表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精姫の幸せは  作者: 手塚立華
本編
1/54

0 遭遇

 足元がふらつき、でたらめに鳴る鼓動のせいで、息ができない。

 その場で気絶しなかった私を誰かほめてくれないだろうか。


 目の前には寄り添いあう男女。

 男性のほうは私の婚約者、アクス=グレイン子爵であることは間違いない。

 婚約を知らされてから片手で数えるほどしか会ってない相手ではあるが、さすがに自分の婚約者を見間違うようなことはしない。

 女性のほうは残念ながらお名前を存じ上げない。

 こんなことを言っては淑女として怒られそうではあるが、今日が社交界に出た最初の夜会であることを加味して、大目に見ていただきたい。

 柔らかそうなブロンドを軽く巻きアップにしており、ワインレッドのドレスはそのスタイルのいい体のラインをよく引き立たせている。深くあいた胸元には豊かな胸がこれでもかと主張しており、色気を感じさせる少したれ目の目元には涙が光っていた。


 私の隣で、ロザリンドが息を飲む音がやけに大きく聞こえる。

 子爵は私に気づき、目を見張った後、気まずそうに目をそらす。

 逆に、彼にくっついていた女性はこちらを確認し、きっとにらみつけてきた。

 どうやらあちらは私のことをご存知らしい。

 私は今まさに、婚約者の不貞を目撃したのである。

 したのであるが…。


 正直、今の私には。そんなことは本当に。まったくもって。どうでもよかった。


 ごめんなさいグレイン子爵様!あなたのことがどうでもいいわけではないの!あとでその女性のことお聞かせくださいね。でも今はそれどころじゃ無いのである。

 彼等よりも問題なのは子爵と女性の後方、私たちが出てきたほうとは反対の方角からやってくる、二人の男性である。

 一人はたぶん、ルミールお兄様だろう。

 まだ子爵に気づいてないのか、呑気にこちらに手を振ってよこしている。

 そしてその隣、月夜の庭園の中にあってなお、明々と輝いて見える赤い髪の毛の男性は…。


 ~彼だわ!今度こそ間違いない!


 私をその瞳に捕らえ、まっすぐにこちらへ向かってくる彼から、言い知れぬ圧力を感じ、二年前の月夜の晩の記憶が蘇った私は眩暈を覚えた。

 あの日の恐怖が、ツンと鼻の奥を刺激し、熱いものが目元までせりあがってくる。

 心臓が早鐘のように鳴り、走ってもいないのに息が上がる。

 自分の鼓動の音が煩く響いて私の恐怖を増幅させ、思考を乱し混乱させる。


 私は横にいるロザリンドをちらりと見る。

 彼女は剣呑とした気配をまとわせて、子爵の横の女性をにらみ返している最中だった。


 ~どうしよう、逃げなくちゃ…。とにかく彼女だけには知られたくない!


 私は恐怖ですくんで動かない足を必死に動かそうと力を入れた。

 がくがくと震えるばかりだった足は、ルミールお兄様がロザリンドの表情を見取り、その場のただならぬ雰囲気に気づいたらしいところでようやく一歩、後退してくれる。

 そのまま踵を返し、走りだそうと試みる。

 しかしようやくショックから立ち直ったばかりの足はうまく動かず、もつれてそのまま私はバランスを崩した。


「危ない!」


 腕をつかまれ、なんとか転倒は免れたものの、真後ろから聞こえたその低い声は、子爵のものでも、ルミールお兄様のものでもなかった。

 恐る恐る振り返ると、そこには赤い髪と金色の瞳が、私を射抜くように見つめている。

 あまりのことに、私の目からはとうとう堰を切ったように涙があふれた。

 男性は、その様子にぎょっとしたように目を見開く。


「…して…」


「えっ?」


 驚き声をあげる男性に、私はかすれる声をなんとか絞り出す。


「離して!」


 その言葉に、一瞬私を捕まえていた手の力が緩んだ。

 その一瞬の隙をつき、私は彼の手を振りほどき、その場から一目散に逃げ出した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