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花の季節に

白粉花の季節に

作者: 星宮 空音

 未だに蝉の声が五月蝿い8月中頃。肌を焼くような日差しと服を張り付かせる汗に嫌気がさしてくる。髪を2つに結ってあるのがせめてもの救いか。ここはいくら室内とは言え、クーラーがついてないのでかなり暑い。このタイミングで辺り一帯の電気工事。ふざけてる。


「夏だなぁ……海とか行けば涼しかったのかな」

「もうお盆過ぎだからね、クラゲが湧くよ」


 私の呟きに答えたのは空野大輔だいすけ。私の彼氏さん。付き合いはじめてもう四ヶ月も経った。正確には経ってないかも……どちらにせよ、時間が経つのは早いものだ。


「クラゲって湧くもん?」

「……なんでもいいや。あっ! そうだ!」


 大輔はいきなり立ち上がり、それから挙動不審になった。付き合う前からよくこうなるのでもう慣れっこだ。多分。


「プールに行こう!」

「唐突……」

「ダメかな?」


 そうやってまっすぐな瞳を向けられたら断れないに決まってる。馬鹿。


「……はぁ。いいよ。用意する、から一回帰る」

「じゃあ、送ってくよ!」

「ん、ありがと」


 さりげなく私を気遣ってくれて、本当に良くできた彼氏だと思う。どうして私なんかに惚れたのかな。永遠の謎。


「お邪魔しました」

「律儀だね……将来は自分の家になるかもしれないのに」


 外に向かってつかつかと歩いていく。横開きの扉がガラガラと音を立てたのがまるで私の今の気持ちを表しているようだった。


「ちょ、何か悪いこといった?」


 こいつ、無自覚に私にプロポーズしてる気がする。わざとじゃない分余計やりにくい。夏の暑さとは関係なく私の顔が赤く染まっているのは、間違いなくあいつのせいなのだ。だから、せめてでもと、思って。


「送ってくれるんでしょ? 未来の旦那様?」


 自分でも言ってて恥ずかしくなってきた。数歩、前に歩いたところで大輔が固まっていることに気づいたのでもう一度声をかけた。


「もう行くよ?」

「ご、ゴメン! 今行くよ」


 慌ててこちらに走ってきたので少し待つ。そして、隣に来たので並んで歩く。まだ手を繋ぐのはちょっと恥ずかしかった。


――1時間と20分後。大輔とプールに来ていた。

 用意するのに少し手間取った。サイズが変わっていたので、1ヶ月ほど前、母に新しく買ってもらった。


 民営プールで1日300円。安いのか高いのかよくわからないけど、受付のお姉さんに払う。更衣室で着替えて、外に出たら既に大輔は待っていた。


「早いね~。女の子はもっと時間かかるものだと……」

「んー、それは女らしさがないと?」

「いや、ちがっ」

「じょーだん、下に着てきたの」


 大輔と長く居たいから。なんて言葉は飲み込んで。こんな気持ち、3ヶ月いや、もう四ヶ月か、前にはならなかった筈なのになんて思ったりしながら。


「……あ、あのさ」

「何?」

「似合ってるよ。水着」

「……馬鹿」


 態度とは裏腹に内心凄く嬉しかった。むしろ、彼氏に誉められて嬉しくない人、私の前に来なさい。


「こう見えて、水泳は得意」

「おお、僕もだよ!」


 じゃあ、競争でもしよう、そう言って25メートルのプールに来た。流れるプール、ウォータースライダーのついている他の2つと違ってかなり空いていた。


「あれ! 大輔じゃない?」

「本当ね」


 大輔の知り合いらしき二人の少女に大輔は声をかけられていた。1人は水色の髪と同じ水色の瞳を持った明るい少女。赤いツーピースの水着を着ている。もう1人は金髪碧眼の美少女で、清楚な白いワンピースタイプの水着がよく似合っている。

