いてもらうにも、材料がまったく足りていない。そしてその材料をどう集めていいのか、途方にくれていたのである。


 向かいから、ロザリンドがため息をつく音が聞こえる。

 出来が悪い生徒が先生のお小言を待つ心境で、私は彼女の次の言葉を待った。


「アリィシャ、あなたがとっても頑張ったのはよくわかりましたわ。」


「はい…。」


「でも、こういうのは一方が頑張ってもどうにもなりませんわ。あちらに歩み寄りが無いのであれば、あまり頑張りすぎても空回るだけですもの。あちらがサボッてる間にこちらは魅力を磨いて次会った時にぎゃふんと言わせてやればよろしいのではなくて?」


「ぎゃふんと?」


 ロザリンドの口から出るにはおよそ似合わない言葉に私は顔を上げる。

 するとそこには、予想外の表情のロザリンドが居た。

 口元には優雅に淑女のお手本のような微笑みを浮かべ、後ろにはバラすら咲き乱れて見える。

 ただし目が完全に座っているせいでバラはバラでも黒バラである。


「ローザ…?」

「あら、ごめんなさい。」


 顔を上げた私が名前を呼ぶと、すぐにロザリンドはいつもの顔に戻った。


「ふふふ、お仕事だのなんだのと理由をおつけになって、女はいつまでもおとなしくまっているとでも思っていらっしゃるのかしらね。アリィシャ、これは長い戦いですわよ。うんと良い女になって見返して差し上げましょう!」


「見返すって…。なんだか私、もうすでに振られている体じゃない…?」


「あら、そんなことありませんわよ。でももしもそうなった時に見る目が無い男と高笑ってやるためにも必要なことだと思わなくって?」


「そうねえ…」


 私はロザリンドの女でも見とれそうな笑顔を見ながら逡巡する。

 グレイン子爵からの私への評価はあまり思わしくないという可能性が高いだろう。

 彼もグレイン侯爵に勝手に婚約者を決められたのであって、この婚約は気乗りしていないのかもしれない。

 そんな彼に今後私からお手紙やらなんやらでのアプローチは、逆に好感度を下げかねない。

 仲良くなりたいといきこんでいただけに、こちらから何もアクションをしないのは…と空回りしてしまったが、これ以上はお邪魔になるだけだろう。

 次に会う時に最高のコンディションで迎えられるよう入念に準備するほうがより建設的に思われた。

 なにより、このままあきらめてむこうのアクションを待つだけよりはずっと良い。


「わかったわローザ。私、グレイン子爵に見直していただけるよう素敵な女性を目指すわ。」


「あら、グレイン子爵のためじゃなくてあなたのために、でしてよ。そこのところは間違えてはダメ。男の好みに寄せるなんてつまらないことこの上ないですもの。」


 そう言ってロザリンドはふん、と鼻をならす。

 どうもグレイン子爵はお父様と伯父様に続いてロザリンドからも落第点をいただいたようである。

 私がもう少し彼の心をつかめれば結果も違ったのに…と思うと何故か申し訳ない気分になる。


「それにしても…。指示したとおりに装ったのなら、わたくしの見立てではなかなかの出来だったと思ったのだけれど、それで心を動かされないなんてグレイン子爵は女性がお好きじゃないのかしらね?」


 ロザリンドのつぶやきに、私は飲みかけていた紅茶を吹くところだった。


「そ、そんなことは無いんじゃないかしら…。たぶん、内面を重視される方なのよ、きっと。」


「それはそれで、アリィシャで不満なんて贅沢な男だと思うのだけれど…。」


 不満そうなロザリンドに、私はありがたいやら、いたたまれないやらで目を泳がせた。

 私の家族も大概私には甘いが、この親友も少し評価が過大評価ぎみである。


 たしかに私の前のアリィシャは本当に素敵な少女だったように思うのだが、なにせ今は中身が私なので、ロザリンドの評価に見合うのかどうか疑問を抱かずにはいられなかった。

 せめて彼女の言葉に見合う女性になれるよう努力しようと改めてそっと決心する。


「そういえば…アリィシャはどうでしたの?中身はおいておいて、グレイン子爵のお姿は素敵だとお思いになったの?」


「お姿?」


 言われて、先日会ったグレイン子爵を思い出す。


「そうね…優しそうなお顔だと思ったわ。我が家の男性陣はほら、少し顔が中性的じゃない?だからああいう男性らしいお顔は新鮮だったし…。赤茶の髪もきれいに整えられてて誠実そうな感じがして私は好きよ。」


「そう、それは幸いね。これで顔も冴えない男じゃアリィシャはもったいないですもの。わたくしはお会いしたことないからお顔は存じ上げないのだけれど、たしかグレイン侯爵家はご当主のお母様が王家の姫君でいらっしゃったのよね。髪色が赤に近いのはさすがでしてね。」


