女子が僕の噂話をしてました
僕は図書館の端で勉強をしていた。
すると、どこからともなくヒソヒソと話す声が聞こえてくる。
「ねぇ、知ってる? あの噂」
「噂……あー、Aくんの?」
別に盗み聞きをするつもりはなかった。しかし、Aという自分の名前が出てきたからにはここで耳をそば立てないわけにはいけない。
「Aってね、去年の文化祭の後、Rに告ったらしいよ」
「そうそう。なんかAくんってそーゆーこと興味ないって顔してるのにね」
「だよねー。ちょっと意外」
おいおいおいおい。
ふらりと学校帰りに立ち寄った図書館で、自身のトップシークレットを聞くことになるとは思わなかった。しかも他人の口から。
なんで? どうしてそのことがバレてるんだよ……。
「で? Rの答えは?」
「なんかね、逃げたらしいよ」
「Rが?」
「そうじゃなくて、Aが。告って、『返事はいつでもいいから』って逃げたらしい」
「なにそれだっさ!」
「だよねー!」
そして、けらけらと笑う二人の女子。お願いしますやめてください。それ以上この軟弱なメンタルを削らないで……。
そう内心で懇願しながら思い出すのはあの日のこと。僕とRは文化祭の実行委員で色々な仕事を一緒にやった。そして、文化祭が終わったその日の夕暮れ、僕は彼女に告白したのだった。
やばい、思い出すだけで鳥肌が立ってきた。Rとは今年別のクラスになったので顔は合わせていない。しかし、あの穏やかな笑顔と優しい言葉遣いは今でもしっかりと覚えている。
「でも、もしAが逃げてなかったらRはどう答えてたんだろうね」
「さー?」
それはもちろん僕も考えたさ。そして、もしかしたらもしかしたのかも? なんて考えて悶えた回数はもう数えられない。
最近では少なくなったが告白した直後は毎晩のように『もし付き合えたら』なんて考えていたものだ。
「Aってさ、大人しめな感じだけど告白とかするんだね」
「たしかに、そんなことしそうにないね」
「Rのどこが良かったんだろう」
「あの系の男子は、どうせ『優しいところ』とか言うんじゃない?」
「あーね! ウケるー!」
なんでウケるんだよ。別にいいじゃん、優しいところが好きだって!
……だってR、友達もまともにいない僕にいつも笑ってくれたんだよ? 普通に話しかけてくれたんだよ?
それだけでもう好きになっちゃうレベルだよ。
現実の恋愛に、漫画や本の中みたいな衝撃的な出会いや出来事なんてないんだ。気づいたら一緒にいて、気づいたら好きになってる。それが僕の短い人生で到達した恋愛の究極形。
「でもなんで文化祭後だろうね?」
「イベントが終わって、気持ちが盛り上がっちゃったんじゃない?」
「そうかなぁ? 逆に、イベント後ならRの心も浮ついてるはず、とか思って告ったとかは?」
「あー、あるかも。というかそれちょっとセコいね」
そして彼女たちはきゃはははと再び笑う。しかし、本当の理由はもっと単純。文化祭が終わったら、もう繋がりがなくなってしまうと思ったのだ。
僕とRが繋がれたのは、文化祭実行委員という同じ立場に立ったから。だけど、文化祭が終わってしまえばその立場も消えて無くなる。
だから、その繋がりがまだ少しでも残っている間に、気持ちを伝えたかった。
「あ、ていうか、なんて言って告ったんだろ?」
「おー、それ気になるね」
「なんだかAって不器用っぽいから、『好きです、付き合ってください』かな」
「もしかしたら、『愛してる!』とかかもよ?」
「そりゃないよー」
うん、愛してる、なんて僕は言っていない。もっと言えば、『好きです』っていう言葉もつたえられなかった気がする。
彼女を呼ぶ前に、必死でセリフは考えていたのだ。だけど、実際にRを前にしたらそれらは一瞬で蒸散してしまった。
結果僕は、自分の気持ちなど全く伝えることなどできず、ただ「付き合ってください」という言葉を残し逃げ出してしまった。
あぁ、なんてカッコ悪いんだろうね。
「というかだよ? まずどんなにかっこよく告ったところでRがAと付き合うわけないよね」
「確かに。Aとかありえないし」
……なんというか、自分が人からそういう風に見られていることはなんとなくわかっていた。だけど、こういう風な形で現実を突きつけられると、辛いものがある。
「やっべ、本人いるじゃん!」
あ、やっと気づかれたか。
僕は諦めというか、自分への呆れというか、そんな感情を持ったまま、立ち上がろうとした。
しかし、彼女たちの視線は僕ではなく、その反対側に向いていた。
「R、おつかれ〜!」
「図書館きてたんだねー」
先ほどとはうって変わって、二人の声は少し引きつっていた。
ガタン、と大きい音を立て、一人の少女は立ち上がった。Rだった。
「あなたたち、噂話はいいけど、陰口はあんまり良くないと思うよ?」
「か、陰口なんてそんな!」
「それは、あなたたちじゃなくて聞いてる側が決めることだよ。それに……」
先ほどまで談笑していた二人に、Rは諭すように語りかける。
「それにね、Aくんはあなたたちが思っているようなつまらない男の子じゃないよ。優しくて、頼もしくて、たまに天然で……とっても、素敵な男の子なの」
まるで、一言一言を噛みしめるようにRは微笑みながらそう語った。その顔は少し俯きがちで自分の手を見つめている。
「だからね、だから……わたしは、Aくんが大好きだよ」
顔を上げ、彼女はさらに魅力的な笑顔を咲かせた。
その時。
僕の視線と彼女の視線が重なった。
微笑みの表情が、驚きと羞恥へ変わっていく。
今だ、今だよ、僕。
伝えるんだ、彼女に、伝えきれなかった想いを。
僕は、僕の声を聞いて、ゆっくり立ち上がった。そして、彼女の揺れる瞳をまっすぐに見つめる。
「僕も、好きだ。Rの、ことが」
そう言い切って、微笑む。いや、ちゃんと笑えていたかは怪しい。だけど、そんな僕に、Rは再び笑いかけてくれた。
時間はかかったけど、答えは出た。解き方はきっと間違っていたし、形としては人の力を頼ってしまった。
だけれど、僕は彼女に想いを伝えることができた。そして、彼女の想いを聞けた。
僕は、さらにもう一度、彼女に笑いかけた。
きっと、明日は誰かが、僕とRの噂をしているに違いない。だけど、それはそれでいい。……なんだか、今日はそう思えた。