 周りからはとても浮いた二人、とても可愛い。大輔をちらりと見ればニコニコと微笑んでいた。


「久しぶりだね、茜、晴菜はるな

「うん、元気だった~?」

「お隣は彼女かしら?」


 水色髪の子がアカネちゃん、金髪碧眼の子がハルナちゃんね。


「うん、そうだよ、こちら、僕の彼女の高月さん」

「大輔の彼女の高月空です、よろしく」


 これでも精一杯自己紹介した方だ。

 二人は驚いたように大輔を見て固まっていた。


「いやー、あの大輔に彼女かぁ……」

「……意外ね。男の子にしか興味ないのかと」

「なんか酷くないっ!?」


 とても、仲が良い。別に妬いてるんじゃないんだから。むう。


「高月さんは」

「空」

「え?」

「空でいい」


 はるなちゃんが話始めたのを遮って呼び捨てで呼ぶように頼んだ。アクセントが違って気持ち悪かったから。


「わかった。じゃあ、私はハルナ、って呼んでね」

「ねー、私も良い? あ、アカネって呼んで!」

「わかった」


 両手をあげたので、パンと叩いた。ハイタッチと呼ばれるあれだ。……女子で、いや、男子も含めて


「空は小春崎中?」

「そう」

「小学校は?」

「小春崎小学校よ」


 色々と質問に答えて、反対に私から質問して、私達は友好を深めた。

 そうこうしているうちに大輔が痺れをきらしたように、叫んだ。


「高月さん、行こっ」

「うぇ? ……ん。わかったから、離して、痛い」

「あ、ごめん」


 慌てたように手を離して、私は二人に手を振ってからプールに入った。


「焼き餅ね」

「そうだね~」


 そういう二人の声が聞こえて、ちょっぴり手を離さなければよかったな、なんて後悔したりして。でも、まあ良いかって思った。


「競争しよう!」

「うん、負けない」


 結果を言えば、大輔の圧勝だった。先に上がった大輔が手を伸ばしてくれた。その手を掴むと流石男の子だなぁ、なんて思った。小柄な彼でも、私なんかよりパワーを持っている。その後も色々遊んだ。


「体力落ちたかな」

「そーなの? 充分早かったよ……高月さん」


 プールサイドにあがったあと、軽く体を捻って体操をしていたとき、私はそんな言葉を溢した。


「んー、部活もしてないから」

「ははは、僕と同じで卓球部においでよ」

「それは遠慮」


 ちょっと日陰に移動して少し休んでいる。部活も入っていない、水泳だって習っていたのは二年前だ。インドア派の私には二年のブランクは長かったようで。


「飲み物買ってくるよ。何がいい?」

「リンゴジュース」


 私の好きな飲み物ベストツーだ。一位はココア。でも、プールで飲む気にはなれない。売店の方まで走っていった大輔を見ながらふと、思った。


 ――アカネとハルナのこと、呼び捨てで呼んでたな……。私のことは高月さんで、空って呼んでくれないくせに。


 なんて、そんなこと、大輔の前では口が裂けても言えないんだ。こんなの、唯の醜い嫉妬だってよく知ってるから。


「お待たせ」

「お疲れ」

「はい」

「ありがと」


 だから、この気持ちはそっと仕舞っておく。冷たいリンゴジュースが喉を潤す。


「美味しい」


 口から出た言葉に、キョトンとした大輔の顔が面白くて、つい、笑ってしまった。大輔もつられて笑う。


「もうすぐ夏休みも終わるね」

「そ、だね」


 あと一週間と少しが経てば夏休みも終わる。早いものだ。


「宿題終わった?」

「もちろん」

「さっすがー」


 そういう大輔も終わっているのはよく知っている。二人で一緒にやったから。だから、この質問の意味はよくわからなかった。


「……あ、あのさ~、日記はどう?」

「あ……忘れてた」


 夏休みの中で最も楽しかった日の絵日記を書く。1日だけでいいので、とっても楽。


「今日のこと書く」

「そっか! よかった」

「よかった?」

「僕も今日のこと書くんだ!」


 あんまりにも満面の笑みで笑うものだから、その笑顔が眩しくて、目映くて。その笑顔を私だけのものにしたいなんて、思っちゃって。


 でも、いいよね? だって、私は――。私は大輔の彼女なんだから。ちょっとくらい我が儘を言っても怒らないよね?


「そろそろ帰ろうか」

「うん」


 陽は傾き、橙色の太陽が空を染める。そっと大輔の左手を掴む。


「高月さんっ」

「空」

「……?」


 パニックになったのか意味がわかってない大輔に私は言葉を足して言う。


「空って呼んで」

「えっ……」


 目をパチパチと瞬き困惑している大輔の手を引っ張って顔を近づける。


「いいの……?」

「ダメなの?」


 むう。なによう。さっさと頷けばいいのに。


「わかった! そ、空」


 ぎこちなく、だけど、はっきりと私の名前を呼んだ。だから、私は頷いた。


「うん。それでいい」


 何かいい臭いがすると思ったら白粉花が咲いていた。もう夕方か。まだ大輔と一緒に居たい。白粉花は赤い花を満面に開いている。


「もうすぐ秋」

「うん。学校も始まるね~。夏休みがもう少し続けばいいのに」


 でも、と大輔は続ける。


「空との初めての秋だもん。文化祭とか紅葉とか、一緒に行こうね」

「うん!」


 私は大きく頷いた。そして、手を繋いだまま歩いていく。


 夕焼けに染まった白粉花が夏の終わりを告げていく。今は、夏の終わりを惜しむより、秋の楽しみの話をしたい気分だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏から秋へ。秋から冬へ。季節ごとに彼等の関係も、良くも悪くも進展していくのでしょうか。
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