 毒舌を交えつつ感心するロザリンドに、私は首をかしげる。


「髪色で血筋がわかるの?」

「あら、そういえばアリィシャは王族の方にお会いしたことないものね…。」


 私の疑問に、ロザリンドは扇子を口にあて、そうね…と視線を泳がせる。


「竜王国は赤竜とその騎士が一帯の魔物を一掃して興した国という伝説でしょう?王家の方はその赤竜の血を色濃く残していらっしゃるのよ。だから血筋が王家に近いほど、髪色が赤いのですわ。王太子殿下なんかはそれは鮮やかな赤色の髪をしていらっしゃるのよ。我が家は勲功で侯爵家になった家柄だけれど、グレイン侯爵家は元々は王家のお血筋だから髪色が王家の方に近いのね。」


 説明してくれるロザリンドの言葉が、私は途中から頭に入ってこなかった。


 もちろん、あの夜の漆黒の鎧の男を思い出していたからである。

 さすがに王太子があんな場所で妖精狩りをしているとは思えないが、グレイン子爵の親戚の誰かにあの男が居ないとも限らないということでは無いか。


 先日までのやる気もどこへやら、がぜん、逃げ出したい気持ちになる。

 子爵の髪色は赤茶とは言え、どちらかといえば茶色によった色だったので気づかなかった。

 というか、あの漆黒の鎧の髪色は赤毛といわれて一般的にイメージするような色合いでは無かったので文献で竜王国の歴史について学んでもピンとこなかったのだ。

 しかしここにきて赤い髪の毛が怖いから婚約をやめます、というわけにもいかない。

 そもそもフェリンド家からの辞退はかなり厳しい縁談である。

 なにより、まだ可能性の話であって、本決まりではないのだ。

 一年前、アリィシャの魂に誓った目標からここで逃げ出すわけには…。


 あ、でも万が一中身が本人じゃないことがバレたらいままでのことがすべて水の泡かしら…。

 いやいやでも、さすがに人の中にいる妖精を見つけるとか難しいんじゃない?

 そんなに熱心に探されるほどの悪事を……したかしら。したかもしれない。


「アリィシャ?どうしたの少し顔色が悪いんじゃなくって?」


 私をのぞき込むロザリンドのアメジスト色の瞳に行きあたって、ぐるぐると思考の海に漕ぎ出してしまっていた私は我に返った。


「ご、ごめんなさい。大丈夫。少し考え事をしていただけ。」


「そう?でもご無理はなさらないでね。わたくしベッドの上にいるあなたはもう見飽きてますの。」


 私が答えると、ロザリンドは疑わし気にしつつも、自分の席に座りなおした。


「それで…そうね、今日のところはお疲れのようだし、とりあえず一週間後からでよろしいかしら?」


 いきなりのロザリンドの言葉に、私は頭の上にはてなマークを浮かべた。

 どうやら、考え事をしている間彼女の話を聞き逃してしまっていたらしい。


「ごめんなさい。えっと、一週間後になんだったかしら。」


「何って、もう、だから!この屋敷でおばあ様にお願いしての淑女勉強合宿よ。叔父様にお話しを通しておいてくださる?」

「ロザリンドのおばあ様に?」


「ええ、おばあ様は王宮でお勤めになったこともある方で、少し厳しいけれど淑女の鏡のような方なのよ。わたくしのデビュタントまで面倒を見てくださるというお話だったのだけれど、せっかくだからあなたもご一緒しましょう。社交界の星を目指して!」


 そう言うロザリンドの微笑みには一切の陰りがない。

 後光がさしそうなほどの華やかな笑顔である。


 彼女のおばあ様の話はきいたことがある。前王に求婚されたこともある女性で、若かりし頃は淑女の鏡として社交界では男女問わず憧れの的であったらしい。

 彼女を取り合って男たちが毎日決闘していたとか、笑いかけられるだけでご令嬢が失神したとか、いろんな伝説の持ち主だ。


 そして、少し…ではなくかなり厳しい方らしい、とも。


 どうもウェジントン侯爵やロザリンドの性格は彼女からの血筋であるらしい。

 ロザリンド…私を道連れにするつもりなのね…!まさかこの計画は一年前から!?


 しかしこれはチャンスだ。

 ロザリンドのおばあ様に見ていただければ、元のアリィシャにより近づくこともできるかもしれない。

 つい先程良い女になろうと決心したところだったのだ。

 この申し出を私が断るという選択肢は無かった。


 今なら社交界の星がどこにあるのか、わかるかもしれないという気がしたのである。

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